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幸波伝奇 3 ~桐原の想い

桐原回です。

来てくださった方、ありがとうございます。

どうぞよろしくお願いします。

ガタン、という音がして、桐原ははっと、社務所の外を見た。


「葵ちゃん、どうしたの!」


土屋が慌てて声をかける。葵が血相を変えて本殿の方に飛び出していった。

それと入れ替わりに家田が入ってくる。


「どうしたんでしょう?葵ちゃん」


首をかしげ、桐原に尋ねてくるが、彼も応えようがない。

と、前にも感じたことがある、何かぶわっとした気配を体全体に感じた。


(こ、これは・・・)


思わず桐原は身構えた。6年前、サキナミノミコトと語らった時と同じ感覚だ。


『桐原、舞ってもらうぞ』

(さ、サキナミ様?)


桐原はこの頭に響く声に覚えがあった。そして6年前もこんな風にして会話をしたことが合ったような気がする。


『季子が舞に向いている狩衣を用意してくる、お前はそれを着て、本殿に向かえ』

「な、何を言って・・・」


何が起きたのか、飛び出していった葵はどうしたのか、桐原は困惑した。


「正歩がけがをしたみたいなの。桐原くん、御方様から言伝よ、これ着て、朝日舞、踊ってきて」


否、と言わせぬ勢いで祢宜の季子が社務所に入るなり、新しい狩衣を桐原に渡してくる。


「いや、俺、今のこの状況、わかってないんですけど」


と、反論しかかったときに、体の中に何かが入るような感覚があった。同時に両腕に鳥肌が立つ。頭がきゅっと緊張する。

6年前と同じ感覚だ。サキナミノミコトが自分の中に入ってきている。


『四の五の言うな、なんとかなるから、行くぞ』


自分の意志と関係なく、祢宜から渡された狩衣をまとい、儀式殿の入口へと小走りで出る。


(ちょ、勝手に俺を動かすな)

『いいから任せろ』

(いや、任せたくないんだが・・・)


そのまま本殿までダッシュさせられて。本殿の階の脇で葵が正歩の手当てをしているような様子を見かけた。


(お、おい、ちょっとこのままいくのか?)


慌てる桐原の気持ちとは関係なく、サキナミノミコトと一体化した桐原は、そのまま本殿の中に入り、傍らにあった、大きな榊を両手で捧げ持つと、神前にて拝をした。

顔をあげると、宮司の申し訳なさそうな顔と、住谷、東の驚いた顔がそこにあった。


(ええい、ままよ)


典儀、といって、司会役をつとめている東の顔を見て、頷いて見せると、東の瞳が一瞬大きく見開いた。だが、すぐに、柔らかく凪いで、彼女はそのまま正面に向き直った。


「ただいまより、朝日舞の奉納をいたします」


東の進行により、曲が始まる。

桐原は目を閉じた。操られている状態でここに来たが、自分は自分だ。

役に立つなら、舞を奉納しよう。

朝日舞は大学の講義で2回ほど教授されて、舞ったことはある。

細かい部分は忘れたが、それをサキナミノミコトに委ねたらいい。

桐原は大きく息を吐きだした。力を抜く。

正面を向いて、舞を始めた。

サキナミノミコトの力を感じる。左右の腕や足が勝手に動こうとするのを、一緒に流れるように委ね、共に動くようにする。

全てを操る事もできるはずなのに、そうしないでいるのは、サキナミノミコトが桐原自身の尊厳を守ってくれてるからに他ならない。


ならば応えなければ。


桐原は、察している。サキナミノミコトが桐原と一体化するのを選ぶのは他ならぬ、桐原の前世が大いに関わっているのだろう、と。前世の桐原の体そのものではないが、それを形どった姿を自らの姿として何年も過ごしてきたのだ。不思議な関係だが、サキナミノミコトが桐原の前世と深いかかわりがあるのは分かる。

だからこそ、6年前に命を救われたのだ、とも思う。

御祭神を捕まえて、もう一人の自分、というのもおこがましいが、それに近い感情がある。

お互いに必要としている、そんな感じだ。二人で一つ。

お互いに、足りないところを足してもらって、二人は存在している。

だから、6年前に同化したことで、自分の体が健康体になった。

同化したことで、サキナミノミコトは失いかけてた力を回復できたと、6年前に話をしていた。


榊を足元に下げて、その先を見た時、入口の陰に隠れて、葵がこちらを見ているのと目が合った。いまや、桐原には意識せずにはいられない、その存在だが、それを捉えたと同時に、自分自身の気持ちと少しずれたところで、ずきり、と痛む気持ちがある。

サキナミノミコトの感情なのだろう。

桐原はサキナミノミコトの葵への感情を理解した。


(同じ・・・か)


だからこそ、痛む気持ちも沸き上がる。

気持ちは止められない。舞の楽がそのまま流れ続ける。

重なる気持ちのまま、桐原はサキナミノミコトと舞を踊り続けた。


やがて、舞が終わる。

と、同時に、ふっと軽くなった心地がした。

サキナミノミコトが体から出て行ったようだった。


力が抜けたように、桐原は一瞬、呆然としたが、東の強い視線を受けて、はっとすると、一礼し、そこから辞した。

参列席の“御方様”がこちらを見て微笑んでいる。

何事もなかったかのように。



着替えの控えとしている、参集殿の2階、宮司宅の居間で、祭典に関わった祭員は早々に着替えに入った。宮司と住谷は、昼食後に神輿のお祓いや、演芸会の対応に追われる。衣装を替えると早々に、立ち去った。

東は、祢宜と共に衣装の陰干しを手伝っている。正歩も着ただけの舞装束を片付けるのを手伝っていた。桐原もまた、使用した冠や沓をいったん乾かすために、新聞紙の上に並べていた。


「こんなところね、後は桐原君と私でやるから、嘉代ちゃんと正歩は昼ご飯食べて、紘香ちゃんや後藤さんと交代してあげて。」


祢宜がなんとなしに、作業に終わりを告げる。とはいえ、まだ、すべてを干しきっていない状態で、東はためらうように答えた。


「でも、まだ・・・」

「うん、大丈夫、桐原君がやるから」


桐原君、のところを祢宜が強調すると、東も正歩も否やは言えない。今は退出しなければならないらしい。


「じゃ、私、先に行くわ。あと、しっかりよ、ろ、し、く」


東は一瞬怪訝な表情で桐原をちらり、と見たが、ぱっと笑顔を浮かべると、手をひらひらと振って去っていった。正歩も一礼して、それについていく。


「ええ・・・」


正直、いらぬ緊張を強いられたせいで、桐原は猛烈な空腹感に襲われていた。置き去りにされた感で、恨めしそうに、祢宜を見る。


「ごめんね、桐原君。ちょっと、大事な話よ」

「はい?」


祢宜は眼鏡の中央の部分をくい、と指で押して、切れ長の瞳をすっと細めた。


「サキナミ様の事」

「はい」


桐原は居住まいを正した。少しだけ緊張した空気が流れる。


「さっき、一緒にいたわね。私はそういうのがわかる力を持ってるの。生まれつきね。扇の巫女だったけど、それとは全く別の力で、サキナミ様の声も聴けるし、見えないものが見えたりするのよ」

「え・・・」


祢宜がサキナミノミコトの事を知っているというのは、葵から聞いていた。でも、それ以上の話を祢宜自身は抱えているらしい。


「一つになったから、踊りも踊れたでしょう?」

「そう、ですね」

「6年前の事は思い出した?」

「はい、おかげさまで」


祢宜はふうっと大きく息を吐きだした。眼鏡越しの瞳が少し柔らかい表情になった。


「6年前の時はいろいろ慌てたわ。まさかサキナミ様があんな強硬手段に出ると思わなかったから」

「葵ちゃんを救うためですよね」

「そうね、でも葵ちゃんの事は偶然、起きてしまったことだったの。元々、あなたが命のあるないに迫られていることをサキナミ様が知っていて。いずれ同化する予定でいたのが早まったのよね。結局、同化できずに、単体同士で6年間、元気に過ごせたからよかったけど。」

「どういう、ことですか?」


自分の中でどうもひっかかっていた答えの欠片を聞けそうな気がして、桐原は祢宜の顔をじっと見る。なんだか泣きそうな顔に見えたのは気のせいなのか、祢宜は目を閉じて体を震わせた。


「サキナミ様はね、もう長くないの。祈りの力がこの土地から消えていって、あの方を支えるすべが少しずつ削られている。一度、消えかけたことがあったのよ。その時、子供の私と会って。私の力と交流することで、なんとか今の状態にもっていけたわ。あの方はこの杜の守り主。人々の祈りの力とこの土地の力で存在できるの。それが今は難しい。」


祢宜は手持無沙汰なのか、自分を落ち着かせるように、宮司の袴を伸ばしながら、衣紋かけにほしていく。


「あの方は人々に求められてこの土地の守り神になったのよ。元々は木の精霊のような存在で、自由に自然界を行き来していた。それが人に興味を持つきっかけがあったのよ」

「人に興味?」

「そう・・・あなたは知ってるのよね、前世の自分の事を。彼よ。」


神とも分からぬ、ただ自分より大きな、この土地の主に、村の者たちを守るために命がけで祈り続けた、村長の息子。

どうして、人の為に命をかけられるのか、人の為に必死に祈り続けられるのか。

その興味が、人々が生きる村を、この土地をサキナミノミコトが守る理由のはじまりだった。

以前、祢宜に、サキナミノミコトはそういう話をしていたらしい。


「だから、サキナミ様は神じゃなく、あくまで神と人間の仲取り持ち。だけど、我々の声を神に届けるのには、届けやすい仲取り持ちに恵まれたんだと思うの。そして、神ではないから、万能ではない」

「消えてしまうんですか?」

「このままだとね。でも、あなたが現れた」


命を落とした村長の息子の魂をサキナミノミコトは掬い取った。

彼を恋い慕う恋人が亡骸を掻き抱いたとき、サキナミノミコトは慰めるつもりで、村長の息子の形をした自身を作り出した。魂はここにある、と。

やがて、彼の魂は浄化したが、姿はそのまま、サキナミノミコトの姿として定着したようだ。


24年前、自分の力が消滅する寸前になったとき、この土地と住む人々への愛情を育てていたサキナミノミコトは、神に祈った。自分の力を受け取れる存在がほしい、と。

サキナミノミコト自身に入り込み、浄化された魂、村長の息子の魂が、その受け入れ先と言う形で転生した。


「・・・それが俺、ですか」

「本当はあなたが生まれると同時に、同化する予定だったの。でもサキナミ様も欲が出たのよね。私と出会って、あともう少し、もう少しって。だからその場は流れた。でも扇の巫女の選定でなんとかつないでいっても祈りの力が限界で。6年前、いよいよあなた自身と同化しようとしたのよ。ちょうど、あなたも病に陥ってたしね」

「そう、だったんですか」


それでか。桐原は自身がサキナミノミコトと同化する体である理由を知った。

サキナミノミコトと自分は特別につながれた絆があったのだ。


「桐原君。サキナミ様は、多分もうじき消えてしまう。だから、あの方を受け入れてほしい。

桐原君の中でどう、同化していくのか分からないけど。」


祢宜はそう言って、桐原の両肩をつかんだ。


「お願い。・・・あの方は私の最初にできた大事な友達なの」


うつむく祢宜の声は若干震えている。大切な存在なのだろう。


「わかりました」


桐原は答える。


「どうなるか、わかりませんけど。俺の命の恩人ですから、やれることはさせてもらいますよ」


そういう縁なら。それで再び葵に出会えたのだから。

サキナミノミコトの気持ちを知っていても。

自分は受け止めよう。一度無くした命のはず、だったのだから。

桐原は小さく微笑んだ。





星一つでも、いいかな、と評価をくださるとうれしいです。一つもやれぬレベルと言えばそうなんですが(笑)。


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