16 夏の大祭五日前
ものすごい数ある作品の中で、どういうわけだか、ここにたどり着き、よんでくださっている方に心より感謝申し上げます。選んで、読んで、加えてブックマークしてくださる手間や評価をくださる手間が加わると、ほんとにたどり着いただけでなく、読んでくださってるんだと感激いたしております。
地味に書き記しておりますが、よろしくお願いします。
ああ。
やはり私はかしこくない。
短気は損気、だよね。何度も思ったけど、再確認のように後悔してる。
スマホ!
なんで置いて来ちゃったんだろう。ほんとにアホだ。
学校の事をお願いし、相談するには、一度実家で話し合わなければならないだろう。
勿論、何度も運ぶ気は毛頭ないから、片岡先生がくれた課題を全部済ませて持っていくときに、それも全部済ませたい。
行く、という話を先方にしなければならない。
だから、ほんとに今更思うんだけど。
こういうのも、スマホでちょっと硬い文章のメールで送っておけば、全部解決したんじゃないか、と。
正直電話で話すのはかなり気まずい。八百藤から電話してもいいのだけど、想像したら苦しくなった。パソコンを借りて、メールするにしても、親のアドレスはスマホを見ないと分からない。
ほんとに馬鹿だなあ。
古典的にもう手紙でやりなさいよ、と亜実さんが便箋をくれたけど。
いや、確かに正攻法だけど。
どう書いていいやら。なんかメールと勝手違うし。頭痛くなってきた。
夕食後からずっとこんな感じ。
気持ちが落ち着くからと、サキナミ様の扇を開けたり閉めたりして、一応、熟考してるつもり、なんだけど。・・・難しいよ。実の親にこうやって手紙書くなんて。
扇を再びパチ、と閉めて、親指で軸の部分をさすっていると、びりりっと扇が紙を鳴らした。
「サキナミ様?」
何故かそう感じて、私は扇を持ち直す。と、体がぼわっと何かに包まれたように感じた。
『葵』
「サキナミ様?」
頭の中にサキナミ様の声が響く。
本殿にこもりきりのサキナミ様には夕方も会えなかった
参拝に行くと、扉越しに
「ご苦労」
とは言ってくれたんだけど、姿は見ていない。
『すまぬな。今この土地を見回っている最中だ。ちょうど八百藤の前にいる。出られるか?』
「え?あ、はい」
見回りかあ。なんか土地神さまって感じだなあ。と、呑気にのこのこ表へ出ると、そこにいたのはお小さいサキナミ様ではなくて、大きい方だった。八百藤の壁にによりかかっている美丈夫に呆気にとられる。
「え?大きい?」
しかも目立つのを避ける為か、白いカッターに紺色のスラックスという洋装だ。
髪は長いままで、後ろでまとめているけれど、なんか、その、良いものを見た、という感じです、はい。
カッターの襟元のボタンを二つ外しているのが異様に色っぽい感じがして、思わず、そのまま見惚れてしまった。
小さいサキナミ様は精霊のような存在からか、見える人間とそうでない人間とにわかれるが、大きいサキナミ様は神社で神楽も踊る舞人だ。きちんと実体化してるから、しっかり存在感があるんだけど、その美の常識を崩す破壊力は半端ない。
ああ、だから舞うときに、仮面つけてたのかしら。蘭陵王みたい。
「驚いたか?この姿に」
ええ。それはもう。あなたのとこの宮司さんだって白衣に袴でここに来たって言うのに。
「今、祭に向けて、力の調整中だ。祭が終わるまでは、均衡を保つために、小さくなるのが難しい。で、目立つから宮司に服も借りてきた。」
でしょうね。足長いんだ。宮司さんのスラックスの裾から足首とふくらはぎの半分が見えています。うーん、でも違う意味で色々と目立ってる気はする。
「見回りお疲れ様です」
自分よりも身長のはるかに高いサキナミ様はかっこいい上に、私を真上から見下ろしてくる。
私はなんだか視線を落ち着かなくさせながら、そんなことを言っていた。
「葵?」
すっと、サキナミ様の手が私の頬に触れる。
いやいやいや!なななな!
その顔でそんなことしないで!思わず私は硬直しそうになった。
「どうした?何か心配事か?」
「え?」
「なにか、悩みを抱えているような顔をしている」
そう言って、気遣わし気に私の顔を覗き込んでくる。いや、ストーップ!近いよ!近いですよ!なんだか首元から頬まで、かっと熱くなる感じがしてしまう。
「え?そうです、か?」
「・・・お前の家の事か?正孝に片岡の事聞いたのだろう?進学の話も打診されて、いよいよ動くわけだな」
「あ、そう、そうですよ。片岡先生、サキナミ様、知ってたんじゃないですか?」
そうだ。片岡先生が幸波神社で助勤をしてたということは、サキナミ様も知ってたという事になる。
「ああ、面白い気配が来たな、とは思ってたけどな。まあ、あの者は私を見ることができないし、余計な話をして、あの者と葵の話の主軸がずれては、と思ってだまっておったのよ」
「そうだったんですね」
「・・・杜之に行くか?」
サキナミ様が頬に添えた手をそのままに、優しいまなざしで尋ねてくる。
私は黙って頷いた。宮司さん達にはまだ返答をしてなかったが、杜之学院に行くというのは、私の中ではほぼ決定事項になっていた。
「そうか」
サキナミ様の手がそのまま、私の肩をなぞるように降りていき、腕のところで、ぽんぽん、とたたかれる。
「大丈夫だ、がんばれ」
「はい」
「それで、葵の家の方はどうなんだ?」
「・・・・これから連絡を取ろうと思ってます。それをどうしたらよいか分からなくて、悩んでいるんです」
「そうか」
不思議だ。悩んでる、と言ってはみたものの、なんだか手紙書くのが大したことじゃないんじゃないかって、今、思えてきている。
先の楽しみを思ったら、そんなの大したことじゃない、と。
サキナミ様と一緒にいるとそう考えられてくる。
「葵。安易な道を歩いていけば、簡単に目的地にはつくだろう。だけどな、大変な道を努力で切り開いたら、その分の技術や知識がつく。そうして着いた目的地の景色は美しいと思うぞ。
大丈夫、お前ならできるよ」
「ありがとうございます」
最後はポンポンと頭をなでられて、そこで、この場はサキナミ様と別れた。サキナミ様はこのまま氏子区域の街並みを見回りがてら散歩するという。私もお供を、とも思ったけれど、明日も神社のバイトが入っている。今日はもう休むように、と言われて、残念だけど諦めた。
サキナミ様に触れられた部分がまだほんのり温かいような感じがして、私は頬に手をやり、確認するように叩いてもらった腕をそっと握りしめた。
******
翌日。早朝から私は神社に向かった。
最初に本殿に行き、サキナミ様に挨拶に行く。
「ご苦労」
参拝している最中に、扉越しに声を聴く。
「おはようございます、よろしくお願いします!」
「うん」
サキナミ様は出てこなかったけれど、昨晩会えたんだし、また力の調整のタイミングが良ければ会うことができるだろう。
大祭は7月7日。あと5日後だ。サキナミ様は宵宮の前の日、つまり、7月5日には普通に外に出て、7日の夜まで宮司宅で過ごすのが常らしい。舞人の「御方様」が来客としてきている態をとるようなのだ。
あのかっこいいサキナミ様を三日も拝見できるのは、かなり嬉しい。
とはいえ、昨日触れられた頬の事を思い出して、途端にカッと熱くなった。
・・・はいはい、仕事仕事。
切り替えないとね。
儀式殿の裏の通用口に行こうとすると、書記の土屋さんが竹ぼうきを片手にすでに境内の掃除を始めていた。
土屋さんはいつも来るのが早い。
神社の始業は7時からだ。7時から8時まで掃除や準備、献饌(神様に食事のお供えをすること)をする。8時からは朝拝と言って、朝の参拝をし、その日の予定の確認を宮司さんを中心にする。それが終わると、皆、めいめいが動き出すのだ。
土屋さんは多分、6時半前から来てると、私はみている。
日参で来ているときは、時間は色々だが、6時半にきたとき、土屋さんはすでに境内の半分を掃き清めていた。
掃いた後に、土屋さんが、交通安全の祈祷の時に、車のお祓いする場所で、おかしな悪戯をしているのも知っている。
「ほら。枯山水」
そう言って以前竹ぼうきをズルズルと引いている姿を私に見せてくれた。
車のお祓いをする場所も玉砂利で敷き詰めているのだが、そこに土屋さんは、竹ぼうきで、京都のどっかの寺の庭のような筋をつけては、喜んでいるのだ。
結構上手にできてて、でも、朝のうちだけで、あとは気づかずに踏まれて、蹴られてなかったことにされてしまうのだが、それがいいらしい。
「形あるものは、壊れるの。それがかっこいいんじゃない?」
独特の哲学のあるおじいちゃん書記官だ。さすが元警官?
「おはようございます、土屋さん」
私が挨拶すると小さな体をくるっと動かして、にこにこ笑ってくれた。
「おはよう、一色さん。今日は出勤日だったんだねえ。うれしいねえ」
「今日も早いですね」
「うん、今日はねえ、ちょっと事件があったからねえ」
「事件?」
朝から事件とは物騒な。一般人じゃない、元警官の土屋さんが言うと、ちょっと緊迫感のあるものになる。
「最近、放火魔がいたんだよね、この辺り」
「そうなんですか」
「ちっとも捕まらなくて、みんな手を焼いてたの。私たちOBにも協力要請出てたんだけどね」
ひそっと、自分の立場を隠すように少し小声になる土屋さんが可愛い。
「今日そいつがぐるぐる縛られて、放火しようとしていた現場に転がされていたって」
「え?なんですか?それ」
「おかしな話でしょう?当人は髪の長い男に捕まったとかいってるんだけどさあ。捕まえてくれた人もなんで放置でいなくなったんだか」
「・・・・。」
はい、それ、多分・・・サキナミ様ですよね。
昨日見回りしてて、見つけちゃったんだろうなあ。でも警察に突き出しても、サキナミ様を説明するのがややこしいもの。縛って放置は仕方ないだろう。
「あのねえ、一色さん。この土地はすごく不思議なのよう」
土屋さんが箒を持ち替え、空を仰ぎながら言う。
「大祭近いこの時期は特にね、なんだか不思議な力が働くのかねえ。交通事故にあったはずの人間が無傷で助かったり。コンビニ強盗が勝手につかまってて、放置されたり。ボケたおばあさんが行方不明になって大騒ぎしてたら、記憶がしっかりした状態で戻ってきたり。お助けマンみたいな人がいるのかねえ。私はなんかいるような気がして、いっつもワクワクするのよ」
単に見回りするだけじゃないのね。実際にサキナミ様、動いてるんだ。
「すごいんですねえ。神様じゃないですか?」
私が言うと、土屋さんは一瞬、びっくりしたようにこちらを見て、やがて笑った。
「そう思う?そう思う?私もそう思ってるんだよ」
今日の土屋さんはとても楽しい気持ちのようだ。調子に乗って、枯山水の絵図がいつもより広がっていった。後で、嘉代さんが、
「あれ、消していいんですよね?」
と確認したくなるほどの立派な青海波の模様が続いていて、私もなんだか楽しくなった。
あと少しで夏祭り。
これが終わったら、片岡先生からの課題を全部かたずけてしまおう。
そして、実家に話に行く。
昨日やっとの思いで書いた手紙を、神社近くのポストに入れに行くと、
私は大きく伸びをした。
仰いだ空がとても気持ちがいい。
本殿の方から、心地よい風が吹いてきて、私はサキナミ様にこの伸びやかな気持ちになれたことを感謝した。




