15 進路相談
いつもありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。
「昨日はお疲れ様だったね」
宮司さんに呼ばれて、参集殿2階、つまり宮司宅に伺った私に、開口一番、宮司さんはそう言った。あ、やっぱり昨日の一件か。
「あの人ね、島田さんっていうんだけど。一応けがもなく、もう退院もするみたいだよ。・・・職場でいじめにあってたみたいで、結構悩んでたんだって」
「そうだったんですか」
「以前、ここで彼氏とおみくじを引いた記憶が良い思い出でずっと残ってたんだそうだよ。それでよく通うようになったらしい。」
宮司さんは自分が腰かけている前の椅子を、どうぞ、と手のひらで合図した。
私は椅子をひいてこしかける。
「彼女の動きを止めたらしいね・・・お祓いか何かを、したのかな」
とても真剣な顔で、私の顔を覗き込むようにして、宮司さんは一言、尋ねた。
「・・・お祓い、ですか?」
昨日、サキナミ様に言われて祈った事だろうか。あれはお祓い、なのだろうか。
首をかしげていると、宮司さんは満足そうにうなずいた。
「ふふ、はい、私がお祓いしました、って言われたらどうしようかと思ったけど。さすが、選ばれた扇の巫女だね」
「え?」
「サキナミ様にも言われたかな。自分の力で発生した術じゃないとか、祈りの力に神様が働いたとか」
うん、そのまま言われましたね。私が顔を上げて、宮司さんの顔を見ると、宮司さんはとても優しい穏やかな顔でこちらを見ていた。
「何とかしたい、という気持ちが強いあまりに自分の力がそうさせたんだと、勘違いしてしまうことがあるんだよ。稀に、そういう力を駆使できる人間もいるが、我々神社の人間は違う。あくまで、神様と人の仲取り持ちだということを忘れないことだよ。祈ることで、神様や、自然の力に働いてもらう。そしてそれに感謝する。扇の巫女も同じこと。祈ることで、サキナミ様が力を貸してくれて、神様に取次ぎ、神様が働いてくださる。いいかな」
宮司さんは大事なことだよ、と注意深く聞かせるように、ゆっくりと私の目を見ながら話してくれた。
「それを忘れないでほしい」
「はい」
そうか。確かに勘違いしたら大変だろうな。神様の力なのに、自分の物と過信したら、その先が、なんか・・・怖いような気がする。
「ところで、話は変わるんだけど。恩師との再会はどうだったかな」
「え?」
唐突に話が飛んで、私は目を見開いた。サキナミ様から聞いたのだろうか。おおきく瞬きをして、宮司さんの次の言葉を待つ。
「片岡先生。君の先生なんだろう?私の大学の先輩なんだ」
「へ?」
間抜けな受け答えをしてしまったが、宮司さんは、どやっという顔で得意そうに腕を組む。
「あ、宮司さんも昨日知ったのよ。」
祢宜さんが冷たいお茶を出してくれた。きれいな色のお茶だ。
私は一口飲むと、ハテナばかりの頭の中を少しなだめてから、宮司さんの顔を改めて見る。
「えと、片岡先生、こちらに来たんですか?」
「うん。一昨日かな、連絡があってね。こっちに来る用事があるから、その後で寄らせてほしいって」
「片岡さん、ここで助勤してたこともあったのよ」
「ふえ?神主さんしてたんですか?」
ああ、でも。似合いそうだ。日本史の教員してるのも、神主してたのも、なんか通じるところがありそう。
「しかし、驚いたよ。話してたら、八百屋で働いてる子が生徒で、進学を勧めたいんだ、なんていうから、もうそんなの一色さんしかいないじゃない?」
「聞いたらビンゴ!だったから、悪いとは思ったんだけど、あなたの今後の事も相談したかったから、少しお話聞かせてもらったわよ」
祢宜さんが宮司さんのとなりに腰かけた。
「どう?進学する気になった?」
「はい、昨日片岡先生に退学してないことを聞かされて。課題もたっぷり渡されて、にわかにやる気が出てきました。」
「あの人らしいよなあ。一色さんもよかったよな。あの人が担任で。恵まれてるよ」
「私もそう思います」
片岡先生の微笑んだ顔がふっと浮かぶ。あの先生じゃなければ多分、こうならなかっただろう。出会いって大事だ。
「7月まで向こうの学校に在学させてもらって、あと、親に相談して、こちらの学校に編入したいとおもってます。」
「・・・それで、大丈夫なの?親御さんは?」
心配そうに祢宜さんが尋ねてくれる。宮司夫妻に親の話はしてないんだけど。でも、ここが一番のネックになることは間違いない。
片岡先生のお陰で、親とちゃんと話し合う気持ちはできたけど、実際会って話したら、こじらせてしまうかもしれない、という不安は否めない。
でも、私はここで、できればきちんと立ち上がりたい。
「わかりません。駄目になるかもしれない。でも、ちゃんと話して、私は私として生きて、歩けるようにしたいと思います」
「・・・そのためにも実家にいるより、離れていた方が、いい?」
私の背景を見透かしたように、宮司さんが両手を前で組みながら、言う。
私は黙ってうなずいた。
「うん。わかった。一色さんの気持ちはわかった。・・で、こっちで行くつもりの学校は候補がある?」
「ええ。実は全くわからないんですよね。地元じゃないし。レベルも近いと遠いも。早く決めないと、と思うんですけど。昨日はバタバタしてたので、何も手付かずで」
「うんうん、そうだろうな。それでさ、実は相談なんだけど。杜之学院って聞いたことある?」
うーん。多分聞いた?事あるかな。駅の広告看板でその名前を見た事がある。
でも私立じゃないのかな。色々お金がかかるところは避けたいんだよね。
お金は、親が出してくれるかわからない。勝手言った私が用意しなきゃいけないかも、だし。
授業料を国が払うって言っても、私立は寄付金みたいのがあるだろうし、付き合う友人の環境も結構影響するだろう。公立で、学力も見合ったところがあれば、と思っているんだけど。
「私立、ですよね」
「面白い奨学制度があるんだよ。私も片岡先生もそこの学校の出身なんだ。住谷もそうだよ」
「そうなんですか?もしかして、神職の資格が取れるところ?」
「そうそう、大学の方はね。最近そこの高等部ができたんだよ。電車で通わなきゃいけない場所になるけど、ここから40分くらいかな。通えない距離じゃない」
「でも私立、なんですよね。お金がどのくらいかかるか心配なので・・・」
私は言葉を濁すと、宮司さんは満面の笑みを浮かべた。
「一色さんはほんとに真面目だなあ。面白い奨学制度があるといっただろう?」
「はい」
「神道を大事にしてる学校だからなんだけどね。
神社の宮司の推薦を受けて、受験すると、その奨学制度が受けられる。
大学まで在学して、就職してから、少しずつその奨学金を返す、というやり方もあるんだけど。大学で神職の資格を取り、卒業後、神社に3年間就職すると、その奨学金を免除してもらえる。」
「え?」
「こうしなきゃ、って決まりもないんだ。途中で大学を変えたら、奨学金はそこまでで、返却していけばいい。神社に就職しても3年続かなければ、その分を差し引いて奨学金の返却となる。どう?」
「あ、ちなみにその神社就職の3年は給与が指定されてて、ちょっと薄給になっちゃうんだけどね」
ちゃんと聞いててね、と申し訳なさそうな顔で祢宜さんが口を挟む。まあ、それは大事なとこですね。
でも。
すごく魅力的な話だ。
考えてもなかったことだから、少し躊躇してしまうし、大学まではまだ考えられないけど、ひとまず、高等部まではそれは、アリ、だと思う。
「ちなみに学力的な問題はどうでしょう?」
「うん、そう聞かれると思って、片岡さんに聞いたんだけどね。君、頭いいらしいね。あっちじゃ三本指に入る進学校に通ってたようじゃないか」
「・・・頭がいいかどうかは」
何せ、考えなしに退学して、飛び出してきたのだから、かしこいとは言えない。
「片岡先生が言うには、一色さんの学力ならば十分通じるよって。私が推薦書くから、よかったら考えてみてくれないかな。大学まで行ったらうちで3年働いてもらってもよいし」
「ものすごい青田買いだけどね」
ありがたい話だ。でも、待てよ。
この人、扇の巫女の件を抜いても、一応私の雇用主だよなあ。こんなにしてくれて、ありがたいけど、これでいいんだろうか。甘えすぎてないかなあ。
「難しく考えないで。実を言うとね、高等部はまだできて3年くらいしか経ってないの。来年正歩も受験する学校の候補に入ってるから、もし、葵ちゃんが先に入って、色々と様子を教えてくれるとありがたいかな、って」
そう語るのは祢宜さんだ。そうか、正歩君も受験を考えているんだ。私が入ることで少しは役に立てたりするのかな。
「でも。それにしても、知り合ってまだそんなに経ってない私にそこまで心かけてくださって、なんというか、その・・・」
「恐縮する?」
恐縮、とも違う。うまく言えないけど、どうしてそこまでしてくれるのか、嬉しいのと疑問で、手を取りたくても取れずにいる。
「情けは人の為ならず、じゃないけど、人を助けるとね、自分の心が助かっていくのよ。葵ちゃんが笑顔になってくれたら、私たちは嬉しいし、それが自分たちを支えてくれる」
「一応宗教家ですので」
コホン、とわざとらしく咳ばらいをして、宮司さんが居住まいを正す。
「私もこういう仕事してるから、人を見るんだ。一色さんが悪いことする子だとも思わないし、推薦することで、もし編入できれば、学校側にも喜んでもらえる存在になれると思うよ。」
「そう、ですか?」
なんだか照れくさい。でも宮司さんの顔はいたってまじめで、からかう風でもない。
「宮司さん、祢宜さんありがとうございます、一旦考えさせてください」
私は一応学校の事を調べてから、返事をしようと、その場は結論付けた。
事が転がる時はいっぺんだよ。と以前誰かに聞いたことがある。
そういう時は自分の思わない力も働いてるから、うまく乗れれば、とてもいいよ、と。
それは、神様の力のようなものなのかもしれない。
ここに来てから、事がいっぺんに転がっていく。いままでいっぱいもがいた分、からまった糸がカラカラとほどけていくようだ。
よく考えよう。これからの自分のために。
杜之学院のモデルは東京と三重にある神道系の大学です。でも若干東京の方にイメージは近いですね。
残念ながら、これはフィクションですので、話に出てきた奨学制度は東京にも三重にもありません。




