13話「三度目のはじまり」
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ハッと気が付いた時、セリナ=カルミアは屋根の上にいた。暗殺に適した、星明かり一つない夜。今晩こそはと気を高め、息を潜めていたはずなのに――すでにセリナは、冷や汗を掻いていた。
「……夢じゃ、ないの?」
覚えている。今後はハッキリと覚えている。
ロックが死んだ。そして前々回は自分も何者かに殺されたものの……前回は潜んでいたことに気が付いたから。逃げられて、代わりにジェイドに殺された。
――てか、なんでジェイドに殺されなきゃならないのよ⁉
ともあれ、ひとまず王子の暗殺どころではない。
細かな誤差はあるものの、ほとんど同じ一日の記憶が二回もあるのだ。これを夢で片付けていいわけがない。
セリナはもう気配を消すこともせず、ロックの部屋へと突入する。派手に窓ガラスが割れた音のせいか、ベッドの上のロック王子は目を見開いていた。
「おいおい。今夜はずいぶんと雑な登場――」
「あんた、ちゃんと生きてるの⁉」
「は?」
ベッドに腰掛けたままのロックの寝間着を、セリナは容赦なく捲る。細い見た目の割にしっかり割れた腹筋に、傷一つない。それでも目を閉じたら、彼の無残な光景を思い出してしまうから……セリナはペタペタとそれを触って確かめる。彼の呼吸のたびに上下する腹は、とても温かかった。
それに思わずセリナが安堵の息を漏らすと、目を白黒させたロックが言う。
「えーと……夜這いはとても嬉しい。ただ、もう少し情緒を演出してくれると助かる」
「もう。相変わらず馬鹿なこと言ってないでよ……」
戸惑いつつも発せられる軽口に脱力して、セリナは彼の膝に頭を乗せた。
――良かった……。
そう思った自分に、セリナは首を捻る。
――なんで? こいつが死んだら御の字じゃないの。
「わたしはあんたを殺したい」
「あぁ、知ってるぜ?」
「でも、他のやつに殺されたあんたの死体を見るのは、すごく嫌だったの」
「なんだそれ?」
ケラケラと、ロックは楽しそうに笑う。黄金の瞳には涙を浮かべて。灰色の髪を細かく揺らして。とても今晩死ぬと思えないほど陽気な彼は、「よっ」とセリナを持ち上げて、そのままベッドに寝返りした。
「わぁっ、ちょっと何よいきなり――」
「可愛いこと言うのがいけないんだろ?」
「は? 可愛い?」
自分を組み敷く男の思考がまるでわからず、跳ね除けるよりも前に疑問符を浮かべてしまう。そんなセリナを見下ろすロックの顔は、ますます破顔する。
「だって、それだけ俺に執着してくれているってことじゃないか」
「執着? こんなにも毎日殺そうとしているのに⁉」
だって、毎日ロックに絡んでいるのは、彼を殺そうとしているから。亡き祖国の復讐として、せめて一矢報いようとしているだけ。
それなのに、
「あぁ、十分だ。ありがとう」
と、柔らかい笑顔で感謝までされてしまうから。
「もう! だったらわたし以外のやつに殺されないでよねっ!」
ヤケクソに髪を掻き上げようとする。すると、その手が彼の胸元の固いものに当たった。
――あぁ、あれか。
セリナはそれをそっと服の下から抜いてやる。そして出てくるのは、やはり冷たい色で静かに輝く首飾りだ。
「どうした? 邪魔か?」
その質問に答えず、セリナはジッとそれを見つめて聞いた。
「これ、あんたの宝物なんだっけ?」
「……あれ、話したことあったか?」
「どんなものなの?」
彼が大切にしていると聞いたのは、前回の今日。そして前回も前々回も、今日の夜にセリナに譲渡された物。
この不可解な現実の取っ掛かりになればと聞いてみれば、彼は珍しく言葉を濁した。
「あまり話したくないな」
「あら。大好きな明日の婚約者様にも?」
「まぁ、魔呪具の一つだよ」
「ふーん……」
魔呪具。魔族が作った魔法具のこと。つまり、何かしら人智を超えた能力を持つ道具だということ。
そう考えていると、ロックが「はて」と首を傾げた。
「おまえ魔呪具なんて知っていたのか? カルミアにはあまり伝わってないだろ?」
「わ、わたしだってこの一年、伊達にサンビタリアのこと勉強していないわよ⁉」
三回目の今日だとバレて、話がこれ以上面倒になると困る。慌ててそれっぽい言い訳するセリナに、ロックがニヤニヤと笑みを浮かべた時だった。鼻の先がくっつくほど、彼の顔が近付いてくる。
「へぇ……俺の花嫁、意外と殊勝だったんだな」
そして唇に食いつかれそうになると、三回目の夜もまた、執事が助けにやってくる。
「お戯れもその辺にしておかないと、明日に響きますよ」
どこからともなく。忽然と現れた執事は、前回とまったく同じ台詞で、
「そういうわけで姫様。お部屋に戻りましょうか」
セリナに向かって、有無を言わさない笑みを浮かべていた。