77 目覚めの時
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「桐原、私の形代を見破ったか」
「・・・勤務中はああいうことは困るんですけどね!東司さん」
対峙するなり、由岐人さんと東司さんがにらみ合う。
由岐人さんはしっかりと私の手を握りしめ、強い調子で、東司さんに言い返していた。
あ、そういえば、勤務時間中だ。由岐人さんは正歩君と来てるから、了承済みで神社を出てきてるんだろうけれど、東司さんは、なんか仕掛けてここに来たんだろうか。
わ、なんだろう。握りしめた由岐人さんの手が熱い。
由岐人さんの中の力・・・サキナミ様の気配だ。由岐人さんの体からにじみ出ているようだ。
まるで、風をまとうような様子で、由岐人さんの周囲に強く感じられる、サキナミ様の力に私は息を呑んだ。
さっき、夢の中のサキナミ様が言っていた事って、この事だったんだ。
由岐人さんが、サキナミ様の力を掌握するって。
光の加減だろうか、由岐人さんの瞳が緑色に輝いているようにも見える。
「葵、手を離さないでいて。葵の祈りの力が、俺の中の力を強くするから」
翡翠の目を東司さんに向けたまま、由岐人さんがそう語り掛けてきた。
私は黙って頷き、握られた手に力を込めた。
「サキナミノミコト、か。お前がその力を体に宿すことになるとはな。この土地の守りはお前と巫女がいれば安泰というわけだ」
東司さんが皮肉っぽい言い方で、由岐人さんに言う。
「しかし、やはり、扇の巫女はこちらにいただきたい」
「駄目だ!俺たちは前世から、この土地に所縁あるもの。サキナミノミコトとの深い絆によって、ここに導かれたんだ。この土地を守るのが俺と葵の使命だ!」
由岐人さんが強く言い返す。私はその傍らで目を閉じて、ひたすらに祈った。
ここにいる皆を守って欲しいと、この土地を守って欲しいと。
ふと、東司さんの方から感じていた強い力の波が弱まったような気がして、一瞬目を開く。
と、先ほどまでの険しい表情とはうってかわって、凪いだような東司さんの目と視線が合った。
「能登の杉彦の巫女姫、杉神姫は、古より代々続き、杉彦と共にあった。」
東司さんが、どこか遠い物を見るような表情で、語り始めた。
「・・・しかし、その血筋は遠い昔に途絶え、杉彦はその後たった一人で自らの地を守り続けてきたのだ。人が減り、祈りの力自体が弱くなってきている近年は、自身を保つのにも苦労していた。そんな折に私と出会い、北陸の地を守ろうと、意気投合したんだ」
「そこから、どうして、葵を連れていくって話になっていくんです?」
由岐人さんが眉をひそめる。心なしか、また握られている手に力が籠ったような気がした。
「まあ、聞け。俺の大社は結構有名だが、その兼務社数の多さはひどい。40数か所だぞ?それだけ、過疎化が進んだ土地が多く、人が離れ、社を祀る人もいない。ひたすら、俺の親族一同で、保持を図っているが、行事のある時くらいしか、心を掛けられない。そんな状態で、人々の祈りの力を保つなんて難しいんだ。祈りの力がなくなれば、その土地を守る土地神の力も失せていく。そうすれば、土地自体守れる力が失われていく・・・それはお前たちも知っているだろう」
「そんな時に、東桔梗の結界の力を感じて、葵を知ったんだな」
ハヤトがため息をつきつつ、つぶやくように言う。関りの深かった桔梗姫が隣で、すっ、と目を細める。
「そうだ。将門を浄化した力を持つ巫女が欲しいと思った。」
「・・・でも、浄化したのは、私の力じゃないですよ?」
思わず、私は口を挟んだ。いや、期待してもらってるとこ、悪いんだけど。
事実だし。そこ、はっきりさせとかないと。
「私は祈る役目はあります。でも。私は術師でもなんでもないんです。祈ることで、神様の力が働いてくれるって役で、力の源は神様やサキナミ様にあるんですよ?」
「え?」
うん?東司さんの中にいる杉彦さまって、サキナミ様みたいな存在だよね?
こういうこと、知ってるんじゃないのかな。東司さんの顔が戸惑ったような表情に変わっていく。
「・・・君の力じゃない?」
「ええ」
断言すると、ますます、困惑したような東司さんの顔。
・・・あれ?
と、コホン、とハヤトが咳ばらいをして、間に入ってきた。
「初代杉神姫は術師であられたからな。杉彦殿も、神話を知ってる東司殿もこちらの巫女がそういうものだと思ったのではないのかな」
「術師?どういうことです?」
「杉神姫、は仕える杉彦殿に代わって、土地を乱す邪気ある物達と戦えるだけの呪力と術をお持ちだったのだ。扇の巫女と少し役割が異なるな。だが、それゆえ、呪力を継承し、血筋でつながる巫女の家系として、古来は杉彦殿に仕え続けることができたのだろうな。」
ハヤトは東司さんの方を見つめながら、語り続ける。
「扇の巫女は人々の祈り、自身の祈りを神に伝え、神に働いてもらう。サキナミノミコトが認めたものであれば、血筋は関係ない。・・・もっとも、人々の祈りが無くなってきたことで、サキナミ自身が力を失ったのは葵も桐原も見てきたから、わかるだろう?」
そうだった。
サキナミ様の依り代である欅の木が老木になったのが、サキナミ様の力がなくなった原因の一つだったんだけど。この土地の氏神様への信仰、祈りの力が弱ってきたことが一番の要因だったんだ。
だから、扇の巫女、が存在するようになったんだと。直接祈りを届け、サキナミ様と気持ちを通わせる存在が必要だと、そう、サキナミ様や祢宜さんに聞かせてもらったのを私は思い返していた。
「土地神が、昔のように力を大きくすることはこの先、できまい。天に帰り、見守る事しかできない存在となるカミが増えていくのだろうと、私は思っている。だが、今を守ることで、人々の祈りがまた、神の方向に少しでも向くようになれば、神と人が通じ合い、共に生き、互いに喜び合う。そこに新たな力が、芽生える。・・・そういう風になれたら、とサキナミは、葵と桐原にこの土地の守りを託したのだと思う・・・」
ハヤトは言い終わると、こちらをにこやかに見つめてきた。その意味ありげな表情に、思わず、え?とハヤトを見守る。ハヤトはすっと、片手をあげ、パチン、と指を鳴らした。
小さな竜巻がシュルっとそこに巻き起こる。
「かまいたち!」
ハヤト・・・もとい、かまいたちが、すらりとした小さな獣の姿でそこに現れた。
「どうやら、私自身も今の自分のありようを悟れたみたいだ。今はこの方がちょうどよい。」
「・・・え?でも・・・かまいたち、お前、力は前より増してるじゃないのか?」
由岐人さんが、怪訝な表情でかまいたちに声をかけた。
「ああ、そうだな。本当の姿・・・本当の力を出すこともできるが・・・それを必要としている人間が今はそれほどいない。存在すらも信じられていないからな。なれば、動きやすい姿で、一緒に生きたいお前たちといるのが、今の私のありようなのだと思う。杉彦殿のお陰で気が付けた、かな」
「馬鹿な・・・力を取り戻したというのなら、本来のカミの姿で私に立ち向かえばよいものを。わざわざ、一番劣った姿に自ら戻るとは・・・」
東司さんが、戸惑った表情のまま、唸るように、言う。
「劣った姿、かもしれないがね。今の私にはちょうどいいのだよ。・・・杉彦殿も、東司殿と分かちおうているならば、やり方をかえたらいい。人とカミとのかかわり方。祈りの力を寄せるための方法を共に考えたらよいのだ。人を慈しみ、そして扇の巫女や神社の者たちに思われ、心通わしたサキナミが、存在を消した後、どうなったか・・・よく見たらいい」
え?かまいたちは何を言ってるのだろう。
サキナミ様がその後どうなったか、なんて。
思わず、その力を所有する由岐人さんを見つめてしまう。
由岐人さんの体の中の、サキナミ様の力は変わらず、感じる。
由岐人さんも、俺の事言ってるのか?という表情で、かまいたちの言葉を聞いている様子だった。
「桔梗姫、そなたの背の君が若木の木魂を連れてくる、と思っていたのだが、違うのか?」
「ほほ・・・風早は気が早いのう、そこまで察しているなら、仕方ないわえ・・・」
桔梗姫が何を思ったのか、私の袂から、扇を取り出した。
「葵、ちと借りるのう」
「え?」
桔梗姫が扇をさっと開いた。
「・・・将門様、そろそろよい頃合いのようじゃ」
天井に向かって、そう語り掛けるように言うと、扇を二、三度招くようにひらひらと動かす。
と、そこに光が集まり、ふわっと人型が成形されていく。
「ま、将門様・・・」
一応、前世の父上だけど・・・と頭の中で整理しながら、現れた偉大な武将を見守る。
その両手が何か、掬うような形をしており、そこには、小さな光が一つぽうっとそこに浮かんでいた。
「葵・・・父と呼んでくれぬのか・・・」
荘厳な登場と裏腹に、少々情けない声で、将門様は抗議の声をあげる。
・・・この似た者夫婦め。
呼べるわけ、ないでしょう。
「まあ、よい、驚くなよ、これを見よ」
将門様は両手に抱えるようにして戴いていた光を私の方にすっと寄せた。
「!!!」
私は震える手で、その光にそっと手を伸ばした。
小さな。
小さな神様だ。
私の知っている、小さな神様。
サキナミノミコトが、きちんと正座した形で目を閉じたまま、その光の中にいる。
「サキナミ、様?」
ゆっくりと、小さなサキナミ様は目を開いた。
「葵・・・」
どこか眠そうな表情で、サキナミ様はまばたきを二、三度された。
「これが祈りを続けた結果、だよ。・・・将門さまの力も少々お借りしたが、これが葵たちの望んだ祈りの成果、神と人の心の交わりの結果だ」
かまいたちがとても満足そうに笑っていた。




