6話「勇者の魔法」
『七色の武器』――それがセリナの使う魔法である。
勇者カルサスから引き継いだ魔法。つまりは極めれば、魔法の髄を極めた魔王すらも倒せる威力を秘めた術。その名の通り、七種類の武器を己の魔力で生み出す術なのだが、欠点が一つあった。どうしてか、自身の治癒が出来ないのだ。
「攻撃特化の猪突猛進な所が、貴女にピッタリですよね」
「ほっといてちょうだい」
セリナが目覚めれば、そこは自身に宛てがわれた私室だった。公務に戻る前に足の怪我をロックが治してくれたらしく、その治り具合をジェイドが確認している。「自分で治せたら早いのに」とボヤいたセリナに対する執事の返答があれだ。
――本当、こいつはわたしのことが嫌いなのかしら。
だけど、セリナの足をそっと撫でる姿は真剣そのものだった。
「ふむ。綺麗に塞がってますね。跡も全く残っていません。痛みや気怠さなどありますか?」
「残念ながら全くないわね」
「さすが、といったところですね。手並も鮮やかでしたよ」
その話に、セリナは顔をしかめる。
このサンビタリア王国で主流なのは、王国式『文様術』と呼ばれる術式である。各国それぞれ魔法の研究が行われており、魔法体系は様々。それにより生活様式も各国も異なっており、このサンビタリアでは魔法具の発展が顕著で、生活水準は他国より高い。それは『文様術』という術式が魔法陣を刻むことにより発動するという形式上、持続性が高く、生活道具に活用しやすいからだ。
ともあれ本来のサンビタリア人なら、このような形式上、治癒には不向きの術式である。よほど緊急時の場合は身体に直接魔法陣を刻んで止血や縫合することもあるらしいが、今回のセリナの軽傷には不向き。
それでもロックが簡単に治癒できた理由は――彼が、他国の魔法にも通じているからだ。
「どこの国の魔法で治してくれたの?」
「さぁ……おそらく、あれは独自で開発した魔法なんじゃないでしょうか。小さな杖を用いて、『力ある言葉』のみで発動しておりました。杖に魔法石が付いていたので、それを媒体にしているのでしょうが……詠唱も魔法陣もない魔法なんて、魔族か勇者くらいなものですからね」
れっきとした王位継承権を持つ王子。文句の付けようのない容姿。そして魔法にも秀でている。そんな素晴らしい婚約者に辟易していると、ジェイドがニヤリを笑った。
「知ってますか? 本来ならば王立魔法研究所の所長になる話もあったのだとか。まあ、貴女との婚約を優先して断ったという噂ですね」
「聞いてないことをペラペラ話さないでちょうだい。不快だわ」
「それは失礼いたしました。でもあとできちんと御礼を言うことを忘れずに。礼儀を欠如する姫君なんて、それこそカルミアの恥ですよ」
「……わかってるわよ、もう」
不本意な貸しができてしまったことに、セリナはため息しか出ない。
そんなセリナに、ジェイドは聞いてきた。
「どうして、姫様はそんなにロック様がお嫌いなんですか?」
「だってあいつ、初対面の時から【ドラりん】連呼してきたのよ? かっこ悪いから嫌だと何度も言っているのに……」
「でも、それだけですよね? はたからみても、ロック様は姫様のことをとても大切にしていると思うのですが」
――それは、そうなんだけど……。
何度セリナが殺そうとしても、ロックは笑って許してくれる。そしてセリナのことを人目はばからず褒めたり、フォローするのは、決して今日だけではない。そりゃあ、余計なことをして来ることも今日だけではないけれど。
「そもそも、あいつは祖国を滅ぼした敵国の王子なのよ?」
たとえ、祖国の民が平和であったとしても。その敵国に嫁ぐことになったとしても。
祖国がなくなってしまった事実に、変わりないのだから。
「理屈なんて、どうでもいいのよ。わたしはあいつが嫌い――何か問題あるかしら?」
「いいえ、別に」
含みある笑みに、セリナは嫌悪しか抱かなかった。
「貴女も彼も、しょせんは人間なんだなぁって思っただけですよ」
そして、執事は両手を打つ。
「あ、そうそう。先程の刺客についてなのですが、やはり姫様の御婚約が気に喰わない輩によるものかと」
さっきはアッサリ見逃し、その後もセリナに付いていたというのに、いつ調べたものなのか。
そんな些細なこと、セリナは気にしなかった。ジェイドは昔から優秀なのだ。本当に何が出来なくて、何が弱点なのか、生まれた頃からの付き合いであるセリナも一切わからないほどの完璧超人が、このジェイドという性格の悪い男なのだ。
そんな彼が言うのだから、その通りなのだろう。
「まあ、ご令嬢からも人気の高い王子様ですもんねー」
「おや、ご興味ありませんか? 命を狙われたというのに」
「どうせ嫌がらせの類でしょ? 毒が付いてなかったんだから」
たとえ政略的要素でしかない婚約だとしても、ロックに娶られたい、または娶らせたいと考える令嬢や領主は数知れず。人気ある王子の婚約者として、このような野蛮な嫉妬を受けるのもまた、仕事のうちだ。
――まぁ、わたしにはよくわからない話だけど。
政略的に王族と婚姻関係になりたい、というのならわかる。だが令嬢の私情的にどうこう言われても、セリナには今ひとつピンと来なかった。
――すでに相手がいるのに奪い取りたいって……傲慢すぎない?
その感情を『恋』と呼ぶらしいことは知っている。だけど、娯楽小説などほとんど読んだことないセリナにとって想像し難いものだ。ましてや正攻法らしい『告白』すらしないで、物理的に婚約者候補を排除しようという輩はどうも好きになれない。ごく稀に、好きな相手と無理心中を試みる人もいるという。
それは、セリナにはさっぱり理解できない感情だ。
――セコいわよね。
挑むなら、正々堂々と。
別に「譲ってください」と言われたら「祖国を返してくれるのならどうぞ」と喜んで差し出したい婚姻である。嫌々サンビタリアで参加したお茶会でも「相手がロック王子で羨ましい」と囃し立てられたが、内心首を捻るばかりだった。
――恋すると、どんな気持ちになるのかしらね。
女として生まれた以上、恋だと愛だのに、あんなにキラキラとした目で話していたサンビタリアの令嬢たちを、それこそ羨ましいと思わないでもない。自分は勇者の娘として、最低限の作法以外は訓練に明け暮れていたから。ごくたまに、恋や宝石に浮かれる女の子らしい姿に憧れを抱く時もある。
――まぁ、わたしには無縁の話かな。
セリナは「この話は終わり」とベッドから離れようとするが、そうは問屋が卸さなかった。
彼女の両肩に、ズシッと重いジェイドの手が置かれる。
「次の予定まで、あと少しありますね。こんな嫌がらせ程度で怪我をしてしまうか弱い姫様には、もう少し注意点を述べさせてもらおうと思います」
「……優雅なティータイムなどは?」
「今更お姫様ぶるおつもりですか?」
セリナが固い笑みを浮かべても、それに容赦する執事ではない。
只今の時刻は午後の一時過ぎ。
その後メイドが呼びに来るまで、みっちりと訓練や襲撃時の反省点をクドクド説明されることになった。




