70 かまいたちの過去
GW中は感想をいただいたり、またもやブクマが増えたりして、ありがたい中、過ごさせていただきました。心より、感謝申し上げます。
ブクマしてくださってる方、こちらにお寄りになってくださる方に、心からの感謝をこめて。
今回もよろしくお願いします。
「・・・葵ちゃん、さっきの、どう思った?」
小島邸を出て、次の氏子さん宅に向かう道すがら、祢宜さんが、尋ねてきた。
さっきの圧迫するような力の事を言ってるんだろう。
一言で言うと、あれは、変だ。
悪意のような、邪気のような感じはなかった。でも、強い拒絶のような・・・。
だけど、高柳さんは、助けて、と言っていた。なんなのだろう。
「恵理ちゃん、何かに憑かれてる、のかな。・・・でもそういう感じでもなかったんだよね。」
「悪い気配は感じなかったけど、・・・・そう、高柳さんは助けを求めてましたが、何か強い力に・・・う~ん支配?されてるような感じ、がしたかな・・・。うまく言えないんですけど。・・・その、私たちを寄せ付けないような・・・」
考え考え、感じた事を口に出して見ると、言いながら自分で、さっきの状況を納得していく。
うん、そうだ。高柳さんを抑えている、体の不自由をさせてる何かの力があそこにあったんだ。
「!そう、そんな感じだわね。・・・でもなんというか・・・サキナミ様の気配に似てるような気がしたのよね・・・似て非なるもの、だけど。」
「そうですか?」
う~ん・・・祢宜さんはそういうけど、そこは分からないな。
サキナミ様の力を受けた由岐人さんの声が聴けたけど、高柳さんに触れようとして、返された強い力にサキナミ様を思い返すようなところは自分にはなかった。
・・・似て、たのかな。
『葵!季子殿!』
冷たい疾風が舞う。声の主に心あたりのある二人は顔を見合わせた。ところがその主の姿が見えない。
「かまいたち?どこにいるの」
『訳あって、おぬしらにも姿を見せぬような状態にしている』
「どうして?」
『ん・・・ま、詳しいことはあとだ。力の強いものがこの地にきている。・・・気を付けた方がいい』
かまいたちの声は苦々しい雰囲気だ。何か警戒しているのだろうか。
『総代長殿の孫娘のところに行ってたのだろう?・・・何か力を感じたか?』
「心当たり、あります?」
祢宜さんが、歩みを止めないまま、かまいたちに尋ねる。
『サキナミノミコトと一緒だ。よその土地を守護する、しかも古き大きな力を持つ、木の精霊の力が働いているんだと、思う。』
「よその土地?」
『・・・能登、だったな。確か』
「なんでまたそんなところから、この地に?」
能登・・・って北陸の手のように出てる部分だよね。石川県、かな。
・・・北陸?・・・あれ?
「・・・かまいたち、もしかして、今、神社に来てる東司君が関係してます?」
祢宜さんの顔が険しくなった。そうだ、東司さんって新潟出身だ。確かに石川なら近い、よね。
『・・・そうだな。今、東司は近くにいない・・・な?』
「嘉代ちゃんと違う地区を回ってるはずですから、こことは大分離れてると思います」
『・・・ちょと、その・・・笑わないで、くれ・・・な?』
?何故か、困ったようなかまいたちの声。
小さなつむじ風がぶううん、と唸った。
「え?」
「え!?」
思わず、私と祢宜さんは声をあげる。
目の前に、かまいたちの気配のする、少年が現れたのだ。・・・いや、これ、もしかしなくても・・・
「・・・驚かしてすまぬ。私だ」
「ええええ!?」
「ど、どうしたの!?」
明るい茶色の水干に、白袴をつけた、見た目は6~7歳くらいの少年が、そこに立っていた。
「・・・御札配り、手伝うから、私の話を聞いてくれるか」
いや、聞くよ、聞く!
私たちはウンウン、と頷いて見せた。
かまいたち、の少年は綺麗な丸い瞳をくるり、と動かして、語り始めた。
いや、でも・・・・か、可愛い!!
*****
かまいたちは、東司 常春の気配に不思議な違和感を抱いていた。
何か、ある。
しかしわからない。
常春が来てから、しばらく、かまいたちは寝床としている、本殿にいながら、様子を探っていた。
初見で、気になる力を感じていたことから、正歩にも頼まれて、その話を由岐人と葵には一度している。
とはいえ、何か害があったわけでもなく、正歩に仕えるようになった抱節にも探ってもらったが、抱節にいたっては、常春の気配は心地よいと、いう話になるばかりで、余計にわからなくなってしまった。
その日は、多分、油断していたのだ。
撤饌の時間。かまいたちは、いつも本殿の中でゆっくりとくつろいでいる。
サキナミノミコトがいますがごとく、お供えされる、日々の神饌。
それを下げに、職員が毎日夕刻に、かわるがわるやってくるのだ。
かまいたちを見る者は限られているから、特に気負わずに過ごしている。
・・・はずだった。
「風早」
射貫くような視線に、昔の自分の名前を呼ぶ声。
最近ではサキナミノミコトくらいしか、覚えていてくれなかった名だ。
ならば、親しみを込めて、その声に応じようか、というと、そうはならなかった。
ざわり、と胸騒ぎがしたのだ。体中の毛が逆立つような緊張感がした。
『・・・誰だ』
「忘れてしまったかい・・・風早。私は忘れてないよ・・・」
『!!』
誰が、来たのだ・・・とかまいたちは本殿入口の扉の方を注視した。
東司 常春だ。
しかもいつもの軟派な表情が消え、刃物のような鋭い視線をもって、こちらを見据えている。
『東司 常春・・・ではないな。お前・・・』
常春の中にある、何か。それは確かに感じていた。
「私は常春だよ。同化したのさ。能登の杉彦、と言えば思い出してくれるかな」
『!!・・・杉彦?』
かまいたちは自分の声がうわずるのが分かった。心当たりに、体が震える。
知っている。能登の杉彦。
大いなる力を持つ杉の大樹の精霊だ。古来より、かの地に根付いて、守護する、存在だ。
どうやら、その存在が、常春と同化しているらしい。
そして、かまいたちにとっては・・・・。
「そのような姿で惜しいな、風早。少し、力を返してやろうか」
「!」
言われた途端、かまいたちの獣の姿が、消えていき、一人の少年が現れる。
「な!」
「完全な姿には戻せぬが・・・そうだな、私の手伝いをしてくれたら、すべての力をかえしてやってもよい」
遠い遠い昔。かまいたちは、人の形をした、風のカミであった。
風早之尊。それがかまいたちの元の名だ。
ところが、いつの世にもカミの力を欲して、制そうとする愚かな人間がいるものだ。
風早も狙われた。
反発した反動で、荒ぶる神となってしまった。
竜巻を起こしたは、各地を荒らしまわっていたという。
やがて北陸のある土地についたとき、風早はその動きを封ぜられた。
その土地の大樹の精霊に仕える、一人の巫女姫に。
彼女の射る、弓矢に貫かれ、風早は封印されたのだ。
風早は、巫女姫の射る、矢じりの中に封印され、そのまま都に運ばれた。
時が流れ、ある陰陽寮の男の手の元に、その矢じりが渡る。
晴明の師父だった。彼は、風早の呪縛をといてくれた。
ただ、封印の力は強く、風早は姿を失い、力も半減していた。
与えられた獣の姿にその身を置き、晴明の師父と主従の契約を結ぶことになる。
しかし、そもそも人間の所為で、荒ぶる神となってしまった風早に、彼は同情した。
結果、早々に解放され、風早はその恩義に感謝して、動くようになっていったのだった。
かまいたちは大きく息を吐きだした。
自らが撒いた種だ。自分が暴れまわらなければ、封印されることもなかったのだから。
目の前にいる、杉の精霊と同化した男に敵意を抱くのはお門違いだ。
でも、嫌な予感がする。この男の手助けはできない、と感じるのだ。
「私は、今のままでよい。できれば、さっきの姿に戻してくれた方が動きやすい。力は持ちすぎては、私の手に余るから、な」
風早、こと、かまいたちは、そうやって答えた。
「・・・そう、か?仕方ないな。ではしばらくそのままでいたらいい。・・・私の望みは・・・お前に矢を向けた杉神姫に代わる、巫女姫よ。・・・ここでは、扇の巫女、か?サキナミノミコトの巫女を望む。」
思いもかけぬ言葉に、かまいたちは、ぐっと息を呑みこむように黙り込んだ。
友が導いてきた、扇の巫女。厄介なところに目をつけられたものだ。
そのまま、かまいたちは撤饌を済ませる常春の動きを黙って眺めていた。
いつもと違う、視線の高さで。
そして。
本殿の中、かまいたちは力も姿も、中途半端な状態で放置される羽目になったのだった。




