宝石より大切なもの
「うわっ、埃っぽいなー」
ここはアーノルド家屋敷の3階の角部屋。窓は閉まっていたが、キュリーを液状化させ、窓の隙間を通し、内側から鍵を開けて侵入したのだ。キュリーのその利便性は脱帽ものだ。
スカイが「埃っぽい」と称したその部屋は、掃除が行き届いていないのか、随分と汚れていた。薄いピンクの花柄が入った壁紙はところどころ破れ、床の赤いカーペットは黒いシミができていた。部屋そのものは広く、豪奢なベッドも置かれていた。もちろん埃を被っていたが、少し掃除をすれば元の美しさを取り戻すだろう。ベッドの上には枕があり、その隣には茶色い熊のぬいぐるみが置いてあった。デフォルトされ、クリっとした目が愛らしいその人形は、まるで誰かに寄り添うようにして枕元で寝そべっていた。
「ここは昔誰かの部屋だったんだろうな。部屋の趣味からみても女の子だな。ん? これは……写真立てか?」
スカイが何となく興味を惹かれて手に取ってみると、それはやはり写真立てだった。中に入っていたのは、この部屋の持ち主と思われる10歳ほどの薄桃色の髪の女の子と、その両親が笑顔で並んでいる写真だった。女の子は目がクリっとした茶色い熊の人形を抱いていた。ベッドに置いてあったのと同じだ。
写真の中の子は屈託のない笑みを浮かべ、またその両親も本当に幸せそうだった。そんな『家族』の写真をどこか羨ましそうな目で見るレイ。
「おっと、こんなことしてる場合じゃない。さっさとお宝を見つけに行かないと」
スカイは一度顔を上げ、切り替えるように深呼吸をする。
すぅー。
「ゲホッ、ゲホッ、そうだった。埃すごいんだった……」
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部屋を出て、七つ道具の一つホークアイを使ってお宝を探す。ホークアイは予告状で指定した物をマークして、壁越しでも床越しでも、お宝を透過して見ることができるのだ。
「『ピンクダイヤモンド』はどこに……って地下かよ」
ホークアイによれば、お宝は地下にあるらしい。運の悪いことに、彼は屋敷の3階から侵入しているため、一度外に出るか、もしくは階段で下に降りなければならない。
「上から順々に攻略していくってのも面白いよな。敵に正面から向かって、鮮やかに出し抜いてこそ怪盗だ」
とそんなことを言いながら、彼は懐から小さなカードケースを取り出した。それは七つ道具の4番目。『フォーカード』だ。その名の通り4種類のカードから成る。
一つ目は『ジャック』のカード。地面に刺せば、数秒で消えてしまうが、煙幕を放つことができる。
二つ目はの『クイーン』のカード。頭の上に乗せると、思い浮かべた人に変装することができる。魔力を注いで継続する。
三つ目は『キング』のカード。シンプルなトランプ爆弾だ。
四つ目は『ジョーカーカード』。これは予告状だ。狙った場所に飛ばさないといけないため、あり得ないくらい真っ直ぐ飛ぶ仕様になっている。ちなみにデザインはスカイ作である。
彼はカードケースの中から、『クイーン』のカードを取り出して頭に乗せ、さっきの騎士団隊長の姿を思い浮かべる。すると、たちまち偽物の鎧と共に騎士団隊長の姿が作られていた。
「おぉ〜、さっすが博士。変装のレベルも高いな」
とスカイは騎士団隊長の声でつぶやいた。どうやら、声も変えてくれるらしい。鎧が床を叩くカツカツという音を聞きながら、スカイは階段を下って行く。ちょうど一階へ着いたところで、伝令兵らしき人物がやってきた。
「ドゥラン隊長。報告します! 外で待機しているC部隊から連絡がありました。どうやら、怪盗は三階の空き部屋から侵入したとの事です!」
「ご苦労。では、上階の階段付近を固めておけ。また、単独行動はするな。一人ずつやられては面倒だ」
「了解しました!」
どうやら、騎士団の隊長の名前はドゥランと言うらしい。偽ドゥランことスカイはそれっぽい指示を出しながら、見張りの騎士たちを上へ誘導する。騎士たちの数が減った廊下を歩き、騎士の配置を確認する。この屋敷は中央の食堂をぐるっと囲むように広い廊下があるのだが、階段のある西側の警備が特に厳重だった。
「なるほどな。適当に並べてるようにも見えるが、どの騎士も必ず一人以上の仲間が見える配置になっている。誰か一人が発見すれば、一気に情報を伝えられる訳だ」
つまり、屋敷の中では常に二人以上から姿がみえている、ということになる。まぁ、この姿なら関係無いがな、と内心思いながら、地下へ続く階段へ向かった。
「隊長! お疲れ様です。付近で奴の目撃情報はありません。上階の守りが効いているのでしょう。奴は下に降りられないでしょうね」
「ふふふ。見事な作戦だろう。さて、ここを通してくれ。後からは何者も通してはならん。怪盗は変装して来るかも知れぬ。お宝の警備は俺が直々に行う。ここを頼むぞ」
「了解しました。御武運を!」
敬礼をして見送る一人の騎士。彼もまた、スカイの変装を見破れなかったようだ。
「王都の騎士様も、案外チョロいもんだな」
暗い階段を行った先の扉を開けると、急に明るい場所へ出た。そこはお宝の展示室のような場所で、色とりどりの宝石類や題名は分からないが高価であろう絵画や壺などが飾られていた。その部屋には騎士は居らず、アーノルド家当主、キンドル=アーノルド本人が警備をしていた。
「おや、ドゥラン隊長。上の警備状況はどうでしょうか。それとも、もう捕まりましたか?」
「いえ、奴は上階に潜伏しているようです。直に部下たちが捕らえてくれることでしょう」
「だと良いのですが……」
スカイがそれとなく部屋を見渡せば、金銀宝石の並ぶ部屋には似つかわしくない物が置かれていた。
「これは……写真ですか?」
「はい。今はもうどこかへ行ってしまいましたが、私の娘の写真です。数年前、理由は分からないのですが、家出してしまいまして。権力も駆使して探しましたが、すぐには見つからず……今もまだ捜索中なんです」
その写真は、あの三階の角部屋に飾られていた写真と同じものだった。家族三人でより集まって撮った笑顔の写真。その写真も、残った両親にとっては『お宝』なのだろう。
「それは災難でしたね……」
「娘が抱いているぬいぐるみがあるでしょう? それは娘が7歳の誕生日の時に送ったもので、行方不明になる直前もずっと愛用してくれていたらしく、よく枕元に添えられていました」
「(あのぬいぐるみのことか……)」
「どうかされましたか?」
「いえ、何でも」
「そうですか。あぁ、誰かあのぬいぐるみを娘の元へ届けてくれないか、と思うばかりです。あの子なしではきっと辛いでしょうから。おっと、長話し過ぎました。そろそろちゃんと警備でもしましょう。私の独白に付き合ってくださり、ありがとうございます」
「いえ。こちらこそ。もし騎士団のほうで娘さんらしき人物を見つけたら、お教えします」
「ありがとうございます。怪盗さん」
「……っと、やっぱりバレてましたか」
「もちろん。これでも元宮廷魔道士です。魔力で姿を隠していることぐらい、すぐに分かりましたよ」
そう言い当てられ、スカイは変装を解いてキンドル=アーノルドと向き合う。
「あなたの言う通り、俺が怪盗。怪盗スカイ。だが、どうして気付いていたのに何もしなかったんだ?」
「さっき言った通りですよ。『誰かあのぬいぐるみを娘の元へ届けてくれないか』ってことです。私は、あなたにお願いをしたいのです」
「それはまたどうして? 俺がどんな奴かも知らないのに。しかも、俺がお前の娘さんに会える確証もないだろ?」
「ふふっ。それはですね……ある日、一人の預言者を名乗る者が教えてくれたんですよ。『明日の夜、怪盗を名乗る者から予告状が届くであろう。そやつが、娘を見つける唯一の鍵だ』と」
「はぁ。その預言者とやらは知り合いか?」
「いえ、友人に紹介されて。腕のいい預言者がいると聞いたので」
「うーむ。よく分からないが、引き受けた。じゃああのぬいぐるみ、貰っていくぞ」
「ええ。あ、あと、この『ピンクダイヤモンド』をどうぞ」
「えっと……そんなあっさり貰っちゃっていいのか? 一応俺、予告状出して来たんだけど。盗み出す予定だったんだが」
「これで娘を見つけるのに一歩前進できると思えば安い物ですよ。やはり、家族は宝石よりも大切な『宝物』ですから」
「……分かった。では、怪盗スカイの名の元に、この『ピンクダイヤモンド』は戴いていくぜ! じゃあな。娘さんを見つけたら、必ず知らせる。予告状でな」
「はい。その時にはまた、宝石でも用意しておきましょう。それまで捕まらないでくださいね」
「もちろんだ。脱出した後の騎士団たちの相手はよろしく頼んだ」
「了解ですよ、怪盗スカイさん。ではまた!」
スカイはあえて変装をせずに、階段から飛び出した。
「な、なぜ奴が地下に!? 居たぞ、一階の廊下だ!」
さっき地下へ通してくれた騎士は、目を丸くして叫んだ。そりゃ当然だ。自分の見張っていた階段から、急に尋ね人が出て来たのだ。すぐに他の騎士へ知らせられたのは、ファインプレーなのだろう。
「さぁて、俺は捕まらないぜ!」
廊下の前後から詰めてくる騎士たちをグラップルで飛んで躱し、正面玄関から外へ飛び出す。外へ出た途端に飛んできた火球を打ち消したり躱したりしながら、庭をかける。ふと折を見て、グラップルで屋敷の三階、角部屋へ一気に飛んだ。既に開いている窓から飛び込み、ベッドのそばへ駆け寄り、目がクリっとした茶色い熊のぬいぐるみを手に取り、埃を払う。
「俺が、届けてやるからな。怪盗スカイの名に賭けて」
そして、机の上の写真立てをぬいぐるみと一緒に掴み、再び夜の闇へ飛び出す。
「ひゃっほーう! おい騎士団のお前ら。お宝は戴いた。返して欲しいなら、俺を捕まえてみな。明夜、俺はまた現れる。じゃあな!」
「怪盗スカイ! お前は俺が絶対捕えてやるからな! 覚えておけ!」
「せいぜい頑張ってねー。ドゥラン隊長!」
グラップルの金属音を響かせながら、スカイは夜の闇に溶けるようにして消えた。その右手には、小さな写真立てとぬいぐるみが、握られていた。
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花依は狂喜乱舞します。