27 自覚と想いと現状と
読んでくださるかた、ありがとうございます。
評価、感想いただけましたら、ありがたく存じます。
よろしくお願いします。
目が覚めた。
見慣れない天井だ。・・・でも、知ってる。前にもここで寝かされたから。
はあ。
二度も神社で倒れるなんて。なんてこと。
しかも。今回は泊まっちゃったみたいだし。
ここは、参集殿の客間だ。
窓につけられたカーテンがわりの障子戸から白々とした明るさが漏れている。
まだ早朝の時間帯だろうけど、夜を越したのは間違いない。
ぼううっとそれを見ていると、じわじわと昨日の記憶がよみがえってきて、かあっと顔がほてってきた。途端に頭から布団をかぶりなおす。
無理無理無理無理無理!
私が無理!
顔が熱い。恥ずかしすぎてもう、どうしてよいかわからない。
いや、なんで、あそこで、桐原さんと舞っちゃったの、私。
もう一つの私がさせたんだ、とわかるけど、でも!
私は私だし!
一色 葵だし!
私は、相模 幸実を愛した娘、あさ、ではない。
昨日知った私の前世の話だ。
前世の私の名は、「あさ」、という。この土地の人間ではなく、旅の芸人一座の一人だったようだ。時代は多分、平安末期ぐらいなんだろう。そんな考証をするのも大したことがない、と今は、思えてしまう。
「相模 幸実」は桐原さんの前世の姿だ。
この土地にあった小さな集合体の有力者の子息だった。
とはいえ、百姓たちと共に汗水たらして、働くリーダーで、人望があった。
あさの所属する一座がこの土地に立ち寄り、幸実とあさは出会い、恋に落ちる。
しかし、その後におそった日照り続きによって、飢饉が起きた。
村は危機に陥る。
幸実はあさの芸人一座にいた師匠が知る祈雨の舞を習い、その土地を守るとしていた神木の欅の木の前で舞い続け、祈りを捧げる。
やがて、その命がついえ、恵みの雨が降る。
あさが、駆けつけた時、幸実は既にこと切れていた。
悲しみに打ちひしがれていた時、不思議なことが起こる。幸実の姿をした、不思議な存在が現れたのだ。今、思えば、これはサキナミ様の元祖の姿だ。
でもその時はサキナミ様の名もなかったから、あさ、はそれを、精霊様、と呼んだ。
彼が欅の神木を源としていた精霊だったから。
精霊様はこの土地を守ると、約束してくれた。
それが幸実の望みだったから、あさは嬉しかった。感謝の気持ちを込めて、毎日のように愛した人の姿をした精霊を、崇め、祈り、仕えるようになる。
っていうね、話なのね。
・・・・うん、その話は理解したよ。
わかるよ?
でも私はあさ、じゃないの。
う~だから、その。
相模 幸実が桐原さんだろうと、その姿をしたままのサキナミ様が懐かしかろうとも、
私は一色 葵だから。
・・・いや、もう色々困る!!!わかんないよ!
わかっちゃダメな気がする。・・・逃げかな。これって逃げだと思う。
思うけど。思うけど、私、どうにもできないもん。
その、恋、とか?
いやいやいやいやいや!
キャー!!!私何考えてんの!?
前世で恋人だったから、恋人になる?とかあるの?
好きだった人の姿だから恋に落ちるとか?
それは・・・あさ、の想いだよね。
・・・私でもあるけど。
その・・・、今の私に恋だの愛だの考えさせないでよ・・・。
ああ、・・・あさが、頭の中でにっこり笑ってる感じがする。
笑ってる場合じゃないよ。
そんなのと、ずっと関係なく生活してたのに。
わかるわけないし、そういう話にもってかれても、今は困る!どうしよう。
今思えばなんだけど。
桐原さんの表情とか、視線とか。
サキナミ様の私への声のかけ方とか。
その、そういう感情が絡んでたりとか?
・・・・わっかんないよ。ごめん、ほんとにわかんない。
ああ。
どうしよ。
完全にキャパオーバーだ。
違う事考えないと、顔から熱さが引いてくれないよ。
夏祭りは終わった。
もう次の事考えなきゃ。
進路のこと、進路、進路。
勉強しなきゃ。
実家に行かなきゃいけないんだから。
私は気持ちを切り替えるように、布団をたたみ始めた。
千早は多分、祢宜さんか誰かが脱がしてくれたんだろうけど、着ているのは白衣に緋袴のまま。
とりあえず、更衣室で着替えて、宮司さん達に挨拶しないとね。
でも。
舞は気持ちがよかった。
サキナミ様の力を感じながら、桐原さんの背中の温かさを感じながら踊る舞は気持ちがよかったな。
それから。
あさ、の気持ちと、私の前世を知ることができたのは、よかった、と思っている。
好きとか恋とか、わからないけど。
サキナミ様の事は大切にしたい
桐原さんの事も嫌いじゃない。
それが、この先に大きく違う形に変わるのか今はわからないけど。
今までと同じ気持ちでは一緒にいられない、かもしれない、な。
・・・どうするかな。
忙しく頭の中でぐるぐると会議が展開する。
更衣室に行き、着替えが済むと、少し落ち着いてきた。
袂に入っていた扇を握り、大きく息をつく。
「葵ちゃん、おはよう、起きたね」
祢宜さんが更衣室に顔をのぞかせた。
「祢宜さん、すいません、私、寝ちゃって」
「・・・寝ちゃって・・・たね。まあ倒れたんだけど。体は大丈夫?ちょっと色々頭に情報が入って、キャパオーバーしたかな」
「!!」
驚いて、祢宜さんを見ると、祢宜さんは私を安心させるようにゆっくりと微笑んでくれた。
「私、そういうの分かる人だから。舞、ずっと見てたよ。あなたの中にある何かが覚醒したみたいのもわかったし。それで、桐原君との二人舞をしたのだろうし」
「あの、私、勝手なことして・・・」
「大丈夫、すごく素敵な舞だったし。参拝者も皆、喜んで帰ってったよ。」
「そう、ですか・・・」
祢宜さんが私の肩にそっと手を置いてきた。
「大丈夫よ、おつかれさま。」
祢宜さんの手がその部分だけじんわりと温かく感じて、なんだかほっとした。とたんに、ものすごい音がお腹から聞こえてきて、私は頭を抱えた。
恥ずかしい・・・。
「ふふっ。おなかすいちゃったよね。参集殿の2階に来て。一緒にごはんにしましょう」
「いいんですか?」
「食べさせないで返しちゃったら、藤野君に怒られちゃう。亜実ちゃんには連絡してあるから、食べてからゆっくり帰るといいわ」
ああ、奏史兄さんにも亜実さんにも心配かけちゃったかな。食べたらすぐ帰ろう。
でもその前に。
「すいません、祢宜さん。すぐに2階に行きますから。先に本殿に参拝に行ってきます」
私が言うと、祢宜さんは一瞬大きく目を見開いたが、優しい表情で頷くと、とんとん、と肩を叩いて、にっこり笑った。
「朝の参拝ね、大事大事」
今更時間を見たけれど、6時前だった。
ううむ、健康的。これから朝ご飯かあ。
儀式殿の雪駄を借りて、そのまま入口から出ると、神楽殿が目に付く。
ふんわり、と何かそこだけ不思議な空気が残っているような気がする。
境内の外の屋台はもうほぼ片付いていた。まだ荷物が隅に置かれたままの場所もあるけど、これから片付いていくのだろう。
祭りのあと、って感じだなあ。
本殿に着くと、サキナミ様がいる、とわかる。
気配が、前よりはっきりわかるようになった?
なんだろう。前世を思い出したからかな。
思い出して、いろいろ自分の中で変わることが他にも出てくるのかな。
「葵か」
参拝するとサキナミ様から声がかかる。
うん?でも声の質がちょっと違う・・・?
と、目の前に現れたサキナミ様に得心する。
久しぶりの、小さいサキナミ様だ!
「わあ、サキナミ様だ!」
思わず、そういう風に言ってしまったからか、サキナミ様がすごく複雑そうな顔をした。
「なんだ、おもちゃを見つけたみたいな反応だな」
「だって。久しぶりじゃないですか、小さいサキナミ様」
そう言って、自然と手を伸ばすと、サキナミ様も当たり前のように手のひらにのってきた。
「昨日はお疲れだったな。色々あったが、気持ちは整理できたのか?」
「いえ、全然」
正直、小さきサキナミ様でほっとした。これで、あの艶っぽいサキナミ様に見つめられたりしたら、どう反応してよいのかわからなくなる、と思う。
「そら、そうだな」
くつくつ、とサキナミ様が笑う。
「いっぺんにいろんな記憶や思いが入ってきたんだ。すぐに整理はできまい」
サキナミ様はふわっと浮いて、私の頭をつんつん、となでるように行き来した。
「まあ、また、しばらく扇の巫女として通ってくれたらよい。とりわけ、昨日の事で、どうこうと聞くこともすることもないから、まずは自分の気持ちをきちんと落ち着かせることだ」
「はい」
気遣ってくれるんだよなあ。サキナミ様。御祭神に気遣われるってどうなんだろう。
特に前世の話を深堀りする様子もない、サキナミ様に安心して、私はその場を退出した。
宮司宅である参集殿2階に着くと、朝ご飯の用意がしてあった。
スキがないように見える正歩君の貴重な寝ぐせ姿を見て、同じ形の寝ぐせで現れた宮司さんを見て、ほっとしたせいか、笑いが止まらず、しばらく、箸を持つ手が震えてしまった
。
正歩君は昨日の二人舞の事に興味津々で、なんとか、私から話を聞き出そうとしてたみたいだけど、祢宜さんにやんわり止められてしまっていた。
まだ本人が整理しきってないから、変な横やりいれて、混乱させるな、って感じで。
・・・全くその通りなんだけど。
サキナミ様も祢宜さんも察してくれてるみたいだからありがたいんだけど、ほんとに自分の中で、自分の気持ちも分からないまま、きちんと把握しきれてないから。
しばらくそっとしていてほしい。
桐原さんはどうなのかな。
あの人は私と同じような立場だ。前世の記憶が戻ってるんだろうか。
どんな気持ちでいるんだろう。
私があの場で二人舞を始めてしまって、どう思っただろう。
舞が終わったあと、私はいっぱいいっぱいで、口もきけなかった。
そのまま倒れたから、桐原さんの様子がわからない。
・・・そっとしていてほしい。舞の時の話はもう少し待ってほしい。
でも、
桐原さんには、会いたいな。
矛盾してる気持ちに、私は深くため息をついた。
ここまでよんでくださり、ありがとうございます。




