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1 居候

せめてスマホは頭を下げてもらってくるんだった。

頭にきていたとはいえ、数日前の私に今更反省する。

いろいろあって、家を出てきたわけだけど、いろいろすぎて父親と激しくぶつかりすぎた。

スマホも親の庇護下のものだから、こんなもの使えない、と置いてきてしまったのだ。


馬鹿だなあ、私。

短気なとこは父親と一緒。

嫌になる。

そんなん言ったらバイトしてない私の持ち物は全部親の金で買ったものなのに。


でも覚悟を示すのによかったのよ、うん。

じゃなきゃ、今頃メールの嵐、着信の嵐だと思う。


だけど、冷静になれば、親からの連絡ブロックするだけでよかったんだし。

あ~もう友達の連絡先とか、とっておきたかったメッセージとか、写真とか全部無しじゃない!

ついでに目覚ましに入れていた大好きな曲たちも。

ほんと馬鹿。

言って聞かせながら、また反省してを自分の中で繰り返して、私は大きくため息をついた。


「いやもう、とにかく起きよう」

無意味に緊張して、今日は6時に起きてしまった。スマホの目覚ましは必要なかったのだけど、慣れてきたら、絶対欲しくなる。普通に目覚まし時計でも100円均一で買ってこようかな、と考えながら、私は着替えを済ませた。

従兄夫婦はもう起きて、出かけてるはずだ。せめて、居候でも少しは役に立たないと、と言われていた洗濯物をはじめようと、私はあてがわれた2階の個室から階下に降りた。


台所に行くと、食事用のテーブルの上に紙切れが置いてある。

『洗濯物は後ででもよいから、初日はゆっくり寝ていていいよ。7時に帰ります』

優しいなあ。気持ちの良い字で書いてある。

従兄の奥さんの亜実さんの字だ。

奏史兄さんの字はおっそろしく汚いから。


従兄の藤野奏史は28歳。私とひと回り年が離れている。

面倒見のいいお兄ちゃんで、忘れかけてたが、多分、私の初恋だ。

奏史兄さんの家は代々八百屋をしていて、今の店長は奏史兄さん。

朝は仕入れに市場に行くから、二人とも留守をしているのだ。


残念だけど、兄さんの両親、つまり私の叔父叔母は5年前に事故で亡くなった。

叔父叔母もすごくいい人達で私も大好きだったんだけど。

叔父叔母が亡くなって以来、兄さんは勤めていた会社をを辞めて、

ものすごく頑張って、一人で両親の店を守ってきた。


2年前、学生時代から付き合っていた亜実さんと結婚して、今は幸せに過ごしている。

看板女将の亜実さんと兄さんの努力で、店は結構繁盛しているようだ。

そして。

この亜実さんが私にとって、幸運の女神だった。

実家で高校を中退したばっかりに、居心地悪いニートとなるところを救ってくれたのだ。


亜実さんは今、妊娠している。

出産を控えて、私に、身の回りのことや、家のことを手伝ってほしいと、亜実さんが兄さんを通して、うちの両親に打診してきたのだ。

高校生で、しかも親にぶらさがってばかりだった私が何をできるわけでもない。

そんなことは私自身がよくわかってるし、兄さんも亜実さんも承知の上だろう。

私の状況を察して、助け舟を出してくれたのだと思う。


両親にも色々と都合がよかったのだろう、私に行くようにと、話してきた。

気分転換になるだろう、とか叔父叔母がなくなった後援助してやったんだから、食い扶持一人めんどうみてもらうつもりで行かせようとか、勝手なことを言ってたけれど。

結婚式のときに連絡先を教えあい、兄さんを通さずに仲良く女同士の相談のやりとりをさせてもらってた経緯で、私もすぐに快諾した。


従兄夫婦の家を頼ることになるとは夢にも思っていなかったが、世話になるなら、ちゃんと役に立ちたい。いい居候になろう、私は改めて決意して、洗濯物を始めた。


高校を中退したのは、正直言うとあてつけみたいなものだったのかもしれない。

親に対しての。

ガタゴトと音を立て始めた洗濯機の音をぼんやりと聞きながら、私は思い返す。

担任は「もったいない、あと二年我慢しなよ」と言ってくれた。

でも我慢できなかった。限界だったんだ。


父親は学歴主義の人だった。母はそうでもないと思っていたけど、結局、父の言うことにしか同意しない人で味方になってもらった記憶がない。

中学の時、耳にタコができるほど言われたのは地域の名門の高校に行け、という話。

その高校に行けない奴はみんなクズだ、とまで吐き捨てるように言う父が嫌いだった。

父も母もそれほど一流の学歴があったわけではないのに。なぜか父はこだわった。

私もとても成績が悪かった、というわけではない。中学1,2年のころまでは学年の10番以内に入っている成績だった。私もどこかで、父の望む高校へ行こうとしていた。

ところが、3年になって、成績が落ちた。これから、というのにどうにも伸び悩んで。

唯一のストレス解消だった吹奏楽部の活動もなくなり、どこかやる気をなくしそうになった。


でも父は。あの人は。

「あの学校にいけないのか?じゃあお前はもう価値がないな」

と吐き捨てるように、私に言ったのだ。

頭がガン、と打たれるような気がした。

自分から望んで、進学塾に通い、いつでも学年1,2位をとるようになった二つ年下の弟といつでも比較する。

クサクサした。

もうどうでもいいや、と思った。でも学校行かなくては、とにかく先がないのだから、と私は地域でも2番目によいと言われている伝統校を受験して、入学を決めた。

望んで入った学校ではないから、と最初から友達もつくらないつもりでいた。

せめて楽しみだけでも、と思っていた吹奏楽部は廃部になった後だった。

成績が少しはよいから、と自負していたのに、高校のレベルも下げたのに、試験の成績は学年の中ほどになった。

なんで。

なんでこうなるの。

身動きがとれなくなった。

この先どうしたらいいのかわからなくなった。

価値のない私は何をしたらよいのか・・・。

それなりに悩んでふつふつとしていた、矢先、高2の1学期の中間試験の最中に、私は眩暈を起こして倒れたのだった。


ピーッ、ピーッ!

洗濯機の運転終了の合図の音に私ははっとする。


ストレスで倒れたのだと、医者に言われてどこかすっきりした。

しばらく何もせずゆっくりして、と言われてきた私を腫れもののように扱う両親を見て、今だ、と思った。

終了。もう終わりにしよう。私の歩みを探す時だ。

1日に何度も眩暈を起こしている間は大人しく療養していたが、療養して3週間。眩暈もなくなって、久々の学校に行った私は、そのまま退学届を出した。

元気になった私にまたしても父は容赦ない言葉を浴びせてきたが、私は平気だった。

両親の期待の星である弟がどこかうらやましそうに

「姉ちゃんなら大丈夫でしょ」

と笑ってくれたのが、とても印象的だった。


洗濯籠に洗い物を取り出していく。

すべてこれからだ。遅かれ早かれ、こうなってたと思う。

二階家のベランダで半分を干し終わったとき、緑色の軽のバンがバックで屋根下の駐車場に入ってくるのが目に入った。パタンと、扉から亜実さんが顔を出す。

「葵ちゃん、おはよう!ありがとね、お洗濯。すぐご飯にするね」

今はこんな挨拶やお礼がいちいちすごくうれしい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語が主人公の心情も通してとても想像しやすく、身近な日常感を感じる丁寧な文章力が、より、その世界に引き込まれてしまいます。 [一言] 終了。もう終わりにしよう。私の歩みを探す時だ。 すごく…
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