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7話「知っている手紙」





 王族の結婚はなかなかに面倒だ。


 結婚式の前に、まずは婚約式というものがある。正式に結婚する前段階として、婚約者は各国への挨拶含めた社交界デビューを求められる。そのため結婚式は国民や他国に知らしめるべく国の勢力を挙げた大々的なもの。そして婚約式は比較的内輪の国内主要人物へのお披露目、という意味があるという。

ともあれ、比較的小規模とはいえ、あくまで王族の儀式だ。準備はそれなりに入念に進められ、それは新婦当人も含められる。ましてや前日ともあれば、なおさら。すべてが完璧でなければならない。とても苦しいほどに。


「ジェ、ジェイド……もう少し緩く出来ないの?」

「身体の凹凸がないご自身の体型をお恨み下さい」

「そこは潔く胸が小さいと言ってくれた方が――うぐぅ」


 セリナが文句を言うと、補正下着(コルセット)の紐はなおキツく引っ張られた。


 花嫁のために用意された衣装部屋。丸時計は三時を過ぎていた。

 苦労して着付けられたドレス姿は、確かに美しい。純白のドレスの特徴は腰の大きなリボンだろう。可愛らしいデザインなのに、決して子供っぽくないのは全体の繊細なレースのせいか。綺羅びやかな宝石の数々もまた上品な輝きを纏っている。


 鏡越しの自分の姿を見て、セリナは生唾を飲み込む。悪くない。嫌いじゃない。深く呼吸が出来ないほどに苦しいけど、それでも着飾るのが嫌いなわけじゃない。趣味趣向がどうであれ、女の子なのだ。

凝視していたセリナの耳元に、ジェイドの顔が近付いた。


「お綺麗ですよ」

「なっ!」


 耳がゾワゾワする。思わず肩を竦めて見やれば、ジェイドはクスクスと笑っていた。

 その時、扉が叩かれる。リハーサル開始かと、セリナがジェイドから逃げるように扉を開けば、


「よぉ、お届け物だぜ!」


 現れた新郎の陽気な声に、セリナは「うげぇ」と顔をしかめる。


「なんであんたがいるのよ?」

「そりゃあ、準備が早く終わったんだ。麗しの花嫁の姿をひと足早く見に来てもバチ当たらないだろ?」


 ――そんな大荷物を抱えて?


 時刻は三時を回ろうとしていた。確かに四時からの予行にはまだ少し早い。


 白の正装を身に纏ったロック王子は大きな木箱を抱えて、無理やり衣装部屋に押し入ってくる。本来ならば目を惹く格好のはずなのに、その大荷物のせいで魅力は半減だ。その後ろでは、戸惑うセリナ付きのメイドさん。そしてさらに狼狽えているのは、ロックの近侍を務める騎士である。


「ロ、ロック様! 下ろす時くらい僕にも手伝わせて下さい!」

「はっ、んなジジイじゃあるまいし」


 藍色の長い髪を一つに結いた細身の騎士は、見るからに真面目だった。そしてロックに振り回されているあたり、気が弱そうでもあるが――セリナも知っている。


 彼の名はシオン=ルイス。代々サンビタリア王家を守る剣、ルイス家の長男だ。代々ルイス家がサンビタリア王家に仕えているのは、セリナの祖国カルミアでも有名な話だった。どうやら魔王討伐に、勇者カルサスが旧友でもあった現ルイス家当主を仲間にと誘ったものの、『王家を直接守るのが仕事だ』と断られてしまったらしい。結果として一人で討伐できたから良かったものの、『ルイスがいてくれたら、もっとラクだったのになぁ』という愚痴をセリナは何度も聞いたことがある。


 そんなセリナとも縁のある騎士シオンは、よっこらせと重そうな木箱を下ろすロックに文句を言っていた。


「何度言えばわかるんですか! あなた様は王子です! そんな荷物運びなんてするお立場ではないでしょう⁉ もしものことがあったらどうするんですか!」

「でもなぁ、この細いメイドが運んでいるのを黙って見てろと? それは男が廃るってもんだろう?」

「だから百歩譲って、僕に任せればいいじゃないですか! 何のための近侍ですか‼」

「いやぁ、少なくとも荷物運びをさせるためじゃないと思うぞ? もっと大切な仕事がたくさんあるだろう」

「あなた様が言える台詞ですかっ!」


 ――やーい、怒られてやんの。


 その光景をセリナがニヤニヤしながら見ていると、ジェイドがボソリと言う。


「貴女も五十歩百歩ですからね」

「……どういう意味よ?」

「東方の言葉です。意味はご自身でお考えください」

「遠慮しておくわ」


 その会話を聞いていたのだろう。ロックが「そうそれ」をセリナに箱を示しながら顔を向けてくる。


「これ、東方に行っているおまえの両親からだぞ」

「お父様たちから?」


 祖国がなくなり、サンビタリアの属国になった。元国王と王妃はどうなったか。無論、魔王討伐の英雄を邪険にできるはずはない。彼らは視察という名目で、あまり縁のなかった東方の国々を訪問して回ることになったのだ。魔族の大々的な侵攻はなくなったにしろ、それでも東方では未だ盟約を守らず、山から降りてきてしまう魔族も少なくないという。


 盟約は血と血の契約。勇者と魔王が取り交わしたその盟約は絶対であり、盟約を破ったものの魔力は半減してしまうという。魔力が命の糧である魔族にとって決して軽くない制約なのだが、それでも何が楽しいのか、山脈を離れる魔族は後をたたない。勇者はその討伐に協力しつつ、東方の文化や政治を学んでいるらしい。


 たまの便りがとても楽しげで、漫遊という言葉の方がピッタリかもしれないが。

 だけど、セリナは笑う気になれなかった。


 ――わたし、この荷物知ってる。


「……開けてもらえる?」

「あいよ」


 セリナはジェイドに言ったつもりだったが、応えたのはロックだった。後ろで彼の近侍が狼狽るのを無視して、懐から例の包丁を取り出す。それを木箱の縁にサクッと刺しては、まるで紙を切るかのように易々と板を剥がした。


「本当によく切れる包丁よね」

「まあ魔呪具だからな」


 アッサリとした返答に、セリナはパチクリとまばたきをする。


 魔呪具とは、簡単に言えば魔族が作った魔法道具である。人間とは比べ物にならないくらいの魔力を持ち、それを高次元で駆使する魔族。それが作った道具なのだから、その威力や効果も推して知るべし。


 人間界に流れてきたものの多くは、このサンビタリアで国宝として重用されているという。魔法の性質が似ていることから、研究が進められているのだ。


 こうした知識を、セリナはカルミアにいた頃は知らなかった。だけど、サンビタリアに来て一年。何も勉強せずにいたわけではない。


 だから、セリナは思わず問いただす。


「は? それって国宝なんじゃないの⁉」

「いや、これは昔旅先でたまたま手に入れた物だから」

「たまたまって。きちんと管理しなくていいわけ?」

「えー。こんな便利なもの、宝物庫にしまっとくなんて勿体ないだろ。それに誰にも言ってないし」


 ――王子としての報告義務は⁉


 セリナですら頭を抱えたくなる心境でチラリと騎士の様子を窺えば、やはりシオンは白い目をしていて。


 だけど、それに口出しするよりも先に、ロックがウキウキした顔で手紙を差し出してきた。


「ほい」

「はいどーも」


 セリナはその簡素な封筒を開く。二枚入っていた便箋には、それぞれ懐かしい字体で娘への言葉が綴られていた。


 セリナを案じる言葉。魔族の討伐が忙しく、婚約式に出席出来ないことを詫びる言葉。東方の様子や近況に、同梱した土産の説明。そして愛しているという言葉。二枚とも同じようなことが書いてあるものの、両親それぞれの細かな文章の違いや、気遣いは、何度読んでも嬉しいものだ。たとえ、記憶の中の手紙と全く同じ内容であったとしても。


 ――でもこれ、前はジェイドが渡してくれたはず。


 記憶の中では、着付けが終わったご褒美として、彼が渡してくれたのだ。荷物は予行が終わったら部屋に運び込まれていて、ジェイドと二人で中身を見ては色々談笑したはずである。


 ――どういうこと?


 記憶の中と全く同じ便り。だけど違う状況。そのことに困惑し固まっていたセリナに、ジェイドが小さく声をかけてくる。


「お二人ともお元気そうですか?」

「……えぇ、とっても。向こうで大活躍のようだわ」

「それは宜しゅうございました。姫様も負けてはいられませんね」

「え?」

「これは私からの温情ですよ」


 ――どういうこと?


 セリナが尋ねるよりも前に、勝手に荷物を漁っているロックが「何だこれ?」とあるものを掲げた。


 木箱の中には、東方の織物や美術品など、祝の品が多く入っている。だけど彼が取り出したのは、白い野菜だ。まるでちょっとした剣に葉が付いているような野菜に、セリナも初めて見た時は眉をしかめたものだ。


「えーと……『ユキミダイコン』ていう根菜ね。それを茹でて、一緒に入っている『ミソ』て調味料を付けて食べると美味しいのよ」

「調味料っていうと……これか?」


 ロックは丸い容器を取り出して、蓋を開く。その中身を覗き見れば、それもまたセリナの記憶の中と一致する。


 ――やっぱり何度見ても動物の糞みたいよね。


 しかし、廃棄物のようにも見えるそれをロックは躊躇もせず指先で掬い、舐めていて。


「あああああああああああ、ロック様あああああああ⁉」


 彼の近侍が絶叫した。


「吐いて下さい! 今すぐ! とにかくすぐに‼」


 容赦なく背中を殴打され、さすがのロックも慌てている。


「シオ、大丈夫。旨い……旨いから、これ!」

「美味かろうが不味かろうが、そんな得体のしれないものを毒味もせずに食べる王子がどこにいますか⁉ 阿呆ですか、いやわかっちゃいましたけど阿呆ですよね⁉」

「落ち着けシオン。大丈夫だから! てか、嫁の親からの土産に毒なんて入っているわけないだろ⁉」

「もしかしたら輸送の途中で混入させられたりするかもしれないでしょうそんな可能性も考えられないんですかこの阿呆は⁉ お願いだから死なないでくださいもしも貴方様が死ぬようなことがあれば僕も死にます絶対に死にます!」


 バンバンバン。バンバンバンと、半泣きで背中を何度も叩いてくる近侍に、ロックも「わかった! わーかったから!」と必死で宥めていて。


 ――本当に毒でも仕込まれていれば良かったのに。


 セリナはそんなことを思いながら、混乱に乗じてひっそりとジェイドに尋ねようとするも、彼の視線は戸棚へ向いていた。あの中には、朝とはまた違った毒薬が入っている。


 本当なら、ドレスに隠したナイフで一突きするつもりだったのだが。


 ――あっちを準備しておけって?


 澄ました顔のジェイドに聞いたとしても、きっと答えるつもりはないだろう。

 そう察したセリナは、彼の言葉なき助言の通りに行動する。





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