社務日誌 8
社務日誌。神社あるある、巫女さん事情です。
夏の大祭が終わり、巫女長である家田 紘香は舞の稽古に余念がない。後輩たちに伝えるために、より力を入れているのだ。
一応、神社の勤務時間内に、と宮司夫妻に許可ももらい、家田は学生が時間のとれる、土日の日程に、二人の巫女が来られるように手配した。
宮園 悠と瀧 真奈美。二人とも高校2年生だ。一色 葵とは同学年になる。
宮園は神社の近くに住む。何かと融通も利き、葵が来る前は、繁忙期以外の土日に、手が足りないと、彼女に助勤を依頼するのが常だった。朗らかな性格で、とにかく明るい。
瀧 真奈美はいわゆる、出来る巫女バイト、だと家田は思っている。冷静で、気がよく回る。高校生とは思えない落ち着きがあり、正月の各部署の配置を決めれば、そこのリーダーを任されるようになるような存在だ。
当たりだった、と家田は自分の中で思っている。宮園は、氏子たちや、よく日参する老人たちに人気がある。瀧は氏子総代を務める家の孫だ。親戚筋も多い。
この二人が舞を務めることになっても、やっかみ等が出ることはない。好意的に見てもらえる。
二人とも飲み込みも早かった。今回は稽古のみで、実際、秋の例大祭で舞を奉納するのは家田自身、と最初は思っていたものの、初日の様子で、この二人で行こうかと考え始めたくらいだ。
(まあ、まだ2か月あるけどね)
だから、十分に間に合う。二人にやらせてもよい、と思う。その反面、若干の寂しさがあるのも否めない。葵が素晴らしい舞をしていた、と聞いたとき、正直自分の中に焦りのようなものも生じていた。
やがて、自分の役目も誰かに変わっていく、とそういう寂しさとともに。
(この先を考えなきゃいけないのよね)
家田は今、20歳。今年ここに採用されたばかりで、そう思うのは訳がある。
巫女の定年だ。
巫女の定年は決まっていない。しかし、まことしやかに伝えられ、考えられている年齢が25歳、だ。もしそれが社家の娘であれば、後継者という名目もあり、その年齢を過ぎても、緋袴をはくこともあれば、事務員のような形で働くことはあるのだろう。
あるいは神職の資格をとって、巫女とは違う形をとるのも、今は当たり前の一つだ。
しかし、それが、雇われ巫女で、社家出身者でない場合、若干見方は異なってくる。
25歳を過ぎても緋袴をはくのか、というと年齢的に気恥ずかしい部分も出てくるだろう。
そして、周囲もどうして、ここで巫女で働いているのか、という風な視線を送ってくるところがある。
よくも悪くも、古い考え方が残っているのだ。
25歳くらいまでに結婚してやめる、というような。
別に露骨な肩たたきがあるわけでもない。
ただ、どうして?という感じが残り、また、緋袴をはき続けにくいだろう、と場所によっては、緑色や紺色の袴を与えられることが出てくる。
こうなると、頃合い、を考える人もいるし、事務専属という立ち位置になっていくので、人によっては辞めるという選択をしていく人もいるようだ。
家田は別に結婚や年齢を問うような事があっても、勤め続けられる気持ちと自信はある。
おそらく、幸波神社の宮司夫妻は、それをよしとしてくれるとも思う。
しかし、神社の付き合いは、勤める神社だけのものではない。同じ県内、市内の神社とも交流がある。
その時に、自分のことで、宮司夫妻がつつかれたりしては面白くない。
あと5年あるが、その間にその先続けるのであれば、神社に必要な存在として、周囲にも納得のスキルなり、立場を持ちたい、と家田は思っていた。
親しくしている、神職の東 嘉代はバイト巫女だった。
社家出身者ではないが、親戚筋に神社があり、神職になるということにあまり壁を持たなかったようなところがある。杜之学院ではないが、京都の神職養成の学校に2年通い、資格を得てきた。
でも、家田には神職になろうという気持ちは今はない。
かといって巫女の仕事を25歳までの腰かけとも思われたくない。
どういうのが望まれるのか。家田は色々と模索中だ。
書道を極め、書記として、土屋のようにいるのも一つの方法だ。
また、舞を学びこみ、その流れで、雅楽などを身に着け、楽人として神社にいることもできるだろう。
あるいは社労士や会計士、税理士などの資格を取るということも考えられる。神社特有の雇用や会計に携わり、自らの勤める神社のみならず、他の神社の依頼も受けやすくなる。
そう考えていくと、いろんな方法が考えられるのだ。
バイト時代から慣れているとはいえ、今年一年はとにかく正職員としてきちんと勤め上げることが肝心だと家田は思っている。そして、その先はどうしていくのか、しっかり見据えて行かないといけない。目の前の頒布台をぼんやりと眺めながら、家田は社務所番を過ごしていた。
「難しい顔して何考えてんの」
冷たいコップを額にあてられ、家田はひゃっと声をあげた。
「嘉代さん!もう、びっくりするじゃないですか」
「レモン水。おいしいよ。のみなよ」
作務衣姿の東 嘉代がニコニコしながら冷えたレモン水をすすめてきた。
「ありがとうございます。宮司さんのおつかい、済んだんですか?」
東は今日は朝から、宮司に頼まれて、とある氏子の家におつかいに行っていた。宮司の描く墨絵の色紙を届けに、だ。そんなに遠い場所でもないのだが、もう昼前になる。何をそんなにかかったのか、と家田は不思議に思った。
「まあね」
宮司さんのおつかい、という言葉が出るや、ニコニコしてた東の表情が固くなった。
「?何か、ありました?」
東の様子に、家田が首をかしげる、と東は黙って、目の前の電話機を取り、内線で宮司宅につなげる。
「東です!戻りました」
『あ、東君、おかえり、あの、さ、どうだった?』
「宮司さん、知ってたんですね、私、もう知りませんよ!」
『え?・・・おい、あず・・・』
宮司の戸惑うような声を途中で断ち切るように、東は、ガチャン、と荒っぽく受話器を切り、そのまま、どかっと目の前の椅子に座って、机にぺたりと頭をすりつけた。
「嘉代・・・さん?」
「ひろか~~~~~~~~!もう聞いてよ!!!」
恨めしそうな目で、顔だけ家田の方に向け、東は愚痴りだした。
妙だ、と思ったのだ。宮司の絵を届ける、なんておかしい。
宮司の絵は確かに皆に好かれているし、評判のいいものだ。
だが、氏子、この近辺の者がその絵を入手するならば、まず、直に神社に来るのが普通だ。
それを東を名指しで、届けにいくように、と。
その氏子は造園業を営む土地持ちの家だった。東も勿論知っている。
だからこそ、気軽に作務衣で出かけて行ったのだ。
あの時「それで行くのか?」と珍しく宮司が作務衣で行くことに戸惑いを隠せない様子を見せたのも、今にして思えばおかしかったのだ。
着くと、東は何故か応接室に通された。依頼者の造園業の社長とその妻が出迎え、お茶とケーキを出される。そうして始まったのが、東自身への品定め、だったのだ。
「要は見合いみたいなもんよ」
「見合い?」
「あそこ、息子がいるでしょう?ほら、たまに社長と一緒に来てるじゃない。うちらより10歳くらい離れてる職人さん」
「ああ、そういえば」
「あの息子の嫁にどうかって品定めさせてくれって宮司さんに頼んだみたいよ、あの社長夫妻」
「ええ・・・」
思わず、家田は絶句する。
「宮司も断ってくれたらよかったのに。人のこと知りもしないで、勝手に盛り上がってくれちゃって。なんか気に入られてるみたいで」
気に入られている。
それはそうだろう。剪定好きで、しょっちゅう落ち葉まみれ、埃まみれになりながら、神社境内の整備に勤しんでいる東は、造園業者の目に留まらないわけがない。
ひとたび、白衣姿になれば、立派な神職なのだが、それもまた、いい評価につながってしまう。
その造園業の抱える小山の近くに、神職無人の兼務社があるのだ。幸波神社の兼務社である。
あわよくば、そこの留守番神職になってもらい、嫁になってもらい、とそういう発想があったのだろう。
「東くんっっ!!ごめん!!断れなかったんだ!ほんと、ごめん!!」
家田と東が話す社務所に、慌てた様子の宮司が飛び込んできた。
「ごめんなさいね、そんなことになってると思わなくて。嘉代ちゃん、何も知らないで行ったんでしょう?ひとこと、宮司も言ってあげればよかったのに」
祢宜が続けて、謝りながら入ってくる。東は体を起こし。大きくため息をついた。
「もういいですよ。でもほんと、次はないですよ!」
「東くん、その・・・断ったんだ、よね?」
「ええ」
「納得、してくれたの?」
東はにやり、と笑って、腕を組み、答えた。
「私はしかるべき神社の後継者候補です。いいなずけ、みたいなのもいますって言っちゃいました」
「え?」
「嘘じゃないですよ。親戚筋の神社の後継者ではないですが、候補の一人です。で、もしちゃんと後継者になった場合は婚姻する相手もできるかもしれないって話で」
さらっと東は言い切ったが、家田は後継者、だの、いいなずけ、とかいう言葉に目を見開いた。
今の時代にそんな言葉をすらっと使うのが神社界なのだ。
実際、東が言ってる話は、確定もしていない話で、可能性がある、ぐらいの話なのだと思う。
確か同年代の従兄たちが同じように神職を目指し、他の神社で勤めたりして、いわゆる修行中であることを、以前家田は聞いたことがあった。自分は本家筋から離れてるから、継ぐことはまずないけど、と言ってたのだ。いいなずけも、従兄の話に、ちなんだものだったのだろう。
「そ、そうか・・・東くん、あの、ここ、辞めちゃうのか?」
話が飛躍しすぎて、宮司の頭の中も軽く混乱してしまったようだ。しゅん、とうなだれて、途方にくれたような顔をしている。途端に、東が笑い出した。
「違いますよ!やめませんよ!まだ、います!大丈夫!」
「宮司さん、そんなになるなら、お断りを最初からすべきでしたね、嘉代ちゃんは今の幸波神社に必要な神職ですよ。いなくなったら困るでしょう?」
祢宜がたしなめるように、自分の夫に言い聞かせる。
「そうだね、ほんとに、ごめんね・・・じゃあ、まだいてくれるんだよね?」
宮司が反省を含めて再度、頭を下げた。隣で苦笑しながら祢宜も頭を下げる。
「大丈夫ですよ」
東がにこやかに笑った。
今の幸波神社に必要な・・・。
祢宜の東を評したその言葉が、今の家田に響いた。
実はこの有能な巫女長は、十分になくてはならない存在なのだが。
家田の向上心は、愛する神社と敬愛する宮司夫妻の為に、また伸びようとしている。




