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18 江戸幕府

サブタイトルのなぞは文章最後に。

時間旅行はいたしません。


いつもありがとうございます。

休憩の時間が終わるころになると、儀式殿の方で、祈祷が入ったような気配がし、土屋さんが桐原さんを呼びに来つつ、休憩に入りに来た。

紘香さんも社務所に戻ってしまったので、冷蔵庫に入れてくれていた残りのアイスコーヒーを土屋さんに差し出す。


「わあ、ありがとうねえ。お手ずから。ありがたいねえ」


嬉しそうに土屋さんがゴクリ、と飲む。なんとなしにそのしわくちゃの細い首筋の喉仏が動くのを見ていたのだが、思わず、息苦しくなって、しまった、と思った。

私は首や手首のあたりが物凄く苦手だ。少し、その部分を意識すると、何故かその部分に何かがまとわりつくような、もしくは。刺さるような感覚を妄想してしまい、少し、苦しくなる。

ああ、やめやめ。人の首見てただけなんだから、大丈夫、大丈夫。

自分に言い聞かせて、大きく深呼吸する。

そう、大丈夫。

よし、妄想を振り払った。これで、大丈夫よ。

落ち着いて、そのまままた倉庫に向かおうとしたけれど、タイミング悪く、もう一つ苦手なものが近づいてきて、私は立ち尽くした。


ウーウーウー!!!

カンカンカーン!!!

ウーウーウー!

カンカンカーン!!!


嫌だ!この音嫌い!

私は思わず耳を塞ぐ。


「なんだろう、火事かな。消防車だね」

「こんな昼間から?」

「見回りじゃない?放火犯つかまったけど、愉快犯で、まねっこしてる馬鹿がいるような話を聞いたよ」


ウーウーウー!!!

カンカンカーン!!!


やだ、こんな仕事中にこんな音聞いたら苦しくなる・・・。

私はなぜだか、この音が嫌いだった。いつからなのかわからないけれど。

すごくドキドキして不安になるのだ。


「葵さん・・・?大丈夫ですか?」


正歩君が気遣わし気に私の顔を覗き込む。


「ちょ、顔が真っ青じゃない!大丈夫?」


嘉代さんが私を抱えるようにして、支えてくれた。


「す、すいません、ちょっと・・・めまい・・・が」


くらっとする。ああもう、迷惑かけちゃう。でも、・・・ごめんなさい。


「葵ちゃん!」

「葵さん!」


嘉代さんと正歩君の声がする。ああ、ごめんなさい・・・。少し休めば・・・。

私はそのまま意識を手放した。



******



熱い・・・。

息が苦しい・・・。

黒い煙が充満して・・・。手首が縛られていて身動きが取れない。

『楽にしてあげるよ』

冷たくてぞくりとする声が私の耳に届く。

いや、やめて!私の喉に大きな手がかかる。

死ぬ、死んじゃうよ、誰か・・・・。




「はあっ!!」


がばっと私は目を開けて体を起こした。

心当たりのない涙を流している。体中汗びっしょりだ。

何か怖い夢を見てた気がする。思い出せないけれど。


「私、さっき倒れて・・・」


見れば参集殿奥の客間だ。誰かがここまで運んでくれて、布団を用意して寝かせてくれたんだ。


「はあ・・・もう。駄目だな、迷惑かけちゃったな」


顔の汗と涙をぬぐい、両頬をぺちぺち、と叩く。


「しっかりしなきゃ!」


立ち上がって、布団をたたんでいると、嘉代さんが入ってきた。


「葵ちゃん!大丈夫なの?」

「すいません、原因不明の心的ストレスで。」


嘉代さんが冷たい水を飲むように勧めてくれる。暑い中、ここはクーラーも効いていて心地よいが、汗をかいたからか、ものすごく喉が渇いていた。ありがたく、飲み干して、大きく息を吐きだす。


「原因不明の?ストレス?」

「よくわからないんですけど、消防車の音を聞くと、すごく不安になるんですよ。怖くて、どきどきして。なんでかなあ。いつもはここまで酷くならないのに、今日は立ってられなくて」

「そうなの。昔、どこかで嫌な思いでもしたのかしらね?」

「わかりません。・・・でもすいません、ご迷惑かけちゃって」


ぺこり、と頭を下げると、嘉代さんにぽんぽん、と頭をなでられた。


「迷惑だなんて思ってないから、大丈夫よ、それより心配しちゃった。桐原さんが、お前がこき使うからだー!なんていうから」

「断じてそれは違いますから、ほんと、ごめんなさい」

「いいよ、動けそう?」

「はい」

「うん、じゃあ、そのまま作務衣姿でいいから、社務所でお守りの頒布台前に座っててくれないかな」


ああ、気を使われてるなあ。これは。まだ作業中だったのに。

それを白衣袴に着替えずに、頒布台前でお守りの売り子さんとは。

今日は日曜日とはいえ、参拝者は少ないはず。あんまりその場は、忙しくないはずだ。

でも実際倒れちゃったわけだから、ここで食い下がるわけにもいかない。

申し訳ないけれど、その場は、うなずき、社務所に入ることにした。


「無理はしないで。また調子悪くなったら言ってね」

「ありがとうございます」


嘉代さんは私を心配しつつ、倉庫の方に戻っていった。


頒布台の前に座っているだけは、・・・・かなりきつい。

ひっきりなしにお守りを求めに来る人がいる、というならばわかるが、

面白いくらいに、人が来ない。

祈祷が時折入るけれど、祈祷を受ける方は祈祷札と記念品を受けて大体帰ってしまうから、用がないのだ。


「紘香さん、何か座りながら、やれることないですか?」


たまりかねて、私が紘香さんに助けを求めると、紘香さんに綺麗な苦笑いをされた。


「わかるけどねえ、そうね、働き者の葵ちゃんが納得してくれるかどうかわからないけれど。

これ、お願いしようかな」


そう言って、紘香さんは奉書用紙という紙を何枚か私のところに持ってきた。


「裁断機、使ったことある?」

「使ったことはないですが、見た事はあります」


重たそうに紘香さんが裁断機を運び出してくる。


「使う裁断機はこれ、なんだけどね。この紙をこの大きさに全部切って欲しいの」


渡されたのはハガキぐらいの大きさの紙。幸波神社、と達筆な墨書。そして、社紋の波の絵の判子が押されている。日付を書いてないが、後から書き込めるように年、月、日の字も入れられている。


「私が書くやつだよう、朱印帳に貼る紙」


土屋さんが、サラサラと何か書きながら、口を挟む。


「祭りの時は、人もたくさん来て、朱印帳をその都度書いて渡すことができないの。日付だけ書いて渡せるように用意しておいて、後で貼ってくださいって頒布するのよ」

「へえ、そうなんですね」


そういえば人気の神社仏閣で朱印帳を求めてずらりと人が並ぶ、というような報道を見た事があるような気がする。朱印帳は御札を受けるようなものだ。最近はスタンプラリー感覚でいただく人もいるようだけど。


「もちろん、朱印帳を書いてるのは土屋さん。これをたくさん作っておくと、土屋さんがいなくても、焦って汚い字を他人にさらさなくても済むってわけ。葵ちゃんには、その用紙を作ってもらいます」

「なるほど、わかりました」

「でも裁断機使えるのかい?」


土屋さんに続いて会話に入ってきたのは、後藤さんだ。後藤さんは元教員だったらしく、すごく面倒見がいい。熱烈な巨人ファンだから、負けた次の日はちょっと機嫌が悪くて大変だけど。

後藤さんは裁断機の使い方を教えてくれた。やっぱり優しいな。


「手を切るんじゃないぞ」


怖いこと言って注意はしてきたけど。

最初の2~3回は切った部分がギザギザになってしまったりして、やり直しになったけど、コツをつかむと面白いくらいにザクザク切れた。合間にお守りを求める方が見えたりして、途中途中で対応していく。


「大丈夫か」


お守りを授与していると、不意に声をかけられる。


「大丈夫ですよ、サ…」


言いかけて振り返ると、思ってた人でなかったことに気が付き、軽く狼狽した。

なんで、サキナミ様って言おうと思ったんだろう。

桐原さんがひどく心配したような顔で、こちらを見ていた。

桐原さんは、祈祷番から外れて、作務衣に着替え、私の代わりに倉の道具の出し入れを嘉代さんたちとしていたはずだ。

・・・あれ?なんか、いつもの桐原さんじゃないみたい。

いつもだったらここで、女の子好きな感じでニコニコしながら、かまってきそうな感じなのに。

いつも?っておかしいな。この人とは昨日が初見で今日は2度目だ。でも、なんだか思ってた桐原さんじゃなかったので、私は多分、きょとん、としてしまった。


「そういう顔も可愛いけどね」


口は相変わらずだけど、目が真剣だ。なんでそんなに強く見つめてくるんだろう。

この人の意志の強そうな眉のせいでそう見えるのかな。

そう思ったのはそこまでだった。

急に桐原さんはふにゃっと笑うと、両手を私の両頬にあててきた。


「!!!」


な、なに!ちょっと!

驚きで固まる私をよそに、桐原さんは満足そうに笑った。


「頑張り屋さんなのはわかるけど、無理はいけないな。倒れて心配させるなんて。可愛い葵ちゃんの事を思うと、俺は仕事どころじゃなくなってしまうよ」


いや、その前に、私の顔にある手、離して。私が仕事どころじゃない。


「き~り~は~ら~」


嘉代さんの低い声が背後から近づいてきた。

びくうっとして、桐原さんが手をひっこめる。


「あ、東!いや、これはだな。ほら、昼休憩に入るだろう?葵ちゃんもさそって、と思ってな」


あたふたする桐原さんが可愛い。


「へえ~。そうなの?そんな親切心があるなら、一つ葵ちゃんにジュースでもおごってくれない?ついでに私と正歩君にも」

「・・・へ?ついではいらないんじゃないのか?」

「・・・何か言った?」

「いえ、東様、言っておりません。では少し外の自販機に行ってまいります!」

「うん」


やっぱりこの二人仲いいな。動揺してたのも忘れて私はクスクスと笑いながら桐原さんを見送った。


「ごめんね、葵ちゃん。めんどくさいやつで。実際、女の子大好きだし、かまってちゃんなんだけど、悪い奴じゃないんだよ。それは私が保証する。ああだから、信じられないかもしれないけど、一応、芯は通ってるから。まあまあ、相手してあげてね」


嘉代さんが桐原さんをフォローしてきた。うん、悪い人じゃないのは分かる。

でも、積極的にぐいぐい来る感じの人って今まで周りにいなかったから、ちょっと慣れない。

そんな桐原さんの背中を嘉代さんと見ていると、参集殿から、ワイワイと氏子さんたちが出てきたのと楽しく出会っていた。

あの目立つ氏子総代長が何か桐原さんの肩をたたきながら、大きな身振り手振りで語り掛けている。桐原さんはちょっと引き気味な感じでそれに受け答えしてる。


「勉さん、桐原さんに何話してるんだろ」

「引いてますね、桐原さん」


飄々と口説いたり褒めたりしてばかりの桐原さんが、少し困った表情で、陽気な勉さんの対応をしているのが少し面白くて、私はクスクス笑ってしまった。

やがて。


「おーい!」


日焼けした顔をにかっとさせて、勉さんが手をこちらに振ってきた。


「そこにいる新人!そうお前、お前」


え?私?

思わず自分を指さして、勉さんの方を見る。


「そう、おんめーだよ、江戸幕府!」


・・・江戸幕府って・・・。あ、これ絶対勉さんが決めた、私のあだ名だよね。

うわあ。

悪気のないのもわかるんだけど。


「諭吉がさあ、諭吉のくせに金ないっていうから、俺がコーヒーおごってやるよー!」


へ?

思わず私は嘉代さんと視線を交わしあう。


「・・・おごってくれることになっちゃったみたいね」

「え?そんな申し訳ない!」

「まあいいって。ご厚意に甘えときなよ。その方が勉さんも喜ぶからさ。ちなみに、諭吉ってのは桐原さんの事ね。由岐人って名前を少しひねっただけなんだけど。」

「で、江戸幕府ってやっぱり私ですよね」

「・・・う、うん。葵の御紋だもんね」


勉さんに、サンライズと呼ばれている東嘉代さんは気の毒そうに私を見た。


「ま、使うの多分勉さんだけだから。あんまり気にしないで。それに勉さんに認められたって事でもあるんだし」

「・・・そうですよね!」


あはは、と乾いた笑いで答えた私に、容赦ない追い打ちがかかった。


「江戸幕府~!カフェオレでいいのかって聞いてるぞ」


桐原さんが私に向かって大声で呼びかけたのだ。

しかも参拝者のいる前で。

・・・やめてよ。





本当は徳川、とか家康、とかにしたかったんですけど。ちょっと考えちゃいました。

「松平」って書いて「不公平」って読める世代の人はいるのかなあ(笑)

本当は↑こういうの使いたかったんですけど。わかりにくいかと思ってやめました。

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