8 一寸法師
やっとサキナミ様の登場です。
日曜日がやってきた。
私は亜実さんにアドバイスを受けて、亜実さんに借りた紺のスーツを着て、幸波神社にやってきた。
制服と違って、着せられてる感満載なんだけど、これはこれで、ちょっと気に入った。
なんだか、仕事してる人みたい。
宮司さんに指定された、職員さんたちの通用口に向かうと、早速お出迎えがあった。
「一色さん、ですね。お待ちしてました」
あの宮司さんの息子さん、美少年な神主さんが出迎えてくれたのだ。
とはいえ、今日の彼は白いカッターに黒のズボン、というおそらくは学校の制服か何かのいで立ちだった。
それでもきれいはきれいで、思わず見つめてしまったけれど、先日の白衣袴の時と違って、年相応の雰囲気が出ており、何となく親近感を覚えた。
「こんにちわ、お世話になります」
「私は、ここの宮司の息子です、山内 正歩。今は中学3年生で、絶賛受験生です」
おおう。中学生で、自分を私、という男子とは、・・・なんて尊い。
自分より年下なのをどこか、がっかりしているのに気が付いたけど。
それよりなにより、弟と同じ年だと!
いや、全然違う生き物じゃない!ふと、私を笑顔で見送ってくれた弟を思い出したが、あまりの格差に眩暈がしそうだ。
「一色 葵です、よろしくお願いします。」
「とりあえず、午前中は中を案内しますね。御祈祷とかも見てもらって、午後に巫女装束を着てもらって、少し動いていただきます」
「ありがとうございます」
正歩君に案内されて、通用口から、祈祷をしたり、参拝する儀式殿と、お守りを預かる倉庫と、社務所前に置かれたお守りの頒布台を見せてもらう。
更に儀式殿の表玄関に出て、この間、初めて野菜を届けた参集殿、それから儀式殿の裏手にうっそうと茂る森につづく道へと案内された。
「この奥が本殿なんです」
正歩君が道の奥を指す。石畳にひかれた道がゆるい坂道で続いている。
先ほど、儀式殿、と紹介されて、ここがメインか、と思ってたら、大事な方はこっちだったのか。
なんでも本殿は建物自体が古く、文化物として守る必要があるために、外からのお参りだけをよしとしているらしい。祈祷や、上がってきちんと参拝するような場合は手前の儀式殿を使うのだそうだ。
「・・・・」
何故か正歩君がこちらの顔を伺っている。
「何か?」
「いえ、別に・・・」
何だか歯切れが悪い感じで、正歩君の視線がそれた。
「?」
なんだろう。
と、小首をかしげたその時、自分の視野に何かが通り過ぎるのを感じた。
「ん?」
ネズミ?いや、違う、なんか服着てた・・・。
・・・服!?
うん、服だ。なんかヒラヒラした布をまとったような、小さな何かがそこ、通ったよね。
服着てる犬とかそういう大きさじゃない。
・・・え?何!?
「どうしました?」
正歩君が不思議そうな声で聴いてきた。が、声だけが不思議さを装ってるだけで、その顔は何か察してるような感じだ。
「何か、ありましたか?」
正歩君?なんだか言葉だけ白々しく響いてくるのは気のせいですか?
その表情はまるで私を試すような、興味津々な目をしている。
美形のその顔で、そんなに私を見られても困ります。
「いえ、気のせいかな。なんかネズミみたいなものが通ったような気がしたんです」
「ネズミ?」
正歩君が、なんだか笑いをかみ殺したように答えているのは気のせいではないだろう。
この子、何か知ってる。今の説明できない何かを知ってて、知らないふりをしてる。
「うん?」
・・・・・。
いや、白昼夢なの?
そこに、なんか、いる。
石畳の道の両脇にある生垣の下の方に、それはいた。
昔話の中に出てくる、一寸法師のような姿をした、人が。
手のひらサイズの・・・けど、人形じゃない、置物じゃない。
そう、それの手が生垣の枝を掴みなおしたのが見えた。
精巧なロボットとかじゃない。だって、動きが生々しいもの。
「あ・・・・」
目が合った。
ごくり、と唾を飲み込む。幸歩君がいるのも忘れて、思わずそこにひざまづいた。
目をそらさぬまま、その一寸法師に近づいてみる。
「気づかれたのう」
しゃ、しゃべった!
まさに一寸法師、のいで立ちをした小さい小さい男の人が、てとてと、と私のひざ元に歩いてくる。
「え?え?ええ!?」
「サキナミ様、こちら6年前の扇の巫女さんですよ」
ああ、正歩君にもちゃんと見えてるってことは、幻じゃないんだ。
ってそこじゃないよ!いや、何これ!
「うむ、わかっておる。その者の住まいに邪魔したりしておったからの。扇を通して合図を送ってみたのだが、向こうでは力が届かず、わかってもらえなんだ。不思議を感じて、驚いた様子はしていたようだがの」
「も、もしかして、扇が痺れたり、いきなり動いて手の中で立ち上がったのって・・・」
私があわあわしながら、今の状況を理解しようとつないでいると、一寸法師がニヤリ、と笑った。
「面白いの、人間の反応は。正歩も一昨日初めて会ったときは驚いてくれたが、存在を前から感じてたからかして、呑み込みが早かったから、すこうしつまらんかった」
「・・・驚きましたよ、私も。父や母がそれとなしに、サキナミ様に会ってる風は知ってましたけど。まさかこのような形で相対することになるとは、思いませんでしたから」
幸歩君が深くため息をつく。そしてきれいな微笑で私の方を振り返った。
「紹介しますね、一色さん。こちら、サキナミ様。うちの御祭神様です」
えええええ!?
純和風の小人だ。まさに一寸法師。多分長いであろう髪をポニーテールのように白い紐で結びあげている。顔立ちは少年のようで、その小ささも手伝って、可愛らしくも見えるが、目元がきりっとしていて、凛としている。着ている服は、いわゆる、一寸法師スタイルで、狩衣というのか、水干というのか、平安貴族の身分の軽い貴族が纏うような衣類を身に着けている。
「ご、御祭神?」
私はサキナミ様、と紹介されたその一寸法師を凝視した。
サキナミ様は小さな扇を持っていて、それを口元にあてて、ふふ、と笑う。
「う~ん、正歩、ちょっと、その紹介はなあ。分かりやすいは分かりやすいけど、ちょっと違うぞ」
「そうなんですか」
正歩君がきれいな目を瞬きさせて、サキナミ様の方を見る。
「私は・・・御祭神にさせられた、この杜の主だよ、正式には。実のところの、神様の存在はもっと大きい。私がここにいられるのも、こういう姿でいられるのも、神様のお陰であるから」
「はあ・・・」
「でもまあ、この幸波の主、という意味では、簡単に言えば、御祭神、ということになるのかな」
神様とは違うけど、ここの守り主のような、精霊みたいな存在なのだろうか。でも人間でもないし、とにかく特別な存在だろう。
「葵、後でゆっくり話そう。今日はこちらに仕事に来たのだろう?社務所に挨拶も行かねばなるまいし。学んでおいで。お前さんの道をひらく一つのきっかけになるやもしれぬぞ」
サキナミ様はそう言って、この場を収めた。
少年顔の小さな御祭神にそう言われても、なんだかふわふわしてしまって、落ち着かない。
しかし、言われた通り、挨拶もしなければいけないし、仕事をしていかなければ、今日の本義がずれてしまう。
とはいえ、なんだか夢を見ているような、呆けた状態で、私は正歩君とその場を離れた。




