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社務日誌 11

もうこの月も半分折り返し、年も暮れていきます。

寒い中ですが、皆さま、風邪をひきませんよう。

いつも読んでくださる方、ブクマしてくださっている方に感謝をこめて。

葵たちと竹林の守護者、抱節との出会いがあったその日。

幸波神社の祢宜、山内季子は、境内に知らない気配が入り込んでいるのに気付いた。

しかもそれに、どうも息子と葵が同道している。

サキナミノミコトとかまいたちが絡んでいて、何か始まったのだろう、とは思ったが、穢れたような、悪い気配ではなく、むしろ、清々とした澄んだ気配を感じたために、息子たちに害はない、と踏んで、報告を待つことにした。

かまいたちは数日前から本殿に泊まり込んでいるのを知っているから、と、後で持っていく予定のスルメと神酒を準備する。それが終わると、10月の秋の大祭の祝詞を作るために、うんうんとうなってるであろう、愛する夫のためのコーヒーを入れた。


「夕飯前に少し休憩しない?」


季子が宮司宅内にある宮司室に声をかけると、正孝が大きく伸びをしながら、リビングにやってきた。


「甘いの、ほしいなあ」

「あと1時間後に夕飯よ?食べるの?」


季子は、少し我慢しなさいよ、と言外に言ってるのだが、正孝は片目をつぶって、ね、と首をかしげる。


「・・・・・」


季子は軽くため息をつくと、棚にあったチョコレートを3包み、コーヒーのそばに置く。


「わあ、ありがとう、季子」

「どういたしまして」


嬉しそうにチョコを口に頬る無邪気な夫に、季子は苦笑する。お礼を当たり前のように言い、お願い上手で、それでいて、いざとなれば、深い思いやりで人と触れ合う。そう、時にはその優しさゆえ、他人の為に自分の身を顧みないこともある。・・・ずっと変わらない。


「ん?どうした・・・季子」

「なんでもないわ」

「そうかあ?・・・私に、惚れ直していたんじゃない?」


ほら、変に勘のするどいところも、変わらない。

季子は思わず笑った。


「なんですか、子供みたいに夕飯前におやつをねだる人に惚れ直すかしら?」


思わず、そう言い返すと、正孝はにこにこしながら答えた。


「私は毎日、季子に惚れ直してるよ」

「!」


季子はさっと顔を赤らめた。夫婦になってもう10数年以上経つのに、なんなのだろう。この人は。

ずっと一人だった季子に与えられた、最愛の人。

見る力、と察する力を恐れられ、いつも孤立していた季子が、最初の友、サキナミノミコトと出会い、その縁で知り合った、正孝。いわゆる、霊感のような力は皆無のこの男が、ずっと季子を支え、

共にいてくれる有難さに、季子は奇跡すら感じる。

その嬉しさと幸福感の恩返しを神社とサキナミノミコトのためにしたい、と自分の不思議な力はそのためにあるのだと、季子は常に思っていた。


あれは、2度目の扇の巫女に選ばれたばかりの頃だっただろうか。

サキナミノミコトに自分の力の源を教えられた。

不思議な力を恐れられて、児童福祉施設に預けられた季子に、親の記憶はない。

自分の元を辿ることもできないのに、その血のわずかな部分に「安部晴明」の血が流れていることを教えられた。本家筋とか、血の濃い部分ではなく、分かれて行った家の末流に入り込んでいた晴明の血筋が、

季子の中で目覚めたのだろう、と。

親を知らない季子が、元がある事を知り、自分を確立させるために、サキナミノミコトがあえて伝えた事だった。

無論、そこにサキナミノミコトの更に上に存在する、神の采配があって、季子の力が目覚め、さまざまな事をつないでいったのは否めない。しかし、自分を作った元を知ることができて、季子の力がさらに大きくなったのはそこからだ。

息子の正歩に似た力があると知った時、不安がなかったわけではない。

ただ、幸い家族は神社を守る家だった。季子同様、宮司の傍らで、必要な時にその力を正しく使う、そういう風に教えていけばいい。だから、季子は正歩が幼い時から、人でないものとの関りや、力の使い方について丁寧に教えてはきた。

ただ、安部晴明の名を出すことはなかった。そんなに大きな名を小さいころから知っていても、あまりいいように作用するとは思わなかったからだ。


(でも、もう話してよかったわね)


素敵な美丈夫の精霊を連れて、困惑気味の息子が、宮司宅に戻ってきた。

竹の抱節、晴明の式神。

季子は色々と察した。


「俺と一緒に部屋に入るっていうんだけど・・・」


抱節は、主、晴明の力を持ち、笛から目覚めさせた正歩を、新しい主として慕っているようだ。


「笛に戻っていただきなさいよ」

『母上殿の言葉とあれば、戻ろう』


精霊から母上と呼ばれるとは。正歩を通してのそれと知りながらも、季子は苦笑いだ。

抱節は素直に笛に戻った。


「困るよ、この笛、葵さんが杜之の雅楽部に借りてきたのに。返すわけにいかなくなったんじゃない?」

「・・・買い取りましょう。それから知り合いに作り手さんがいるから、別の物を買って、寄贈しましょう。あとは高等部の先生に直接・・・あ、わとさんに連絡してうまく話をまとめてもらいましょ」

「そういう、ことだよね・・・」


杜之学院高等部の教員、叔母のわとの名前を出すと、少し安心したように、正歩はため息をついた。


「それにしても、驚いたよ。母さん、俺たち、晴明の血筋を引いてるって」

「・・・そうね、まだ話さなくてもいいかなって思ってたんだけど」


ちゃんと話す機会を設けてあげればよかったかな、と難しい顔をした正歩の表情に、季子の心が痛む。

晴明の名は大きい。たとえ、傍系の末流でも、その血が、という話になれば、構えてしまうところもあるだろう。


「俺は普通だぞ。な~んも持ってないからな!」


能天気に口を挟んできたのは、良き父、良き夫である正孝だ。

正歩と季子は思わず、目を見合わせたのち、破顔した。

難しく考えても仕方ない、そんな空気が一瞬にして流れた。


「ごはんにしよう、季子。お腹すいた」


子供か、と正歩も季子も内心ツッコミを入れたくなったが、込み入ったことはまた別の時間に考えよう、と二人は夕飯を並べ始めた。

正孝はニコニコとそれを見ていた。

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