7,扇の導き
少しずつ寄ってくださる方、通りすがりの方、ありがとうございます。
少しずつの更新ですがどうぞよろしくお願いします。
私は紫の小さな包みを鞄から取り出した。
このところの就寝前、確認するように私はこれを手にする。
あの舞人さんの夢をよく見るからだ。
6年前の幸波神社のお祭りで、舞人さんから投げられた扇がこの包みに入っている。
たまに思い出にふけって、出して見ることはあったものの、実家ではずっと勉強机の引き出しの奥にしまってあったものだ。こちらに来てからは、お守り代わりに、とよく持ち歩く鞄の中にいつも入れてあり、前より身近に持っている。
ただ、この数日、不思議なことがある。
いや、気のせいかもしれない。今まではそんなことはなかったのだが、扇に触れると、じん、と何か痺れるような感覚があるのだ。神社の近くに来て、意識してるから、なのかもしれない。
でも、説明できない、何か、がこの扇にはある、と私は思っている。
『扇の巫女』というのだと聞いた。
あの祭りの神楽で、舞人より扇を授かった人を、そう呼ぶのだという。
不思議なことに男性が受け取ることはないのだそうだ。
扇を授かった人間は幸波神社の御祭神からの福を受けられる、と。
それが6年前に聞いた話だったのだが、実はそれだけではないらしい。
亜実さんは12年前の扇の巫女だった。
比較的神社の近所に住んでいた亜実さんは、宮司さんに請われて、扇の巫女としての本来の務めもさせてもらったという。
その延長で、神社で巫女のバイトもすることになったそうなのだが。
「本来の務めって何?」
私が亜実さんに聞くと、亜実さんは宮司さんからきちんと説明を受けた方がいい、と詳細は教えてくれなかった。
ただ絶対にしなければいけないことでもないらしい。
その実、私のように、遠方から来て、偶然に扇を受けたまま、帰る方にはそういう話は行ってないのだ。
「滝で水に打たれたりとか、火の上歩いて行けとかないですよね?」
「巫女は修験者じゃないんだから、そこまではしないよ、大丈夫、ちょっとしたことだから。最初は驚くかもしれないけど。」
いや、ちょっとしたことって何。最初驚くって何。
不安しかないじゃない。
聞けば、宮司さんの奥さんも扇の巫女だったそうだ。しかも二回もなっているらしい。
というと、18年前と24年前?扇はぽん、と無造作に投げるようなものだから、そんな二回も同じ人間が受けられる事があるんだろうか。
と、ここまで考えて、ふと、あの舞人の仮面が脳裏をかすめた。
あの時。
仮面の奥の目が合ったような気がしたんだよな。
狙って投げてるのかしら。ちょうどいい年頃の女性に。
じゃあ、もっと見目のいい人を選んでくれたらよかったのに。
福を授かってる、というなら、まあいいんだけど。
福・・・授かってるのかな。
受験で失敗して、親と気まずくて。高校中退して。
うん?なんか違う??
でも。
・・・でも、結局この地に来たのって、その福の、扇の導きってやつなんだろうか。
八百屋で働くなんて考えなかったし。
巫女の体験ができるなんて思ってもみなかった。
自分と違う意思が働いているような、なんか不思議な感じがする。
今、ここにいることが、その福をあたわってる、ということなのかな。
あのまま実家にいたら、多分つぶれてた。苦しかった。
今は、不安はあるけど、楽しい。
・・・・。
うん、福はもらってるね。
そして。
あの舞人さんは神社の職員さんなんだろうか。
いや、違う、と私の中の勘が言う。
不確かな勘なのに、変な自信がある。
宮司さんではないだろう。宮司さんよりちょっと細身な人だったと思う。
ではあの息子さん?
いやいや、6年前は子供でしょう。
亜実さんによると、あの神社は宮司家族以外にも嘉代さんのような勤務神職が何人かいるらしいけど。
その人たちでもないだろう、と何故か思えるのだ。
そもそも6年ごとのお祭りでいつも同じ人が舞っているの?
亜実さんが受けたり、宮司の奥さんが受けたりしているときの舞人さんは全部同じ人なのかな?
代々舞を伝えてるような家の人が、その時その時で役を与えられたりしてるのかもしれない。
何者なんだろう。
あの舞はどんな意味のある舞だったんだろう。
今までつきつめて考えたことが不思議なぐらいなかったのに、事が向こうから近づいてきて、こんなにも意識する。
夏の祭りの手伝いをしたら、同じ舞人さんに会えるのだろうか。
それとも全くの別の舞人さんの舞を見ることになるんだろうか。
ぐるぐると考えながら、私は包みの中の扇をとりだした。
じん、とやはり、不思議なしびれを感じる。
と、次の瞬間だった。
「!!!!」
全身鳥肌が立った。
扇を持つ親指に何か外側から力がかかる。
「な・・・何!?」
意識とは関係なくその扇が手の中で、すうっと顔の前に立ち上げられた。
私自身は力を入れてないのに。
驚いて、手をふるうように扇を離した。
ぽとり、と扇は床に落ちていく。
「あ・・・・」
何だったの、と呆然としたまま、私はのろのろと扇を拾う。
変わらず不思議なしびれを感じたが、先ほどの訳の分からない力はもう感じられなかった。
「寝ぼけたかな?」
自分に言い聞かせるように、扇をなでながら私はひとりごちた。
いや、寝ぼけてない。鳥肌の感覚がまだ残っている。
面白いことに、恐怖を感じない。
この扇には何かがある。
私は扇を包みなおし、鞄にしまい込んだ。
日曜日の神社訪問。ここから何かが始まるような気がして、わくわくしている自分がいる。
福を授ける扇は何を今度はもたらしてくれるのだろうか。
睡魔をさそうために、私は英単語帳を枕元にひきよせた。
本当に最近、覚えが早い。
睡魔のため、とは思ったものの、今の私には、逆に覚醒してしまう可能性もある。
だから、正しくは、寝る前のルーティン、というやつだ。
この努力の先には、もっと楽しい何かがあるはずだから。
八百屋も。勉強も。これから行く神社も。きっと自分を作る糧になる。
がんばろう。そして、近い将来、とびきりの笑顔を実家で見せつけてやるんだ。




