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4 扇の巫女

宮司さんは丁寧に名刺をくれた。こんな小娘に。

『幸波神社 宮司 山内 正孝』

名刺の裏に墨絵のような松の木が描いてあってびっくりしたけれど、私がそれに見入っていると、とてもうれしそうな顔でこちらを見てきた。


「いいでしょ、それ。私が描いたの。ね、松って縁起いいでしょ。だから」


自分の絵、自分で褒めちゃう?でもなんというか、嫌みがない。実際、素敵な墨絵だし、ねえ見て見て!という得意げな子供のようなその表情に、私は好感を持った。


「はい終了~。ぐ、う、じさん!絵はどうでもいいから!こちら、八百藤さんの葵ちゃん。色々説明すること、あるでしょ」


嘉代さんが額の髪をかき上げながら、呆れたように宮司さんに促す。


「あ。そうだねえ。何話す?」


きょとん、といい年したおじさんが嘉代さんに聞き返す。あ、いかん、この人、天然かも。


「宮司さん、あの、もうっ!」


しょうがないなあ、と嘉代さんは苦笑いする。手こずっているようで、宮司さんで楽しんでいる節がある。


「今日持ってきてもらった野菜はね、明日地鎮祭という神事で使うお供えなの」


説明して、と言っておいて、断念したのか、嘉代さんが話し出した。

ジチンサイ、地鎮祭、だね。聞いたことある。家を建てたりする前に土地のお祓いをする神事だ。見たことある。そういえば、さっきあの少年神主さんも言ってたな。


「大安、とか友引とか知ってる?」

「吉日っていうやつですね、結婚式したり、宝くじ買う日」

「うん、そういう吉日の前の日とか、土日の前の日にこうやって野菜を運んでもらうようになると思うの」


嘉代さんは段ボールを開けながら、中身を確認する。


「八百藤さんにはなるべくすぐ悪くならないものをお願いしてるよ。お供えしてからお客さんにおさがりとして渡すものだから、見てくれがよくて、なおかつ長持ちするものがいいんだよ」


「新鮮な神饌、がいいんだけどね」


神饌とは、お供えする野菜のことを総称していうらしい。この宮司の言葉は神社あるあるなギャグらしい。


「まあそれは置いといて」


嘉代さんは残酷にスルーした。神社ギャグをかましていた宮司さんはちょっと口をすぼませたが、にこにことしていた。


「今みたいに、参集殿のここに持ってきて、声をかけてくれたらいいから。明日は五件、地鎮祭があるんだ。

だから野菜と果物を合わせて五組ずつお願いしてるの。多分、野菜の選択や組み込みは藤野さんがしてくれるだろうから。とりあえず、それだけ頭に入れといて」

「わかりました」

「お代は・・・月末にまとめて払うんですよね?宮司?」


嘉代さんがちょっと強めに宮司さんに尋ねる。


「うん、そうだよ。東くん、全部わかってるんだからいいじゃない。私、ここに必要だった?」


素直そうに疑問をぶつける宮司さんは、絶対アラフォーのおじさんなんだけど、すごくかわいい。


「必要ですよね、初見なんだから、ちゃんと挨拶しないと、だめでしょ、宮司さんなんだから」

「そうだねえ。ありがとう、東くん」


いや、だめだ、この人、かわいすぎる。

私的に宮司さんのキャラクターがつぼってしまって、笑いをこらえながら、立っていると、宮司さんのまっすぐな目が、急にすいっと私に向けられた。


「葵さん、だったね」

「はい」

「・・・君、前の、6年前の夏祭りで扇の巫女になった人じゃないかい?」

「え?あ、はい?」


扇の巫女ってなんだ??あの舞人からもらった扇を手にした人のことをいうのかしら。


「そっかあ、君、八百藤さんの葵ちゃんかあ」


宮司さんがひときわ楽しそうな顔をして、私を見つめなおした。  


「で、君、今、学生なの?」

「いえ、残念ながら高校中退して、今、迷走してます」

「残念ながら、メイソー、か」


私の言葉尻を思案深げに繰り返して、でも宮司さんはニコニコと私を見つめ続けた。

視線をそらさないまま、宮司さんが嘉代さんに尋ねる。


「東くん、君、どう思う?」

「どう、とは?」


嘉代さんが眉をしかめながら、宮司の言葉を聞き返す。と、何か思い当たったようにゆっくりと瞬きをした。


「宮司さんの考えてることはわかります、わかりますが、彼女、八百藤の手伝いに来てるんですよ。勝手にどうこうできないでしょ。それに、奥様にも見ていただいた方がよいかと思います」


私のことは置き去りに、嘉代さんと宮司さんの会話が続く。何のこと?と私は頭の中をクエッションだらけにしながら、見守った。


「ふーん、君って結構まじめだねえ、私はびびっと来たんだけどね」


宮司さんが顎をなでながら、変わらず私を見つめてくる。何気にイケメンなおじさま、イケオジっぷりで、ちょっと私は照れてきた。


「そのびびっとに何度振り回されたか分かりませんが」


はあっとため息をついて、嘉代さんが腕を組む。


「私は構いませんが、おつもりでしたら、奥様にお話をされてください。八百藤さんは私からに連絡を入れておきますよ」

「いいの?東くん、連絡してくれるの?」


本当にこの宮司さんは罪づくりな人なんだろう。素直にきらきらと嬉しそうに手を合わせたりしている。その表情に弱いので、私がなんとかしますよ、という嘉代さんの心の声が聞こえてきそうだった。


「あの・・・私、何か?」

私はどうも自分の話らしいと察して、二人に尋ねた。

宮司さんの目が少年のようにくるり、と明るい表情をつくる。


「葵さん、君、巫女やってみない?」

え?

どうしてそうなる。




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