44 雅楽部の龍笛
寒くなりました。どうか風邪などに気を付けてお過ごしください。
いつもお読みいただいてる方、ブクマしてくださってる方、ありがとうございます。
マイペースな書き物ですが、どうぞよろしくお願いします。
亜実さんが入院して、生活リズムが変わり、それも徐々に慣れて言った頃、私はクラスメートの結子に案内されて、雅楽部の見学に行った。
お店の事があるから、しばらくは部活動はできない。入部なんて、決められない。
でも、雅楽には少し興味があった。
やったことも、実際に見た事もないんだけど。
そう、中学の音楽の授業で不思議な調べを聞いたり、写真を見た程度だ。
せっかく神社に関わるのだから、少し身につけておけるものは、やってみたいという気持ちもあった。
放課後は店の事があるから、と見学も遠慮してたら、昼休みの時間に、まずは楽器を見に行かないかと結子に言われて、今、ここにいるってわけ。
そういえば、応援団のセンター、佐久間君はまだ、勧誘をあきらめてくれてなくて。
まだ声をかけてきてくれる。でも、どうやら、部活動に所属してない女子には常に声をかけてるみたい。
佐久間君、応援団に唯一の女子が新たに入れば、華になるから、その人にセンターをやってもらえるのじゃないか、と淡い期待をしているらしい。
いやいや、あなたのその剃刀みたいな存在感に勝てる人、いないと思うけど。
私が結子と雅楽部の見学に行く、と言ったら、残念そうにしていた。ごめん、そもそも私、華って柄じゃないわ。
雅楽部の活動は音楽室でやっているのかと思ったら、祭儀室、という部屋だった。
・・・祭儀室?
しかも1と2がある。うん?
そんな授業、あったかな。いや、神社の学校だから、そういう関係の部屋だというのはわかる。
私が興味深々でその部屋の表札を見ていると、結子が、そうか、と納得して頷く。
「珍しいよね、祭儀室、って」
「うん。神社の勉強するところ?」
「まあね。高校では授業はないんだけど、祭式って言って神社の行事作法を学ぶのを活動にしてる祭式部って言うのもあって、そこと雅楽部が使ってるの。それに、神主さんの資格取るのに、講習があるんだけど、大学だけじゃ場所が足らないから、ここを使ってもらってるみたいだよ」
祭式部。ああ、そういえば、編入試験の手続きしにきた時、校門近くにある神社に白衣袴の学生がいたっけ。そういう活動をしている生徒もいるって、由岐人さんから聞いたような気がする。
「そうなんだ」
結子が部屋を開けると、畳の匂いにふわっと包まれる。
電気をつけて驚いた。和室は和室だ。しかもかなり広い。教室の1.5倍はあるかもしれない。
そして、本来なら、黒板、教壇のある部分に、神殿がある!
「神社だ!」
「そう。中に神様はいないけどね。神社の作法を学ぶのに必要な建造物がそのまま入ってるって感じかな。階段も必要だし、御簾ってわかる?ほら、あの竹のカーテンみたいなやつ。それに扉。色々使い方に決まりがあるのよね。そういうのを全部学べるような状態になってるの」
「へえええ。もう一つの祭儀室も?」
「うん、祭儀室2の方も同じ感じ。ただ広さはこっちより少し狭いかな」
結子は話をつづけながら、神殿の左手側にある棚から、楽器を取り出した。
「これが楽器。この三つが、メインかな、龍笛、篳篥、笙。あとは琵琶とか琴、鞨鼓っていう太鼓とかあるけど。まずはこの三管からだね」
「わあ、なんかすごいな、こんなの吹くんだね」
竹の楽器だ。笙は何かの番組で見た事があるような気がする。竜笛は思っているイメージより結構太い笛だった。篳篥は、ここからどんな音が出るんだろうという感じの小さな楽器だ。
笙がかっこいい、と思っていたのに、触っていいとも言われていないのに、私は何故か自然と龍笛を手にしていた。
(!!)
手に取った途端、何かが体を走り抜けるような感覚がした。そのまま体に何かが纏われるような感じがしたかと思うと、ふわっとまた笛の方に何かが戻っていった。
「・・・・・」
「葵?笛が気に入った?」
結子が黙ったまま龍笛を握りしめた私の顔を覗き込む。いけない、すごく不自然だよね。
でも、なんだったんだろう、今の。
「そうだね、思ったより太いんだね。・・・肺活量結構しんどそうだなあ」
「音出すの、最初は大変だよ。1か月ふうふう吹いて、なんとか音が出るかなあ」
「そんなに!?」
「音を出す口の形に慣れるまでは、なかなか難しいんだよ」
「そうなんだ」
「でも吹き出して、音が鳴ると楽しいよ」
結子と何気ない会話をしながら、私は手の方の感覚に気持ちが行っていた。痺れる感じがする。
そう、扇を持った時のような。
・・・そうだ、さっきの何かが通り抜けていった時の感じ。サキナミ様の雰囲気に似ていたような気がするんだけど。
『葵!』
(!?)
私はかけられた声にびくり、として、近くの窓を見て動きがとまってしまった。
かまいたち、だ。何故にここに来てるの。
いや、今、声はかけられないよ。結子もいるし。私が軽く首を横に振ると、かまいたちはそれに応えるようにうなずく。
『声、聞こえてるだろう?その今、葵が持ってる笛に用があるんだ。頼む、なんとか借りられないか?』
借りる・・・?さっきの感覚といい、かまいたちが用があるって言い方をしてるのも気になる。
この笛、何かあるんだ。
借りられるものなんだろうか。・・・そうだ。
「ねえ、結子、この笛って借りられるの?」
「え?部活のだから、別にいいけど。何?雅楽部に入る気になった?」
結子が期待のまなざしで私を見つめてくる。いや、なんか申し訳ないなあ。
「今はまだ部活自体に参加できるかどうかもわからないんだよ。お世話になってる人が入院中だし。今後、どうなってくか見えないからね。でも今は、この笛を借りて、その音がなるかどうかは試せるかなあ、と思ったの。それこそ、音が出ないなら、あきらめるって選択肢も出るし」
「ええ、そこは頑張って、音出すようにしてよ」
苦笑いしながら、結子は貸し出しを許可してくれた。笛を竹筒に入れて、渡してくれる。
「ほんとはプラ管の方が出しやすいんだけど、本管から試した方がいいとは思うから、頑張って吹いてみて」
「プラ菅・・・て、これのプラスチックもあるの?」
「まあね。楽器自体もプラ菅は安いし、初心者向けだよ。」
「本管いきなりじゃ、難しいかな」
そうは言いながら、かまいたちの依頼は通したいから、なんとしても借りていくけどね。
「大丈夫、大丈夫。一生懸命やってみれば?意外とはまるかもよ」
うう、結子、ごめん、吹くかどうかはわからないよ?かまいたち次第だし。
そんなこんなで、笛を手にし、昼休みを終えた私は、結子と教室に戻った。
めざとい佐久間君が、私の竹筒を見るや、うなだれる。
「入部、したの?」
「いや、これはお試し、というか」
私がしどろもどろしてると、結子が割って入ってきた。
「もう葵は諦めて。私が必ず落とすから」
ええ・・・。成り行きとはいえ、仮入部くらいの感じになっちゃったかも。
一応、興味はあるから、いいんだけどね。
気づくとかまいたちが私の机の上で小さく丸くなっていた。
『葵、おつかれさん。』
・・・授業まだあるんだけど、付き合うつもりなのかな、かまいたちは。
*****
「かまいたち、笛のこと教えて。何の用があるの?ただの笛じゃないのはわかるのよ。私も。なんか感じたから。」
放課後、かまいたちを連れての下校となった私は、帰る道すがら、かまいたちに尋ねた。
『今、サキナミに頼まれていることがあってね』
「サキナミ様に?」
『話せば長くなるんだが。少し調べ物をしている。』
「こないだ茨城にいったのも?」
『まあそれも同じ内容だな』
「ふうん」
『かいつまんで、今話せることは限られるが、その笛は、ある場所にあった竹林の竹を使っているんだ。その竹林全体を納める精霊がいたんだが、今はもうその竹林はなく、精霊殿もおられなかった。』
「・・・まさか、その精霊さんが今いるっていうのが・・・」
『察しがいいな、その笛だ』
・・・なるほど。それで、あの感覚があったのね。
『サキナミにそれを見せて、そこの精霊殿と会話がしたいのだが』
「悪いけど、今日はこのまま一旦八百藤に帰るよ?配達もあるもの」
『夜、神社に来られるか?』
かまいたちの問いに私は質問で返していた。
「今日、六曜は何だった?」
『仏滅』
六曜っていうのは、大安とか仏滅とかのカレンダーにある吉日の種類ね。
かまいたちに尋ねる私も私だけど、それに応えられるかまいたちも最高。
彼は物知りだし、知識を増やすのが好きなんだよね。
六曜の並びは例外以外、大体決まっているから、仏滅の次は大安だ。
つまり、明日は吉日。地鎮祭なんかがある可能性が大いにある。
「じゃあ、多分、今日は神社に配達があるよ。その時に、笛も持っていく。あんまり長居はできないけど」
『わかった、じゃあサキナミに伝えておく。気を付けて帰れよ』
かまいたちはそう言うと、吹いてきた風に溶け込むように、すっと消えてしまった。
私は、八百藤への帰路を急いだ。




