17 装束合わせ
まだまだこのサイトの使い方がよくわからないでいるのですが(笑)
このたびもよろしくお願いします。
六年に一度の夏の大祭は六年ぶりにすることばかりなので、職員さんたちは毎度手さぐりになってしまうのが実情らしい。
もっとも、秋の大祭といって、普通の例大祭は毎年やっているから、祭儀に関しての段取りは慣れているようなのだけど。
夏という季節だからこその、必要な物や、六年に一度しか使わない神具等の扱いに毎度、手を焼いてしまうようだ。
今日は日曜日。赤口という日で、正午前後が吉とする日だ。外祭も少なく、祈祷もそう多くはないというのは紘香さん予想。
なので、ほぼ作業日になる、と朝、宮司さんからお話があった。
今日は準備の大事な日だから、と私は作業着として渡された作務衣を着て、嘉代さんや学校が休みの正歩君達と祭儀に使う神具などを出して、運ぶ作業に追われた。
嘉代さんのメモが膨大だ。何に使う、という事から、何日に何処で使うから〇〇に置いておく、という感じで、道具の采配がされていく。結構な量の神具類だが、三人で全て運び出した。
今日の祈祷番は桐原さんと後藤さん。そして土屋さんが社務所でフォローしてくれている。
住谷さんは氏子さん達と最終打ち合わせだ。朝からあの勉さんとかなり愉快そうな仲間たちが参集殿に集っていて、ワイワイと話し合っていた。
紘香さんは当日の飲み物や弁当の手配や確認をしている。地域の方の演芸会も予定されているらしく、その出場者との電話での確認や参加賞の準備なんかもあるから、結構やることは山積みだ。だけど、いる人間は決まっている。宮園さんのようなバイト登録している巫女さんはたくさんいるが、この時期は試験で、出てこられないらしい。
大体の神具の荷物を運び出すと、嘉代さんが
「よし!じゃあ今日のメインイベント行こうか!」
と気合を入れた感じで儀式殿の倉庫の奥へと入っていった。
「う~ん。虫食ってなければそれでいい」
正歩君が苦笑いしながら、それに続く。
そう、これからするのは祭儀で使う装束の確認だ。
宮司さんたちの装束は、毎年ある例大祭でも同じものを使うから、1年ごとにその消息は大体知れている。よっぽど保管が悪くなければ、虫に食われるようなことはないらしい。
ただし、麻や絹でできたものが多く、たたみじわがひどいと、あまり美しくはない。
それを出して、確認し、皺等があれば、直したり、干したりするのだそうだ。
あとはサキナミ様、こと「御方様」が舞人として舞うときに身につける装束の準備もあるのだが。
「サキナミ様の装束は、いつも状態がきれいなんだって。不思議ですよね」
正歩君がひそっと私にささやいた。と、いうか作業着、といって、中学ジャージ着ているのに、君はいつも状態が美しいね。心の中でこそっと私は突っ込みをいれる。
正歩君の美少年ぶりに、だいぶ免疫がついたつもりでいるけれど、普段と違う格好をされると、感動する。その顔立ちで、軍手はめて荷物運びとか、なんて尊い。
「じゃあ、こっからはじめて」
嘉代さんの声掛けで、言われた箱を運び出していく。
斎主の宮司さんと副斎主になる住谷さんの分、その他の祭員を務める嘉代さんの装束を確認していく。
「やっぱり、かっこいいな」
国語便覧に載ってるような衣冠束帯がそこに広げられる。サキナミ様の直衣姿も素敵だったけど、こうして、間近に冠や衣装を見ると、なんだかワクワクする。
宮司さんの衣装はとても品のある濃い緋色の衣だ。濃い紫の袴に大きな白い藤の丸い紋が柄に入っている。加えて、まさにお内裏様、のようなひれのついた黒い冠。
普段の祈祷や外祭は烏帽子に狩衣姿で済ましているらしいけれど、こんな素敵な格好をするんだなあ。・・・と、私は気が付いた。宮司さんの白衣袴の姿は何度も拝見したけれど、狩衣姿も見た事ないんだった。宮司さんの装束姿、夏の大祭が初見になるのか。
住谷さんのは紺色の衣装に、浅黄色の袴。宮司さんと同じ形の衣装で、冠も同じ。
元々宮司さんが使っていた衣装らしい。
嘉代さんの衣装は、平安貴族の女性が旅装束で着るような不思議な着物だった。女性らしい華やかな感じはするが、ちょっと動きにくそうだ。袴は浅黄。冠の代わりに額当てという黒の額にあてるだけのティアラ状の冠だ。
「私、これ着るの嫌い」
装束を干しながら、嘉代さんが面白くなさそうな顔をする。嘉代さんは男物の狩衣と烏帽子を持って外祭に出ている。動きやすさを考えたら、そうも言いたくなるだろう。
「でも嘉代さんに似合いそうですよ。私の母もこれ着た事ありますし」
正歩君が衣装を掛けつつ、にこにこして言う。
「・・・知ってるよ。」
嘉代さんが肩をすくめる。
「まあ一日だけだからよいけどね。あ、そうそう、これこれ。葵ちゃんのだよ」
女子神職の衣装の入っていた箱の下に何か包まれているたとう紙を取り出して、嘉代さんが微笑んだ。
「私の?」
「千早ですよ」
正歩君が取り出して、私の前にあてるようにして、広げる。
「巫女さんの?」
「ええ、お似合いですよ」
テレビとか漫画で見た事あるような、巫女さんの上着のような装束だ。白い着物に緑のちいさな鳥の絵が入っている。胸元の朱色のひもが、なんだか可愛い。
「普段来てもらってる白衣と緋袴があるでしょう?それの上に羽織って、その紐で前を結ぶのよ」
「神楽殿で、御方様が踊るときに、これを着て、そばで控えていてください。御方様の手を取って、案内し、退場する役ですよ」
え?何?ちょっと待って。
「あの、神楽殿って、舞台になってる場所ですよね?」
「そうだね」
「いやいやいや、無理ですよ!恥ずかしい!」
「大丈夫、大丈夫、いざとなったら御方様がいますから」
・・・・いや、あの。拒否権はないようなこの雰囲気は何。
あんな素敵な舞人を目の前で見られるのは確かに魅力的だけど。
もっと緊張しない状態でゆっくり見たい。
手を取って、だなんて・・・余計に自分が持たない気がする!
「私も舞を習おうかな。そして、葵さんに手を取ってもらったら、なかなか素敵ですね」
「正歩君・・・君、桐原さんみたいなこと言わないで」
正歩スマイルが炸裂して、一瞬私はひるんだけれど、彼なりにからかったつもりなのだろう。
嘉代さんが呆れたように、たしなめてくれた。
「ね~俺の事呼んだ?」
どこから現れたのか、祈祷番で社務所にいるはずの桐原さんがひょい、と顔を出した。嘉代さんが頭を抱える。
「呼んでない。社務所に戻れ。」
「東、そう邪険にしないでよ。俺の社務所の恋人、紘香ちゃんがお茶をいれたから、休憩してくださいって」
「紘香を勝手に恋人扱いするな」
「あ、葵ちゃ~ん。朝から離れ離れで寂しかったよ。一緒にお茶しない?」
嘉代さんの突っ込みに全く動じない桐原さんを私たちはスルーして、休憩に入ることにした。
休憩に入ると、紘香さんがアイスコーヒーを出してくれた。
暑かったから、これは嬉しい。そして、祢宜さんが、いただきものだから、と洋菓子を出しに来てくれた。マドレーヌやフィナンシェの詰め合わせだ。これも嬉しい。
「私も一緒に休憩しちゃおうかな」
祢宜さんは空いてる席に座ると、自分が持ってきたアイスコーヒーを口にしながら、嘉代さんに衣装の状態などを確認している。興味深くそれを聞いていると、隣に座っていた正歩君が私の顔を覗き込みながら話しかけてきた。
「あの、杜之学院の高等部に編入するんですか?」
「え?あ、うん。これから宮司さんと祢宜さんにお願いしようと思ってるんだけどね。」
「将来、神社に勤めるつもりですか?」
正歩君の目は真剣だ。単純に杜之学院のことを聞けば、そういうことになる。でも、今の私にはそこまではの考えはない。
「う~ん、ごめんね、そこまではまだ考えられてないの」
「でも、うちの親の推薦をうけるのでしょう?」
「そうだね。ちょっと私、事情があって、実家に帰れないんだ。自分の力で高校出て、その先の将来をつかみたい。それを考えた時に、杜之学院は都合がいいんだ。宮司さんの推薦を受けて、将来的に神職の資格も取って、ここで3年置いてもらう手段は可能性としては考えてはいるけど。絶対そうするか、っていうと言い切れないし。そこまではわからない。」
私がそう答えると、正歩君は珍しく情けないような顔をして、力なく笑った。
「えらいですね。自分でそうやって考えられてるんですね。私なんか迷ってばかりです」
「?それは私も一緒だよ。これが最善とは自分では思ってないし。あとで違った、と後悔するかもしれない。でも、今与えられたチャンスを生かすなら、この方法かなってだけで」
これしか選択肢がない!というわけではない。実家で受験したときは選択の余地がなかったけど。結果、親に望まれた選択肢を選べずに、ランクを下げて、勝手に落ち込んだ。
今、私が取ろうとしている選択肢は、あくまで、一つの方法であって、提案だ。
だけど、八百藤や、この神社、サキナミ様と片岡先生。いろんな私にとってのお与えが揃っていて、整ったようなこの選択肢。その手を取らない道はない。
勿論、選ばなくてもよいのだから、他の方法も考えられるのだから、これを選んだのは自分。
選んだなら、その責任はちゃんと抱えていくし、転んだらちゃんと自分で立ち上がるようにしなくては、とも思う。
「私なんかは暗黙の了解で杜之に行くのを周囲が望んでます。両親は好きにしろって言ってくれるから、ありがたいんですが。私が杜之以外の選択肢をすると、なんで、となる人が多くて。」
正歩君、大変なんだなあ。まあ黙ってても後継者だろう、って目で見られるだろうし、やりたいことがあっても我慢しなきゃいけないことがあったりするのかもしれない。
「正歩君は将来、何かやりたいことあるの?」
「!?」
私が尋ねると、正歩君はきれいな瞳が零れ落ちるんじゃないか、というくらい大きく目を開いて私を見つめ返した。
うん?何か私、間違ったかな?
「えと、私変なこと聞いた?」
私がおそるおそる正歩君の顔を伺うと、正歩君ははっとしてように我に返り、やがて、顔を片手で覆いながら笑いだした。
「あっはは!葵さん、最高!あは、いや、まいった!」
「え?」
祢宜さんや嘉代さんたちが何事か、とこちらを注目してくる。
「いやいや、神社の一人息子捕まえて、将来聞くとか、もう嬉しい!俺、葵さんの事大好きだなあ!」
正歩君はなんだかつぼってしまったみたいで、体をくの字にして笑っている。
え?やっぱり私なんか変だった?
「葵ちゃん、ありがとう」
祢宜さんが私の肩に手を置いて、そっとささやいてきた。
「神社の子は神社の道へ。それはありがたいんだけど、それが絶対じゃない。あの子は優しいから、いろいろ押し殺してしまっていたの。今の葵さんの言葉で、多分吹っ切れたんじゃないかしら」
「え?」
「神社の事は好きだって言ってくれてるし、最終的に後継者になるにしても、そこにいく道筋は一つではないからね。わかっていても、悪いんじゃないかって気持ちがあったみたいなのよ。これであの子も進路の考えが前進すると思うわ」
色々大変なんだなあ。後継者って。
なんか実家にいたころの私の悩みなんか全く小さくて恥ずかしく感じる。
やがて。笑いが収まって落ち着いた正歩君は、残っていたアイスコーヒーを一口飲んで、はあっと大きく息をついた。
「ありがとう、葵さん。・・・でも、困った」
綺麗な眉を八の字にして、だけど目から下は笑顔のままで、正歩君は言った。
「吹っ切れた。別に杜之に行かなくてもって思えたのに」
「うん」
「葵さんが杜之に行くなら、行きたいって迷い始めた。どうしよう」
知らないよ、そんなこと。




