14,出会い
あの自殺未遂事件の翌日。
私は朝から神社のバイトに来ていた。
今日は地鎮祭が多い日で、なおかつ、夏の大祭の近い土曜日だ。
紘香さんと、住谷さんは膨大な量の事務作業に追われ、宮司さんと嘉代さん、後藤さんは外祭、つまり、地鎮祭などの出張祭典に出かけている。
おそらく手が足りなくなるだろうと、お呼びがかかった。
電話番をしながら、私は大祭の参拝者に配るという記念品の手ぬぐいに熨斗紙をはりつける作業をひたすらしていた。手ぬぐいはビニル袋にはいっていて、その上から短冊熨斗をはりつける。単純な作業なので、ともすれば眠気がしてしまう。
こういう時、サキナミ様がそばにいてくれたら、退屈しないんだけど。
今朝、本殿に挨拶に行くと、「昨日はご苦労だったな」と言葉をかけてもらったきり、
サキナミ様は本殿の中に消えてしまった。
なんとなく寂しい。
祢宜さん曰く、大祭が近いので、本殿に籠って、力を蓄えたりする時間も必要なのだとか。
それじゃ、仕方ないのかな。
「あんのやろう、まさか今日来るの忘れてないだろうなあ」
住谷さんが受話器を片手に少し怒ったような顔で、つぶやいた。
今日は内祭、つまり儀式殿での祈祷を担当する神主さんは住谷さんになるのだけれど、大祭に関わる事務もあるし、氏子の方などの来会予定もあるとかで、一応、応援の助勤神主を呼んだらしい。
でも。
その人が来ない。
住谷さんは神社の固定電話でその人に何度も電話をしているようだった。
住谷さんよりも若い神主さんらしい。
「桐原さん、電話でました?」
紘香さんが、目はパソコンの画面に向けたまま、住谷さんに尋ねる。
「出ないんだよなあ、・・・まったく。もし来なかったら私がやるしかないけど。葵ちゃん、悪いけど、もし私が氏子さん達と打ち合わせしてるときに祈祷が入ったら、すぐ呼びに来て。今日は祈祷のサポートは全部葵ちゃんにしてもらうから」
「わかりました」
まだ朝も九時台だから、御祈祷はすぐには来そうにないけれど、私は緋袴の結び目がおかしくないか、さりげなくチェックした。
と、顔を上げると早速参拝者?のような人が鳥居をくぐってこちらに向かってくるのが見えた。面白いもので、単なる参拝者はぶらぶら歩いてくるが、祈祷かお守り授与が目的の人は迷いなく社務所に歩いてくるのですぐわかる。
が、
いや、祈祷でも参拝でもないなあ。
どう見ても工事の作業の人みたいなんだけど。
ものすごい笑顔でこちらにズンズンと歩いてくる。
「あれ、勉さんじゃない?」
住谷さんが社務所から手を挙げると、先方も手を挙げて更ににかっと笑う。
60代ぐらいのおじさんで・・・うん、おじさんなんだけど。
もう漫画なの!?という感じのいで立ちの人だ。
パンチパーマ。そして、大きな色眼鏡。建築関係の方、なのだろうか。ボンタンズボンで地下足袋。ガニ股でこちらにまっすぐ歩いてくる。
誰?何!?
そう思っていると、紘香さんが社務所の窓を開けて、体を乗り出した。
「勉さ~ん!こんにちわ」
「おおう、ホームズ。元気か」
ホームズって何?しかも紘香さん、なんでそんなに親しげなの?
私が半笑いで状況を見守っていると、住谷さんが説明してくれた。
「小島 勉さん。ここの氏子総代長さんだよ。じゃあちょっと参集殿で打ち合わせしてくるよ。葵ちゃんよろしくね」
そう言ってクリアファイルにまとめた資料を片手に出ていこうとする。出て行きながら、住谷さんは悪戯っぽい笑顔でささやいてきた。
「びっくりしただろう?ちょい、癖が強いんだ。でもいい人だよ、くせになるよ~」
「ええ・・・」
勉さんはそのまま儀式殿に入り、ずかずかと参集殿へと向かって行った。
「なんか、すごい人ですね」
ちょっとびっくりして、その後姿を見送ると、紘香さんがくすり、と笑う。
「そうね。でもあの人、曲者ぞろいの氏子さん達を全部まとめてるのよ。すごい人よ」
「あの、なんでホームズって?」
「ああ、あの人、独特のあだ名付けて呼ぶのよ。私は、家田、だから、ホームで、ホームズだって」
「はあ」
「ちなみに、住谷さんは、谷があるから、タニシって呼ばれてるし、後藤さんはごっちゃん、嘉代さんは東から連想して、サンライズ」
「いや、そのサンライズはよくわからないです」
「お話終わったら、挨拶してみたら?話は楽しいわよ」
でも、その流れで行くと私も変なあだ名で呼ばれるのかしら。
悪い人ではなさそうだけど。
私は再び記念品の作業に没頭した。
簡単な作業なので、もうあと少しで目途が立つ、というところ、私は先を見越して尋ねた。
「これが終わったら、何しましょうか」
「あ、もう終わる?早いね。じゃあ終わったら・・・」
紘香さんが言いかけて、視線が鳥居の方に向く。赤ちゃんを抱いた初宮詣の一行が境内に入ってきた。
「・・・祈祷かな。住谷さん、まだ打ち合わせ済まないよね・・・悪いけど、葵ちゃん、祈祷で、受付するようだったら、すぐに住谷さん呼んできて」
「わかりました」
初宮詣は、写真を撮って、簡単に参拝をして帰る方もいる。受付をお願いするまでは確定できないのだ。
「住谷さんは呼ばなくていいよ。俺が出るから」
突如社務所に入ってきた白衣白袴の男性に、紘香さんが苦笑いする。
「桐原さん、遅刻ですよ」
「ごめんて。家田さん、今日はまたきれいだね、化粧でも変えた?」
「いいえ。とんでもない。すぐ祈祷に入れるようにしてください」
桐原さん、と呼ばれた男性のお世辞にもひるまず、紘香さんは淡々と続ける。
「遅刻するなら、前もって連絡してください」
厳しい口調で言う紘香さんは、ちょっと凛々しくてかっこいい。
「怒った家田さんも素敵だよ」
そして、桐原さんは、全く反省した様子がない。それどころか、私と目が合うと、楽しそうに寄ってきた。
「君、新人だね?名前なんて言うの?女子高生?可愛いじゃない。俺、桐原 由岐人。24歳独身。今日はこの出会いの記念に、帰りにお茶でもどうかな」
か、軽い・・・。何なの、この人。
少し癖のあるやわらかそうな前髪に意志の強そうな目が印象的だ。
黙っていれば、多分、かっこいいのかもしれない。
身長もすらりと、高く、狩衣もさぞや映えるかな、なんて呑気に観察してしまった。
「桐原さん!」
紘香さんの冷たい視線が、桐原さんを捉える。
「社務所で何してるんですか。・・・葵ちゃん、気にしないでね、この人、女の子見れば、すぐ声かけるの」
「葵ちゃんっていうの?可愛い名前じゃない。俺も葵ちゃんって呼んでいい?」
「桐原さん!」
はあ~。さっきの勉さんといい、この桐原さんといい、なんだか今日はキャラクター強めの人との出会い運が高いのだろうか。
こんな軽い神主さんの祈祷サポートして一緒に動けるのかな、ととっても不安になったが、
祈祷が始まると、おそろしく真面目で、参拝者には優しい、いい神職さんだった。
もっとも祈祷が終わって記念品を参拝者に渡し終えるや、ずずっと私のそばによってきて。
「巫女さんとしての動きもとてもいいよ、俺、葵ちゃん気にいっちゃったなあ」
と、こんな感じだった。誰にでもそうなので、慣れて、と紘香さんに頼み込まれて、私はあきらめた。
記念品の作業も終わり、お守りの頒布台の在庫確認と、補充を頼まれて、メモ用紙を片手に続けて仕事していると、ニコニコと桐原さんはその様子を見つめてくる。
なんだかなあ。落ち着かないなあ。
「俺の事、気になる?」
はあ?
この人、ほんとに・・・。私が呆れたように桐原さんの方を振り返った瞬間、
桐原さんの背後に恐ろしい形相をした嘉代さんが目に入った。
「嘉代さん?」
「え?」
桐原さんが若干焦ったように後ろを振り返る。
嘉代さんの外祭は近くだったようで、早い戻りのようだった。
「あ、あずま・・・」
「桐原さん、あんまりうちの巫女にちょっかい出さないでいただけますか?」
「いや、これは、ほら、早く仲良くなりたいからで」
「ふーん。仕事時間外でしてもらえますか?」
「・・・え?あ、東、お前、もしかして妬いてくれてたりする?」
「んなわけないでしょ!ほら、手が空いてるなら、次の祈祷が来るまで、祭典に使う三方磨きしてなさい!」
そうして、桐原さんは嘉代さんに襟首をつかまれて、儀式殿の裏にある神具倉庫に連れていかれたようだった。
なんか嘉代さん、怒ってるけど、桐原さんと仲がいいんだな。容赦ない嘉代さんの感じと、焦りながらも、嫌がっていない桐原さんの応対がそれを感じさせる。
「ごめんね、葵ちゃん、あんなアホで。お昼一緒に食べよう~って葵ちゃんに言っといてって言ってたけど、宮司さんに呼ばれてるから駄目、って断っといたから」
社務所に戻ってきた嘉代さんはひと仕事終わった、という表情でそんな事を言ってきた。
「え?宮司さんに?」
「うん、宮司さんももう戻ってきてるのよ。さっき駐車場で会ったから。葵ちゃんと話したいから昼休憩で参集殿の二階に来てほしいって」
「わかりました」
なんだろう。昨日の件かな。それとも今後のバイトの予定の事かな。
そんなことを考えながら、私は頒布台の在庫調べを再開した。




