28 友達
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神社での朝食の後、私は八百藤へと帰った。
そのまま八百藤の手伝いをしようとしたけど、夫婦そろって、休んで来い、の一点張り。
心配もかけただろうから、ここは素直に引き下がって、部屋で休むことにした。
いつの間にか、八百藤であてがわれた私の部屋は、きちんと私の帰る部屋、になっていて、私は部屋に入った途端に安堵した。気分転換に本でも読んで過ごそうかな、と思っていたけれど、なんのことはない、いつの間にか寝入ってしまった。
気が付いたのは、亜実さんに起こされた時だ。
「寝てるところ、ごめんね、お客さんが来てるの」
「ふえ?」
寝ぼけ眼で時計を見るともう、お昼近い。疲れていたんだ。爆睡していたみたいだった。
「お客さんって?」
「桐原君よ」
「え!?」
思わず飛び起きる。
うわあ、どうしよ。
どうしよ、じゃないよ。会いたいって思ってたのに。
いや、まて、どうしよう、だよ。
わあ、混乱する。まだ何も頭の中、整理ついてないのに。
でも、会う?
会う・・・よね。
せっかく来てくれたんだから。
けど、あの話になったら、頭の中はごちゃごちゃなんですって言えばいいや。
・・・・。
うん、十中八九その話になる、よね・・・。
「葵ちゃん、大丈夫?」
亜実さんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「は、はい、大丈夫です。ちょっと顔洗って、下に行きます!」
気合をいれるように、ちょっと強めの語気で応えると、亜実さんは苦笑いで自らの髪をひとなでしながら言った。
「寝ぐせもすごいわよ、ちゃんと鏡見てから来なさい」
「ええ!?」
慌てて、給湯器でタオルを濡らし、それを頭にかぶる。顔を洗って、鏡を見ると、柄にもない自分の顔がそこにあった。
「なんて顔してんのよ」
自評で思うに、情けない顔、といった感じだ。
ちょっと迎え撃てる気がしないのだ。今は。
でも逃げても仕方ないし、・・・よし!
私は蒸しタオルをそのまま下ろして、寝ぐせを確認すると、ぱちん、と手を打った。
「よし!いこう!」
階段を下りて、店先を覗くと、桐原さんがいる。
すぐに目が合った。
手を上げて、「やあ」というように、笑っている。
私は無意識に喉を鳴らしていた。
「葵ちゃん、こんにちわ。半日ぶり、くらいかな」
「はあ」
いつもの桐原さんだ。気構えすぎたかな、と思ったけど、油断した。
桐原さんは手をこちらに差し出す。
「藤野さんには話してあるから、今日は俺のおごりで昼ご飯、一緒にどう?」
え?
えええ!?
いやいやいや、そうだ、そうだった。
いつもの桐原さんは、女の子に優しくて、こういうことさらっとできちゃう人だ。
いつもの私だったら、気にもしないで、それにのっかるか、適当に断るんだろう。
でも、今は。
今の私はそうはいかない。背筋からぞわぞわと変な熱が発動してくる。
ああ。その手をどうしろと。
桐原さんの差し出された手を見て、更に桐原さんの顔を見ると、にこっと良い顔で笑ってくる。
ふわあっ。駄目だ!私、すっごい意識しちゃってる。首が熱くなってるもの。
そんな前世の事を知ったからって。
桐原さんは、桐原さんだし。私も、私なんだから。
どうしよう、とためらっていると、握りしめていた右手をさっさと取られて、両手で包み込まれた。
「お疲れ会、しよう。おいしいもの食べて、ね」
両手で持った私の手を目の前まで引き上げて、懇願するように桐原さんは畳みかけてくる。
「・・・は、はい」
もう応えるしかない。おずおず、と私が返事をすると、桐原さんはすごく嬉しそうに握った手をぶんぶん、と上下に振る。
「いいの!?ありがとう。俺、すごく嬉しいよ!」
いい笑顔だなあ。断れないよ、こんなんじゃ。
「じゃあ行こう。こっから少し歩くけど」
桐原さんは自分の左手で私の手を引いていく。
・・・・手を、離してくれない。どうしていいのかわからない。
その手も見れない。こんな、私がわからない。
意識しすぎだ、私ったら。気にしないようにしなきゃ。
なんとなく自然に、手が離せないかな。
握られた手の指をなんとなく動かすと、さらに強く握られてしまった。
「手をつなぐの、嫌?」
「・・・その、恥ずかしいです」
昨日の逆だ。昨日は役目で手をつないだけれど、桐原さんがためらってたんだよね。
私はなんとも思ってなかったから、逆に役目と思って手をつなげたんだけど。
前世の記憶の影響と今の私の困惑が、昨日と全く正反対の想いでの手繋ぎをさせる。
「・・・昨日の反対だね」
桐原さん、同じこと考えていたみたい。苦笑いして、そっと手を離してくれた。
「すいません」
「謝らないで。でも、手を引いて行った方が、案内しやすいんだけどな。」
そんなものだろうか。そう言って、いつも女の子に優しくしてるのかな。
・・・それなら、そういうことなら、気にしなくていいかな。
「じゃあ、お願いします」
今までの桐原さんなんだ、と、きちんと線引きすれば、落ち着いてきた。こちらからためらいがちに手を差し出すと、桐原さんは私の顔を覗き込むようにして笑った。
「もう少し、意識してくれるかと思ったんだけど」
「え?」
「いや、手を取らせてもらうよ」
桐原さんはしっかりと私の手を握ると、店まで案内してくれた。
お店は住宅街の中にある小さな喫茶店のようにも見えるレストランだった。
卵料理の専門店らしい。その名も「たまごや」。
ランチタイムのサービスのお品書きの小さな黒板が玄関前に立てかけてあった。
「ここ、美味しいんだ。お腹すいてる?」
「はい」
恐ろしいことに、午前中はほぼ寝ていただけなのに、しっかり空腹になっていた。
メニューを見ると私の好きなチーズを使ったオムレツのセットも書いてあって、なんだか楽しみになる。店に入り、好きな物を頼んで、というので、私はランチメニューのチーズオムレツのセットを頼んだ。桐原さんはシーフードのオムライス。
「子供っぽいかな」
自分の選択をそう評しながら、桐原さんはサービスで出されたレモン水を一口、飲んだ。
「昨日は、お疲れ様」
「お疲れさまでした」
「・・・何から話そうかな。葵ちゃん、昨日の舞の時、前の自分事、思い出したね。あさ、のこと」
ああ、やっぱり。桐原さんも自分の前世を承知してるんだな。
承知してるから。サキナミ様との連携もうまくいってたんだ。
「はい、思い出しました」
応えてまっすぐ、桐原さんを見つめ返す。桐原さんの目が凪いだ。
その直後、桐原さんは困ったように、目を逸らす。
次の言葉を探しているんだろう。
桐原さんの右手の人差し指が自分の顎をトントンと叩きはじめる。
そうだ、この仕草は、幸実さんのものだ。あさの記憶が私に伝える。
この仕草をずっと見知ってた。考え事をしているときの、彼の癖だ。
体が変わっても、引き継ぐものがこんな風に出てきたりするんだな。
「その仕草、桐原さんの前の幸実さんの時もよくしてましたよね」
思わず私がそう言うと、桐原さんの目が大きく見開かれた。
「え?これ?」
「そう、顎トントンってするやつです」
「あ、そうなの?俺、気が付かなかったな」
ははっと笑って、桐原さんが頭をかく。
不思議だ。
前世の想い人がこうして、違う形で目の前にいる。
魂で感じるというのは、こういう感覚なのだろうか。
でも、
私が彼を今どう思うのか、どう思っているのか、それはうまく言い出せない。
懐かしいとか、会いたかったとか、そういう思いは認識できている。
それなのに、好きなのかとか、恋人だったのかとか、そういう思いに関しては、自分から理解しようと頭がついていかないのだ。
意識はしてしまう。でも、それが、自分のそういう想いと連結していくのか、正直、わからない。
恋愛なんかしたことない私が、そういう感情を持ってしまうことに、どこか怖いという感じさえ、もってしまっていた。
「葵ちゃん、なんか難しいこと考えてしまってる?」
つい、考えにふけって、桐原さんを置き去りにしてしまった。いけない。
「俺が幸実だって知ってどう思った?」
来た。こういう話にはなると思ってたんだ。正直に話そう。
「懐かしい、とは思ってます。会いたかった、とも。幸実さんなんだ、と思って会えば、なんか気持ちがあたたかくなります」
それは本当の事だ。あさの影響でもあるし、素直に私もそう思っている。
「でも。・・・その、」
言いかけて私は続ける言葉が見つからない。困惑したまま、桐原さんを見ると、桐原さんは軽く息を吐きだした。目が合う。
眉を八の字にして、だけど、桐原さんは、まっすぐに私を捉えている。
「俺は、君に会いたかった。ずっと探していたんだ。自分に足りない誰かがいると、感じてたからね。幸実があさを想っていた時と全て重なるわけじゃないけど、俺は君を大事にしたいし、想っている」
「・・・でもそれは、一色葵を、というわけじゃないでしょう?あさ、の前世をもつ私だから、ってことですよね」
今の私の何を知って、想ってくれるのか。前世の想い人だからと、それがダイレクトに恋慕につながるのか、私はとても疑問に思ってしまう。
それは私の桐原さんへの想いに関しても言える事だ。桐原さんの何を想って、そういう感情を抱けるのか、私にはわからないのだ。
恋は理屈じゃない、という言葉を聞いたことはあるけれど。
今は理屈が欲しい。この人が前世の想い人だったから、想えるかと言うと、その気づきの時間があまりにも短すぎる。
「葵・・・。」
桐原さんが呼び捨てで呼んでくる。どきりとする自分と、嬉しく思う自分と、戸惑う自分がいる。すべて、今の私には真実だ。
「葵って呼んでいいかな」
桐原さんの言葉に、私はただ黙って頷いた。
「ありがとう。俺が君を想うのに特に理由なんてないんだよ。そりゃ、可愛いと思うところもあるし、真面目で人に優しいところとか、好きだなあと思うことは沢山あるよ?君をあさと知らない前から、惹きつけられるところが俺にはあったんだ。前世を知れば尚更だよ・・・でも、葵はまだ考えられないんだね?そういうことを」
か、可愛いってそんな。でもそういう風に見てくれてたんだ。
だけど。
「・・・ごめんなさい」
ずっと思ってくれてるのに、私は何をしてるんだろう。でもこんなよくわからない気持ちのままで桐原さんと向かい合いたくはない。
思わずうつむいてしまった私に、桐原さんは手を伸ばした。
頬に触れるか触れないかの近さで、私の左側の耳元の髪を軽く手で、すいてくる。
ちょ、ちょっと・・・。
こういうの、恥ずかしいな。どうしてよいかわからなくて、体が固まってしまう。
「じゃあさ、同じ前世仲間として、友達からはじめない?」
相変わらず、手で私の髪をすきながら、桐原さんはそう、切り出した。
え?と思って顔を上げると桐原さんがニヤっと笑った。
「友達、ですか?」
確かに前世仲間としてなら、心強いかな。友達だったら、桐原さんは、ちょっと先輩だけど、よいかも。
「う~ん、趣味やテレビの話になったら、ジェネレーションギャップを感じるかもしれないけど、また神社に来るでしょ?神社仲間でもあるんだし、とりあえず、友達で」
桐原さんは優しい。そうやって、今の私にちょうどよい選択肢をくれるんだ。
「友達だから、俺は葵と呼ぶ。葵も俺を名前で呼んで?」
「え・・・」
困った。名前で呼ぶのは少し照れる。・・・でもここは要求を飲もう。
「由岐人さん、でいいですか?」
「うん!いいね」
ちょうど計ったかのように、料理が届く。おいしそうな卵の黄色がほかほかとテーブルの上で主張する。
「いただこうか」
「はい、いただきます」
そこからは前世の思い出話や、昨日の舞の話など、思い思いに語らいながらのランチタイムとなった。
料理は間違いなく美味しかった。時折、桐原・・・由岐人さんの視線の熱さに、気恥ずかしさも感じたけれど。それでもよい時間を過ごせたと、私は実感した。
桐原さんが食後のコーヒーにたっぷりミルクと砂糖を入れているのを見つめつつ、私はブラックをゆっくりと飲み干した。
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