20 宵宮前に
今日は宵宮まで行きたかったんですが。宵宮前で終わってしまいました。
いつもありがとうございます。
今回もよろしくお願いします。
本殿掃除を始めてまもなく。
嘉代さんと桐原さんがやってきた。
「葵ちゃん。こないだはありがとう」
桐原さんが、私の顔を見るなり、そう切り出したので、戸惑ってしまう。
「それ、私のセリフですよね?こないだは送っていただいてありがとうございました」
「送りオオカミにならなかった?何かあったら言ってちょうだい。締めるから」
嘉代さんは容赦ない。
でも、嘉代さんが、倒れたんだから送ってもらいなさい、と遠慮する私に言ってくれたのだ。嘉代さんは色々言うけど、桐原さんの事をすごく信用しているのがわかる。
「東の目が光ってるのに、手を出すわけないじゃないか。こういう事は順を追ってだね・・・」
「でも、うちに着くなり亜実さんの手を握りしめて、奏史兄さんにどつかれてましたね」
「あれは藤野夫妻と俺の親しみを込めた交流だよ」
それはないでしょう。私は思わず苦笑いする。
最近、妊婦の亜実さんを気遣う奏史兄さんは本当に過保護になった。
仕事を休め休めとばかり言っている。当の亜実さんはどこ吹く風で元気に仕事をしているのだけど。そんな奏史兄さんだから、こないだの桐原さんには殺気ある視線を送り続けていた。
「はいはい、じゃあ我々もはじめよう。桐原さん、ほうきで上から掃いてきて。私は荷物運び込むのと雑巾がけ、しちゃうから」
「了解」
二人が入ると掃除のはかどり方が違う。小1時間程度で大体の掃除が終わってしまった。
休憩しようか、と三人で、儀式殿の建物にある休憩室に向かおうとすると、大きな声に呼び止められた。
「おうい!サンライズ!」
嘉代さんが額に手を当てて、はああっと深いため息をつく。
私も桐原さんも、苦笑いだ。
氏子総代長の勉さんが例のよそおいで、現れた。
「こんにちわ、総代長さん」
「お?江戸幕府もいるんじゃねえか。あ、諭吉もいたんだな」
挨拶すると、あの恥ずかしいあだ名で私を確認する。
ああ。これ、変えてもらえないんだろうな。
「本殿の掃除してくれてたんか?ありがとうなあ。おつかれさん」
「勉さんは?明日の宵宮、いつものように本殿で飲むんでしょ?」
嘉代さんが茶化すように言うと、勉さんは頭をがりがり、と掻いて苦笑いした。
「おんめえ、そんなん言ったら飲むために来てるように言われっからよう。肝心なのは奉納太鼓と奉納囃子、それやっての飲み会だからよう。あんまり変な言い方しねえでくれよう」
「はいはい、わかってますよ」
昔からの習わし、らしい。宵宮には太鼓連と囃子連が本殿前で奉納演奏をする。それが終わるとお互い明日も頑張りましょう、とその場で酒宴をするらしいのだ。
「サンライズよう、宵宮で本殿に来てくれるのは宮司と、誰だい?」
「ん?宮司は宵宮の祝詞あげに行きますが、誰か一緒だったかな」
勉さんの問いかけに、はて、という感じで嘉代さんが首をひねる。
「いつも誰かしら、一緒に来て、囃子と太鼓聞いてくれるんだよな。去年は正歩ぼっちゃんが来てくれたんだけど」
「ああ。それか。いつも間際で宮司の気まぐれで、ひょい、と連れてかれるから、多分正歩君か、この子かな」
嘉代さんが私の肩を引き寄せて、この子、と言う。うん?宵宮って夜の祭りだっはず。私が宮司さんのお供??
「嬢ちゃんが?」
勉さんが『江戸幕府』を忘れて、嬢ちゃん、と私をしげしげと見る。お願い、そのまま嬢ちゃん呼ばわりでいいですよ。
「う~ん、サンライズやタニシは社務所から離れられねえんだよな」
えと、タニシって誰だっけ?あ、住谷さんのことだ。
「そうですねえ、いろいろしてるかと思うので。」
「・・・ちょっとなあ。もしかしたら、厄介ごとが起きるかもしれねえ。嬢ちゃんや正歩ぼっちゃんは宵宮の時、本殿に寄らないようにしておいてもらえねえか。」
勉さんは、困ったような顔で、そう伝えてきた。なんだろう、何かあるのかな。
「太鼓連も囃子連も血気盛んなのがいるからよう。うまく取りなしてるつもりなんだけど、もしかしたら、爆発しちゃうかもしんねえから。」
爆発って何?すごい不穏なんだけど。
「あのさあ、勉さん、その暴れるようなことがある気配があるのはわかったけど、前もってなんとかなんないの?」
桐原さんが、腕組しながら、勉さんに尋ねると、癖のある氏子総代長さんは大きくうなだれた。
「しらふの時は、はいはい言う事聞いてんだけどよ。酒飲むと、変わるからねえ、あいつら。今、ちょっと揉めてんのよ。それが酒飲んで出るとまずいなと思っててね」
「飲ませなきゃいいじゃん」
「そうはいかめえ」
氏子総代長も色々大変なんだなあ。今日は参拝に来ただけだという、勉さんは、また明日からよろしく頼む、と去っていった。まるで、絵にかいたようなガニ股歩きの勉さんを見送って、私たちは、休憩へと向かった。
「葵ちゃん、今日は御方様に会ったんでしょう?」
「おうおう。そうだな。謎の舞人、御方様。いったいどこから来るんだか謎だけど、さぞや名うての雅楽会の楽人さんなんだろうなあ。」
休憩に入ると、御方様、サキナミ様の話になる。そう、宮司夫妻と扇の巫女である私以外は御方様の顔をおがめないことになっている。サキナミ様って知ったらどう思うだろう。自分の働いてる、御祭神がまさか、そこのお祭りで舞をしているなどと、思いもよらないはず。
「会いましたよ、参集殿の客間でお休みになってるはずです」
「葵ちゃん、扇の巫女だったんだな。6年前、ここに来てたんだね」
桐原さんが興味深そうに、そう切り出す。
「遊びに来てた?夏休み、じゃないよね。泊まってたのかな、八百藤に」
「う~んと、そうですね、何日いたのか覚えてないですけど、2、3日くらいはいたのかな」
「6年前、だから覚えてないかな。なんか不思議なことがあった、とか」
「不思議なこと?」
そもそも、その時の祭りでサキナミ様から扇をもらったことが不思議の始まりのような。
あの時は単なる福を授かった、ヤッター、だけで終わっていたのに。
あれから、6年も経って、こうも不思議なことに巡り合うとは当時は思わなかったな。
7月7日に6年に1度しかない祭りがあるからって誘われて、泊まりに来たんだよね。
夏休みの宿題のネタになるって思って。一人で。
「う~ん・・・不思議なことって言われてもないかなあ。扇をいただいて、めぐりめぐって今、ここで巫女させてもらってることが不思議、ですかねえ」
「なるほどねえ」
桐原さんが人差し指で顎のあたりをつつくように何度もさする。
ん?こういう仕草、前にも誰かがしてたなあ。誰だったっけ?
「俺さ、6年前の夏祭りの時。祭りの2日前らしいんだけど、記憶喪失でびっしょぬれで境内に倒れてたらしいのよ」
「え?」
思わず、嘉代さんの顔を見ると、嘉代さんは真面目な顔でうんうん、とうなずいていた。
「そのあと、記憶は戻ったんだよ。だけど、どうしてそこにいたのかその時のことだけ全部抜けてて、わからないんだ」
「実は桐原さんはね、命がかかった病を抱えていたの。それが発見された後、すっきりその病がなくなってて。色々不思議だらけなのよ」
私は、それに心当たりがある。多分、サキナミ様の見回りに振れたんじゃないだろうか
そんな病とか、記憶喪失とか桐原さんもすごい経験をしてるんだな。
でもそんな分かりやすい活躍をサキナミ様がするんだろうか。
サキナミ様が活動されたであろう行動の不思議は、土屋さんに聞いた話がいくつかあったけど、そんなに説明できないような露骨な物はなかったはず。何か、その時に、あったのかな。
でもここでサキナミ様の話をするわけにはいかないから、私は先だって聞いていた土屋さんの話をネタにした。
「土屋さんにこないだ聞いたんですけどね、この辺りでは祭典近くになるとそういうちょっと不思議なことが起こるらしいですよ」
「え?そんなことあるの?知らない」
「土屋さんの警察情報ですよね、なんか強盗が捕まって放置されてたり、ボケて行方不明になっていたおばあさんが助けられたりするんですって。誰だかわからないけど、お助けマンみたいな人がいるんじゃないか、って楽しそうに話してくれました」
「お助けマン?」
「私は、神様じゃないですかって言ったんですけどね」
全ては話してないけど、嘘は言ってないわけで。これで、少し不思議の解明に尽力できたかな、と私は桐原さんと嘉代さんの顔を見る。
桐原さんはなにか思うところがあるらしく、黙ったまま、考え込んでいる様子だった。
嘉代さんは、祭典近くにそんな不思議なことが起きたりしてるんだね、と感心したようにうなずいていた。
休憩が終わると、本殿の掃除の仕上げにかかった。
次は明日、明後日と来客を通す参集殿を掃除するという。客間まではいかないまでも、掃除に入ることを告げようと、私は嘉代さんに頼まれて、サキナミ様の下へと向かった。
「わかった。東と桐原か、正直顔を見られても構わないのだけど、一応しきたりだし、後が面倒だからな。覆面をつけておくよ。間違って入ってきても大丈夫なように」
「サキナミ様、あの、一つ聞いてもいいですか?」
サキナミ様の了解を得ると、私は思い切って桐原さんの事を尋ねてみた。
「あの、6年前に、サキナミ様、桐原さんの事、助けてませんか?」
「桐原が何か言ってたのか?」
「6年前、びしょぬれで、境内で発見されたって。病気も治ってよかったんだけど、その時の記憶がないんだって言ってました」
「・・・・そうか。」
何か思いにふけるようなサキナミ様。多分、そうなんだろう。
「・・・助けたな。少し面倒なことがあって、桐原の体を借りたんだ。それは解決したし、いろいろよかったから、病をこちらにいただいて、元気な体にしてやった」
「詳細を知りたそうでしたけど」
う~ん、ちょっと話してあげたい!ここに恩人がいますよって。
「いずれ、分かる時がくるだろう。まだその時ではない。今知っても他に混乱をきたすだけだ。葵、話すなよ」
駄目か、やっぱり。しっかり釘をさされてしまった。
私は一礼すると、参集殿の掃除に向かった。
「葵は覚えていないか」
そう、サキナミ様がつぶやいたのを知らずに。




