プロローグ
よろしくお願いしまぁーす!!
「あそこだ! 捕まえろ!」
時は深夜。ある日の王都は、少し騒がしかった。とある貴族の邸宅を、守るようにして甲冑姿の騎士たちが囲んでいる。彼らは一人の男を追っていた。夜闇に溶け込む黒いトレンチコートに、アクセントカラーの白のハーフマスク。彼が何かを投げたかと思えば、彼は大跳躍を果たし、見張り台と思われる尖塔の頂上に着地した。
「よっと。んじゃ、この『青竜の瞳』は貰っていくぜ!」
彼はトレンチコートを翻しながら、青い宝石に月明かりを透かす。その一挙手一投足には隙などなく、とてもではないが弓矢を100発撃ちこんでも、一つとして当たらない。雰囲気だけでそう思わせる彼は一体何者なのか。
「待て! 貴様は一体何者だ!」
声を張り上げるのは、隊長と思しき騎士。テンプレとも言えるその言葉に対し、彼はこう答えた。
「俺か? 俺はスカイ。怪盗スカイだ。覚えとくんだな。ま、予告状にも書いてあるから、後でちゃんと見とけよな」
「なっ、ま、待て!」
騎士たちの制止の声も虚しく虚空に響くのみで、フックを掛けるような音と共に、スカイの姿も夜闇に溶け込むようにしてどこかへ消えてしまった。
この日から近い将来、スカイは空を舞う怪盗として広く知られることになる。
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怪盗スカイによる犯行があった翌日。
「ふわぁ〜、眠い……」
「レイくん、寝不足? 魔法の練習を頑張るのはいいけど、あんまり無理はしちゃダメだよ」
「……分かってる」
ここは王都サンタマリア内の街、アトラス。魔法関連の技術が最も発達した地域の一つで、若い世代が魔法を学ぶための魔法学院も存在する。
アトラス魔法学院は貴族から平民まで、身分の差を超えて通うことのできる学校だ。また、入学可能になるのは12歳からだが、大体は15歳になってから入学する。在学は三年間。一年生の期間は実力に関係なく、ランダムにクラス分けをされ、二年生になった時から実力によるクラス分けが始まる。卒業後の進路も王都の魔法師団や、王都の中枢担う仕事に高確率で就くことができる。
そして先ほど幾らかの言葉を交わしていた二人は、アトラス魔法学院の一年生、レイ=ブルーバードとルミア=ライムスティだ。
ルミアは成績優秀で容姿端麗。他人を思いやる心を忘れない性格で、学院中の生徒の憧れの的である。ちなみに性別は問わない。美しい空色の瞳を持ち、やや短めの髪は金糸のように輝いている。目の色と同じ小さなリボンが頭の上で揺れている。これでは人気を集めるのも当然だと言える。
一方でレイはと言うと、あまり縁起が良いとされない黒髪を持ち、魔法の成績はクラス最下位という、あまりに報われない奴だった。元々努力家な部分があり、座学の成績こそ優秀だが、実技がかなり足を引っ張っている。もちろん魔法の練習は怠らないレイだが、彼が寝不足なのには別の理由がある。
「レイくん、そういえば聞いた?」
「何を?」
「怪盗スカイの話」
「……あぁ」
何を隠そう、このレイ=ブルーバードこそが怪盗スカイなのだ。昨夜は深夜まで怪盗としての仕事をしており、寝たのは日が昇り始める直前。もはや寝たと言えるのかわからないぐらいの睡眠しかとっていない彼からしてみれば、もう既に眠くて眠くてたまらないのだ。
「怖いよね〜。確かローズマリー家から『青竜の瞳』が盗まれたんでしょ? 幸い死傷者は居ないって聞いたけど……」
「らしいな。おっと、もう時間急ごう」
「あ、本当だ。急ごう!」
彼らが遅刻しそうなのは、ひとえにレイが寝坊したせいなのだが、それを責めない辺り、やはりルミアは優しい子なのだろう。
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「ふぅ。ギリギリ間に合ったね」
「みたいだな。先生が来る前にさっさと準備しよう」
とその時、教室のドアが勢いよく開けられ、燃えるような赤髪を腰まで伸ばした女教師が入ってきた。
「さぁ、ホームルームを始めるぞー、ってお前らどうした。遅刻か? いつも真面目な二人が珍しい。ほら、さっさと席に座れ」
「すみません、カレン先生」
カレンは学院の教師の一人で、レイたちのクラスの担任だ。ワインレッドの髪は腰まで伸ばされ、優しさと厳しさの入り混じる深紅の瞳。見た目通りのサバサバした性格だが、生徒一人ひとりをよく見ている良い先生である。
彼女は二人が着席したのを見て、今日のホームルームを始めた。
「まずは今日の時間割だが、昨日言った通りだ。不安なら後ろの紙を見とけ。あとは昨日の設置型魔法陣のテスト、最高点は97点でクラス一位はルミアだったぞ。流石だな」
パチパチと浅く手を叩く音や、流石ルミア、という声が聞こえる。当の本人も嬉しそうに隣の子と笑い合っている。そんな中、カレンはこう切り出した。
「そういえばみんなも知っていると思うが、怪盗スカイについてだ」
ピクッと真っ先に反応したのはレイだった。誰にもバレない程度だったとはいえ、彼の内心は冷や汗だらだらだった。眠気など一瞬で吹き飛び、思わず背筋が伸びてる。
クラス内がにわかにざわつく中、カレンは続けて口を開く。
「奴は、昨日の犯行の前に予告状を送っていたらしい。そういう類の怪盗ならば、恐らく大丈夫だと思うが、みんなの家、特に貴族の奴らなんかは気をつけろよ。とだけ言っておく。 ……以上だ。何か質問はあるか? ……無いな。じゃあ今日も一日頑張って行こう」
カレンはそう締めくくり、ホームルームを終わった。一時限目は魔法史だ。生徒たちには内容がつまらないことで人気の授業。そしてそれまでの休み時間の話題に上がるのは、やはり怪盗スカイだった。
「怪盗スカイって何者なんだろうね」だとか、
「わざわざ予告してから盗みに行くとか変わってるよな」や
「また今日も出るかな?」などといった言葉に、レイはいちいち敏感になっていた。逐一反応していてはキリがない、と割り切ろうとしても、ピクピクッ、と彼は授業が始まるまで震え続けていた。
それがルミアにバレて、怪盗スカイを怖がってると誤解されたのはまた別の話。
次話から怪盗の仕事が本格的に始まります……!
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花依は狂喜乱舞します。