21 囃子連と太鼓連
つたない文にお寄りいただき、ありがとうございます。
今回もよろしくお願いします。
いよいよ宵宮祭の日が来た。明日は夏の大祭だ。
準備は多分・・・紘香さん談で万端ととのっている、と。
今日の私はほぼ見学させてもらう気分で神社に出社している。
夜がメインなので、勤務開始も15時から。
とはいえ、住谷さんや、嘉代さん、紘香さんたち、正職員組は午前から色々と接待や打ち合わせの為にもう出てきているはずだ。
境内地の周りにはもう、夜から出るはずの屋台が少しずつ準備を始めている。
なんだかこういう行事の前段階って、ワクワクする。
私が参集殿の客間にいるサキナミ様に挨拶に行くと、サキナミ様はニコニコしながら迎えてくれた。
「サキナミ様、ご機嫌ですね」
「祭りだからな。本殿にも明日出る神輿にも分霊を配して、なんとなく身も軽い。これで、神輿で振られてみろ、魂が振られて、力も強くなる。」
そういうこと聞くと、やっぱり御祭神様なんだなあ、と改めて思う。
「人が寄るというのは良い。人が一つの事に寄って、何かしようとすると、大きな力が生まれる。祭の場合は、祈りの力も入るからな。弱っていた気力がよみがえる心地がする。加えて、人が楽しめば、こちらも楽しい。」
祈りかあ、そうだ、私もしっかり祈らないと。
サキナミ様がいつまでもこの土地を守ってくれますように、みなと仲良く過ごせますように。
それから、お願いももちろんするけどね。
「葵も祈ってくれ。もちろん、こないだ話したようにお願いもして、神と語らえばいい。祭りにはいつも以上に神が近くにある。心次第で、願いはかなう。周囲の為を祈る祈りの姿に神が働けば、自分の願いもまたかなえられる力を得る」
「わかりました。」
サキナミ様は御祭神とされているけれど、本来はその上にいる神様とこの土地の人間の間の橋渡し的な存在だ。
きっと今までもいろんな祈りや願いを見てきただろう。
そして橋渡しをしながら、叶いやすいように、サキナミ様自身が何か神様に条件を出してくれたりしていたのではないか、なんとなくそんな気がして、私は気持ちがほっこりした。
サキナミ様との挨拶を済ませ、着替えの為に休憩室を通っていくと、桐原さんに会った。
「葵ちゃん、今日も一段と可愛いね」
ううん、だんだんこの人のこういうセリフ、慣れてきたのが怖い。
「こんにちわ、桐原さん。何か手伝えること、ありますか?」
桐原さんも15時からのはずなんだけど。どうもこの人、早くから来てたっぽいなあ。
私がたずねると、すぐに返事が返ってくる。
「あのねえ、葵ちゃんしか頼めないんだけど。紘香ちゃんが困ってたんだ。『御方様』のいるところの床の間にある花器、本殿に運んでもらえないかな。氏子さんが飾る花を持ってくるんで、それにその花を生けるんだそうだよ。」
「あ、わかりました。参集殿の客間の床の間ですね」
「うん」
ニコニコと笑ってくれた桐原さんだが、すうっと私に近づいてくると、ささやくように私に言った。
「俺、御方様の事、見ちゃった」
「え?」
「ちょっと、軽い気持ちであの部屋に入っちゃったんだ。目が合って、びっくりして、出戻ってきてしまった」
「・・・・」
ええ。それ、なんかサキナミ様が可哀想。別に見られてもいい、と思っているけど、後の事を考えて面倒になっては、と顔を見られないようにしているだけなのに。
「ちゃんと挨拶すべきじゃないんですか?」
なんだか少し呆れと怒りを感じてきつい感じで意見してしまった。桐原さんもわかってるんだろう。しゅん、とした顔をして、落ち着かないように頭を掻く。
「葵ちゃん、後で一緒に挨拶行ってくれる?」
「いいですよ、今、行きます?」
「あ、今は東に頼まれて、もう本殿前で陣取ってる囃子連のみなさんにお茶出ししに行くんだ。空いた時間でいいよ」
囃子連、もう来てるんだ。そういえば境内の方から笛の吹き鳴らすような音や、トンカラ、トンカラと叩く軽い太鼓のバチの音がする。
「わかりました。じゃあ、花器持って後で本殿、行きますね」
「よろしく」
私が参集殿から花器を持って戻ると、今度は大きな地鳴りのするような太鼓の音が近づいてきた。太鼓連だ。儀式殿から表を見ると、通り沿いに大きな山車のような荷車があり、そこに、大人二人分ほどの高さの太鼓が乗せられて、それを叩きながら、太鼓連の人たちが境内に入場しようとしているところだった。
「うわ、大きい」
思わず見とれる。頑丈で屈強な感じの男の人たちが太鼓を取り囲むようにしてやってくる。
なんだか壮観だ。よくよく見ると、太鼓を載せた荷車の先頭部分に、氏子総代長の勉さんがちょこん、と座っており、こちらを見て手を振っていた。
「おうい、江戸幕府~」
お願い、やめて。それ、この二日間続くの、しんどいんだけど。
でもまあ、営業だと思って、手は振っておく?
手を振り返すと満面の笑みで大きく手を振ってきた。そして、こちらを指さして、なにか近くの人に話しかけている。・・・悪い人じゃないんだ、そう、それはわかってる。
ちょっと個性的な格好と、雰囲気と、他人への呼び方が特徴的なだけで。
すごく優しいし、他の癖のありそうなおじさん達を束ねてるんだもの、慕われてるんだろうなあとか、頼りにされてるんだろうなあ、というのは宮司さんや住谷さんの話からも察せられていた。
桐原さんが、囃子連へのお茶出しを頼まれていたってことは、太鼓連にもお茶出しするのかな。江戸幕府はやめてってお願いしながらお茶でももっていこうかな。
そう考えて、嘉代さんに確認をすると、ペットボトルでのお茶を運ぶから、重たいよ?と気遣われてしまった。でも野菜運びをしてるのに、今更ですよ、と言い返すと、じゃあお願いするわ、とペットボトルのお茶の入った段ボールを渡された。
「総代長さん、お疲れ様です、お茶をお持ちしました。これ、太鼓連さんの分です」
本殿前に陣取った太鼓連のみなさんの前に段ボールを運び込むと、私は、勉さんに声をかけた。
「おおっ!江戸幕府!元気か」
「おかげさまで。あの、その江戸幕府、ってなんか恥ずかしいんですけど、なんとかなりません?」
「う~んじゃあさあ、このペットボトル、一本ずつおじさんたちに配ってきてよ、若い子にもらったらよろこぶよう」
挨拶しろってことね、はいはい。私が配り始めると、太鼓連のおじさん達は、勉さんのお孫さんかい?と聞いてきたり、新しい巫女さんだねと確認してきたり、反応は色々だった。
でも顔は売れたみたい。きっかけ、ありがとう、勉さん。
「総代長、おんめえ、こんな若い子捕まえて変なあだ名で呼ぶのやめろや」
「そうだそうだ、かわいそうだ。こんなにいい子なのに」
挨拶ついでに、ちゃっかり、根回しもしたので、私のあだ名のことで、勉さんが攻撃をされている。
「だってよう・・・うーん、嬢ちゃんだけ普通によぶのもなあ」
そんなことで真剣に悩まないで!普通に呼んでくれるだけでいいんだから!
名前の事でそんなやりとりを聞いていると、背後から荒っぽく玉砂利を蹴りながら歩く音が近づいてきた。
「おいおい、そっちは女の子が来てくれて華やいでるなあ。」
囃子連の半被を着た60代くらいの男の人だ。腕に腕章みたいのをつけているから、多分、囃子連の代表さんか副代表さんのような人だと思う。責任者は囃子連も太鼓連も目印につけている、とこないだ紘香さんから教えてもらった。
「こっちは男がお茶置いてっただけだったぞ。こっちも配ってくれ!」
あ、なんか機嫌悪い感じだ。囃子連は桐原さんが持って行ったんだ。私はたまたま勉さんに言われたから、太鼓連の皆さんに配ってただけで・・・。
「あ、ごめんねえ。太鼓連は、葵ちゃんが持ってきてくれたから、俺が配るように指示したのよう。囃子連もおねがいできる?」
片目をつぶって、勉さんが私にお願い、をしてくる。葵ちゃんと、きちんと言い換えてきたし、囃子連のおじさんの機嫌の悪そうな雰囲気も汲めば、ここは言うとおりに配ってきた方がよさそうだ。
私が囃子連の皆さんにお茶を配りだすと、笑顔で受け取ってくれる方もいたが、ちょっとおもしろくなさそうに、やっとか、という感じで受け取った人もいた。
「すいません、気が回らなくて。どうかよろしくお願いします」
私が頭を下げると、しょうがない、という感じでその場は収まったようにも見えた。
ややあって、少し慌てたように桐原さんが走り寄ってきた。
「ご、ごめん、葵ちゃん、太鼓連の方も囃子連の方も配ってくれた…みたい、だね」
何か聞かされてきたのだろう、心配そうに太鼓連の人たちと囃子連の人たちを気にしている。
『大丈夫?なんか機嫌悪いとか、なかった?太鼓か囃子の方で』
こそっと私に耳打ちしてきたので、安心させるように笑顔でうなずいてみせた。
もうお茶の事は終わったんだし、大丈夫、でしょう・・・と思った矢先、とてつもなく嫌な予感がする光景が少し先の目の前で展開していた。
喧嘩?ではないと信じたい。
囃子連の、最初に配ってれ、と文句を言ってきた人と、太鼓連の顔の赤い男の人がまるで、ドラマの喧嘩のシーンのように、額を突き合わせて、にらみ合っている。
ここからだと聞こえないが、何か、文句を言いあっているようだ。
なんだか、怖い。思わず、桐原さんの方を見ると、桐原さんも驚いたようにその光景に見入っていた。
そして一言、
「やばいな」
そう言うと、桐原さんはまるで私をかばうように前に出る。
にらみ合う二人の周りに、太鼓連も囃子連もそれぞれの仲間のうしろで、すこしずつ援護するように人を増やしていく。
「葵ちゃん、社務所に行って!」
桐原さんがそういうのと同時だった。
にらみ合う二人の男の、太鼓連の人、がいきなり、囃子連の方の男の人に頭突きをしたのだ。
頭同士なのにゴンって音した!あれは痛い!
「!!」
瞬間、囃子連の男の拳が繰り出される。と、同時に。
うおおお、とも、わああああ、ともいう声が二人を包み込み、太鼓連、囃子連の大喧嘩がはじまってしまった。
「あちゃああ」
勉さんが頭を抱えて、途方にくれたように、太鼓の台の上で唸っている。
とめてよ、勉さん!。
もう、どうすんの、これ、警察?とりあえず、社務所かな。
おろおろと見守るしかない私の肩を桐原さんが強く抱いた。
「葵ちゃん、とにかく、社務所に戻ろう、宮司さんに言わないと!」
大変な事になっちゃった。何か起こるとこないだ勉さんは言ってたけど。
せっかくの祭なのに。
桐原さんと走って、社務所に向かおうとしたとき、参集殿から誰かが扉を開けて出てくるのを見かけた。
(サキナミ様!?)
呼びかけるのをためらって、そのまま、サキナミ様の姿を追う。
白衣に白袴。後ろに一つでまとめた、長い髪。一見すれば、神社の職員にも見えるが、雰囲気は常人離れしている。
「葵ちゃん、あれ、御方様、だよな」
「・・・はい」
サキナミ様は黙って、私たちの前までやってくると、目で静かに合図した。
一緒に来い、と言っている。
私は再び本殿前に向かった。サキナミ様と共に。




