19 7月5日
ゆっくりペースで進行しております。
どうぞよろしくお願いします。
いよいよ明日は夏の大祭の前日、宵祭だ。
今週はほとんど神社の方に来させてもらっていた。
八百藤に午前中出て、午後は神社に手伝いがてら配達も来て。
逆の場合もあったり、終日出てたり。
夜はサキナミ様に会えたり、会えなかったりだったけど、片岡先生からの課題にも取り組んで、すごく充実していた1週間だった。
「おこずかい、たまってしょうがないな」
と奏史兄さんがニヤニヤ言うけれど、まだ今月分としてまとめていただいた分はないし、いただいたとしても、学費に充てたりする予定だから、貯めるだけ貯めたい。
杜之学院の推薦だってお願いしているのに、のうのうとバイト代までもらっていいのか?と若干疑問にも思うけど。
それにもらったら、藤野夫妻に何かお礼の品を用意したいな。
何がいいんだろう。亜実さんもあと2か月ぐらいで出産だから、準備するのに必要な物がよいかな。そしたら、奏史兄さんには育児本でも贈って、亜実さんの手助けしてよ、って圧を与えとこうかな。
課題も、あと1週間あれば片付く計算だ。夏休み前には提出できそうだ。
両親に出した手紙で、返事はどうくるか、と身構えてたけど。
手紙には手紙。父親が書いた分厚い封筒が届いて、ドン引きした。
いかに自分が今の今までの居場所や地位を築き上げてきたのか、が熱く語られており、
所詮、子供の私には理解できないだろうが、もがいてみれば?という内容だった。
内容の全体がほぼそれであり、7月の後半の空いている予定の日にちがたった1行でまとめられて、来るなら、どれか選べ、とあった。
大体予想はついていたけど。
別便で、母からスマホが送られてきた。迷惑かけてる人や心配かけている人に連絡しなさい、と付箋紙つきで。
うん、着信の履歴ってこんなに並ぶんだね。怖い。
とりあえず、必要な人をピックアップして連絡して、泣かれたり、叫ばれたり、笑われたりして散々だった。
でも、ありがたかった。
お礼をスマホから家に電話して。母に帰省予定の日程を告げた。
泊まらないの?という問いに、頷いて、なぜか、ごめんね、と言っている自分がいた。
母が、父からの伝言だ、と話すことには、スマホの料金ぐらいは親の義務として高校出るまでは払ってやるから、週一で連絡するようにと事だった。
これには一応応じることにした。どちらにしても必要なことだから。
なんか、色々あったなあ。この短い期間に。
ほんと、でも生きてるって感じするわ。
「ふふっ」
そんな自分に自己満足して勝手に笑っていると、一緒にいた祢宜さんに怪訝な顔をされた。
「どうしたの?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと思い出して」
今、私は祢宜さんと一緒に本殿に向かっている。今日はサキナミ様が御方様として参集殿の方に来る予定になっている。サキナミ様の正体を知っている宮司家族と私以外の職員には、6年ごとの夏の大祭恒例の秘密の舞人が来られている、という事になっている。
大きな覆面をして過ごすらしく、何年過ぎても同じ顔の男が、年を取らずに舞に来ていると、見てくれで判断されないようにもしているようだ。
今日は宵祭の前日なので、本殿まで迎えにあがり、大祭のお願いをし、一緒に3日間の住まいとなる参集殿の客間においでいただく。もちろん、その間は『分御霊』といって、サキナミ様の分身のような力の一部を本殿に置いておく。
「サキナミ様・・・御方様」
祢宜さんが扉の前で声をかけると、衣擦れの音がして、やがて、ギイ、という音と共にサキナミ様が顔を見せた。
「ご苦労。葵も来たか」
白衣に白袴、を着ただけの大きい方のサキナミ様、ここでは御方様だ。
なんだか不思議な感じがする。夜に会える時は今風の服を着ていたせいか、夜の暗がりでみていたせいか、違和感がなかったのだが、こうして日の光の下、着物を着たサキナミ様を見ると、この世のものではない、ただならぬ雰囲気がにじみ出ている。白衣の白さが光に反射して、眩しい。
「参集殿の方にお移り願いますか」
「掃除は葵がしてくれるのか」
「はい」
サキナミ様が参集殿に行ったら、本殿中の掃除をする。掃除が済んだら、明日の宵宮祭りのお供えと、当日のお供えを用意して、胡床や案を必要な分、運び込むのだ。
掃除は結構念入りにするようで、後から嘉代さんと桐原さんが来てくれる予定だ。
「葵、私が舞うときの随員を頼む」
正歩君に聞いたやつですね。一応承知はしたけれど・・・ほんとに人前で、あんな舞台みたいなところに立つの、気が引ける。
「・・・恥ずかしいですけど」
私がぼそり、と言うと、祢宜さんとサキナミ様が視線を交わしあって微笑んだ。
「大丈夫よ、葵ちゃん、サキナミ様の手を引いて立つだけなんだから。今年はそのまま扇を受け取ったらいいわ」
「葵、私のそばにいてくれたらいいのだよ」
だから、それは舞台上のことですよね!
私はその舞台の周りの人の目が気になるんだけど。でも、しょうがないや。
少しでも福をいただいて、編入試験合格する利益をいただきたいかな。
「・・・葵、何か願いごとがあるのか」
私の顔をじっと見て、サキナミ様が言う。しまった、顔に出ちゃったか。
「まだ実家と相談してから決める事ですけど。杜之学院への編入試験がうまくいきますように、と」
「・・・ククク。それはお前の努力次第だな。実家で心を使え。許せないことがあったとしても、育ててもらった恩義を感謝する心を忘れないことだ。そして、世話になってる周囲の人間に喜んでもらえるように心を使え。学問の努力以外で、それさえすれば、神の働きもあるだろう。」
そうだ。多分試験そのものよりも、そこにたどり着くまでの方が私が身構えている所だ。
どうか。
どうか、編入試験にきちんとたどり着けますように。
心を使う、か。できるかな。頑なに距離を保とうとした、あの両親に私は心を使うことができるかな。
「大丈夫。大丈夫だよ」
サキナミ様がすっと目を細め、私の頭をなでてくれた。ほんわりとした空気に包まれて、ぼううっとしてしまっている間に、サキナミ様は祢宜さんを伴って参集殿へと行ってしまった。
よし、掃除を始めよう!
私はいただいた手ぬぐいを頭にまくと、本殿の窓や扉を全開にし、はたきをかけはじめた。




