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10 巫女装束

一回のお話でどのくらいの量が適量で区切れるのか、すごく難しいです。

今回は他の回より若干多め??

午後からすぐに着物を着てもらう、と言われた。

先に昼食をとるように、と私は職員通用口近くの休憩室に通された。


正歩君とはここまでで、彼は家の方で食事をして、今日は高校の見学会に出かけるとのことだった。そういえば、そういう時期だ。受験生、って名乗ってたし。


亜実さんに用意してもらった二段重ねのお弁当箱をほくほく、と広げる。

一緒に巫女長の家田さんも昼食に入ってきた。

家田さんは私のお弁当箱を見て、にっこり笑った。


「いいね、亜実さんの手作り?」


お弁当の中身は野菜の総菜のオンパレード。色とりどりでちょっと贅沢な感じだ。野菜の総菜の並びから、亜実さんのと分かったのだろうか。


「はい、うちで出してる商品の仕込もあるから、って一緒に作ってくれたんです」

「ありがたいね」

「はい」

「でもその弁当の前で私が食事するのはなんだか気が引けるわ」


きりっとした美人さんの家田さんが、トホホ、という感じで、右手で半顔を覆う。

そして出してきたのは

カップラーメン。


「悪いでしょ、イメージ。」


えへっと苦笑いをして、湯沸かしポットの方に歩いていく。悪いかどうかはわからないけど、

巫女長がカップ麺すする図はちょっと希少な感じはする。

でも。


「カップ麺もありなんですね!私お弁当作れないから、そうしようと思ったんですけど。亜実さんが作ってくれるっていうから」

「ふふ、うちの人たちは、結構カップラーメンの人、いるよ。ロッカーの中に入れといたりしてるのよ。あ、でも一色さんって、料理、苦手なの?」

「はい!」

「仲間だね~。私も最低限の自炊はしてるんだけど、色々めんどくさくって。」


うふふ、と目を合わせて笑いあう。

近づきがたい美人、の印象が強い家田さんだったけど、結構気さくで、親近感があるなあ。

カップ麺、上等!

と、思ったとき、ガラガラ、と休憩室の戸が開いて、一人の女性が入ってきた。


「うんも~変なところで意気投合しないでよ、紘香ちゃん!」


白い作務衣の上の部分だけを洋装の上に重ねて着ている、いかにも神社の職員さん。

細い縁なしメガネがその知性のある瞳を印象付けているものの、そこにある形の良い眉が呆れたような、八の字になって家田さんを咎めている。

神社の美人秘書だ!と勝手に妄想してしまう。作務衣だけ秘書っぽくないけど。


「一色さんね、初めまして。正歩の母です・・・えっと宮司の家内です」


え?この美人秘書が!?正歩君のお母さん!?いやいや、見た感じ、若すぎない?

若々しいショートヘアがそうさせるのかな。

同じ年の息子がいるうちの母と全然違うんだけど。


「こんにちわ、一色葵です。どうかよろしくお願いします」

「こちらこそ。ごめんね、うちの宮司さんが結構強めの勧誘したんじゃない?」

「・・・強めの勧誘・・・」


ラーメンの蓋をとんとん、とたたきながら、家田さんが頭を抱える。


「はい、はじめは驚きましたけど。何事も経験かなって。」

「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいわ。夏の祭りまであと2週間かな。雑用もあるし、お手伝いに来てくれたらありがたいの。祭りまでに何度か助勤にきて、慣れてももらえば、夏祭りで人手がないところ、助かるんだけど」

「お役に立てれば」


私がそう言うと、正歩君のお母さんはにっこり笑ってうなずいた。


「宮司と正歩の言う通りの人ね、安心したわ。よろしくね」

「一色さん、奥様は宮司さんや我々の身の回りの事や、会計事務をしていて、裏方で采配されてるの。そっちが忙しいから、あまり着物は着られないけど、ここの禰宜さんなのよ。宮司さんの次に偉い神主さんね。」


家田さんがそう、紹介してくれた。


「女の神主さん・・・」


女性もいるんだ。神主で。巫女さんとはまた別に女の神主さんがいるって知らなかった。

なんかかっこいい。


「うちはもう一人女性神職がいるのよ。あなた、一度会ってるんじゃない?東さんって言うんだけど」

「・・・と、嘉代さん?」

「そうそう、最初に野菜運んでくれた時に会ったでしょ、あの人も神主さん。今日は地鎮祭に行っちゃってるけど」

「え?」


神社がらみの人だとは思ってたけど。あのかっこいい職人スタイルが脳裏に浮かぶ。


「なんか植木職人さんかなあとか思ってしまっていました」

「ぶっ!!!」

「くくっ!!!」


正歩君のお母さんと家田さんが顔を合わせて笑いあう。


「それはね・・・」

「しょうがないよね・・・」

「本人もそう見られても、よしとしちゃってるところあるからねえ。実際剪定が得意だし」


いいな、なんかすごく楽しそうな職場だ。私もここに混ぜてもらえるかな。

こんな風に会話できたらいいな。


今日の正歩君のお母さん、もとい、祢宜さんは、参集殿で、祈祷や年祭(仏教でいう法事)の予約対応や、説明に追われているらしく、少しおしゃべりすると、また後で、と忙しそうに去っていった。

それと入れ替わりに地鎮祭に出ていた宮司さんや嘉代さん、後藤さんというおじいちゃん神主さんが続々と帰ってきた。

あわただしく、挨拶したり、地鎮祭の片付けを手伝い終わると、家田さんに手招きされて更衣室に連れていかれた。


わあ。なんか、嬉しい。

巫女さんの着物だ。

白い着物と、赤、というより朱色の明るい袴がハンガーでつるされていた。

緋袴、というから、もっと赤い感じを想像していたんだけど。


「亜実さんに言われて、襦袢と足袋は持たせてもらったんですけど」

「さすが、亜実さん」


家田さんが感心したようにうなずきながら、白衣と袴をハンガーから外す。


「服脱いで、襦袢を羽織ってくれる?着るのは実はすごく簡単なんだけど、一回教えないとかっこよく着れないから」

「はい」


言われた通り、服を脱いで襦袢を羽織ると、その上から白衣をかけられた。胸元の襟をきちんと正してね、と、家田さんが前を整えて、簡単にまくだけの帯を締めてくれる。


「じゃあ、これ、足を通して。後ろに帯にひっかける小さい板があるから、それをひっかけるの」


そうして、渡された巫女さんの象徴のような朱色の袴をはこうとして、違和感を感じた。


「あれ?」

「うん?大丈夫?破けたりしてた?」

「いや、そうじゃなくて、これ、袴というか、スカートなんですね」

「ああ、そうだね」


見た目はしっかり袴だったから、ズボンのようなつもりで足を通そうとしたら、すうっと抜けた、スカート状の袴だった。

背中の帯に袴の腰についているプラスチックの小さな板を挟む。そして、両脇から伸びる袴の腰ひもをそのまま正面で蝶結びで結びあげると、

巫女さんの登場だ。


「うん、かわいい。似合ってるよ」


家田さんが姿見の前に私を押し出す。


「わあ」


ちょっと感動。馬子にも衣装、だけど、意外と似合ってて嬉しかった。


「あ、かわいい!似合ってますよ一色さん」


お昼休憩にスマホの確認に来たという宮園さんがニコニコしながら、姿見の前で一緒に並んでくれた。


「えへへ、一緒にがんばりましょうね」

「はい、よろしくお願いします」


着替えが終わると、早速社務所前のお守り頒布台のところへと連れていかれた。


「今日はここで参拝者さんにお守りの授与をしてみて。ひととおり、名前と値段を確認して。

わからないことがあったら、住谷さんでも私でも聞いてね。参拝者さんの前でも恥ずかしがらずに、分からないことは聞く。正しいことを伝えたいからね」

「はい」


ええと、幸波神社、の名前の入った普通の形のお守りが色違いで三種類、幸の鈴、という名の鈴のお守り、厄除けのお守り、交通安全のお守り、

・・・お、それから交通安全のステッカー!車に貼るやつだ。

それから、神棚におさめる御札、というのもある。

そして、頒布台の脇に、おみくじ。普通のおみくじと、恋みくじ、っていうのが並んでる。

うん、これくらいなら覚えられるなあ。

すると早速参拝の方がお守りを求めに来た。

幸の鈴、だ。

小さな白い紙袋に入れて、そっと丁寧に渡す。


「お参り、ご苦労様です」


家田さんに言われた通りに挨拶する。ご苦労様、は上から下の人に言う言葉だから、若い巫女がこの言葉を使うと、ごくごく稀に噛みつかれたりするらしい。

でも、神社は神様のお守りを渡す側だから、これでいいのだそうだ。

噛みつかれたら、失礼しました、お疲れ様です、と言っておけば、大丈夫なのだが、3年に1度くらい、そういう事をつつきたくなる参拝客様がいらっしゃるらしい。


「うん、いい感じじゃない。それで大丈夫よ」


家田さんがそっと肩越しにささやいた。


「あとね、我々ってこういう姿してるから、勝手に撮影されたりしてしまうことがあるから気を付けてね。正攻法で、一緒に写真撮って下さい、って人もいるけど、うちはそれを嫌がる子がいるから、『神社の方針でそれはできないんです』って断ることにしてる、みんなでね。だから、承知しておいてね」


はあ、なるほど。確かにそういう人はいるだろうなあ。それで勝手にSNSなんかに挙げられたらちょっと嫌かも。

その後、くじ引きの人が数名、普通のお守りを求められる方が一人、と頒布台をのぞきに来た方が数名いらしたけど、幸い、困った人はこなかったので、私は安堵した。

そうこうするうちに、また儀式殿の方から太鼓の音が鳴り始める。

祈祷だ。


「うん、じゃあ、一色さん、祈祷が入ったみたいだから、儀式殿に行って、宮園さんに教えてもらいながらお手伝いしてきて」

「え?え?今ですか?」


突然の家田さんからの無茶ブリに私は動揺した。え?予行練習とかないわけ?


「大丈夫。さっき一通り祈祷の流れは見たでしょう?わからなかったら、最後記念品と御札を渡すところだけお願い。わからなくても、儀式殿にそのかっこで立っていれば、華やぎもでるし、いいと思うよ」

「は、はあ」


え?え?どうしよ。やれるかしら。

と、動揺しながら儀式殿に向かおうとすると、頬に何か小さなものが当たった気がした。


「皆に私は見えてない故、心配いたすな、ここで指図するほどに」


・・・え??

・・・あ、アナタ、さっき本殿でアイマシタヨネ

あまりの驚きに、気持ちの中が片言になった。


「さっ、サキナミ様!?」


お小さい御祭神様が私の肩に乗って、足をぶらぶらさせている!?

いつの間に!


「せっかく他には見えぬようにしておるのに、そなたが騒いでどうする。ほれ、参拝者をそこの前の椅子まで案内しろ」


どうやら、サキナミ様は段取りを耳打ちするサポートをしに来てくれたらしい。


「かちんこちんじゃないか、柔らかい姿勢になれ、緊張が参拝客にうつる」


そうは言いましても御祭神様、あなたのことも気になってうまく動けないんですヨ。


「神主の挨拶が終わったら、祓詞だ、その間、頭をおさげくださいって、言うんだぞ。その後の祝詞を奏上するときも頭を下げててもらえ」


そうでした、そうでしたね、サキナミ様。それ、さっき見たの思い出しましたよ。


「玉串はな、葉っぱの部分を自分の左側に、枝の部分を右側にして持っていく。そうそう、それで、渡すときに、・・・と、あ・・・ごちゃごちゃ言うと難しいな、とりあえず、葉っぱを右側に持ち替えて、相手に渡すんだ。うん、今はそれでいい。正式なやり方は先輩に聞くように」


一番簡単そうに見えた玉串奉奠でなんだかもたついてしまったが、最後記念品を渡すまで、サキナミ様のナビでなんとか祈祷の手伝いを務めることができた。


「サキナミ様、ありがとうございました。」


山中さんにお手伝いありがとう、と言われて、はっとして、肩越しにささやくと、サキナミ様は小さい顔ながら、立派にどや顔をされていた。


「ま、わしは人間の作った儀式の形などどうでもよいがな。ここと長い付き合い故、全部頭に入っとる。礼を言われるほどのことでもない」


それはそうでしょうけど。で、いつまで私の肩に乗ってるつもりなのかしら。







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