24 夏の大祭
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つたない文ですが、なんとか、終わりまでいきたいです。
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せわしない忙しさだ。
準備は万端なのに。
ひっきりなしに色んな人が来る。
七月七日。
ついに夏の大祭日が来た。
そういえば、6年前って夏休みでもないのになんで泊まりに来たんだっけ?
叔母さん、つまりは奏史兄さんのお母さんに夏祭りがあるのよ、って聞いたんだよね。
・・・うん?
それで、小学生が、休みでもないのに、何日か泊まる?
実家から電車でここまで2時間半だ。そんなに遠くはない。遠くはないけど、明らかに学校、休んでるよね。
・・・?
・・・・あ。
すごい、忘れてたけど、そうそう、なんか嫌ないじめみたいのにあったんだ。
自分の中では、もう癒えちゃったから忘れてたけど。思い出した。
いじめられっ子がいて。その子がクラスで友達いないっていうから、遊びにいったんだよね。
そしたら、いじめっ子のリーダーがそのことを面白く思わなくて。
数日、クラス中から無視。挙句の果てに、ランドセルを保健室から持ってきたらしい消毒液みたいなので汚されて。
あの時、お父さん、猛烈に怒っていたなあ。
そうだ、怒ってくれたんだ。
・・・・。私の事、思ってくれてたんだよ、ね。
学校行かないって私が言い出しても、休んでいいって言ってくれて。
そうそう、様子見に来た担任に食ってかかってたっけ。
それでお母さんが叔母さんとこに電話して、ちょっと愚痴ってたら、休んでるなら遊びに来たらってなったんだ。
あの時、気持ちよく送り出してくれたな、お父さんと、お母さん。
なんだ。
こっちが身構えてただけで、やっぱり両親は私を想って見守ってくれてたんだ。
思いが強すぎて、言い方が悪かったり、突っ走りすぎてたんだ、最近のお父さんは。
いや、それが地だとしても。
ちゃんと愛してくれて育ててくれた事実はあるんだから。
それは忘れないようにしないと。
今更だけど、こんな風に思い出せて、夏祭りに感謝だ。
この事を軸に、今度は帰省して話し合いができる。
うん、私、やれる。
これ終わったら、進学の事も一歩進めないと。
よし、がんばる。
とはいえ。
今日は、やはりせわしなくて、落ち着かない。
氏子さん達はひっきりなしに往来してるし、祭でも、関係なく祈祷を受けたい方も来る。
祭りの進行気にしながらの、これらは、少し気分的に負担がかかる。
社務所も今、少数精鋭なのだ。
今、宮司さん達は祭典用の装束を身に着けに行っている。
装束をつけるのは、宮司さんと住谷さんと、嘉代さん。祢宜さんと紘香さんが、着付けを行っている。一人で着るには、ちょっと大変な着付けになるらしい。
私は後藤さんと土屋さん、桐原さんと社務所に残っている状態だ。
午前9時。
もうまもなくすると、儀式殿前から、装束に身を包んだ宮司さん達が、本殿に向かい、10時に祭典が始まる。これが今日のメインだ。
この祭典が終わったら、囃子連と太鼓連が連なって、神輿が繰り出される。
そして境内では奉納素人演芸大会。氏子さん達の演芸の奉納だ。
落語したり、カラオケしたり、マジックしたり、色々あるらしい。
そして。
神輿が返ってきたら、夜祭だ。
神楽殿で、サキナミ様の神楽の奉納がある。
そこで、私も出番が、あるんだよ、ね。
はあ。
嫌って訳じゃないけど。大勢の人の前だから、気が重い。
私は袂に入れてある扇を確認した。
触ると、じり、と何かを感じる。
『葵』
サキナミ様が扇を通して言葉を伝えてくる。
『今日はよろしく頼む』
サキナミ様も今は一応本殿の中にいる。
傍目には、御方様として、参列している。
本義は御祭神さまなので。
すごく不思議な感じなのだけど。
分霊をお神輿に移したり、宮司さん達を見守りながら、祭神様としての仕事もしているわけだ。
「葵さん、お疲れ様です」
この涼やかな声は、と振り返れば、もう、いつも以上に光の君か、と突っ込みたくなる美少年、正歩君が装束姿で現れた。長い烏帽子をかぶり、緑の袴に、白の狩衣。
狩衣の下に着る単衣の襟元は赤で、それが白の狩衣に映えて、ほんとうにかっこいい。
いや、美しい。手を合わせちゃう。
「正歩君、どうしたの?その恰好」
正歩君は立場は見習いだ。普段の手伝いの時は白い袴に白衣、と決まっている。
こんなにかっちり決めてくるなんて。
「正歩は踊るんだよ。奉納舞だな。『朝日舞』ってやつ。祝詞を本殿であげるときに、玉串奉奠の前に奉納するんだよ」
桐原さんが説明してくれた。昼間が正歩君が本殿で舞って。夜に神楽殿でサキナミ様が舞うってことなのかな。
桐原さんは先ほどからずっと、祈祷三昧だ。
今少し祈祷の受付の間が空いて、社務所の様子を覗きにきてくれた模様。
今日は社務所もお守り頒布や朱印頒布で人がひっきりなしだ。
私は祈祷の手伝いも行けずに、ずっと社務所番になっていた。
「お。ほら、宮司さん達、準備できたようだよ」
「わ・・・!!!」
宮司さん達の着付けがちょうど終わったようだ。儀式殿の前に宮司さん、住谷さん、嘉代さんが並んでいる。かっこよすぎる!
三人とも、装束を身に着けて、いわゆる、沓、という平安貴族の履くようなくつを履いている。宮司さんは全身赤の衣装に紫の袴。住谷さんは紺地の衣装に浅黄の袴。嘉代さんは昔の女性貴族が身につけるような旅装束のような衣装に浅黄の袴。
豪華すぎて、ため息が出る。
そこに正歩君が入ると、もう何も言うことがない。
参拝客が遠慮なく、スマホのカメラを向けるのもうなずける。
「目の保養だなあ」
「ああいうの、好き?」
ミーハー丸出しの表情をしていたんだろう。桐原さんが楽しそうに尋ねてきた。
「ええ。好きです。それに、みなさん、よく似合ってるし」
「そうだね。まあ、東は不服そうだけど」
ああ、嘉代さん、動きづらいって言ってたっけ。…確かにちょっと笑顔がひきつってるなあ。
やがて、三人と正歩君は一列に並んで、本殿の方へと歩いて行った。
う~ん。ちょっと見たいけど。ここを離れるわけにいかないし。
そう思った直後だった。
『葵、本殿に来てくれ、正歩がけがをした』
サキナミ様からの声がした。
え?けが!?
どうしようと、思う間もなく、紘香さんが社務所に戻ってきたので、よし、と思って、本殿へへ駆けつける。
もう祭典が始まっている。
嘉代さんと住谷さんは決められた場所を離れられない様子で、儀式を進めながら、時折、正歩君を気にしているようだった。
宮司さんは今まさに祝詞奏上が始まる、といったところ。
正歩君は本殿のきざはしの陰で苦痛な表情を浮かべて座り込んでいた。
「正歩君!」
「葵さん・・・私、馬鹿やってしまいました」
「どうしたの?」
「こんなこと、したことないのに、草履がすべったんです。足、ひねっちゃったみたいで」
「大丈夫?」
「・・・結構、痛いんです」
『葵、正歩の為に祈れるか?』
サキナミ様の声が頭に響く。振り返れば、サキナミ様は御方様として、参列者の最前列に座っていた。私の視線に応えるように、サキナミ様が頷く。
『お前の体を通して、私の力を送ろう。祈りながら、痛む部分をさすってやってくれ』
見れば、正歩君の右足首が腫れているようだ。ここかな、と私は手を触れた。
「っつ!」
「我慢して。今からサキナミ様に言われた通りに祈るから」
どうか、この足が元のように痛みなく使えるようになりますように。
祭りが無事に進行しますように。どうか、お願いします。
手の先が温かい。何かが流れているような気配がする。これが、サキナミ様の力、なのだろうか。私はその温かさを感じながら、正歩君の足首をさすり続けた。
「え?・・・どうして」
ほどなくして、正歩君が驚きの顔で、私を見た。
「痛くない。痛くなくなってる!」
嬉しそうに、足首をくるくる回す、正歩君が可愛い。
「よかったじゃない。サキナミ様の力だよ」
「サキナミ様が?そうか、助かった・・・あ!!!」
ほっとしたような顔をしたのもつかの間、正歩君がしまった、と言う風に本殿の中をのぞく。
本殿から、なにかゆったりとしてはいるものの、どこか勇ましいような雅楽の曲が流れてきている。
「え?朝日舞、始まっちゃった?」
「え?正歩君が奉納するって言ってた舞?」
「曲が始まってるんだ」
「え?」
ちょっと待ってよ、舞人はここにいるんだよ、誰、曲始めちゃったの。
慌てて、私はきざはしを上がって、本殿の中を垣間見た。
「!!」
思いがけないものを見たからか、ドキン、と胸の奥が跳ねる。
桐原さんが、そこにはいた。
大きな榊の枝を持ち、勇壮な構えで舞を続ける、桐原さんが、かっこよくそこにいた。
朝日舞は結構近年作られた舞です、確か。戦後?とか。
神社界って戦後は最近。
うっかりすると延喜式以前とか、そういう基準になるからコワい。
わ、延喜式なんて久しぶりに表現してしまいました。しかもあとがきで。




