地獄の使いはお友達
本作は
『転校生は地獄の使い!?』
『クラスメイトは地獄の使い』
の続きとなります。
初めての方はそちらからお読み頂ければ幸いです。
お待ちかねの方は、どうぞそのままお読みください。
ホームルームが終わる。みんながランドセルを背負って帰る用意をしていく。
「紗弥ちゃん、今日一緒に遊ばない?」
友達の鹿島梓奈ちゃんが声をかけてくれる。
「うん、それじゃ」
「紗弥、今日ちょっと付き合ってくれ」
返事をさえぎるように、遠真君が言ってきた。
クラスメイトの蔵地遠真君は、実は地獄から来た人で、この世に残る霊をあの世に送るために、小学生になってここにいる。
私もネコのミーコを天国に送ってもらったので、時々遠真君のお手伝いで、霊が自分からあの世に行ってくれるようお話をしたりしている。
多分今日もそのことかな。
「梓奈ちゃん、ごめんね! また今度!」
「私より蔵地君を選ぶなんて……!」
怒らせちゃうかな……。
でも遠真君がふしぎな力を使うと閻魔様から苦い飲み物を飲まされるって聞いたし、前にあの世に行けなくて寒がっていた子どもの霊と出会った事があったから、出来るだけお手伝いしたいんだ。
……ごめんね梓奈ちゃん。
「これが愛なのね! ステキ! オジャマはしないわ! どうぞ二人でごゆっくり〜」
よかった。怒ってない。むしろうれしそう。
「どこに集まる?」
「いつもの公園で」
「うん、わかった。じゃあまた後で」
私はうなずくと、急いで家に向かった。
「遠真君、お待たせ!」
「……いや、悪いな。急に呼び出して」
あれ? 遠真君がそんな事言うなんて珍しい。
いつもすごい自信満々なのに、今日はちょっとしょんぼりしてる?
『紗弥さんすいやせん。お友達との約束を邪魔しちまいやして』
遠真君のポケットからジョーさんが飛び出してきた。
浄玻璃の鏡のジョーさんは、遠真君のお手伝いをするふしぎな鏡。
しゃべって動いて、遠真君が裁きをする時のシャクを出したり、霊の姿を映し出したりしてくれる。
『ただ今回ばかりは急を要したもんで……』
「そうなんだ。今日の霊ってそんなに危ないの?」
「いや、今日は説得じゃない」
遠真君が真剣な顔をしてる。一体何をするんだろう。
「地獄から逃げ出した亡者を捕まえろ、と地獄から指令が来た」
「地獄から、逃げ出した?」
『そうなんでやすよ。とんだ大失態で申し訳ない……』
ジョーさんがぺこりと動いた。
頭を下げてるんだと思う。
『亡者たちが集まって力をためた上に、獄卒をだまして地獄を抜け出したんでやす。このままだと、この世界にも悪い影響が出やす』
「……地獄のせいで迷惑をかけて、巻き込んで、本当にすま」
「大変! 私は何すればいいの?」
「な……、え?」
遠真君がポカンとした顔をしてた。
「……責めない、のか?」
「えっ?」
「ばあさんネコの時もそうだったけど、地獄のせいで迷惑かけられてるのに、怒らないのか?」
迷惑、言われてみればそうなのかもしれない。
でも遠真君は私とミーコを助けてくれたし、そのためにつらいこともガマンしてくれてる。
怒る気なんて起きないよ。
「だって遠真君に何かされたわけじゃないもん。それに先生に『失敗しても終わりじゃない。ちゃんと片付けて、次につなげればいい』って教えてもらってるから」
「……ありがとな」
あ、笑ってくれた。ふだんがぎょろぎょろ目だから、笑うと何かかわいく見える。
「じゃあ悪いけど、手伝ってくれ」
「もちろん! で、何をすればいいの?」
「ジョー」
『はいでやす』
遠真君が、ジョーさんの中から光る布を取り出した。
「これは?」
「地蔵の衣だ。こいつをはおっていてくれればいい。こいつで増幅した紗弥の霊力で、亡者どもをおびきよせる」
「わ、わかった」
じんわりあったかく感じる布を、肩にはおる。
『遠真様、この公園を結界で包みやした。これで他の人を巻き込むことも、騒ぎになることもありやせんぜ。』
「サンキュージョー。これで思いっきりやれるな」
遠真君がにやりと笑う。すると地面がゆれはじめる!
『オオ、光ダ』『アタタカイ』『助カッタ』
うわ、地面から前に見た悪霊みたいな黒いのが出てきた!
でも前のはもやもやだったけど、今度はどろどろ……。それに色んなところについた人の顔がしゃべってる……。
「おっとそこまでだぜ亡者ども。つぐないが終わってねぇんだ。地獄に帰ってもらうぜ」
『イヤダァ』『モドリタクナイ』『ジャマヲスルナ』
「おっと」
どろどろが遠真君に伸びる! 遠真君は軽々とかわした。
「ま、地獄を逃げ出すくらいだから、はいそうですかとはならないよな。じゃあちょっと痛い目を見てもらうぜ。降り注げ! 落鉄瓦!」
『ギャア』『重イ』『ツブレル』
遠真君が手をかざすと、空から黒い何かがいっぱい落ちてきた! わ! ずしんって地面にめり込んだ! 何これ? 鉄の、かわら?
「集まってるから気が大きくなるんだよな。切り裂け! 刀葉林!」
『ヒギャア』『チギレル』『バラバラニナル』
地面から飛び出した木が、どろどろを切り裂いていく!
「ばらばらになったところで、捕えろ! 黒縄!」
『アツイ』『動ケナイ』『ハナセ』
黒い縄がばらばらになったどろどろをつかまえる!
あ、つかまったどろどろが人の姿になってく……。
『遠真様、何でわざわざばらばらにしたんで? 脱獄者は八大地獄最恐の阿鼻地獄行きが確定ですから、まとめて裁いちまえばいいじゃないでやすか』
「ちょっとな」
遠真君が縄でぐるぐるまきになってる人に近よる。
「おい」
『ヒイイゴメンナサイ! モウ逃ゲマセン! 家族ニヒトメ会イタカッタダケデ!』
「ちゃんとやってりゃ年に一度は現世に帰れるんだ。真面目に罪をつぐなえよ」
『ソ、ソウナンデスカ?』
「そうだよ。お盆を知らないのか?」
『エ! 罪ノ重イ者ハオ盆ニモ帰レナイト聞イタノニ……』
「そんなことねぇよ。だから大人しく地獄に帰れ。今回だけは大目に見るよう閻魔大王に話しておくからよ」
『……ハイ』
縄がほどけると、その人は空に昇って消えていった。
『……遠真様、いいんでやすか?』
「逃した地獄側にも責任はあるし、自分から地獄に戻れば罰は与えられねぇよ」
『にしても面倒でやすね。一人一人これをやるんでやすか?』
「許す大事さを教えてもらったからな」
そう言うと、遠真君が私に向かってニヤッと笑った。私のおかげ、ってこと、なのかな。何だかうれしい。
「お前は何で逃げ出したんだ?」
『イタイノガツラクテ、何モ考エラレナクテ』
「反省できないんじゃ地獄の意味がないな。時々罰のない日を作って、じっくり反省できたらどうだ?」
『ソウサセテクダサイ! ゼヒ!』
「よし、すぐには無理だけど話はしておくから、地獄に帰っとけ」
『オネガイシマスヨ』
遠真君が話すたびに、人が空に昇っていく。ミーコが天国に行ったのを思い出す。
『タスケテ……。アツイ……。アツイ……』
近くでしばられてる人がうめいている。辛そう……。
「大丈夫?」
『アァ、手ヲ、手ヲニギッテクレ……。君グライノ娘ヲノコシテ死ンダカラ、ソレサエシテモラエタラ地獄ニ帰ルヨ』
「わかった。私でよければ」
娘さんのこと、大好きだったんだね。私で代わりになるかわからないけど、少しでも楽になったら……。
『アリガトウ、バカナオジョウチャン』
「きゃあ!?」
腕がどろどろに変わって、つかまっちゃった!
『サァ獄卒、コノ結界ヲ外セ! サモナイトコノ娘ヲニギリツブスゾ!』
『紗弥さん!』
「……」
どうしよう! お手伝いどころか遠真君のジャマしちゃってる!
「バカだなぁ。何やってんだよ」
「ご、ごめんなさい」
「紗弥じゃねぇよ」
すたすたと近づいてくる遠真君。何でだろう。つかまってるのに全然怖くない。
『ク、来ルナ! コノ娘ガドウナッテモイイノカ!』
「紗弥がはおってるのは、三途の川で子どもを守る地蔵の衣だ。お前ごときにどうこうできるわけないだろ」
『ウグ……』
そういえば、どろどろは私を包んではいるけど、痛くも苦しくもないや。
「黒縄につかまりながらその力。お前が他の亡者をそそのかして、力を集めて脱獄したんだな。その罪、軽くはないぜ」
『オ、オノレエエエェェェ!』
反対の手のどろどろが遠真君に向かう!
「遠真君!」
「ジョー、いくぜ」
『合点でやす!』
ジョーさんが光った! どろどろが光に押されてはじける!
『ナ、何ダ一体……!』
「大人しく地獄に帰るなら、情けの一つもかけたんだがな」
光が収まったそこには、赤い炎?
違う! 赤くゆれるかみの毛だ!
「反省する気のないヤツにかける情けはない。ひさびさに閻魔大王の代理としてではなく、獄卒として力をふるえるな」
「遠真、君……?」
そこに立っていたのは大学生くらいのお兄さん。
燃えるような赤く長いかみ。着物姿で片腕だけ脱いで、腰には刀をさしてる。
『小学生の遠真様も可愛らしくでいいでやすが、やっぱりあっしにはこっちの方がしっくり来ますや!』
これが遠真君の本当の姿……?
『コ、コケオドシヲ!』
また遠真君に迫るどろどろ! でも遠真君は笑ってる。
「鋼溶炎』
『ギィヤアアアァァァ!』
青白い炎がどろどろを燃やしていく! 私をつかまえていたどろどろまで、燃えて溶けちゃった。
『紗弥さん、さ、こっちへ』
「う、うん」
ジョーさんに促されて、遠真君のところにかけよる。
「紗弥、面白いもの見せてやるよ。鍛治鉄鎚」
大人の遠真君がそう言うと、空中から大きな金づちが出てきて、溶けたどろどろをたたき始めた。
『イタイ! イタイ! ヤメテクレ!』
「いっちょあがり」
たたかれたどろどろは、ウサギの形に固まっていた。かわいいけど、これあのどろどろさんなんだよね……。
「ひゃははは! ずいぶんかわいくなったなぁおい! 次はこれだ!」
『ギャアアア! マタ溶ケル!」
「今度はボールにしてっと。バッターふりかぶって、カキーン!」
『ホギャアアア!』
ボールになったどろどろさんは、遠真君に金づちで思いっきり打たれた。ぐんぐん飛んで、公園を飛び出すところで、見えない壁みたいなのに当たって、ぽろっと落ちた。
「ひゃははは! スッキリするな! もう一発いっとくか!」
『何デコンナヒドイコト……』
「ひどい? 罪をつぐなおうとしていた他の亡者をだましたお前が何を言う?」
笑っていた遠真君が急に怖くなった……! 怒ってるんだ……!
『アンナ絶望シカナイトコロ、何ヲシテデモ逃ゲタクナルノハ当タリ前ダロウ!』
「そこが間違いだ。地獄は現世での罪をくいあらため、生まれ変わるまでに魂をみがく場所だ。罰はキツいが、ただ痛めつけてるわけじゃない」
『……ウゥ……』
「自分の悪かったことに気がつけなきゃ、いつまでもくり返しだ。そこをもう一回よく考えるんだな」
『……』
「ジョー」
『かしこまりでやす!』
ジョーさんが光って、また小学生の遠真君に戻った。
「閻魔大王の代理として判決を言い渡す。亡者をだまし、その力をうばった詐欺と強奪の罪により、大叫喚地獄随意圧処送りとする!」
遠真君のシャクが黒く染まり、くるりと描いた穴の中にボールになったどろどろさんは落ちていった。
「遠真君!」
「紗弥、お疲れさん。お陰で上手いこといったぜ」
口元だけでニヤリと笑う遠真君。よかった。いつもの遠真君だ。
「さて、残りの奴らを地獄に送ったら、俺も一回地獄に帰らねぇとな」
「えっ?」
も、もしかして、あの姿を見られたら地獄に帰らなきゃいけない決まりとか!?
「わ、私だれにも言わないよ? だから帰らないで! せっかくお友達になれたのに……!」
「ん? あぁ違う違う。正体見せたからとかじゃなくてさ。俺、地獄を変えたいと思ってんだ」
遠真君のぎょろぎょろの目が、強くやさしくなる。
「今まで悪いことをしたヤツには、地獄でキツい罰を与えてた。それが罪をつぐなうために必要なんだと思ってた。でも現世に来て、色んな霊がいて、紗弥のやさしさを見て、厳しいだけじゃダメかもって思ったんだ」
「わ、私、そんなやさしくないよ!」
「やさしいよ。紗弥は俺たち地獄でさえも許してくれたんだから」
遠真君はまたにっこり笑ってくれた。うれしいけど……。
「だから俺は地獄を変えたい。悪いことをした以上罰はあるけど、本当の反省につながるものにしたいんだ。……だから、ちょっとだけ、お別れだ」
「……ゔん……」
こぼれる涙をぬぐう。さびしいけど、悲しいけど、がんばろうとする遠真君を応援してあげなくちゃ!
「がんばってね! 早く終わらせて、また戻って来てね!」
「あぁ! 必ず!」
ぎゅっと手をにぎると、さびしさと悲しさが少し減った気がした。
『あのー、感動的なシーンのところ、大変申し訳ないんでやすけど……』
ジョーさんが私たちの間に入ってくる。何か困ったことでもあったのかな?
『遠真様、あれ……』
え。
「あああぁぁぁ!?」
「えええぇぇぇ!?」
「ねーねー紗弥ちゃん! 昨日のデートはどうだった?」
「で、デートとかじゃないよ……」
休み時間、私はぐいぐい来る梓奈ちゃんに答えながら、ちらっと遠真君を見た。机につっぷして全然動かない。
「蔵地君はぐったりしてるし、何かあったんでしょ?」
「あはは……」
遠真君が大人になった時の反動でつかまえていた縄がほどけていて、しかもどろどろさんをホームランした時に結界がわれてて、残りの人みんな逃しちゃったんだよね……。
きっといっぱい怒られたんだろうな。
苦いのいっぱい飲まされたんだろうな。
逃げた人を全部つかまえるまで、帰れないんだろうな。
「ふふっ……」
それなのに、遠真君が地獄に帰らなかったこと、うれしいなって思ってる私、悪い子かな。
「あー! 蔵地君見て笑ったー! いみしーん!」
「な、何でもないよ!」
でも遠真君が変えた地獄になら行ってもいいかな、なんて思っちゃうんだ。
読了ありがとうございます!
書いたッ! 三部作完ッ!
というわけでとりあえず地獄の使いシリーズはこれにて完結です。
遠真の真の姿を描けたので満足です。
もっと異能力ドカドカの必殺技バキバキの決め台詞ギラギラのバトル展開を想定していたのですが、紗弥の前で単純暴力だとしっくり来なかったので、こんな感じになりました。紗弥は天使。書き手には小悪魔。
アクション書くなら三人称だなと改めて感じたり、小学生っぽい喋り方やモノローグって難しいなと感じたり、学びが沢山ありました。
いずれ、今回悪霊を逃した責任で現世に来た女獄卒・裁姫と浄玻璃の鏡のレプリカ・ハリーが加わって甘酸っぱいトライアングルラブコメディでアクションにリベンジできたらと思います。何が何だか分かりませんね。
取り留めのない後書きにまでお付き合いくださり、ありがとうございます。