社務日誌 6
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妙な夢を見た。
桐原 由岐人は大学の2限目の講義を終え、今日はそのまま幸波神社に向かう予定をしていた。
助勤者は15時から出勤、と言われている。
今日は夏の大祭の宵宮祭だ。
学食で昼食を済ませ、神社最寄りの駅に着いても時間に余裕があった。
早めに着いて、何かできることをさせてもらおうかとも思ったが、猛烈な眠気が襲い、駅前のベンチでうたた寝を決意した。タイマーを合わせ、30分だけ寝る。
すうっと眠りに入ったのだが、そこからその夢に囚われたのだ。
自分は、違う自分だった。
周りには汚れた着物を着る農民たち。それが自分の仲間だと認識していた。
どうやら、自分はそのリーダー格の存在だったようだ。
その中に一人の大切な、と思う少女がいる。
その少女を見た時、桐原はこれが夢だと自覚した。
その少女が、その少女こそが、自分の消えた記憶の中で探していた人間だと。
ただ、顔がぼやけて、わからない。
知っているのに。わからない。ずっと探していたのに、と手を伸ばした途端、場面が変わる。
弱り切って、死にかけた自分を包む大きな光。
「神か・・・」
息も絶え絶えに、その光にすがりつこうとする自分がいる。
「どうか、村を助けてくれ・・・」
そのまま息絶える自分が、その光に誘われるように光の中に入っていく。
幽体離脱なのか、目の前に亡骸となった自分と、泣き崩れるあの、少女がいる。
(悲しませたくなかった)
そう思う自分を感じる。
まもなく自分を取り込んだ光が人の形を成した。
光は自分となった。
人間ではないが、その地の導くものとして、存在するようになったようだ。
人型をした、その存在は、その少女のそばにあり、力になり、生きる勇気を与えた。
自分はそれに安堵して、取り込まれた中に一体化していく。
いつか、またその娘と出会えることを祈りながら。
アラームが鳴り、はっと目を覚ます。
桐原は衝動的にメモ用紙を出して、今の夢を書き綴った。
メモをする中で何度も少女の事を想う。
何故。
あれは6年前の記憶の片鱗ではないのか。探さねばならないと思った失った記憶の中の誰か。
今の夢はまるで。
まるで前世を告げるような話ではないか。
どういうことなんだ。
考えすぎか。
考えすぎで、民俗学の講義の影響で、あんな昔話のような夢にして現れたのか。
桐原は額を強く押さえた。
何か。
何か肝心なことが抜けている気がする。
神に祈るか。どうすればわかる。
桐原は、近くの自販機でコーヒーを買い、飲み干すと、神社に向かって歩き出した。
「よし、切り替えるぞ」
ネクタイを締めなおし、髪をかき上げる。
しかし、この直後、桐原は思いもよらぬ記憶の遭遇をすることになる。
神社に着くと、巫女長、家田が深刻そうな顔をして、社務所で唸っていた。
本殿に飾る花器を、参集殿にしまったままだ、という。
宵宮祭を前にそれを取り出しに行きたいが。
「御方様」のいる参集殿客間の床の間にあるので、行きにくい、と。
御方様に会ってはいけないということはない。ただ顔を見ては失礼だと言われている。
覆面をした御方様がそこ、にいるのだ。
6年前の大祭時、家田はまだバイトすらしてない身分だ。
今年が初御方様となる。
クールに卒なく仕事をこなす家田が、御方様対応の仕方に戸惑っているのが感じられた。
桐原にても病室にいたのだから、それは同じこと。
桐原の好奇心からだった。
「いいよ、俺がいってきてやる」
葵ちゃんが来てからでも、という家田の言葉を聞かず、桐原は参集殿に向かった。
軽く声をかけて、客間に入ろうと、そう思ったのに。
まるで、呑まれるように、そこの襖戸に吸い寄せられた。
声をかけることもなく。
黙ってすうっと襖を開けると、
そこに「御方様」はいた。
覆面をせずに、切れ長の形のよい瞳が桐原を捕える。
「あ・・・」
自分は今、何をしている?顔を見せない謎の舞人の顔を、目の前で見ている。
体が震えた。畏怖からなのか、その美しい姿からなのか、何も言えず、そのまま固まってしまう。
「桐原か・・・6年ぶりだな。」
何と言った?彼は俺を知っているのか?
どういうことだ。
桐原は何故か、そのまま襖を閉めた。
まるで「御方様」がそこにいた事実を無くすように。
本殿に飾るという花器の事も忘れて、そのままぼんやりと社務所に戻った。
「ごめん、花器は葵ちゃんに取りに行ってもらって」
そう力なく、家田に言うと、休憩室で机に顔を突っ伏した。
「桐原・・・さん?どうした?」
東が友人のただならぬ様子に、気遣うように声をかけてきた。
「東・・・」
「うん?」
「俺、ちょっとショックなことがあって。」
「うん」
「あの、記憶の探し人なんだけど」
「わかったけど、すんごいおばあちゃんだった?」
「違う!・・・男だったかも」
「・・・え?こないだ女の子って言ってなかった?」
「うん、そう、そうなんだけど」
女の子に声かけまくっていた桐原の姿を思うに、少し気の毒な感じがして、東はやれやれ、とため息をついた。
「御方様に会ったんだ。あの人かも。ぴん、と来たんだ。あの人は俺の記憶の鍵を握ってる。探していた人だと思う。でもそうすると女の子だと思ってた面影が~!!」
あんな夢をみたせいか、探し人はあの少女だと思っていたのに。やはり夢は夢なのか。
桐原は少し混乱していた。
6年前のあの時、確かに大切にしたいと思う少女がいたはずだ。
でも、さきほどの「御方様」も確かに6年前にいた。それは会ってすぐわかった。
俺は、あの人を、知っている。
桐原は顔を上げて、人差し指で顎を叩くようにさすった。
彼が考えをまとめようとする時の癖だ。
「桐原さん、色々あるだろうけどさ」
東が、そんな桐原の背中をぱしっと叩く。
「宵宮の準備を。今日はお祭りだよ。そっちが先。お願いします」
桐原はぴたり、と指の動きを止めた。ややあって、ふうっと大きく息を吐きだす。
「・・・そうだった。了解、指示をだしてくれ、東」
囃子連が演奏する囃子が少しづつこちらに近づいてきていた。
宵宮の先触れだ。
祭はまもなく、始まる。




