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76 杉神姫の器

いつもありがとうございます。

ブクマしてくださってる方、読んでくださってる方、お立ち寄りくださってる方に感謝をこめて。

ふわり、と白い空間の中に佇む私。

ああ、これは夢だ。

ずいぶんと見ていなかったけど、これはあの夢の中だ。

夢と知りながら、私は、ゆっくりとあたりを見回す。

あの人に、会うために。


『葵』


「サキナミ様!」


ほら、やっぱり。あのサキナミ様があの舞人の装いで、そこにいる。


『元気そうだ・・・いや、由岐人の体を通してずっと見ていたが。』


ああ、この声だ。安心する。サキナミ様の柔らかな表情がほころんで、私は思わず、見とれてしまう。


「・・・ずっと?ずっと見てたんですか?」


サキナミ様は、私の問いかけを面白そうに受け止めているみたいだった。

私の顔の所まで、自分の視線を合わせるようにして、ゆっくりとかがんでくる。


『そうだ、わが巫女。もうまもなく由岐人は私の力を全て掌握する。』

「え?」

『しかしの、人間の体で継承するには限りもあるゆえ、私は今一度生まれなおす事にさせていただいた』

「あの・・・それって・・・」


難しいんだよね、カミサマの中の常識みたいな話。

そういうものだって言われればそうなのかもしれないけど。

由岐人さんも、魂に縁があるから、サキナミ様の力を受け継いだって経過があるんだけど。

サキナミ様の元になる欅が枯れなければ、それもなかったんだし、サキナミ様自身が消えることもなかった。あの時は代わりになる若木が育たないから、と言ってたように思うけど。


『由岐人にもそなたにも悪いことは起こらぬから、安心せい』

「はあ・・・」

『それより、わが巫女。そなたはこのサキナミノミコトの巫女だぞ。忘れるな』

「?ええ。忘れるなんてしてませんけど?」

『杉彦に連れて来られたではないか!杉彦の巫女、杉神姫の代わりにされてしまうぞ』

『ちょっと待たれよ。サキナミノミコト』


二人だけの空間、と思ったら、桔梗姫が出てきた。うん?なんか夢じゃない感じになってきてる。


『心配してくれてるのはわかるんじゃが・・・葵は、まだ杉彦に連れ去られて、今気を失ってる中じゃ。後はわらわが面倒みるゆえ、由岐人の案内を頼むわえ』

『桔梗姫か・・・あなたがいながら、なにゆえ連れ去られたか』

『大丈夫じゃ、手の内を見るためには多少の危険はつきもの。ほれ、いった、いった』


どこか不服そうなサキナミ様に桔梗姫は容赦ない。仕方なく、という感じで、サキナミ様は一度私の方を振り返った。


『由岐人は既に動いている。無茶はするなよ』


そう言うと、すっとその場からサキナミ様は姿を消した。


『さて。葵、そなたも目覚めぬとな』


サキナミ様を見送って、すぐに、桔梗姫がそう言い、私の額をトン、と中指と人差し指で突いてきた。

え・・・?

と思う間もなく、私の視界が暗転する。

ああ・・・、夢、だったな・・・と、まるで確認するように考えながら、私はゆっくりと目覚めた。


「・・・ここは・・・」


どこかの倉庫?・・・納屋のような場所だろうか。

木造のボロ屋、という感じだ。農機具が無造作に置かれていて、竹ざるや籠が積まれている棚があった。

咄嗟にスマホ、と思ったけれど、今は神社勤務中だから、更衣室に置いたままだ。

無意識に袂を探って、その考えに至ったわけだけど、スマホの代わりに、右手に握られてきたのは、あの扇だった。

今、そばに桔梗姫の姿はない。

私の面倒を見るから、と言っていたけれど、どうしたのだろう。


「桔梗姫?」


私がささやくように呼び掛けると、扇がぶるっと震えた。

脳裏に桔梗姫の声が響く。


『今は姿を現さぬことにする。敵の動きが見えぬゆえな』


なるほど、それもそうか。

私は、立ち上がると、その納屋の扉の方を確認してみた。

外から鍵がかけられている。・・・うん、まあ簡単には出られないよね。

ふと、その入り口のそばに小さな窓があることに気づき、私はそこから外を覗き見ようと試みた。

何かに使われたような台がそばにあり、私は行儀が悪いとは思いながらも、袴のまま、そこによじ登り、窓の外を見ることにした。


(・・・ここは、どのあたりなんだろう)


外を見れば、幸波町界隈の農村らしい雰囲気が目に付いた。

左端の方を注視すれば、どこかの森とその周りを囲う、明るい茶色の柵が見えた。


(あの柵・・・見覚えがあるな)


記憶がある。確か、幸波町外れにある霊園に併設された公園の柵だ。

と、いうことは、結構神社からも勉さんの家からも離れた場所に連れて来られてしまっていることになる。


「今、どこにいるのか、おわかりかな」

「!」


不意に背中から声をかけられて、私は体中で驚いてしまった。

声の主も予想通りだけど、思いのほか近い状態で声をかけられ、おそるおそる、振り返る。


「・・・東司、さん」


白衣袴に青い文様が散りばめられた白の狩衣姿で、東司さんが、そこに立っていた。

いつもと違う雰囲気だな、と思う。

御札配りの後、境内で会った時よりも、どこか気圧されるような雰囲気をまとっている。


「手荒いまねをしてすいませんでしたね、扇の巫女。まさかあなた方が、あの娘と私の力の結び目を絶つとは思いませんでしたよ」

「・・・なぜ、恵理さんを、とらえたんです?」


私は台から降りると、東司さんの目から視線を外さずに、尋ねた。

何か、聞いたり、会話をしていないと落ち着かない。

今、目の前にいるこの東司さんとの間にできうる少しの沈黙は、自分を危うくするように感じる。

異様な緊張感をはらんだ空気の中で、私は大きく息を吐きだした。


「彼女が望んだんですよ?彼女は人に必要とされることを望んでいたからね。私はここで力をうまく操れるための土台がほしかった。よその土地では、私の力はうまく働かない。でもおかげで、彼女の強い思いの力と私の中の杉彦の力が引き合った。・・・いずれは、葵さん、あなたを手に入れる予定でいましたからね、その前の練習台としても申し分なかったのですよ」

「!」


思わず、目を見開く。

いつの間にか、至近距離に東司さんが近づいていた。私の目の前に立って、私の頬をすっと触れた。

驚いて、身を引こうとしたけれど、体は動いてくれなかった。

完全に呑まれてしまっている感じがする。・・・東司さんの力のせいなんだろうか?

まるで囚われているような感覚がする。


「その力も、あなたという存在も、わが杉彦の巫女として、杉神姫の器にふさわしい」


顎を取られ、そのまま、上を向かされる。私は精一杯の虚勢で東司さんを睨みつける事しかできなかった。


「美しいな。そういう眼差しも嫌いではないですよ」


いやいや、無理です!

ちょっと顔近いんじゃない、この人!ま、まさか、このままキス・・・される!?

私は頭を強く振って、今の体制から逃れようと、無理くり体を動かし、なんとか距離を取った。


「ふふふ・・・私の縛を解いてしまうとは、さすがですね、扇の巫女」


うう・・・でも、このままこの状態を続けるのは難しい。

この人の目的は、私、なんだものね。

どうしよう・・・祈る?祈るしか、ないよね?

私にできることって、これしかないもの。

私はそう思い立って、手を合わせて祈り始めた。

そうだ。祈れば、由岐人さんにも届くはず。

そのことに気づくと、ますます、祈りの力が強くなっていく気がした。


そんな私に東司さんは、祈りをやめさせようと、手を伸ばしてくる。

やめさせられる、と思って、思わずきゅっと目をつむった瞬間、バチン!、と近くで何かが跳ね返るような音がした。


「桔梗姫!」


桔梗姫が目の前に現れていた。私を守るようにして、東司さんの前に立ちふさがっている。


『葵、さあ、祈りの続きを。そなたは私が守る』

「おのれ、桔梗姫か!私の巫女姫をよこせ!」


ちょっと、ちょっと!あなたの巫女姫になった覚えはないですよ。

東司さんが何か術のようなものをしかけ始めているのを感じながら、私は必死に祈った。


どうか、助けて。

・・・私は、私はサキナミノミコトの扇の巫女。

この土地をサキナミ様と守るために祈りたい。

よその土地には・・・よその巫女にはならない。

私は・・・この土地で生きていたいから!


ひゃうっと何か風のようなものが通り抜けた。


『葵殿、ご無事ですか』


抱節さんだ。あの表情のない美形の式神が、口元をほころばせたような表情で、私の傍らに立つ。


「抱節さん!」

『まもなく主殿も桐原殿も参られます。どうぞ、そのまま祈られてください』

「わしもいる!」


どこから現れたのか、ハヤトが小さな竜巻と共に桔梗姫の隣に現れた。

ハヤトは現れるや、手元で何か、印を結んでいる?ように見えたけど、やがて、ハヤトはその両手を入口の扉の方に、かざした。

ボスっ!!

うん?何か空気砲のようなのが見えた?

白く煙を立てたような塊が、入口に向かって走っていったのが見えた。

同時に木が軋んで、折れこんでいくような、壊れるような音を聞く。同時に、入口の扉がガスン、と音を立てて崩れ落ちた。

その壊れた扉の後ろから、由岐人さんと正歩君の顔が見える。


「葵!」

「葵さん!」


駆け寄ってきた由岐人さんに、きつく抱きしめられて、私は心の底から安堵した。

側で、よかった、とつぶやく正歩君の声がする。

由岐人さんの回してきた腕にしがみつくように、私はその抱擁に応えた。

ぶわっと温かい何かが満ちていく気がして、私は由岐人の中にあるサキナミ様の力をそこに感じた。


そうだ。


私はこの土地を守るサキナミ様の巫女なのだから。

どこにも行かない。

由岐人さんと一緒にいるのだから。


私が由岐人さんの顔を確認するように見つめると、由岐人さんは一瞬、微笑んだような顔をした後、何か決意をしたように、私の手を握りしめてきた。

私もその手を握り返す。

私達は手を取り合ったまま、姿勢を整え、目の前に立つ東司さんに対峙した。

あの緊迫した空気はずっと流れたままだ。


東司さんは、私達をまっすぐ見つめ返してきた。

ほの暗い微笑を浮かべながら。



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