6、スカウト
「お、葵ちゃん、こんにちわ」
人懐っこい、笑みを浮かべて、山内宮司がニコニコとこちらに向かって手を挙げてきた。
白衣に紫の袴。そして草履。
住宅街の八百屋の前に本人だけが、違和感ないつもりの様子で立っていらっしゃる。
いや、めっちゃ目立つでしょ。話しかけられた私がお客さんや通りすがりの人たちにみつめられてしまう。
「こ、こんにちわ」
頭をぺこりと下げると、同時に、お客さんで来ていたおばあちゃんが、宮司さんに話しかけている。
「あんた、幸波のまあちゃんかい?大きくなったねえ」
「そうお?大きくなった?身長変わんないんだけどね」
・・・そういう意味じゃないでしょ。立派になったとか、大人になった、とかで、このおばあちゃんは言ってるだろうに。やっぱりこの人、かなりの天然だ。
「ちょっと近くにお祓いにきたんでね。店の裏に車停めてるんだけど、藤野君、大丈夫?」
「車停めたんですか?大丈夫ですよ」
え?そのかっこで車運転してきたの?
奏史兄さんの疑問に思わないような応対を見ると、どうもこの人のそれは通常の話のようだ。
「葵に用だなんて、どうしたんです?宮司さん」
奏史兄さんが不思議そうに話を向けると、宮司さんは私の両肩をがしっと掴んだ。
え?え?何?
「こないだの話、考えてくれた?」
「え?」
「巫女さんとして、うちでバイトしないかって話。」
くるり、と宮司さんの瞳が丸くなって、お願いモードのような顔つきで、迫ってきた。
いや、おじさんだけど、何気にイケメンだからこういうのちょっと困る。
「でも私、八百藤での仕事が・・・」
「一日だけでもいいよ。夏の大祭があるんだ。君が六年前に扇を授かった祭。覚えてるだろ?その日だけでも頼めないかな。人が足りてないんだ」
「お言葉ですが、そんな大事な行事の日に、ど素人が手伝っても邪魔じゃないですか?」
「その前に数日通って慣れてくれればいいじゃない?」
いやいやいや、さっき一日だけっていったじゃない。
なんだ、この人。結構無茶苦茶だな。
「宮司さん。うちの葵ちゃんを困らせないでいただけますか」
と、宮司さんの右手を掴んできたのは亜実さん。
可愛い、と評判の八百屋女将の顔は困惑気味だ。
「なんというか、宮司さんの人のいい言い方と、おねだり上手な表情はいけませんね。変わってないけど、なんどそれに騙されたことか・・・」
「騙すなんてひどいなあ、亜実ちゃん。私は別にそういうつもりはないよ。純粋に困ってるからお願いに来てるだけ」
ちょっと、しゅん、とした顔で反論する宮司さんは、天然な上にかなりの人たらし、と見た。
お願いしてくる表情も何か受けてあげたい、と思わせるものがあるし、落ち込んだような顔をされては、なんだか悪いような気がしてしまう。
そうか、亜実さんは神社でバイトしてたんだった。宮司さんのことはよく知ってるんだなあ。
仕方のない人だな、と。そう、前に神社で会った嘉代さんと同じ表情している。
困った人だけど、手は貸してあげたい、そう思わせるものをこの宮司さんは持ってるんだろう。
「うーん、そうだなあ・・・・ま、巫女さんの経験も楽しいは、楽しいよ。祭りの日も入れて何回か体験してみてもいいんじゃない?」
どう思う?と亜実さんがさりげなく宮司さんの両手を下ろさせながら、私に尋ねる。
ちょっと宮司さんの意見も聞き入れちゃった感じ?
でも、そう言われると、ちょっとやってみたい気がしてしまった。
バイト、じゃなくて、体験、ならいいかな。
「日曜日は市場も休みだから、配達もない。お店も日曜日は暇な方だから、日曜日に行かせてもらうようにしたらどうかな。ただし、こっちが忙しくなったら、随時帰ってきてもらうってことで。」
奏史兄さんがそんな風に言ってくれた。
「うちの定休日が木曜日だから、その日も葵が疲れてなけりゃ構わないし。」
「う~ん、どうしよう」
困った。興味はあるけど、いきなりこうやってスカウトに来るとは思ってなかったから、考えがまとまってないのに。
「じゃあさ、とりあえず、やるやらないは置いといて。体験にしきてよ。次の日曜日に」
宮司さんが決めた、とばかりに言い出した。
「次の、日曜日ですか?」
私に予定があったらどうするつもりだったんだろう。予定はないんだけど。となれば、もう決定なの?
「じゃ、そゆことで。よろしく!体験だから来るのは九時ぐらいでいいよ!じゃあね」
「え・・・」
うん、ともいや、とも言わないうちに確定されてしまっていた。
宮司さんはニコニコしたまま手を振りつつ去っていった。
「あはは、あいかわらずだな、宮司さんは」
奏史兄さんが、笑って見送る。亜実さんが呆れたようにため息をついている。
「体験って、宮司さんも言ってたし、気軽に行ってきたら?・・・嫌だったら断ればいいのよ。それで別に心証を悪くするような人じゃないし」
そうでしょうね。気にしなさそう。
じゃあ、行ってこようかな。着物、着れちゃうのかしら。時間はあるけど、まさか巫女になるとは思わなかったな。
「足袋と着物の下に着る襦袢は、自分の持って行った方がいいと思うから、私のをあげるわ。多分、サイズは大丈夫だと思うし」
亜実さんが私の体を確認するように上から下まで眺めて、言う。
「それから、6年前の祭りで扇を受けてるでしょう?」
「え?ええ」
「今、こっちに持ってきてる?」
「はい、お守りがわりに」
「・・・それも一応持って行ったほうがいいかもね」
「あ、はい」
あの扇か。ちょっとかばんの奥に閉まってあるから出しとかないといけないな。
巫女になったら、あの舞人さんに会えるかな。
違う楽しみも沸いてきて、私は次の日曜日が待ち遠しくなった。




