13 祈りの力
また後で訂正する箇所がでてくるだろう、と確信に近い予想。
つたない文ですいません。
片岡先生と別れて、私は再びサキナミ様を連れて、夕方、神社にやってきた。
今度は宅配だ。明日は大安。地鎮祭が7件あるらしく、結構重たい野菜の山を載せて、電動自転車でここまで運んできた。
あれから八百藤に戻ると、サキナミ様がにこにこしながら、待っていた。
片岡先生からは山のような課題を渡されたけど、早く片付けたくてたまらなかった。
次の一手が決まったのだ。
なんだかワクワクする。
そんな私の気持ちを察したのか、分かっていたのか、サキナミ様は
「よかったな」
と言ってくれた。
片岡先生にしてもらったことは本当に嬉しかった。そして、自分が学校に行きたいのだ、という思いがはっきりとわかった。
何より、父のあの理不尽な態度が恐れからくるものだという話は本当に驚きだった。
今度会ったら、それを踏まえて、どう会話してよいか、考えよう。
こちらは、すぐに、かっとならずに、対処しなくては。
片岡先生がせっかくつけてくれた道筋なのだから。
「あれ?」
社務所を見ると、嘉代さん、紘香さん、住谷さんが事務作業をしているのが目に入った。
夕闇の迫る境内で、社務所の光が強く照らし出されている。
そんな中で、白衣姿の三人が皆で事務作業をしているってすごく不思議に見えた。
嘉代さんが、こっちに気づいたのか、ひらひら、と手をふってくれた。
「祭りの準備で忙しいのだろう」
サキナミ様が肩越しにそう教えてくれた。
と、目の前をふわっとした不思議な空気感の人がゆっくりと横切り、社務所の方へと歩いていく。参拝者かな、と思いながら、一瞬感じた違和感がその人の姿を目で追い続けてしまう。
普通に歩いているのに、何故か、ふわふわとした、という表現が似合う態で、言ってはなんだが、少し不気味だった。黒いスーツ姿の若い女の人だった。
「葵」
今まで聞いたことのない、固い感じの声でサキナミ様が声をかけてきた。
「あの者に気をつけよ。嫌な空気をまとっている」
「どういうことです?」
「もう半年くらい通ってくる参拝者なのだが、気が淀みすぎていて、よくない。今日はとりわけ酷い」
聞けば、週に3~4回の頻度で夕方にお参りに来る人らしい。
参拝はする。お賽銭もする。
しかし、そこに祈りの心がない、という。
何のために神様と向き合って、お賽銭までするのか、よくわからない。
そして、必ずおみくじを引いていくのだという。
「おみくじ、ですか?」
「最初は社務所にいる人間目当てかと思ったんだが、そうでもなくてな。おみくじを熱心によんでる風でもないのだ」
「なんでしょうね」
「私も大きくなって、あの者の前に立てれば、少し察することもできようかと思うんだが、祭典日以外にあの姿で現れてもな・・・」
「・・・まあ、目立ちますよね」
サキナミ様が本来の力を発するには元の大きさになる必要があるらしい。しかし、神楽もない通常日に、宮司さんの言う「御方様」で登場するのは色々とリスクがでそうだ。
「お前、話してこい」
「は?」
突然のサキナミ様の提案に私は身構える。提案?命令かな。
「何言ってんですか?今の私は八百藤の配達人ですよ。神社の人でもないのに」
「神社の人だろう」
「え?まだ数えるくらいしかバイトしてないですよ」
「勉強だよ、勉強・・・ちょっと話しかけて、様子をさぐってみてくれないか」
「ええ・・・」
嫌な空気をまとってるかもしれないけど、それ、何か悪い影響がかかったりするんですか?
それだけで話しかけたら、逆に警戒されない?
色々頭の中でぐるぐるしたけど、あんまりサキナミ様がしつこいから、私も腹をくくった。
「こんにちわ」
で、どうすんだ。私!声かけちゃったよう。
「はい」
うぞおっっという効果音をつけたくなるような雰囲気で黒いスーツの女性はこちらを振り返った。いやいや、目が死んでるよ。やばい人なんじゃない?
「私、ここに配達に来てる八百屋なんです。よくお参りに来ているんですか?」
え?私ったらなんか無難に話しかけてないか。よくできた、よくできた。
「はい」
いやいや、さっきと、全然表情かわってないままだよ。会話続くかな。
「ここの神社の事、私知らないんですよ。どんなご利益があるんでしょうね」
ああ~私ったら白々しい。ここの御祭神は幸波之尊さま。ご利益は幸せになれることと、交通安全、商売繁盛(よい波にのれるから、ってことらしい)。
「はい」
ええええ!もう「はい」しか言わないじゃない。
「あの・・・」
次に声をかけたときにはもう、彼女は私に背を向けて歩き出していた。儀式殿の入り口にある賽銭箱の前にゆっくりと歩いていく。
「駄目だった・・・」
「ふむ、仕方ないな」
サキナミ様が腕組をして、彼女の様子をじっくりと観察している。と、玉砂利を蹴る音がして、背後から肩をたたかれた。
「葵さん!」
「正歩君!!」
制服姿の正歩君が現れた。学校からの帰りだろうか。リュックを背負い、右手にはスポーツバックを持っている。
「ああ、おみくじさんですか」
私とサキナミ様の視線の先を確認して、正歩君はそう言った。
「おみくじさん?」
私が聞き直すと、正歩君は、私の肩の上にいるサキナミ様に軽く会釈をしてから、教えてくれた。
「社務所で、おみくじさん、ってあだ名をつけられているんですよ、あの人」
「おみくじ、ひいていくから?」
「ええ。あの様子で、毎度夕方、どよおんって現れるから、みんな覚えてるんですよね」
まあ、確かに、覚えるよね、そんな感じじゃ。
「それで、サキナミ様はなんですか?あの方に何か注意がありますか?」
「正歩は感じるか?」
「・・・そうですね、今のあの方は何か嫌な気配の渦の中にいるようですね。どこからの話も誰からの声も聴けない、状態でしょうね」
「そう、それでいて、今日は特に何かに突き進みそうなのだよ。いつもより、今日は、どこかおかしい」
サキナミ様がふわり、と体を浮かせて、そのまま黒スーツの女性を注視している。
彼女は参拝を済ませ、いつもしている、というおみくじをしていた。
そうして、そのまま奥の本殿へと向かおうとしていた。
「葵、参るぞ」
「はい!」
「私も行きます」
妙な緊張感が入り、サキナミ様に応えると、正歩君がそっと私の肩をたたきながら、一緒に来てくれる。
「あれ?」
本殿に向かったはずの女性の姿が急に見えなくなった。思わず両脇の木の茂みを見る、と右手の方の茂みに彼女はかがんでいた。
「?」
そっと様子を見ると、鞄から小さな瓶を取り出している。ギリギリと音を立てて、開けた瓶の中から、手のひらいっぱいの錠剤を出したのを見て、思わず、体が動いた。
「やめて!」
パーン、と音を立てて、彼女の手から瓶が転がり落ちる。
「何するの!」
「それはこっちのセリフよ!何してるの!この神聖な境内で!!」
「!!」
女性が大きく目を見開いてこちらを見る。その目の開き方があまりにも異様で、それでいて恐ろしくて、私は思わず身を引いてしまった。
「ふふふ、あははは!死ぬのよ!私!死ぬの!!邪魔しないで!」
女性は転げた錠剤を拾おうとする。
やっぱりだ。睡眠薬。ドラマの中のことだけだと思ったけど、この人、死ぬ気なんだ。
正歩君がやめさせようとするが、暴れて手に負えない。
「葵さん、宮司を呼んできてください!」
なんとか正歩君が彼女の片腕を取り押さえながら叫ぶ。
「いや、葵!言霊の力を使うぞ!私が唱えるから、それを同じように言って両手を彼女の体に向けるんだ」
「え?はい?」
サキナミ様が私の手首のところで両手をかかげろ、とジェスチャーしながら、言う。
「邪魔しないでええ!!」
女性はもう半狂乱だ。正歩君が顔を引きつらせている。
「葵!いいか、いくぞ!」
「は、はい」
何が起きるのかと、でも言われるままに手をかざす。
「掛介麻久母 畏伎 伊弉諾之大神」
静かにサキナミ様が言い出すのをそのまま、まねて私も言った。
「かけまくもかしこきいざなぎのおおかみ」
あ、これ、祈祷の時に、祝詞の前に言うやつだ。祓詞、って言ったっけ?
「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に」
「つくしのひむかのたちばなのおどのあはぎはらに」
手が・・・なんかあったかくなっていく・・・。
「禊ぎ祓い給いし時に 成りませる祓辺戸の大神等」
「みそぎはらいたまいしときに なりませるはらへどのおおかみたち」
どうか、目の前の女性が落ち着いて、生きていけますように。
私は手の先の温かさを感じながら、そう祈った。
「諸々の禍事 罪穢れ有らむをば」
「もろもろのまがごと つみけがれあらむをば」
お願いします、どうか。
「祓へ給い 清め給へと白す事を聞こしめせと」
「はらへたまい きよめたまへともうすことをきこしめせと」
どうか、彼女を助けてください。
「畏み畏み も 白す」
「かしこみかしこみも、もうす」
何か温かいものがぼわんと、手から出ていったような気がした。
祓詞を言っている最中に、彼女は意識を失ったように倒れ、静かになっていった。
正歩君が手を離し、呆気に取られて、私とサキナミ様を見つめてくる。
「今の、何?」
「祓詞?」
「いや、それはわかってますよ!なんなんですか?今の!ちょっと!サキナミ様!?」
正歩君が信じられない、という感じでサキナミ様に詰め寄る。
「おーい!葵ちゃん?大丈夫?」
「なんだ正歩君もいるじゃないか。なんか叫び声がしたけど、大丈夫かい?」
女性の声が聞こえたのだろう。何事かと、住谷さんと嘉代さんがこちらに来てくれた。
サキナミ様が小さく、
「お疲れ様だったな、よくできた」
と言ってそのまま、本殿へと消えていく。
サキナミ様の事に触れないようにして、私と正歩君は自殺未遂をしようとした彼女のあらましを住谷さんたちに伝え、一緒に宮司に報告に行くことにした。
******
「あくまで祓詞は道具にすぎない。それから、別に葵が陰陽師みたいに術を発動したわけじゃないからね、それは理解したか?」
目の前には正歩君。云々うなりながら、真剣にサキナミ様の話を聞いている。
あれから、救急車を呼んで、警察も呼んで。色々話を聞かれたりして、大騒ぎになった。
とりあえず、黒いスーツの女性は落ち着いたようで、でも様子を見るために病院に連れていかれた。ここに来た記憶がないうえに、自殺しようとしていた記憶もないらしかった。
本人は確かに嫌なことがあったらしく、鬱状態が続いている自覚はあったようだが、自らの命を絶とうとするまでの気があったのか、よくわからないという話だった。
迷惑をかけた神社に謝罪したい、ということと、止めてくれた私たちにお礼を言いたいと言っていたという事を警察の方から聞くことはできた。
時間もだいぶかかってしまい、遅くなったので、正歩君とサキナミ様が私を八百藤に送ってくれることになったのだけど。
正歩君は私がサキナミ様の指示に従って、祓詞をまるで呪文のように言い放ち、女性を止めたことを、どういうことなのか、とサキナミ様に質問攻めをしていた。
「まず、あの女子は、心の病で心身ともに疲弊していた。心の病というのはやっかいでな、その人自身から周りの空気まで、淀ませる。そうすると、ずっとその空気の中に留まって悪い考えの繰り返しの中にいるような状態になるのよ」
サキナミ様が自転車のベルにつかまりながら、私たちに話して聞かせてくれる。
「ああなると、まずまず、新しい考えに至るとか、人の話も聞けなくなり、抜け出なくなる。
しまいにああいう状態になるわけだな」
「記憶がない、と言ってましたが」
「そうよ、自分なのに、自分でないものが体を動かしたような事になる。あの場はもっと別のやり方でとめてもよかったのだけどな。祈る力で、その悪い空気を流すという方法を葵に体感してもらいたかったんだ」
「祈る力?」
「そう、多分、正歩が思ったのは葵の何か不思議な力で悪い気を祓った、とか祓い言葉に不思議な力があって、それが事を成したと思っているようだが、あれは違う」
「・・・でも、言霊の力、とも言ってましたよね?」
正歩君の食いつき方がすごい。興味津々でサキナミ様に近づこうとして、なんだか危ないから、自転車を引くのをお願いすることにした。
「そうだよ。祓詞というのは、お清めの時の祓いの宣言のようなもの。陰陽道でも使われていたようだが、聞いていてどうだ?清め、とか祓いとかいう言葉があって、悪いものを祓っている感じがあるだろう?」
「そうですね」
初めて口にした難しい言葉だったけど、それは分かった。
「その感じを口にするのはあの場で大いに大事なことだったのだ。あの女子の良くない気配を祓わなければ我に返ってもらえなかったからな。あの言葉を発しながら、多分、葵が助けたい、って思った祈りの力が重なっていったのだと思う。言霊の力は、わかりやすく神様に働いてもらういい手段なのだよ。そして、何より祈る者の自覚を促す。葵の祈りと言葉の力が重なり、神様が力を貸してくれたということになるのだよ。私はその仲介をしたようなものだ」
「あの、唱えているときに、手の先が温かくなりました」
そう、まるで、自分が術者になったような気分に一瞬なったけど。
そうじゃないんだ。神様の力がそこを通ったんだ、きっと。
不思議とそう思えた。
「うむ、神様が働いてくれたのだよ。悪い気を祓ってくれた。葵の祈りに応えて、ね」
「神様が働く・・・」
正歩君が真剣に考えこみながら、自転車を引いてくれる。
「正歩も勉強になっただろう。葵も祈りと祈りの力の大切さを考えてほしい。そして、神様は他人の為に祈ることには特に力になってくれるものだよ」
サキナミ様は優しいまなざしで私たちを見つめながらそう言った。




