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【完結】恋を知らない亡国の姫君は、祖国を滅ぼした王子に溺愛されているので、隙を見て暗殺することにした  作者: ゆいレギナ


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16話「名誉の盗み聞き」





「痛た……これもあいつに治されちゃうのかしら?」


 ――もの凄ーく癪だけど!


 色々な葛藤を抱えながら、セリナは物陰に隠れる。本当はもっと屋根の上とか天井の隅とかに張り付きたい所だが、足を怪我した状態ではそれも難しい。仕方なく普通に柱の陰に隠れて、セリナは通路で話す兄弟の会話を盗み聞いていた。


 イクス=サンビタリアとロック=サンビタリア。執務の間の移動でたまたま居合わせ、弟のロックから挨拶したようだ。だが、話の流れはなぜか険悪になっていた。


 覗き見ても、ロックの顔は背中越しでわからない。だけど周りに多くの騎士を引き連れたイクス王子は、一人で書類を抱えている弟王子に対してとても威圧的だった。


「貴様、本当にあんな女でいいのか?」

「あんな女と言いますと?」

「貴様の野蛮な婚約者に決まっているだろうが‼︎」


 ――わたしかい。


 イクス王子は鼻息荒く、弟に追及している。目鼻立ちは王妃にそっくりで、鋭い目が特徴だろう。だけど何故だか威厳に欠けるのは、態度が仰々しいのと、国王譲りのくるくるした癖毛、そして本人の単純さだろう。


「貴様が第二王子とはいえ、その婚約者たる者も、れっきとしたサンビタリア王家の一員になるのだぞ⁉︎ それなのにあんな……な、生脚を晒して剣を片手に駆け回るような学もない女で――」


 ――生脚って、別に膝下くらいどってことないでしょうに。


 それに関しては、女性がよく働き、気候も温暖なカルミアと、女性は男性の後ろを歩き、比較的涼しいサンビタリアのお国柄の違いとしか言いようがない。


 セリナとしては割り切って聞き流すような話だったが、ロックはすぐさま否定した。


「兄上。彼女はそんな軽薄な女性ではありませんよ」

「はっ、どこが……」

「確かに、服装に関してはサンビタリアに順応する気がないのは違いありません。だけど、それは未だ我が国への不信が拭い切れていないから。それは我々の態度しかり、彼女から見たこの国が信用に足るものじゃないからではありませんか?」


 それにイクス王子は不本意を顕にしながらも、口を噤む。


 ――あら、意外。


 どうやら話を最後まで聞くつもりらしい兄に、ロックは淡々と述べた。


「だけども、学がないという発言は訂正してください。このところは婚約式の準備やストレスで動いていることが多いようですが、よく書庫に通っていましたよ。現に昨晩も、魔呪具に関して質問してきましたから」

「……カルミアでの認知は低かったはずでは?」

「えぇ。彼女なりにこの国に関して勉強していたのでしょう。たとえ我らが善良に統治していたとしても、彼女からすれば我らは祖国を奪った敵でしかなかったはず。それを鑑みれば、たった一人の執事を連れてきただけの姫が、よく頑張っていると思えませんか?」


 ――あいつ……!


 セリナは思わず蹲る。足に痛みが走るけど、胸の方が痛かった。褒められているのだろう。それが無性に悔しくて、恥ずかしい。目の前で甘言を吐かれるのとはまた違う。込み上げてくる感情に、思わずこの場から逃げ出してしまいたい。


 ――でも!


 悠長に「また明日」なんて言っていられないのだ。今晩には、彼も自分も死んでしまうのだから。

 セリナは「ぐぬぬ」と堪えて引き続き耳を傾けると、一呼吸置いたイクス王子が言った。


「それでも、貴様は本当に彼女と結婚して良いのか?」


 それに、ロックは軽く笑う。


「はは、何を仰いますか! 兄上が彼女との婚約を嫌がったから、俺に回ってきたというのに」


 ――ん、そうなの?


 それはセリナも初耳の話。セリナには始めから相手が第二王子と伝えられていた。

 イクスはロックの話を慌てて否定する。


「だ、断じて惜しくなったとかという話では微塵もないぞっ! ただ兄として心配してやつているだけだ! 貴様は国内外問わず、令嬢に見初められているそうではないか。政略的な結婚は、次期国王たる私だけで良いのだぞ!」


 ――おや?


 セリナは思わず首を捻る。兄として……という発言からの『もしや涙なしで語れない兄弟愛に繋がるのでは?』という幻想は、あの食堂の光景とはとても乖離しているから。


 ロックもその言葉に、しばし止まったようだった。だけど、彼はすぐに鼻で笑った。


「兄上、ご安心ください――たとえどんなに兄上が欲しがろうとも、俺が彼女を譲ることはありませんよ?」

「だ、だからそういう意味では――」

「それに何度も言っている通り、決して王位に就く気はございませんので。たとえ父上がいなくなった後も、俺はサンビタリアのために兄上の右腕になることをお約束致します」


 ロックの発言に、イクス王子の表情は晴れやかになる。


「それならばいいんだ! 殊勝な弟を持って、私はとても鼻が高いぞ!」

「ははっ、それはそれは……」


 ――現金な話ね……。


 そして、セリナは覗き見るのをやめた。弟は本当に王位なんてどうでもいいのかもしれない。でもそんなことを言われて気分がいいはずはないだろう。その気持ちを理解できない兄王子の顔なんて、胸糞悪いに決まっている。


 ――まあ、でも重々理解できたわ。


 この兄弟は、ロックが上っ面を整えているから体面を保っているだけで、仲が悪い。そして兄王子は王位の座に拘っている様子。


 ――お家騒動ってやつの一環かしら?


 ロックを殺した犯人がイクス王子本人なら話は早いし、彼が手を回した者だとしても、証拠さえ掴めれば何とかなるだろう。


 ――だけど、もう少し確信がほしいところよね。


「それならば、貴様の腹心も兄に譲ってもらいたいものだな。ルイス家の長男たるもの、次期国王に仕えてこそ箔が付くというものではないか?」

「それは本人の意思に任せてありますので、彼と直接お話ください」

「ははっ、本当に男女問わずモテる男は余裕がある」


 イクス王子とロックの会話の主旨も、セリナの求めるものから逸れてきたようだ。それならこのままイクス王子の尾行を続けるため場所を変えようとした時、ふと向こう端の通路から同じように覗く視線と目が遭った。


 ――やばっ!


 それは話の渦中の騎士のものだった。考えてみれば、近侍が主のそばにいないのはおかしい。


 ――わたしの執事はオバサマとの優雅なお茶会を楽しんでいるけどね!


 だけど、その隣には栗色の髪をピョコンと弾ませているメイドがいて。二人がコソコソと話している様子に、セリナが眉をしかめた時である。


「姫様、私のことが恋しくなりましたか?」

「ひっ‼︎」


 叫びそうになる口を慌てて塞ぐ。気が付けば、すぐ後ろに己の執事が一礼していたからだ。

 突如現れたジェイドに、セリナは小声で叱責を飛ばした。


「あんたね、来るなら来るとわかるように来なさいよ!」

「はて、難しいご要求ですね。私は姫様のお側に馳せ参じる際は、逐一『あと三歩で姫様のジェイドは参りますよ、あと二歩で姫様のジェイドは……』と宣告せねばならないのでしょうか?」

「それ、わたしが許可したら本当にやるわけ?」

「無論でございます」


 恭しい執事を一瞥した後、セリナは視線を戻す。すると、すでにシオンの姿はなかった。ロックは引き続きイクス王子と立ち話を続けている。


「ところで兄上、例の魔呪具は見つかりましたか?」

「いや、全くだな。まだ調査を外部まで広げておらんが、犯人の検討はまるで付いておらん。明日の婚約式が終わり次第城の外まで手を回すつもりだが……貴様、また研究だ何だと勝手に拝借してはいないだろうな?」


 セリナは唇に人差し指を当て、ジェイドに静かにするよう促した。種類は違うとはいえ、魔呪具の話。何か手がかりがあるかもしれない。


 ロックは鼻息荒いイクス王子に対して、変わらず愛想よく対応していた。


「まさか! 【隠せぬ薔薇(フェイクローズ)】はもう散々調べ尽くしましたから」

「全く……抜かりないことだ」


 ――【隠せぬ薔薇(フェイクローズ)】?


 初めて聞いた単語にセリナが眉根を寄せた時、ジェイドにトントンと肩を叩かれる。彼を見やれば、いつになく満面の笑みを浮かべていた。


「姫様」

「何よ?」

「お御足の怪我は如何されたんですか?」

「え?」


 ジェイドの笑みは崩れない。セリナは歪な笑みを浮かべるしか出来ない。


「……まぁ、そんな時もあるわよ」

「ほう。婚約式の前日にどんなことがありますと?」

「こう……嫉妬したどこぞの女の仕向けた刺客に襲われるとか?」

「なるほど。婚約式の前日ともあれば、そんな刺客程度に手間取るほど可愛らしくなってしまうのですね? それで? その刺客はどこに? まさかお優しい姫様は逃して差し上げたりしていませんよね? まさかそんな――」

「いっそのこと罵ってください」

「あの日ですか?」

「違います……」


 セリナが顔を覆い項垂れていると、再び肩を叩かれる。さらに嫌味を言われるのか。はたまた説教が始まるのか。指の隙間から見やればジェイドは自分を見ていなかった。


 ――ん?


 恐る恐る首を動かす。すると、セリナの婚約者がとてもイキイキとした笑顔で片手を上げていた。


「よっ。今、怪我とか刺客とか物騒な単語が聞こえたけど、何を楽しく話していたんだ?」

「あああああああああああああ」


 終わった。もう終わった。

 前回の一日と変わらない、またはそれ以上屈辱的な展開になる未来を覚悟しながら、それでも何とか変えられないかと、セリナはお姫様スマイルでもがく。


「ロック王子、お仕事はもう宜しいのですか? 近侍のシオンさんもお忙しそうにしておりましたが」

「シオン? あいつなら部屋で書類と格闘しているはずだけど」

「あら。では、早く戻られた方がいいですわ! きっと問題が起きて王子を探していたのかもしれませんし」

「ふーん……でも俺としては、婚約者が刺客に襲われて怪我した方が大事なんだよな」


 ニコニコと、王子は笑みを崩さない。そして隣に立つ執事もまた微笑んでいる。


「もしかしてわたし、怒られてしまうのかしら?」


 コクンと頷く二人の男の怖さに、セリナも笑みを浮かべ続けるしかなかった。





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