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46 桔梗紋の結界

いつもありがとうございます。

少しずつ訂正はいれていきます。・・・前に書いた部分の訂正の方が必要かな。

気が付いたら20万字超えてました。びっくりしました。

「葵、おかえり」


そう声をかけてくれた由岐人さんは、そのまま私の顔を覗き込んで、首を傾げた。


「何か、あった?」


店は早めの戸締りをしていて、奏史兄さんは、亜実さんを見舞いに病院に行った後だった。由岐人さんは片付けをしてくれていた。


「すいません、遅くなって。もっと早く帰る予定だったんだけど。お手伝いありがとうございます」

「藤野さんが心配してたよ。配達の割に遅いって。どうした?」

「・・・色々あって・・・」


私は、雅楽部に見学したことから、龍笛の事、サキナミ様とかまいたちの事、晴明を主とする笛の精霊の事、それからそれを呼び起こした正歩君の事を話した。

お疲れさまも込めて、インスタントのコーヒーを入れる。

甘いのが大好きな由岐人さんの為に、ミルクと砂糖を一緒に置くと、由岐人さんは嬉しそうな顔をしてくれた。


「正歩君が、晴明の力を?・・・ああ、祢宜さんの方の血統かな。・・・ふうん、それにしても、サキナミ様、何か調べてるんだな」

「かまいたちが、サキナミ様に頼まれて、あちこち行ってるみたいなんです。」

「・・・下総・・・千葉県の竹林か・・・。龍笛の出身をそう言ってたんだな?」

「はい、そうだったと思います」

「・・・・」


由岐人さんが少し難しい顔をしながら、コーヒーをすすった。目をつむり、顎の部分をとんとんと人差し指でつく。


「・・・そうか、おそらく晴明の東桔梗(あずまききょう)に関わることかもしれないな」


すっと鋭く瞳を細めながら、由岐人さんはこちらを見た。


「東桔梗?」

幸実(ゆきざね)の記憶の中にある話だ。・・・あさも聞いたことがあるんじゃないのかな。俺はあさの師匠の舞姫 朔夜(さくや)殿から教えてもらったんだが」

「朔夜・・・さま?」


私の中のあさ、が目覚める。朔夜は私の前世の芸事の師匠だ。由岐人さんの前世である相模 幸実に祈雨の舞を伝承した、旅芸人一座の座長。孤児だった私、あさを拾い、育て、舞を教えてくれた人だ。


「ああ、思い出した!」


思わず私は頭によぎった東桔梗の話に、声をあげた。


「師匠と私たちが旅をしていたのは、東桔梗の結界を清めて歩くためだったんだ!」


わあっとあさの記憶がめぐり、私は頭痛を抑えきれず、頭をかかえた。


「大丈夫か」


由岐人さんの声に、私の中のあさ、が強く反応したのか、ぽっ、と胸が熱くなる。思わず、すがりつくように、由岐人さんの手を握りしめていた。


「葵?」

「・・・幸実さま・・・」


いや、違う、今は由岐人さんなのに。私が思わず、口走ったのは過去の名前。

やだ、やめて。私はあさ、だけど、今は葵よ。

そう、違うのよ、この人は幸実さんじゃない。由岐人さんなのだから。

自身に言い聞かせながら、確認するように由岐人さんの顔を見ると、由岐人さんの顔がさっと朱くなった。


「っ・・・葵・・・そんな顔をされたら、期待してしまうじゃないか」


由岐人さんはとても真剣なまなざしでこちらを見つめ返してきた。

視線が互いに熱く行き交うような、そんな感じがして、思わず、私は息を呑む。

由岐人さんの目に惹きつけられて、時間が、止まったようだった。

由岐人さんは、私が握った手を握り返して、抱き寄せるように私の腕を引いた。


ああ、私は今この人を想っている。

あさ、の気持ちでも、私は葵だ。葵として、私はこの人を見てる。

想いたい・・・ずっと見ていたい。これが恋しいという気持ちなのかしら。

そんな思いを込めて、私は由岐人さんの顔を見つめている。

そのまま私は由岐人さんに抱きしめられて、視線はかわされた。

由岐人さんの肩に顔をうずめ、温かな感触と、その匂いにどきり、とする。

・・・私、今・・・抱き合ってる!?


そう気づいた瞬間、私は我に返った。あああ、ど、どうしよう!

いや、でも離れがたい気持ちもある・・・けど、え?ど、どうすれば?

軽いパニックに陥りながらも、冷静に対処しようとして、由岐人さんの腕から逃れようとすると、

更に強い力で拘束された。


「こら。もすこしこのままでいいだろ」

「え?いや、でも、あの、」


私が狼狽して、答えに困っていると、頭上でクスクスと由岐人さんが笑うのがわかった。


「何を笑うんです」

「かたくなだなあ。少しは素直になってもいいんじゃない?」

「え?」


私は戸惑いながら、今一度、由岐人さんの顔を見ると、由岐人さんはにっこりと笑い、腕から私を開放してくれた。


「うん、可愛いから許す」

「!」


顔から火が出るかと思うほど熱くなる。・・・私、この人が好き、なのかもしれない。


「か、揶揄わないでください。それより!東桔梗の事!」


記憶を巻き戻しているうちに、変な風に横道にそれたことが恥ずかしい。

私は必死に話を戻そうとした。由岐人さんはそんな私を面白そうに見つめ、話を続けた。


「そうだ、東桔梗、は晴明が、関東一帯にかけた魔封じの結界だ。・・・葵、思い出した?」

「はい。旅芸人の一座としては名目で、実はその結界の清めをするのが私たちの本来の仕事でした。」


そうだ。その結界はとても大きな魔を封じていたため、朝廷に害をなすような存在に、朝廷の弱味を悟らせないよう、私たちの活動は、旅芸人を隠れ蓑に、極秘裏に行われていた。


「あさ、の師匠の朔夜殿は、晴明一門の門下だったような記憶があるんだが。あの時、晴明殿はまだ・・・いた?」

「どうだったかな・・・。師匠は晴明様の命で、旅に出たって感じだったけど」


その旅の途中で、まだサキナミの名前もなかった欅の精霊だった、サキナミ様と出逢ったんだ。

あの時はまだ、今のようなしっかりした人の形を成してなかった。

晴明様が精霊として目覚めさせ、その場の守護者として存在していた。

木の皮をまとうような人のような姿になってた事もあるし、りすのような小動物で動いていた時もある。光の玉のような存在だった事もある。

私はその時のサキナミ様を、精霊様と呼び、この土地を守る存在だという事を、師匠と共に、その時の村長に伝えたんだよね。村の力になれるように、祈るといい、と。助言したんだ。・・・そして、幸実さまとも出会った。


「相模の欅、ってかまいたちが呼ぶときあるだろう?それがサキナミ様の元の名なんだよな。晴明が付けた名前、だと思うんだけど」

「そうですね・・・私、思い出しました。・・・相模の欅、下総の抱節、常陸の桜、秩父の柳、下野の杉・・・その土地を守護し、結界の結び目となるもの。若木を与え、つなぎ、清め、綻びを作らせず、守りを絶えず怠るなかれ・・・されば、魔をとこしえに封ずるものなり・・・」


言い出すと、すらすら出てくる。前世で師匠が言ってたなあ、と思い返す。私は単なるおまけでついて行ったようなものだけど。人より境界人や精霊の姿が見えたり、会話に長けていたから、師匠に可愛がられていたんだよね。


「・・・葵はさ、サキナミ様の欅をよく見た事ある?」

「ううん、いつも直にサキナミ様に会うから」

「そうなんだよな・・・サキナミ様が力を失いつつあるのは知ってるよね?」

「はい、だから、扇の巫女に祈りを捧げてもらうんですよね」

「・・・・まあ、そうなんだけど」


由岐人さんが眉を寄せて、考え込んだ様子を見せた。なにか迷いがあるような表情で、私を見る。


「サキナミ様の宿る元の欅の木、実はもう長くはないんだ。もうだいぶ前からそんな調子でだましだまし存続してた。祈りの力をもってしても、実体がなくなれば、サキナミ様は消えてしまう」

「・・・え?」

「俺とサキナミ様が同化するのも、サキナミ様が消えた時に、その力を俺がサキナミ様の若木として継承するためなんだよ。」


サキナミ様が、消える?そんな。だって夏祭りでこの土地を守るためにたくさんの力を使えていたじゃない。終わった後だって、姿かたちは元の小さなサキナミ様になったけど、ずっと御祭神様としていてくれているのに。


「サキナミ様はさ、自分が消えゆく運命を感じて、結界のその後が心配なんじゃないかな。何を封じていたのか俺は知らないけど、せめて、自分が消える前に対策を考えているような気がする」

「・・・でも竹の抱節さんが、こっちにいるってことは、もう結界、綻びてません?」

「・・・うん、でも封じた場所も何かしら呪をかけているだろうから、すぐにどうこうというわけでもないんだろう。・・・のんびりはしてられないけどね」


東桔梗の結界。土地と精霊の守護の場所を結ぶと、桔梗紋の結界がそこにある。

何を封じていたのか、私は師匠との日々を思い出していた。

何か、こう悲しい存在が封じられていたように聞かされた気がしたのだけど。

なんだったかな。


「葵、ひとまず、この話を一緒にサキナミ様とする必要があると思うよ。明日にでも一緒に本殿に行こう」


由岐人さんが、提案してくれ、私はそれに同意した。今日と同じ時間に行くことにした。

でも、明朝は別に行かないといけないんだよなあ。

笛を返してもらわなきゃいけないし。・・・どうしたらいいんだろう。

返せる・・・のかな。







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