社務日誌 9
宮司さんの出番が少ないので、ちょっとの息抜き回で出しました。
ブクマ付けてくださった方、ありがとうございます。
つたない文ですが、お付き合いください。
「悪い、待たせた」
親友であり、今は頼りになる部下の謝罪を背中に受けて、山内 正孝はゆっくりとつまんでいたお通しのキャベツへの箸をひっこめた。
「元紀」
幸波神社からバスで30分。駅前のある居酒屋で、山内宮司とその腹心、住谷は久々の小さな飲み会を開こうとしていた。宮司と住谷は杜之学院の同期だ。と同時に、在学中は共に気持ちを分かち合ったよき友人であり、今はよき上司、部下の関係にある。
神社では、宮司、住谷さん、と呼び合うが、一歩外に出れば、互いに名で呼び合い、仕事上の事でも、家の事でもなんでも話せる関係を復活させる。
「後藤さんの手伝いだろ?お疲れ様」
「ああ。そういや、正孝、今度墨絵の教室してあげるんだって?子供たち楽しみにしてるみたいだったぞ」
「うん・・・ちょっと難しいんじゃないかと思ったんだけど、めずらしいし、夏休みの宿題の提出にひと役買えるかな、と思ってね」
後藤は幸波神社の助勤職員だ。元教員の経験を活かし、経済的に苦しい子供たちの無料塾を開いている。住谷は、ふとしたことからそれを聞き、仕事の終わった後、時折手伝いに行ってるのだ。
正孝は後藤に夏休みの何日間かを使って「こども墨絵教室」をしてほしいと頼まれていた。
「夏休みは俺たちも時間があるからな。お前の墨絵教室の時は、俺の息子も行かせようかと思ってるんだ」
住谷には現在小学3年生の息子と5歳の娘がいる。
「大喬くんか。大きくなっただろうな」
「ああ、もうやかましいよ、ちびといつも騒いでる」
ちょうど、店員が持ってきたビールのジョッキをもらうと、二人はカチリ、と互いに鳴らした。
「正歩くんはどうした?」
「ああ、元気だろ?」
「そりゃ知ってるよ、毎日会ってんだから。進路、どうしたんだ?」
「あ~うん、いい感じかな」
正孝はビールジョッキの雫を目で追う。その表情を住谷は面白そうに見つめた。
「なんだそりゃ、はっきり決まったわけじゃなさそうだな」
「ははっ。そうなんだよ。だけど、それでいいな、って今うちはそうなってる・・・あいつ、杜之は受験しない」
「そうなのか?」
住谷は意外そうに聞いた。正孝の息子、正歩は中学3年生、受験生だ。当然、神職の資格が将来的に取れる、杜之学院の高等部に行くかと思っていた。迷いがあるような話は以前、正孝から聞いてはいたが、それでも、杜之に行くものだと、そう思っていたのだ。
「面白いよね、神社の後は継ぐって言うんだよ。でもそれまでは、違う事にも挑戦したいってさ」
「へえ。でも継ぐって明言したのか、正歩君」
「わかんないけどね、先々、変わるかもしれないけど。でも、俺もそれでいいな、って思ったんだ」
明言を翻すようでは、困るのではないか、と住谷は思うのだが、正孝の表情は穏やかだった。
「うちみたいな民社はさ、世襲制だけど、それが絶対って決めつけなくていいんじゃないかって思っててね。だって、町のお社だろ?そこの宮司が別に山内家である必要はないわけだから」
「しかし、山内家が宮司職についた元、というものがあるだろう?」
「それはそうだ、でも宮を守るという点において、山内家でなければならない、というわけじゃない。・・・誰も継ぐ人がいないってなっては困るけどね」
正孝の好物の烏賊の姿焼きが届いた。住谷はそっと、友人の方にその皿を押しやる。
「お前も食べるだろ?」
正孝がそれを押しとどめた。
「元紀、もし、もしなんだけどさ。俺や季子に何かあったりして、正歩が継ぐまでの間空白が出来たり、正歩自身が継がない場合にさ・・・」
住谷は嫌な予感で得意のおねだりモードに入った正孝を見つめた。
「お前に祢宜か・・・宮司をお願いしてもいいかな」
「もしもはない」
即答で、住谷は答え、親友をにらみつけた。
「お前たちに何かはない。俺が毎日神様に祈ってるから、絶対ない」
「しかし・・・」
「大丈夫だ、ずっと支えてやる。正歩が後継したら、またそれを支えてやる」
住谷に言い切られ、正孝はがくっと肩を落とした。
「ああ、元紀に任せれば、安心、と思ったんだけどなあ」
「あほか。そんなんだから、東に怒られたりするんだ。安易に物事を考えすぎだ」
「・・・あ、それも聞いてるの?」
困ってるのかどうなのか、眉を八の字にして、頭をかく正孝に、住谷はこめかみを抑えた。
この男は、今日、同僚の東 嘉代に抜き打ちの見合いをしかけたのだ。
妻の季子には、注意され、東自身には軽くキレられ、家田には冷たい視線で見られ、散々だったようだ。
「だってさあ、あそこの社長にお願いされちゃったからさ」
「なんでもかんでも軽くうけるな」
「わかってるよ。ま、今回のはちょっと試しみたいなもんだよ」
「は?」
住谷は人の好い正孝が、一瞬、眉をぴくり、と動かしたのを見逃さなかった。
こういう時、大概、この男は何かしら考えがあって動いている。
「東くんなら、ちゃんと断ってくると思ったからね」
「・・・お前、なんか考えてるな」
「優秀な娘たちを抱えてると何かと声がかかりがちなんだ。牽制だよ、宮司紹介でもちゃんと断るよって」
「・・・家田にもなんかあるのか」
「そりゃ、あんだけ美人で、仕事ができればね。でも今は、まだ勤め始めたばかりだからって断れる。こないだ町の消防団から声がかかったんだよ。飲み会に出せって。」
「まあ、わかるけどな」
「紹介しろっていうなら、紹介はしてもいいけど、彼女たちだって、自分の道は自分で決めたいだろう。大体、うちの町の男どもは他力本願すぎる。」
正孝はぐいっとビールをあおった。対して住谷は呆れた表情で、言い返す。
「お前、そういうことまで、東に言ってやればよかったのに。もう頼まれても、東も家田も出す気はないんだろう?」
「もちろんだよ。ま、東くん、には今回だけ嫌な思いをさせちゃったけど。あの子がしっかり断れるのは分かってたからね。家田くんを守るためだと思ってくれれば、喜んでのったんじゃない?」
ふふっと人の悪い笑みを浮かべて、正孝は有能な部下を思いやる。
「ま、うちの娘たちに想いを寄せるなら、自力で口説き落とせばいいんだよ」
「二人とも手ごわいからなあ。」
二人は顔を見合わせて笑った。
「・・・そういや、自力で口説き落とそうとしてる男がいたな」
ふと、思い起こして、住谷は後輩にあたる助勤神主の顔を浮かべた。
「二人のことを、か?」
「いや、葵ちゃんを、だよ」
「・・・ああ、桐原くんか・・・」
正孝がふっと優しい表情をつくる。住谷はそれが何故だか心当たりがあった。
「自分と重ねてるのか?桐原を」
「いや、俺とはまた違うだろう。でもまあ、・・・そうかもな」
扇の巫女である、季子との出会いは正孝の一番の幸いだったと、本人は思っている。
誰よりも愛しく、大切な存在を妻として、共に歩んでいられるのは、本当に幸せだ。
「季子ちゃんに昔からお前はぞっこんだったからなあ。俺が少し話しかけただけで、嫉妬されるし、大変だったよなあ」
「・・・うるさいな」
酒のせいか、季子を想ってのせいか、顔が心なしか、赤い。結婚してもうだいぶ経つのに、こういう表情を見せるのが友人ながら、かわいいところだ、と住谷は思った。
「・・・季子に会いたくなっちゃったじゃないか、もう帰る」
里心がついてしまったようだ。勘定の紙きれを取り上げ、正孝は立ち上がった。
「そうか、じゃあ帰ろう。俺も奥さんにおみやげでも買って帰るよ」
くくく、と笑いながら、住谷もそれにならう。
友人同士の飲み会はきっちり割り勘で。
二人は仲良く帰路についた。
お読みいただきありがとうございました。




