31 実家にて
いつも読んでくださってる方、ブクマしてくださってる方、ありがとうございます。
ではでは本編31回目です。ちょっと長め。
どうぞよろしくお願いします。
小さい人3人を連れて、私は実家の玄関に立った。
インターホン、押しちゃう?
普通に入る?
と思ったら・・・レンカちゃんが押しちゃった・・・。
『初めて押しちゃった!』
う、うん。まあいいけど。
でもなんだかそれで立ちんぼするのは、水臭いような気がして、私はそのまま玄関の扉を開けた。
「・・・こんにちわ」
うっわ、自分で言っててなんだか微妙。でも、ただいまってのもなんかモヤってくるし。
とはいえ、訪れたんだから、声はかけないと、だし。
電話で約束どおり、1週間に1度は連絡してたんだし、別にそんなに隔てはないつもり、なんだけど。
「あ、着いたのね。お帰り」
母が何気ない感じで出迎えてくれると、家にはいるだけに緊張していたのを思い知ったかのように、ほわっと背中に熱が走った。
「うん、ただいま」
今度こそ、ただいま、を言って、靴をぬぐ。
私にしか見えないけど、お小さい三方は興味深そうにきょろきょろしながら、一応私の肩の周りで浮遊していた。
「来たか」
知ってたくせに。父が、新聞を広げたまま、こちらをちらりと見る。
あ、あなたの見てるとこ、あなたが興味のないスポーツ欄じゃない?
わざとらしさ満載だ。
ああ、でも客扱いみたい。
ソーサー付きでコーヒーを出されて、私は内心、苦笑した。
家出人のような出来損ないの中退娘、の私は今日、ここできちんと話をしなきゃいけないんだけど。聞く耳持ってるかどうかがもう心配だ。
出されたコーヒーを一口飲む。
父が新聞をたたみ、テーブルの上に両腕を載せ、両手を組む。
その手を組むや、にわかに、ぎろり、と私の方をにらむように見つめてきて、私は再び緊張した。
ここで負けちゃだめだ。ちゃんと話をするんだから。
「あの、今日来たのは・・・」
「わかってる。編入の件だろう?」
本題に入ろうとしたのに、無意識に目を逸らしていた。編入という言葉が父親から出たので、はっとして、視線を合わせる。
「勝手に中退して、勝手に編入を決めるとは、いいご身分だな。甘いというか、自由でうらやましい」
皮肉たっぷりな感じで、言う父の言葉に、私は嫌悪感を感じた。でも、これは想定内だ。
ぐっとこらえて、父の視線を受け止める。そうだ、逃げちゃだめだ。
「勝手にしてるんだから、勝手にしたらいい。片岡とかいう担任からは聞いている。お前の希望する編入先は奨学制度があるんだろう?それを使って、こちらに迷惑かけるな。
一応、携帯の代金は出してやるから、1週間に一度連絡はしてこい。あと、親としてこちらがしなきゃいけない手続きはこっちがしてやる、それでいいか?」
「へ?」
思わず拍子抜けして、私は間の抜けた返事をしてしまった。え?いいってこと?
嘘。絶対ごねるかと思ったのに。高圧的で、嫌みな言い方だけど、一応こちらの希望してることは容認してくれてるみたいだ。
「・・・えと、ありがとう」
ごく当たり前に、お礼のことばが、するっと出た。でも父にはそれが意外だったようだ。
目を大きく見開き、驚いたように私を凝視する。
「ふん、少しはまともになったようだな」
「え?」
「あって当たり前だと思ってたことが色々とあったんじゃないのか?ここを出て、親に素直にお礼が言えるようになっただけ、いい経験はしてきたようだな」
「・・・あ・・・」
ちょっと返せなかった。父親に対抗するばっかりで、親にまともにお礼を言ったのってすごく久しぶりな気がする。ここにいた時のまずさ、は親だけでない、私自身も作ってたんだと苦く感じた。
「ま、いいさ。やってみたらいい。・・・それに面倒な言い合いするほどこちらも暇じゃなくてな」
うん?今ちょっと父親の顔がつらそうな感じだったような。見れば、母が隣で頷きながら、私に思わせぶりの視線を投げかける。
え?なんだろう。
「葵、あのね、今、仁がね、ちょっと大変なの」
「仁が?」
仁は、中三の弟だ。私がこのうちを出るとき、唯一笑顔で見送ってくれた、できすぎた弟だ。
成績優秀で、両親自慢の息子。
それがどうかしたのだろうか。
「部屋に閉じこもったままだ」
そう言うや、父親は、用は済んだ、とばかりに立ち上がり、部屋から出て行った。
「え?」
ちょっと、説明は?と問い詰めたくなったが、以前、片岡先生が言ってた言葉を思い出す。
父親の態度にわかるところがあった。
今の、逃げたんだ。
お父さん、説明すると苦しくなるから、負け犬になったな、今。
自分の範囲外の事が怖いんだ。ここでつつけば、怖くてキャンキャン抵抗してくるだろう。
だったら、黙っていよう。
代わりに、私は母に尋ねる。
「どういうこと?」
母はおろおろと、父親の背を見送った後、ふうっと息を吐きだして、教えてくれた。
「仁、学校行ってないの」
「なんで」
「色々、つまらないって。いじめがあったようでもなし、成績がさがったようでもないのよ、1週間前くらいからずっと部屋にこもったまんま」
「ごはんは?」
「部屋の前に置いておくと食べてはいるみたい」
甘やかしだあ。私が落ち込んで、部屋にこもっても、前に置いてくれたことなんてなかったのに。お腹すいたら出てくるだろ、の主義はどこにいったのよ。
「お腹すいたら出てくるんじゃないの?前に置くもんじゃないんじゃない?」
「でも心配で」
ふーん。私がこもった時の話は忘れてるんだよね。まあいいや。
「仁に声かけてよい?」
「・・・そ、そうね、葵なら出てくるかもしれないし」
二階から父親の書斎のステレオの音が響く。説明もなしに、自分の好きなとこに引きこもったか、あの人は。・・・でも怖いんならしょうがないか。心配してるから、それ以上動けないんだよな・・・。ほんとはちゃんと知って欲しいんだけどね。
父親の書斎の隣は押入れがあり、その奥に元私がいた部屋と仁の部屋がある。
私は階段を上り、ストレオの音に失笑しながら、仁の部屋の前に立った。
『コンコンしようか?』
カスミンが私の顔を覗き込む。
あ、ちょっと待って、と言おうと思う前に、またレンカちゃんが扉の戸を叩いてしまった。
・・・この子、待てないなあ、もう。
私が諦めたように笑うと、かまいたちが一緒に笑う。
『レンカはやりたがりだから、勘弁してやってくれ』
「ほんとね」
しかし、扉を叩いても、中からうんともすんとも言わない。
「仁?私よ。久しぶり。いるんでしょ」
扉の前から声をかけて、ノブを回す。
ガチャ。
・・・やっぱりだけど、鍵がかかっている。
『見てこようか?』
「え?」
カスミンが自分の体をふわっと広げるようにして、扉の隙間から入っていく。
「え?ちょ・・・」
様子が少しわかれば、と安易に考えていた私の希望を砕いて、ガチャリ、と鍵が開く音がする。カスミンが向こう側から開けてきたのだ。
うわ~これ、もう入るしかないじゃない。
「・・・え?」
仁の戸惑ったような声が聞こえた。鍵を開けられたような様子に反応してるのかもしれない。
「仁?」
カスミンに開けてもらった扉を開くと、学習椅子に座ったままの仁がくるりと、こちらに体を向けた。
「姉ちゃんか」
ちょっと困ったような顔をして、少し無理やりな笑顔を浮かべてくる。
さっき、声をかけたのに気付かなかったのかな。
「久しぶり。ちょっと用事があってこっちに来たの。」
「元気そうだね」
「あんたはそうじゃないみたいだけど?どうしたの?」
そう言いかけて、かまいたちが私の袖もすそをくいっと引っ張ったのに反応して、下方を見る。
仁の足元から黒いふつふつとしたモヤが湧き出ている。
初めて見る現象だったけど、そこから感じるものは、以前、に感じたことのあるものだった。
(おみくじさんの気配と同じだ)
幸波神社に参拝して、その後自殺を図ろうとした、あの女の人の事をふっと思い出した。
あれほど強いものじゃないけど、嫌な感じがする。あの時はサキナミ様に習って、祈ることで
暴走する嫌な気配を消すことができたけど。
まさか、仁も自殺を?
いや、自殺とは限らないか。多分だけど、気持ちのマイナスな部分が生み出す嫌な気配なんだと思う。それが悪い渦を作って、聞く耳も持たなくなるんだったかな。
理由はわからないけど、あんまりいい状態でないのは確かだ。
「色々嫌になっちゃったんだよ。めんどくさくて」
わ、なんだかここ出た時の私みたい。でも、話してくれてるってことは「おみくじさん」より、まだましなのかも。
「何がめんどくさいの?学校?」
「・・・学校は・・・行きたくなくなった」
仁が苦しそうに答える。学校で何かあった?
「どうして」
「学校が嫌なわけじゃない。なんで学校行ってるか分かんなくなってきたんだ」
うわあ、なんかほんとに病気さえしなければ、私もこういう思考になってたんじゃないかって感じの姿を見せられてる気がする。それってやっぱり・・・。
「お父さんか、お母さんになんか言われた?」
ぴくっと仁の肩が震える。図星だろう。
「今月初めに部活の市の大会があったんだ」
「卓球の?」
「優勝したんだよ」
「すごいじゃん!じゃあ県大会まで行ける?」
思わず、身を乗り出して、私が叫ぶと、仁が目を丸くした。
そして、今までにない笑顔を見せる。
「県大会まで行けるよ!・・・ああ、なんかやっぱり、姉ちゃんいるといいな」
「なによう」
しみじみと弟に言われて、私は思わず照れてしまう。ああ、よかった。仁が笑顔だ。
ふと先ほどの黒いモヤを見ようとすると、笑顔とともに、少しモヤの量が減ったような気がする。
「・・・そういうのがさ、なかったんだよ、お父さんたち」
「え?」
「優勝したって言っても何も喜ばないの。県大会あるって言っても受験間に合うのかって」
はあ・・・。何してくれちゃってんのかな。お父さん。
お父さんたちってことは、お母さんもか。
結局、自分の思う設計どうりに動かないことが怖いんだよな。
「がんばりなよ、県大会」
私はそう言った。
「学校行かなきゃ、県大会も出れないでしょ」
「うん、わかってる」
仁が頭をかく。
「わかってたんだ。だけど、もうほんとにめんどくさくて。姉ちゃんが色々苦労してたのみてたからさ、お父さんたちの絶対こうあるべき、はわかってるんだよ。だけど、俺のこうしたい、も理解してもらって、一緒に喜んでもらいたかったんだ」
「そうだね」
「姉ちゃんいなくなってさ。俺、姉ちゃんが何かと俺の気持ちに同意したり、喜んでくれたりしてくれてたのがなくなっちゃったから、ちょっとしんどかったのかも」
あらあら、かわいいこといってくれるな、わが弟よ!
「お父さんたちもさ、ほんとはわかってるんだと思うよ。だけど、お父さんたちは、怖がりなんだよ。自分の思ってる範囲外の事されると、怖くて警戒しちゃうの。それは私たちを心配してるからなんだけど。怖いからって、頭ごなしに否定したり、やり方がちょっとまずいのは否めないからなんとも言えないんだけどね」
片岡先生からの受け売りをそのまま仁に提供すると、仁はつきものが落ちたような顔で、私を見た。
「ほんとにそうだ。ほんとにそうだね」
「負け犬がキャンキャンって吠えて警戒してるって思えばいいって私も人に言われたんだよ」
「負け犬かあ・・・」
かまいたちが、目の前をととと、と進んでいく。
黒いモヤが小さく胡散していくのが見えた。かまいたちがそれを尾っぽで振り払うと小さな風が起きて、綺麗に払われていった。
「大丈夫そうだね、仁」
私が言うと、仁は大きくうなずいた。
「ところで、姉ちゃん、この扉の鍵、どうやって開けたの?」
う~ん、それ、忘れていてほしかったんだけど。
ここの天の岩戸は容易に開く。




