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23話「いちばん楽しい朝」



 ◆ ◆ ◆



 そして、セリナ=カルミアは目を覚ます。


 今回は普通にベッドでの覚醒だった。外からはやっぱり朝日が差し込んでいる。今回は死んだ時間が遅かったから、戻った時間もズレ込んでいるのだろう。


「おはようございます、姫様。お気分は如何ですか?」


 当然のように枕元に立っていたジェイドが、優雅な所作で頭を下げてくる。身を起こしたセリナは青白い顔で口元を押さえた


「最悪よ」


 ――あんな格好付けするんじゃなかった!


 どうせ生き返るからと思って。魔呪具の包丁使えば切れ味が良い分、痛くないかと思って。

 己の愚行を心底後悔した。臓器が切り裂かれる感覚。血が抜けていく脱力感。こみあげてくる嘔吐感。そしてやっぱり痛いものは痛い。


 ――そう考えると、こいつに殺された時はラクだったわね。


 痛くはしない、そう言ってセリナは殺されたはずだ。初回は何がなんだかわからなかったというのが大きいと思うが、前回死んだ時は全く苦しくなかった。


 ――またこいつに殺されるのは癪だけど。


「そんな恨めしそうな目で見られましても。照れてしまいますね」


 それっぽい顔で視線を逸らしても、その執事の頬はまるで染まったりしていない。そんな相変わらずの胡散臭い執事に、セリナは宣言する。


「わたし決めたわ。今度死ぬ時は老衰にする。やりたい事全部やって、カッコ可愛いお婆ちゃんになって。お腹いっぱい好きな物食べて、幸せな気持ちで眠るように死ぬことにするわ」


 それに、ジェイドは優しく微笑んで。


「それでは、私めも可愛いお婆さんになった貴女を看取れるように尽力致しましょう」

「なに? あんたわたしより長生きするつもりなの?」

「何か不都合でも?」


 物心付いた時からすでに大人で。今も変わらず若々しい己の執事に、セリナは「いいえ」と答えて。


「それじゃあ、幸せな老後を送るために……今日はこれで最後にするわ」


 そんな十七歳らしからぬ姫の言葉に、執事は「畏まりました」と一礼した。





 ――当たり障りなく、普通に。


 前回のように下手なことして、犯人の行動が変わったら面倒だ。


「あら、今日も随分とゆっくりなご起床ですのね」


 だから朝食の集まりにも十五分前に行き、いつも通り国王と共に先に席に着いていた王妃の嫌味に対応する。


「まだ若いので、いくらでも寝れてしまうのですよ」

「……睡眠が浅いのではなくって?」


 ――何だって?


 わたくしは年寄りじゃないわっ、的な反応を期待していたのに、扇の向こうで小首を傾げる王妃は細い眉をしかめていた。


「明日の婚約式に緊張でもしていますの? 今更あなたに期待していませんから、せめてお肌の調子ぐらい整えてちょうだい。付け焼き刃の礼儀作法よりも、花嫁の幸せそうな顔が一番のおもてなしよ」

「なっ……王妃様こそ、どこか具合が悪いのではないですか?」

「まあっ⁉︎」


 目を見開いて、扇を下ろした王妃の真っ赤な唇が動こうとした時、


「母上、どうなされたのですか⁉︎」


 ――面倒なタイミングできやがった……!


 相変わらず大勢の騎士を引き連れて、バタバタとやってくるのは第一王子。イクス王子は王妃の肩を抱いて、セリナを睨んでくる。


「貴様っ! 母上に何をした⁉︎」

「何をしたも何も……せめてお義母様が泣いてから言ってくれませんか?」

「いいや、私にはわかる! 母上の心が泣いているのだと‼︎」


 ――思い込みが激しすぎるでしょう⁉︎


 息子が明らかに誤解しているのに、王妃もしかめっ面で睨んでくるだけで口を閉ざしてしまっている。


 ――本当に面倒臭いな、この親子っ⁉︎


 恙無(つつがな)く会食を切り抜けるつもりだったのに、何故か大事になってしまった。どう切り抜けるかと頭を捻った時、イクス王子が「ひぎゃっ」と素っ頓狂な声を上げる。どうやら、脇腹をフォークで突かれたらしい。


「これ、ろくに話も聞かんで突っ走るでない」

「父上……」


 今まで空気だったぽっちゃり国王が、セリナに「すまんのう」と頭を下げてくる。


「二人とも悪気はないんだ……これでも妻は、君の体調を案じていてなあ」


 ――まあ、それは前回もそうだったわよね。


 なんやかんや言って、セリナの口に合う食事がなかったのではないかと、如何にもお姫様が好きそうなお菓子やお茶をたらふく用意した人である。


 そう言われた王妃は厚化粧すら透けるほどに顔を真っ赤にモジモジしていて。


 ――あら可愛い。


 セリナは思わず苦笑しつつも、視線を移す。同じような内弁慶では、イクス王子の説明が付かないからだ。すると、国王は言った。


「イクスはまあ……浅いから」

「ちちうふぇっ⁉︎」


 抗議しようと声を荒げた王子の脇腹を、国王は再びフォークで撫でた。


「喧しかったら、こうやって脇腹を弄ってやれば黙るでの。適当にやり過ごしてくれんか」


 ほよほよと眉尻を下げる国王の申し出を、まさか断るわけあるまい。


「ご忠告、胸に刻みましたわ。お義兄様とも仲良くやれそうです」

「貴様あああああはぅ……」


 脇腹を抑えてクネクネするイクス王子をよそに、セリナは渾身のお姫様スマイルを返す。すると、今度は第二王子が不思議そうな顔でやって来て。


「おはよう……なんか、みんな仲良くなってる?」


 こうして始まった朝食会が今までで一番楽しかったのは、セリナの小さな誤算だった。





 やっぱり空にはコッペパンのような雲が浮かんでいる。何回同じ日を過ごしても、絶対に変わらないものがある。それが天気だった。どんなに人智を尽しても、神の意向まで変えることは出来ない。


「どういう風の吹き回しですか?」

「何が?」


 草の上に寝転んで、のんびりと。

 城の外れの嗎がよく聞こえる場所。セリナがゆっくり寛いでいる横で、執事も優雅に紅茶を淹れている。


「いつも食後は訓練と称して運動されているのに」

「いやあ、思いの外食べすぎちゃってさ」

「婚約式の前日に太るとはお茶目ですね」

「……あんたから『お茶目』とか言われると寒気がするわ」


 ――それに太るほど食べてないわよ。


 眉間にシワを寄せるセリナの顔の横に、ジェイドはバランスよくカップを置いた。


「あの日ですか?」

「違うわよ」

「存じております」


 鼻孔を拐かす香りにセリナは身を起こし、紅茶を飲む。温かさが胃にストンと落ちる感覚が心地よい。


「なんやかんや、あんたのお茶が一番美味しいわよね」

「おや。褒めても何も出ませんよ?」

「確か東方で、おふくろの味って言葉があった気がするわ」

「博識でございますね。ですが、このジェイド。こんなお転婆な娘を生んだ覚えはないのですが」

「わたしもあんたが母親だなんて死んでも御免ね」


 さて、とセリナはカップをジェイドに渡して立ち上がる。そして、隅の木を見据えた。


「【氷の槍(アイシクルランス)】ッ‼︎」


 掌より生まれた氷結が氷柱のように大きくなり、セリナが突き出すと一直線に木の葉に隠れた標的へ放たれる。キンッと張り詰める冷気の中、飛び出してきたのは黒装束。その刺客は刃を抜き、真っ直ぐセリナに向かって駆けてくる。


「邪魔しないでね」

「承知しました」


 そそくさとお茶道具を片付けるジェイドの横で、セリナはその手に光の刃を生み出す。魔王をも討滅した烈光は、たとえ使用者が未熟であったとしても、徒人の持つ剣を切り裂くには十分。回転した剣先は陽の光を反射する。そして草むらに刺さり落ちるよりも前に、セリナは刺客の首元に烈光を添えた。辺りに広がるのは、薔薇の香り。


「ここまでにしておきましょう――シオンさん(・・・・・)?」


 刺客が息を呑んだ。だけど彼――彼女は何も喋らず、黙って回し蹴りを繰り出す。


「ちょっと、危ない!」


 慌てて魔法を解き、両腕で受け身を取るセリナ。だけどその攻撃はセリナの予想よりも軽い。その隙に、刺客は踵を返してあっという間に逃げ去っていく。慌てて追いかけようとする横で嘆息が響いた。


「まったく……完全に動きが負けておりますね。親の七光りに頼りすぎでは?」

「この忙しい時に説教ですか」

「本当に、私は何もしないで宜しいので?」


 その質問に、セリナは「あー」と足を止めて横目で執事を見やる。


「お願いしたいことがあるんだけど……」

「面白いことならお引き受けしますよ?」


 ――何でも願いを叶えるとか叶えないとか、その時によって言うことが違うんだから!


 胸中の文句が顔に出ていたようで、ジェイドが小首を傾げる。


「良いのですか? 早くしないと逃げられてしまいますよ」


 ――逃げないでしょ。


 もしかしたら、しばらくの間隠れられてしまうかもしれないけれど。


 彼女は第二王子の近侍なのだから。主の大事な婚約式の直前に逃亡などしたら、名家の名に泥を塗ることになる。そうでなくても、セリナがこのことを公にすれば。国宝の魔呪具のを盗んだことは大罪だ。ルイス家が築き上げてきた信用が地に落ちることに違いない。


 だったら、彼女が出来ることはただ一つ。


 ――それに乗ってやる筋合いはないんだけどさ。


 このまま何でも出来る執事の庇護の元、国王や婚約者の元へ赴けばいい。そして盗難の件を話せば、すぐに彼女に調査が入るだろう。この短時間で隠せる場所なんてたかが知れている。現物を発見さえしてしまえば、残留魔力で犯人の特定も容易い。


 だけどセリナはニヤリと笑って執事に命じるのは、断じて保身などではない。

 ただの気まぐれ。理不尽なお節介。


 なんたって、この唯我独尊男が思わず口角を上げるようなことなのだから。


「良いでしょう。しかと拝命させていただきます」


 執事は胸に手を当て、頭を下げる。


 空には美味しそうな雲が浮かんでいる。故郷よりも冷たい風が吹く。この国の唯一の利点は、走る時に吸う空気がとても心地良いことだ。






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