23 記憶の欠片
いつも読んでくださってる方、そして通りすがりの方、ありがとうございます。
やっと宵宮の日が終わります。
こっちは夏が終わっちゃったのに。話はまだ7月。これから実家に行ったり、受験したり色々あるのに、
ゆっくり進行ですいません。お付き合いいただければ幸いです。
「お疲れ様」
いつもより柔らかい感じで、桐原さんが笑う。
なんだろ、いつもの軽いノリがないと、妙にこそばゆい。
「色々あったけど、明日の祭で一区切りつきますね。」
「そうだね」
電動自転車を引きながら、歩いているのを、かえって送るの悪かったかな、とか気を使ってくれたりもした。確かに自転車でひとっ走り帰れば早いは早いんだけど。
私もサキナミ様のことでお話したかったし、送ってくれると言われて、断らなかったのは私なんだし、気にしないでほしい。
「6年前の俺の命の恩人、御方様・・・サキナミノミコトだった」
ぽつり、と桐原さんが言う。
「ごめんなさい。私、桐原さんに話を聞いて、サキナミ様じゃないかなって思ってたんです。サキナミ様にも聞いて知ってたんですけど、その時はまだ混乱するから黙っておけって言われて」
教えなかったことを一応、謝っておく。
でも記憶が戻ってよかった。きっとすっきりしてるんじゃないかな。
「サキナミ様って呼んでるの?」
「はい、宮司さん家族も知ってるし、前の扇の巫女である亜実さんも知っていて、みなさん、サキナミ様って呼んでるんです。普段は小人サイズでとても可愛らしいんですけど、祭りの前後は力を集中させる関係で、人間の大きさになるんですよ。みなさん、舞人さんになるサキナミ様の事は御方様って呼んでますけど、舞人さんは人目につくから、色々と都合よくするためにそう呼んでるって聞きました。」
「小さいの?普段は?」
「ええ、手のひらサイズですよ。初めてお会いした時はびっくりしました」
このところ、人間サイズのサキナミ様ばかりだったから、ちょっとあの感覚が恋しいような気もする。
「大きいサキナミ様を見て、どう思った?」
思いもよらない質問を桐原さんが投げてきた。え?それって小さいのと比較ですか?
そういうことじゃ、ないよね。印象でも聞いているのかな。
「え?そうですね、美しいですよね、人外の雰囲気があって。着物も似合って。見とれます」
「それだけ?」
「?え?」
うん?桐原さん、何を聞き出そうとしてるんだろう。少しだけ必死な感じで聞いてくるから、ちょっと引いてしまう。
「何か感じないかな・・・例えば、そう、懐かしいとか、どこかで見た事ある、とか」
「う~ん」
いやいや、あんな存在、見た事あったら、覚えているでしょう。
「じゃあ、俺は?」
「え?」
なんだ?このやりとり。桐原さん、何を言おうとしてるんだろう。
「俺のこと、覚えてない?」
「え?と・・・・」
私は困って、桐原さんの顔を確認するように見つめ返す。
さっき言ってたことかな。6年前、私がいたって、桐原さん、言ってたけど。
「・・・ごめん、思い出したら、しんどくなるかも。変な事いってごめんね。6年前、ちょっとしたことがあって、記憶を失う直前に君と会ったんだよ。まだ小学生って感じで、かわいかったな。今もかわいいけど」
油断してたら桐原節が炸裂してきたので、私はカッと顔が熱くなるのを感じた。
でも,やっぱり、6年前に会ってたんだ。覚えてないんだけど。
・・・でも、あれ?
桐原さん、何か考えてる。そう、この人、顎にとんとん、て人差し指をつつく癖があるんだよね・・・。
・・・それ、私、前から、知ってる。
え?6年前?
違う。
もっと、もっとずっと前だ。
頭の中にもやがかった人が浮かんでくる。
優しくて。強くて。
・・・・誰、だったかな。
ああ、もう、ここまで出かかっているのに。
わからない!すごく知ってる顔のはずなのに。
「葵ちゃん?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと考え事を・・・」
「何か、思い出した?」
気遣わし気に桐原さんが私を見る。
「ごめんなさい。ちょっとわかりません」
「そっか。残念」
ため息をついて、桐原さんは残念そうにつぶやく。なんだか申し訳ない。
桐原さんは、なんだか言いたいことが言えずにためらっているような感じだった。
聞いてあげられればよかったんだけど。
桐原さんも記憶がつながって、どこから話してよいのかまだわからないのかもしれないし。
そうこうしているうちに八百藤に着いてしまって、話はそれきりになってしまった。
「また一緒に帰れたらいいな」
別れ際、桐原さんが、軽く言うでなく、お願いするように、言ってきた。その目の真摯さになんだか胸が苦しいような感覚に襲われる。なんだろう、この感じ。
「じゃあ、また送ってくださいね」
と言うと、桐原さんはふわっと笑ってくれた。
わあ、素敵な顔だ。
ぱっと見、ものすごいイケメン、と言うわけではないけれど、意思の強そうな眉と瞳が印象的な桐原さんは、表情によって、いちいち惹きつけられるところがある。
ちょっと見惚れてしまいながら、私はお疲れ様です、と頭を下げて、八百藤に入っていった。
その夜、久しぶりに、サキナミ様の夢を見た。
ここに来るまでは6年前の舞人さんの夢、として見てた夢だ。
舞の時の衣装を身に着け、サキナミ様が仮面をつけずに佇んでいる。
「サキナミ様」
私が声をかけた途端に、サキナミ様のその姿が一瞬霞む。
心細くなった私が手を伸ばそうとすると、サキナミ様が1歩退く。
「サキナミ様?」
サキナミ様がなんだか悲しそうな顔をして私を見ている。
え?
あれ?
夢の中で、私は不思議なひっかかりを感じて、サキナミ様を直視する。
「あなたは・・・・サキナミ様じゃ、ない」
顔も姿も私の知っているサキナミ様なのに、違う、と私は感じている。
違う。違うけど。
あなたは・・・・。
知ってる。サキナミ様じゃないあなたは、私の・・・。
胸が苦しい。こみあげてくる何かが、体の奥から熱いものを感じさせる。
涙が、こぼれた。
ふと、誰かが後ろから抱きしめてくる。
桐原さん、だ。
(大丈夫だ、もう大丈夫だから)
優しい声で、なだめるように、私の背中をさすってくれた。
ああ、この声。知ってる。
この声、大丈夫だという、この声を。
私は知っている。
そう、あの時も、桐原さんは私の背中をさすってくれた。
あの時?
あの時・・・って。
6年前のあの時だ。
すごく大変な事があったんだ。
苦しくて泣いて。辛かった、大変な事。
こないだ倒れた時に夢を見た、あれだ
あの時、この夢を見てたんだ。すぐに忘れてたけど。
火事が、火事が起きていた、あの時。
誰かに殺されそうになった時、桐原さんが、火の中に飛び込んできたんだ。
私・・・。
6年前に、桐原さんに会っている。
どういう状況で、ああなったのか分からないけど、助けてもらってる。
ショックすぎていままで忘れてた?
そんな馬鹿な。
だけど、桐原さんが、どうして?
夢の中で、私は桐原さんの顔を見ようと、顔を上げる。
え・・・・?
そこには桐原さんの顔がない。
サキナミ様じゃない、サキナミ様が苦しそうに私を見つめている。
「〇〇〇・・・」
何か私を呼びかける名前を、その人は発した。
「あなたは・・・誰?」
私の問いかけに、首を振り、目の前のその人はすっと消えてしまった。
「桐原、さん?」
そう自分が発する言葉に目を開けると、夢はそこで終わっていた。
なぜに、今、桐原さん、とあのサキナミ様じゃないサキナミ様に声をかけたんだろう。
そして、あの人は、私をなんと呼んだのだろう。
知っている気がするのに。頭にもやがかかっているようで、答えが出ない。
時計を見る。午前2時。
なんだか喉がカラカラだ。
何か、私自身が本当は知っている何かを、夢が知らしているような気がする。
私は寝室を出て、洗面台で水を飲んだ。
一体私は何を知ってるんだろう。
そして、何を覚えているのだろう。
今はまだ、わずかなとっかかりが出てきたにすぎないと、感じている。
知りたい、と思った。
夢の中のサキナミ様じゃないサキナミ様はいったい何を意味しているのか。
桐原さんの記憶と私の記憶と交叉してるその部分の確認もしたい。
「葵ちゃん?」
亜実さんが背後に立っていた。大きくなったお腹をさすりながら、心配そうに私の顔を見ている。
「亜実さん」
「寝られない?」
こてん、と頭を傾けて、亜実さんが聞いてくる。
「亜実さんこそ、どうしたんですか?」
「起きちゃうのよ、どうしても。毎晩の事だけど。お腹蹴られるし、落ち着かないの。トイレも近いしね」
「そうなんですか」
「葵ちゃんは?明日のお祭り、緊張してるの?」
「いやいや、ちょっと考え事です、大丈夫です、すぐに寝ますから」
「ふふ、そう?」
亜実さんがゆっくりと私に近づき、私の手をとった。
「?」
「扇の巫女さん、神様にお願いしてくれるかしら。」
「え?」
亜実さんが私の手をそのまま自分のお腹にあてる。わあ、ぱんぱんだ。初めて妊婦のお腹なんか触っちゃった。
「どうか無事にこの子が生まれますように、って」
「はい」
「きっとよ」
そうだ、私は分からない事、いつまでも、考えていてもしょうがない。明日はお祭りなんだから、しっかりお祈りして、しっかりお願いもするんだから。
「葵ちゃん。他人の事を一生懸命したり、願ったりするとね、自分の事が二の次になるわよね」
亜実さんが私の顔を覗き込みながら、そして、私の手をまだ、自分のお腹に触らせたまま、優しい顔で話してくれた。
「それでいいのよ。一生懸命自分の周囲の人の為に動きなさい、お祈りしなさい。その心を神様が受け取って、おのずとあなた自身の問題が解決するようになるから」
「はい」
なんだかいいこと聞いたな。うん、一生懸命やろう。扇の巫女をつとめること自体が神社やサキナミ様の役にたつことなんだから。
「って、サキナミ様にも祢宜さんにも言われたものよ。私もね」
てへっと可愛らしく笑って、亜実さんはそっと私の手を離した。
なんだか気持ちが穏やかに凪いできたみたい。
ほのぼのと、心が温かい感じがして、私は亜実さんに感謝した。
さあ、寝よう。
明日の為に。




