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9 社務所

すでに出ている登場人物の名前を一部変更いたしました。

「驚きました?」

「驚きました」


正歩君が満足そうに微笑んで、私の顔を覗き込む。


「私もね、一昨日初めて会わせていただいて、感激しました。」

「ねえ正歩君」

「はい?」

「他の職員さん達も、あの、サキナミ様のことは知っているの?」

「いいえ」


即答で、きっぱりと正歩君は答える。


「私の両親、宮司夫妻は知ってますよ。私はこの社の宮司の後継者なので、そろそろ知っておけと言われて。今回両親から引き合わされて、サキナミ様にお会いしました。他の方は知らないのです」

「でも私は?」

「・・・扇の巫女」


きれいな顔が私をまっすぐ射貫いてくる。ほんとにきれいで、心臓によくない。

思わず顔が朱くなるのを感じながら、私は理解した。

扇の巫女だから。

あの扇で選ばれたものだから、と。


「おそらく八百藤の亜実さんも知ってられるでしょう。元、扇の巫女ですからね。ですが、このことは他の職員には言わないでくださいね」

「はい、わかりました」


そうだろうな、ちょっと…言えないなあ。

いやでも、さっき実際に会った私もなんだか白昼夢を見たような感じだ。

こうして共有してくれる正歩君がいなかったら、多分夢だったのだと言い聞かせてたかもしれない。


「あ、太鼓の音ですね」


儀式殿の方から、ドンドンドン、と大きな音が鳴り、正歩君がそちらの方を覗き見た。


「祈祷が始まりますよ。そっと見学してみましょうか」


手招きをされ、儀式殿の玄関からそっと、参拝場の後方に周る。

中央の席に赤ちゃんを抱いた家族の一群が座っていた。


「初宮詣の祈願ですね。今、出てくる神主さんは住谷さんという方です。」


神主のイメージとはちょっと違う、体躯の良い男の人だ。宮司さんと同じ年ぐらいだろうか。烏帽子という黒い帽子をかぶり、水色の袴の上に、深い緑色の狩衣をまとっている。

笏を持ちながら、住谷神主さんは参拝の家族にお祝いの声をかけていた。

簡単な挨拶が済むと、神主さんは一旦退く。

儀式殿の上座の脇の方で、背を向けたまま、何やら短い呪文のような言葉を朗々と響かせていた。


「祓詞、といいます。御祈願の祝詞をあげる前にお清めの言葉を挙げて、お祓いするんです」

「へえ」


白く細い紙切れがダラダラと何枚もつけられた木の棒を持って、再び神主さんが現れ、家族をお祓いしはじめた。

これは見た事がある。うん、いかにも神社のお清めって感じがする。

やがて、神主さんは、中央の台座に座り、祝詞を奏上し始めた。

その間、家族に頭を下げてください、と声をかけたり、これから、お祓いをします、だの、祝詞を奏上します、だのと、司会のように儀式を進行している巫女さんがいた。


「あの巫女さんは、家田さん。うちの巫女長です。普段は儀式殿の周りのことをされないで、事務仕事や社務をされているのですが、今日は一色さんが来られるので、見本で出ていただいてます」

「巫女長…」


ザ・巫女さん、という感じの人だ。

腰のあたりまで伸びた髪を後ろで細くまとめている。

そのまとめた髪のてっぺんには、紅白の髪で作られたような髪飾りが結わえてある。

色白で、切れ長の強い印象のある瞳。

正歩君もきれいだが、この巫女さんもかなり美しい。


「きれいな…人」


ほう、とため息をつくと、隣で、正歩君が笑った。

やがて、祝詞奏上が終わり、家族の参拝となった。

玉串奉奠と言って、榊の葉を切ったものを神前にお供えしてお参りする。

その案内や、榊を家族に手渡していたのも巫女さんだった。

参拝が終わると、神主さんが挨拶をし、巫女さんが御札と記念品を家族に渡す。

嬉しそうにそれを受け取る参拝客の顔が非常に印象的だった。

素敵だ。喜びを作るお手伝いをしてる。

私にもあんなことができるだろうか。

参拝者が玄関口から出ていくと、先ほど祈祷をしていた住谷さんが狩衣を外して、白衣袴の姿で現れた。


「こんにちわ、あなたかな?藤野君の従妹さんは」


離れて見てて、大きな人だな、と思ったものだが、近くで見ると、かなり大きい。

何かのスポーツ選手みたいだ。

見上げるような形で、私は挨拶した。


「こんにちわ。一色葵です。よろしくお願いします」

「こんにちわ。住谷、といいます。今日は宮司や他の神職たちは今みんな外の地鎮祭に出ているんだ。大安といって、日がとてもよいからね。お昼には一旦帰ってくるけれど、正歩君が案内してるなら大丈夫かな」

「はい、さきほどから建物を案内してもらってます」


ありがとう、も込めて、正歩君を振り返りながら笑顔で答えると、正歩君がきれいな微笑で頷いた。


「住谷さん、社務所に入っても大丈夫ですか?」

「うん、今はちょうど家田さんもいるし、宮園さんもいる。土屋さんもいるから、挨拶してくといいよ」


社務所に入ると、三人の人がそれぞれの作業をしながら、こちらを見て挨拶してくれた。

出口に近いところに座り、半紙を何か折り紙のように折ったり、切ったりしている宮園さんという若い巫女さんがいた。それは『紙垂』と言って、しめ縄に指してある白いダラダラの紙を作っているのだと言う。宮園さんは近所の現役高校生で、私と同じ学年だった。忙しい土日によくバイトとして入るらしい。

ちなみに、神社ではバイトの人を助勤、というらしい。巫女も神主も正式に勤めている正職員さんと、助勤さんがいる。正社員とバイト、みたいな感じで存在するんだそうだ。

宮園さんとは仲良くなれたらいいな、と思いながら紹介を受けた。


窓際のコピー機近くで大きな硯石を置き、大小の筆を並べて、何やら長い和紙にさらさらと書をしたためている小さな御老人がいる。これが土屋さん。もともと警察官だったらしいが、退官後、縁あって、こちらの書記として助勤に来てるらしい。

ドラマとかで見る、『〇〇事件捜査本部』とかいう会議室にはるような張り紙を書く係だったらしく、妙に納得してしまった。今している作業は宮司さんや他の神職さんが使う祝詞の清書。他にも祈祷の札を書いたり、色んな書面を書く役割をしているとのことだ。


その土屋さんの前でノートパソコンに向かい、何やら文書作成をしているのが、先ほどの祈祷で司会などを務めていた巫女長の家田さん。こちらは正職員の巫女さん。もともとは高校生の頃から助勤で巫女をしていたらしく、そのまま勤めることになったらしい。亜実さんにも世話になったという事だった。


「今ちょっと手が離せないけど、午後からが私と一緒に動きましょう。着物も着てもらうし、儀式殿の事、少しやってもらうから」


家田さんはそう言うと、手元にあった一枚の紙を正歩君に渡してきた。


「ごめんね、正歩さん。お母さんに許可はもらってるんだけど、これ、配置表。今度の夏の祭りの日」

「ああ、聞いてますよ。大丈夫。巫女さん確保できなかったんでしょ。私にできるのは限られてるけど、電話番とか、お守りの頒布とかぐらいならできるから、任せてください」

「ありがとう。助かる!後は一色さんがどう動けるかな、にかかってるので、お願いしますね」


祭りの日に手が足りないところから私に声がかかったのは宮司さんから聞いている。

でもちょっと待って。まだ何も経験してない私にお願いしますはしないでよ!

意志の強そうな瞳がきれいな笑顔を作って、お願いします、って言ってきても、ものすごい圧を感じるだけで。私は心もとなく、「はあ」としか言えなかった。








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