43 もてなしのカレー
いつもお読みいただいている方ありがとうございます。
どうぞよろしくお願いします。
亜実さんの入院が決まり、奏史兄さんは八百藤と病院とを行ったり来たりするようになった。
朝の仕入れは、このところ、亜実さんも体を動かすのが大変そうだったから、奏史兄さんが一人でしていたから、これは変わらない。毎朝、店の神棚にお参りしてから行っていたのだけど、亜実さんが入院してからは、幸波神社に日参もしているようだった。
それを兄さん、言わないんだよね。
サキナミ様に聞いたの。
なんか、かっこいい。亜実さん大事にされてるなあって、気持ちが温かくなる。
私は学校が始まったのもあって、前より早く起きて、洗濯や掃除をして、朝ご飯とお弁当の用意をする。奏史兄さんの昼食分も一緒にお弁当として作ることにした。
簡単にできる味付け卵をたくさん作っておいて、作り置き、これを毎日その弁当に入れている。
売れ残りの野菜を炒めたものをつめて、自然解凍OKの冷凍食品な揚げ物を1点入れる。
形さえ決めてしまえば、慣れれば簡単にできるようになる。
全部、祢宜さんからのアドバイスだ。
開店前の簡単な準備だけ済ませて、家を出て。学校に行く前に神社に参拝して、通学。
授業が終わったら、帰って、店の手伝いをしたり、配達をしたり。
部活動の参加はまだ、決められないこともあって、遠慮している。
そして閉店前になると、来るんだよね、ほぼ毎日。
由岐人さんが。
「お、桐原君、今日も来てくれたんだ、ありがとな」
奏史兄さんが売れ残った野菜のチェックをしながら、笑顔で由岐人さんを迎えた。
「段ボール、たたみますよ。あと、いつものように掃除したらいいですか?」
閉店後は野菜の入っている段ボールの片付けがある。結構な量になるのだけど、それを由岐人さんは引き受けてくれるのだ。
「悪いな、すごく助かるよ」
「そうですか?残り野菜目当てなんですよ、うちの家計も助かってますし」
そんな事を言って、気を遣わせないようにしてくれる。
「由岐人さん、あのっ」
呼びかける声に、思わず力が入ってしまう。奏史兄さんがこちらを見て、ニヤニヤ笑った。
兄さんにも了承済みの事をこれから、言おうと思ってるんだけど・・・。
もうっ!兄さんに相談するんじゃなかった。
・・・奏史兄さんに相談しないと話は進まないんだけどね。
何かにつけて奏史兄さん、からかうからなあ。
数日来てくれてる由岐人さんに、私なりにお礼を返したいと、今日のうちの夕食に誘おうと思ったのだ。私の手作りじゃあ、亜実さんには到底及ばないけど。
でも気持ちを込めて返したかったから、夕飯に誘っていいか、兄さんには前もって相談していた。
「へえ、お前がそんなことを考えるなんてねえ」
感心してくれたのか、珍しいと思ったのか、奏史兄さんはそんな事を言っていた。
「桐原君、いいやつだしなあ・・・うん?お前、もしかして・・・」
そこから奏史兄さんのニヤニヤが始まったのだ。
意識してないわけじゃないよ?でもさ、そこで、なんでからかう感じになるのよ。
奏史兄さん、気づかないうちに、おじさん気質になっちゃったんだな。
と、ちょっと残念な思いをした。一応、初恋の人だしね。
「葵、何?」
私が力んだ感じで呼びかけたので、由岐人さんは目を丸くして私の様子を見ていた。
「あのですね、今日、うちで夕飯、食べていきませんか?」
「え?」
きょとん、とした表情で、由岐人さんが私の言葉を受け止めた。
うん?だめ・・・?かな・・・。
断られる可能性も含めて、私は由岐人さんの答えを待つ。
「ああ、桐原君、葵の奴、君がこうして手伝ってくれるから、お礼が言いたいって、一生懸命ごはん作ったんだよ。食べてってくれないかな・・・ま、料理が苦手なところ、なんとかかんとかこないだから始まったばっかりだから、味は保証できないけど」
奏史兄さんが口を挟む。お礼を言うべきなんだろうな。私、食べていく?と聞いたきり、他に言葉が並べられなかったもの。
「・・・え?葵の、手料理、なの?」
「・・・夏野菜カレー作っただけですけどね」
カレーは失敗しないわよ、と以前、亜実さんに聞いたので、最初に誰かにふるまう料理はカレーと決めていた。定番だけど、今の私は冒険はしない。
由岐人さん、口元に手を当てて、なにか考えている感じ。うん?なんだか顔が赤いような。
「嬉しいな、ぜひいただくよ。」
やがて満面の笑顔でこう、答えてくれた由岐人さんは、その後猛烈な勢いで段ボールの山を片付けてくれた。
後は店を閉めるだけだから、と奏史兄さんに言われた私は、カレーを温めに台所に向かった。
「お。いい匂いだなあ」
由岐人さんが食事をする場所に入ってきた。
リビング兼食堂のその部屋は台所とつながっていて、私はそちらを振り返る。
「まずかったら、ごめんなさい」
「・・・え?まずいの?どうしようかなあ」
由岐人さんの、その言い方がおかしくて、私は思わず笑ってしまった。
「今、鍋、そっちに持っていきますね」
温めたカレーをテーブルの鍋敷きの場所に運ぼうと、私が歩み始めると、その前に由岐人さんが立ちふさがった。
「他の準備、あるでしょ?これは俺が運ぶよ」
鍋の手持ちに由岐人さんの手が重なって、思わず、心の中で小さく、あ、と思ってしまう。
手をつないだりしたこともあるのに、両手を同時に包まれるような、その感覚が、なんだか変な緊張を呼んでしまう。
鍋を無事に渡すと、私はじんわりとした両手をさすりながら、カレー皿とスプーンを並べようと、再び台所に戻った。
「座っててください、今お皿とスプーン、出しますね」
「ふふっ」
由岐人さんがなんだか含み笑いをしながら、椅子を引いて、座った。
「どうした、桐原君、何か面白いことでもあったのか?」
奏史兄さんが不思議そうに由岐人さんの顔を覗き込む。
「・・・あ、いや、すいません。台所に立ってる葵、なかなかいいな、と思いまして」
「嫁さんにするか?」
ぼんっ!・・・て音がするんじゃないかと思うほど一気に顔が真っ赤になった気がした。
な、な、な、何言ってんの、二人とも!
お皿割っちゃうじゃない!
・・・冷静に返すのよ、そう、気にしてないって見せないと・・・。
「何言ってんですか、二人とも。さ、ごはんにしますよ」
私は、なんとか取り繕って、皿にご飯を盛り、続いてカレーをよそうと、二人の前に並べた。
ついで、自分の分を用意しながら、二人に一応、声をかける。
「おかわりは自由にどうぞ。したくないかもしれないけど」
味見も何度もした。私は、食べられた。・・・私は。
「いただきます」
「いただきます」
奏史兄さんは優しいから、朝夕のごはん、美味しいっていってくれるんだよね。
お弁当もありがとうって。
身内だし、お互い許せる範囲で、用意して食べてるんだし、と思い、私は、その言葉をありがたく受け止めている。次につながるしね。
でも、由岐人さんは違う。
・・・どう、だろう。
私は由岐人さんの表情をまじまじと見つめていた。
スプーンが口に入る。
ごくり、とのどが動く。
「うまい!」
由岐人さんの目がまっすぐこちらを向いた。
「うまい!おいしいよ、葵!本当においしい」
「まあな、うちの亜実に仕込まれてるから、まずくはならない。おいしいよ、葵」
由岐人さんに続いて、さりげなく奥さん自慢をする奏史兄さんも好評価。
私はほっとして、自分のカレーを食べ始めた。
すごく、嬉しい。
まだ、包丁の扱いもよくないけど、こうして美味しいっていってもらえるのって、すごく嬉しい。
また頑張ろうって思える。
・・・うん、美味しい。味見を何度もしたはずなのに、とりわけ、今は美味しく感じた。
その後、由岐人さんも兄さんも3回ずつおかわりをしてくれた。
・・・無理、してないよね?
もうすぐ年末年始。それなりに忙しくなるので、もしかしたら更新ペースが落ちていくかもしれません。




