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30 帰郷と境界人

物語は、神奈川から茨城へ。地名はそれぞれ出しませんが、川崎、土浦をイメージしてます。


いつもお運びいただき、ありがとうございます。

今回もまたよろしくお願いします。

7月三週目の週末。私は常磐線に乗って実家、茨城へと北上した。

場所は霞ケ浦の近く。真っ平な平野の北西には紫峰と呼ばれる筑波山がぽこん、と見える。

たった1か月とちょっと離れただけなのに、ものすごい久しぶり感がする。


うん。

もう少し懐かしいなあとか考える時間ちょうだい?

なあんか、もっと帰ってきたなあ、って感じでいたいんだけど?


私は眉を寄せながら、額に手を当てて、立ち尽くした。

今、ものすごく、困惑している。

家はもう10分ほど歩いた先にあるのだけど。

思わぬ予定が入り、私の歩みは止められていた。


「・・・君たち、誰」


家の近くにあるヨットハーバーの自販機前で、頭を冷やすべく、私は缶コーヒーを買う。

目の前になにか、ふわふわした物・・・者?が、み・・・見えるんだけど。

気のせいか幻覚かとも思って、知らないふりしてたんだけど。

明らかに目が合う。

いや、サキナミ様で免疫はついてるよ?だけど、こう、ぽこぽこ他のモノも見えるものなの?

しかも一度に3つ?3人というべきなのかな。それとも3体??


『あ、やっぱりおねえさん、みえてるんじゃない~』

『うむ、この人間、俺たちと同じようなのと関わってる気配がする』

『へえ、じゃあ遊べるかな!』


はい、声まで聞こえました~!

これはもう関わらないわけにいかないかな・・・。


最寄りの駅について、降りたところ辺りからだった。

なんだか風もないのに、顔に何かがまとわりつくような感覚があったんだよね。

やがて、それは目の前に形をなしていって。

ピンクの花のような形の不思議な衣を身に着けた、女の子みたいな親指サイズの小さなふわふわ。

水色の布をすっぽりローブのようにかぶってウロウロする、これまた親指サイズの小さなふわふわ。

そして、他の2体よりも少し大きめだけど、手のひらサイズのイタチのようなふわふわ動物。

おそらく、他の人には見えてない。

その3つがずーーーっと、

私についてくる。この、訳のわからないまま、実家に行っても余計な混乱をきたすだけだ、と私は考え、一旦近くのヨットハーバーで休憩することにしたのだ。


「うん、私あなたたちのこと、見えてるよ。なんでついてくるの?」


コーヒーを飲みながら目の前でふわふわしてる三匹?三人?に、私は声をかけた。


『いごこちいいからかな』

『楽しそうじゃない?』

『大きな精霊の力を感じる、それその鞄に』


あ、扇の事言ってるのかな。私が鞄から扇を取り出すと、イタチの子がそれにすり寄ってきた。


『ああ、温かい』


すると、ピンクと水色の子たちもわらわらとそれにまとわりつく。

う~ん。なんだこの状態。私、どうしたらいいんだろう。


「あのね、私これから、自分の家に行くの。大事な用事があるから、ここで一回さよならしない?」

『やだ』

『やだよ』

『断る』


う~ん。何故に?

弱った私は専門家の知り合いに電話をすることにした。

幸波神社の祢宜さんだ。祢宜さんは小さいころから色々な物が見えていたというから、対処できそうな気がする。


『葵ちゃん、それ、境界人に気に入られたのよ』


アハハ、と快活な笑いを添えて、電話口で祢宜さんが言う。


「境界人?」

『精霊とか、妖怪の事かな。サキナミ様もその仲間よ。神様のいるような世界や異世界と我々の住む世界の間に存在して、二つの世界を行き来する力を持つの。言い方悪いけど、神様ほどの高位の存在じゃないけど、学問上では片仮名で、カミって表現されたりしてるわね、とでも言っておこうかしら』

「カミ?」

『人間に直接作用する不思議な存在よ。時に神様の使いともなる時もあるけどね』


河童とか、そういう感じでイメージできるかしら?と祢宜さんは説明してくれた。

う~ん。じゃあまあ、これらはサキナミ様のような、精霊のような存在ということでいいんだろうけど。


「どうすればいいです?」

『適当に一緒にいたらいいのよ、邪魔はしないと思うわよ。好かれてついてきてるのなら。そのうち、飽きてどこか行くんじゃないかしら』


ええ、そういうものなの?大丈夫かなあ。父親との話の時に面倒なことになったりしなけりゃいいんだけど。


『葵ちゃん、こないだの祭りで、前の自分を思い出したでしょう?多分、その関係で、色々見えてきたり、感じてきたりすることが増えてくると思うよ』


祢宜さんが、よく聞かせるような口調で、若干ゆっくりめにそう伝えてきた。

肝心なところだ。

何故にこの状況下になったのかすごく知りたい。


「え?そうなんですか?でも夏祭りの後、今の今まで何にもなかったのに」

『それはサキナミ様の力の届く領域にいたからよ。幸波町はサキナミ様くらいしかいないもの。たまに客のような方が見えたりするけど。』


そうなんだ。

そういえば、前世の私、あさ、は確かにそういう自然界の不思議な存在と交流があったような気がする。朧げな記憶だけど。

それにしても、こんなに懐かれる感じだったかなあ。

私は改めて目の前の三人の境界人を見た。

くるん、とした目で見つめてくるピンクが可愛い!


・・・なんとか善処しよう。うん。

私は自分の中でそう決めた。

祢宜さんにお礼をいって、電話を切ると、改めて、境界人の方に向き直る。


「私、一色 葵。葵って呼んでね。あなた方はなんて呼ぼうかしら」

『俺、かまいたち』


え?

なんかどっかで聞いたことある名前だなあ。もちろんイタチ型の子の発言だ。


「かまいたちって妖怪の名前だよ?」

『そうらしい。俺、風の力使うんだ。それで前に人間にそう呼ばれた』

「ふ~ん」


いわゆる伝説の妖怪、かまいたちとは別物なのかもしれない。風を吹かせた時に、人間が妖怪かまいたちになぞらえて、名前を与えているような気がする。

様子を見てると、このイタチの子が二人をひっぱっているような雰囲気がある。


『そっちの二人はまだ生まれたてで、名前がない。お前、つけてくれ』

「え?いいの?」

『名前をもらえると、存在する力が強くなる、頼む』


そういうものなのかなあ。私は言われるまま、ピンクと水色のふわふわの様子をさぐった。

ピンクの子は花なのだろう。水色の子は・・・水の力をもってそうだな。着ている衣が滴っているもの。

う~ん。

そうか・・・じゃあ・・・


「こっちのピンクはレンカちゃん、蓮の花みたいな服きてるから。水色のあなたは、霞ケ浦にちなんで、カスミンで、よいかな」


安易だけど、こんなものじゃないかしら。

けれど、二人はすごく嬉しそうに、くるくる回りだした。


『やった!私レンカよ!レンカ!』

『僕、カスミン!』


ああ、喜んでくれて何より。

これで友好関係は結べたかなあ。

私は改めて三人に、これから実家に向かう事を伝え、そこでは邪魔をせずにいること、をお願いした。

思いのほか、三人は快諾してくれ、私は、突然できたこの道連れを連れて、実家にむかうことにした。

鞄にしまおうとした扇がじんわり、と震える。なんだかここにいないサキナミ様が失笑しているような様子がうかがえて、私は思わず一人で笑ってしまった。


サキナミ様、今どうしてるかしら。



妖怪や精霊は時として信仰対象ともなりますが、どちらかというと、生活に密着したもので、民俗学の上では「カミ」という形で神社などの神と区別されるようです。

すごく微妙で、どちらかか分からない分別になるものもありますよね。


ここまでよんでくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] カスミンとレンカちゃん、茨城県民には堪らないネーミングです。
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