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【完結】恋を知らない亡国の姫君は、祖国を滅ぼした王子に溺愛されているので、隙を見て暗殺することにした  作者: ゆいレギナ


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12話「それは幼き頃の初恋で」



 ◆ ◆ ◆


 その第二王子は、妾との子だった。その母も流行り病で倒れ。城の中での彼の風当たりは、まだ五歳の子供に対してとても厳しかった。


 その視察は、ロック=サンビタリアにとって初めての国外旅行だった。


 サンビタリアよりも冷たい空気。葉の形の違う木々。脚を出した女性の姿。どれも五歳の少年王子にとって、キラキラ眩しく見えた。


 どうせ誰からも注視されていない。連れてこられただけで放置されていた好奇心旺盛な彼が、親の目を盗んで庭を散策するのは必然だった。辛うじて付けられていた少し年上の護衛件付き人が狼狽えてるが、彼にとってはどうでもいいことだ。


 もっと興味深い対象が、木の上で震えているのだから。


「この国はすごいな! 猫だけでなく女の子までも木の上で泣いているぞ!」


 ロックの歓喜の声に、木の上の少女の首が動く。


「たす……けて……」

「自分で登ったんじゃないのか?」

「くんれんで……おとーたまにのせられて……じぶんでおりろって」


 ――訓練? 

 ――おとうたま?


 ロックが得ていた情報としては、このカルミアという国の王様が、魔王を倒した勇者カルサスだということ。そして勇者王には、ロックより年下の娘がいるということ。


「おまえ、勇者のこどもか!」


 それに頷く少女に、ロックはますます興奮する。


「すごいな! そんな小さいのに、もう特訓しているのか。しかも女の子なのに!」


 だけど、たとえ勇者の娘であろうと、時期早々か。それとも不向きか。簡素なワンピースを着た少女は、木の幹にしがみついて震えているのみ。


 そんな女の子が言うのだ。


「おといれ、いきたい」

「あいよ」


 本当にこれが勇者王の仕業なら、勝手に手を貸しては大目玉を食らうのかもしれないけど。

 それでも、小さな女の子が木の上でお漏らししそうな姿を見て見ぬふりは出来ない。


 ロックは気合を入れて、木に登ろうとする。護衛の少年が「お止め下さい」と制止してくるが、知ったことか。これを見過ごせる人の気持ちがわからない。


 ロックが近づくに連れ、少女の目がキラキラと輝いていた。青い瞳が、空よりも澄んで見えた。だから、細かい枝葉が身体に刺さり、滑りかけた拍子に膝を思いっきり擦り付けてしまっても、彼は臆することなく手足を進めた。


「よしっ」


 なんとか辿りついて、少女の手を握る。その少女の笑顔が、なんと可愛いことか。


 いつも自分の周りは、張り付いたような笑みばかりだった。王子だからと気を使われた笑顔を向けられても、子供がてら「違う」とわかるのだ。家族だって、お利口な長男と違い、やんちゃな次男である自分はまるでオマケ扱い。


 だからだろうか。これほどまでに期待を一心に受ける高揚感に、ロックの胸は大きく弾んだ。

 しかしロックが年上だといっても、所詮は五歳。


 下を見下ろせば、地面はとても遠く。そもそも一人で登ってくるのが精一杯。どうやって降りたらいいのだろう。


「おにい……たん?」


 戸惑うロックに、少女の笑顔が曇る。


 ――どうしよう⁉


 焦れば焦るほど、どうしたらいいのかわからない。どんどん汗を掻いてしまうのは、決して暑いからではないだろう。ガッカリされるのが怖くて、彼は少女の顔を見ることが出来ない。ただただ頭が真っ白で、自分の不甲斐なさに涙がこみ上げてきた――そんな時。


「おやおや。泣いている猫が二匹に増えましたね」


 いつ、どこから現れたのか、ロックはわからなかった。


 スタッと背後の枝の上に現れた黒い執事が、張りぼての笑みを向けてくる。その笑みは胡散臭く、好きになれない顔だったが。腰に回された力強い感触に、ロックは全身で脱力してしまうほどの安堵感を覚えた。





 護衛がガミガミと説教をしているが、まるで耳に残らなかった。


 ――カッコわる……。


 女の子をあんなに期待させておいて、自分は何にも出来なかった。ただぬか喜びさせただけ。人の城の隅っこで、ボロボロになった少年は膝を抱えていた。あっという間の夕暮れ。自分の国の夕陽より鮮やかで、なぜか無性に責められている気がする。


 それなのに、無邪気な幼子の声だけは耳に入ってきた。


「おにいたんいたー!」


 ここは馬小屋も近い、本当か城の隅だ。決してただ一人の姫君がやってくる場所ではない。

 透き通るような金髪が、夕焼けに染まり燃えているようだ。


「これあげるー!」


 満面の笑みで差し出されたのは、見るからに高価な首飾りだった。淡色で揺らぐ宝石が美しい。だけど一目でわかることは、それを姫の気紛れで貰っていい代物でないこと。


「……これ、きみのなの?」

「そうだよ! あのね、おせわになったひとには、ちゃんとおれいをしなさいって、じぇいどに言われたの!」

「ジェイド?」


 おそらく、彼女の執事が何かだろう。もしかしたら、さっき助けてくれた男かもしれない。

 確かに、その教えは良いものかもしれないが、


「これね、せりなのなの。これつけてるのね、ぐあいわるくても朝にはよくなっちゃうの」


 ――それ、なおさら貰ったらいけないものじゃないか?


 おそらく、これは貴重な魔法道具。

 だけど、少女はグイグイと押し付けてくる。


「だからね、あげるの。おにいたんけがしたから、おれいなの」

「怪我……」


 怪我といっても、自業自得だ。木を登っている時に擦っただけ。血も大して出てないし、本当にどってことない傷だ。


 だけど彼女はロックの膝小僧を見て、顔をしかめる。


「これもってたら、すぐ良くなるよ! おにいたん元気になるよ!」


 ――落ち込んでたの見られてたのか?


 それがますます恥ずかしくて。いつまでも受け取らないロックに、少女の声はだんだん必死になっていく。これ以上だんまりを決めていたら、この子は泣いてしまうのだろうか。それは嫌だな、とロックは思った。


「うん、ありがとう。えーと……セリナちゃんは怪我なかった?」

「うん!」


 ロックが受け取ると、彼女はまた破顔する。護衛から「ロック様」と叱責が飛んで来るも、暁の後光を受けて、その笑顔が眩しくて仕方なかったから。


 ――まあ、いいか。


 国交だとか。そんなこと言われたって自分にもわからないし。そんなことより、目の前の女の子が笑ってくれることの方が、大事な気がしたから。


「じゃあ、今度は俺がお礼をしないとね」


 でも、タダでは貰えない。


「今度セリナちゃんが困っている時は、絶対におれが助けるから」


 それに、目の前の女の子は疑問符を浮かべるけれど。

 そんなこと、五歳の王子にとって知ったことじゃない。





 後日、その魔法道具の特別すぎる能力に、ロックは戸惑うしか出来なかった。

 だって、暗殺者に殺されたはずなのに、自分が生きていたから。

 昨日過ごした一日を、また送ることになったのだから。


 ――ああ、これは……。


 いつ死んでもいいと思っていた。

 誰からも愛されないのだから、自分の命なんてどうでもいいと思っていた。


 でも、彼女がこんなモノをくれたもんだから。


 少年は、必死で魔法の勉強を始める。

 たとえ誰からも愛されなくても、また彼女の笑顔が見たいから。

 どうせ死なないのなら、誰かのために生きたいから。





 そして十年後。


 彼女の住むカルミアは、大飢饉に見舞われていた。少しずつ狂っていた交易が、日照り続きの天候と重なり、食料が底を付いてしまったのだ。


 そこでも王の施策は、少しズレていた。城に溜め込んでいた備蓄食糧を全て解放してしまったのだ。無論、始めは民も「さすが勇者様」と喜んだ。だけど、考えなしに全て出してしまえば、なくなるのは一瞬。全国民の飢えを何年も補えるほど、貯めておけるわけがないのだから。


 その中で、勇者の血を引く姫も、何もしなかったわけではない。


 国の外れに住んでいるというドラゴンを狩りに出かけたのだ。


 カルミア皇国の外れには、ドラゴンの住む湿地帯があった。体躯の大きなドラゴンを食料に出来れば、少しでも人々を救えると考えたのだろう。齢十三歳の少女にしては大した勇気で、年相応に幼い考え。


 だけど一匹とはいえ、倒したドラゴンの肉を持ち帰った姫の姿は、人々に希望を与えた。たとえその肉が毒気に塗れ、一年以上かけて毒抜きしないと食べられなかったとしても――その武勇伝は、他国にも広まったのだ。


 そうして、国王の勇者たる過去の偉業と、姫の勇気ある行動に感銘を受けたサンビタリアの王は、カルミアに手を貸すことにした。食料を含めた様々な援助をし、負債しかない国益を回復させるために、政権こそサンビタリアが握ることになったけれど。それでも、勇者や姫には多くの譲歩をし、勇者王も納得する結果になっている。


 そして結ばれることになった姫との婚姻は、ロックにとって願ったり叶ったりだった。

 これで、昔の約束を叶える事ができるから。


 姫のドラゴンに纏わる逸話に、彼も深く感動したから。


 ――茶目っ気含めた【ドラりん】の異名を流したのが俺だとバレたら、ますます嫌われそうだけど。


 再会した時の彼女は、当然昔のことなんて覚えていなかった。

 首飾りのことも、忘れているのだろう。


 それでも強くて、健気で、真っ直ぐで。幼い頃のまま優しい彼女のことを、とても愛おしいと思ったから。『祖国の敵』と八つ当たりしてくる、やはり年相応に幼い彼女が。何も知らずに自分を殺そうと絡んでくる彼女が。自分だけに向けられた彼女の瞳が嬉しかったから。

 

 ――だから、きみから愛されなくてもいい。

 ――俺が、きみを愛していれば。それだけで。





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