第一部 水平線の彼方へ 第七章 巨大な歯車
第七章は、集団自殺事件から見えてくる世の中の歪を描いてみました。
そして、アイシャの肉体と能力ついても、よく見ていてください。
昼下がりの公安事務室、お茶を乗せたトレーを持った真美は岩佐と軽く言葉を交わした。日常の心休まるひと時であった。
自衛隊のシステムも元通りに復帰し、いつも通りの平和な日本に戻っていた。
報告書を作成しているアイシャの前に、真美が湯呑を置いた。
「はい、どうぞ。大変そうね。」
彼女の声に、アイシャは顔を上げた。
「ああ、ありがとう。どうも、報告書というのは苦手だ。」
まるで緊張感のない、一般企業のオフィスのような時間の中で、真美はリラックスした顔で、アイシャに話しかける。
「しかし、スセリは一躍、時の人だね。報告書にも彼女のことを書いているのでしょう。」
ふーと息を吐いたアイシャは、端末の画面を閉じて、湯飲みに手を伸ばした。
「東京を地獄に落としかねなかった巡航ミサイルを止めたのだからな。しかし、報告書上は、私が操ったAIだということになっている。」
「ふーん。あれが、AIね。到底、機械には見えなかったわ。」
身長百六十二センチ、ブルーのロングヘアの美少女は一年ほど前から、渋谷を中心にライブ活動をしている歌姫である。アイシャと同等の強化ボディに、超高度AIを搭載した高性能人型ロボットに分類された。しかし、ロボットと言っても、体は機械ではない。
巡航ミサイルを停止させた一部始終は、スセリのメモリに克明に記録されており、彼女自身により、そのデータログがネット上に公開されていた。また、その内容を解読したメディアからは、一部始終を文章で説明した記事やコラムもネット上に拡散した。
壊滅の危機から、東京を救った歌姫。もう、世の中は大騒ぎである。彼女のライブには数万の観客が殺到し、渋谷近辺は連日大混乱だった。
彼女の歌は、ひっきりなしに街に流れ、見渡せばどこかのモニタに必ず彼女の姿が映っているという状況である。
液晶画面を見ながら、手を伸ばしたアイシャは湯呑を掴んで持ち上げようとした。それは、いつもと変わらない何気ない仕草だった。
しかし、その瞬間、湯呑は砕けて中のお茶が飛び散ってしまった。
「キャッ。」
飛び散るお茶を避けて思わず後ろに下がった真美は、アイシャの手を見て、また驚いてしまう。
彼女の手には湯呑の破片が刺さり、血が流れ出しているではないか。本人のアイシャも驚いてしまったらしく、目を丸くして固まってしまっていた。
-何で?-
-軽く握ったはずなのに-
驚く真美の顔を見たアイシャは、慌てて謝罪する。
「ああ、ごめん。ちょっと、強く握りすぎてしまった。」
真美は明らかに動揺していた。
「ワー、お茶が・・・。いいえ、手から血が流れている。今、救急セットを持ってくるわ。」
走るように救急セットを取りに行く真美の背中に、アイシャは声をかけた。
「真美、だいじょうぶだ。こんな傷は、すぐに治る。」
「でも、放ってはおけないわ。」
出ていた真美を見送ったアイシャは掌の血を舐めると、近くに会ったティッシュで濡れたテーブルを拭き始めた。
隣の席の五郎も立ち上がり、手伝ってくれた。
「何、やっているのかな。加減というのがあるだろう。」
いつものアイシャなら、何か言い返すところだったが、彼女は動揺していた。
「ああ、そうだな。」
救急セットを持ってきた真美はすぐに手当てを始めた。
「いやだ、痛そう。医務室に行った方がいいかな。」
「このくらい、平気だ。」
「きっと、湯呑にひびが入っていたんだわ。ごめんなさい。」
「いや、悪いのは、私だ。」
そんな様子を眺めているエリカは自分の湯呑を目の前に持ち上げて、力を込めて握ってみたが、もちろん、湯呑が壊れることはなかった。
翌日の午前中。
外出先から戻ったエリカが入室すると、事務室には辛山だけだった。
モニタに映るニュースを眺めていた辛山は、エリカに気づくと声をかけた。
「ああ、ご苦労。何か掴めたか?」
革の上着を脱ぎながら、エリカは両手を広げて見せる。
「全然、わかりません。手掛かりなしです。」
「そうか。まあ、いい。どうせ、一課のお手伝い仕事だ。」
あまりやる気のなさそうな辛山はモニタに視線を戻してしまった。
上着を椅子に掛けたエリカは、そんな辛山に話しかける。
「そう言えば、朝から、アイシャの姿が見えないですけど、どこかに行ったのですか?」
ニュースを眺めていた辛山はエリカの問いに律儀に答えた。
「ああ、今日は、朝から検診に行った。」
「手を怪我したからですか?」
「いや、脳移植をした医師のところだ。マレーシアから、日本に戻ってきたらしい。経過を見たいということなので、許可した。」
「そうですか。しかし、何と言いますか。今日は、暇ですね。お茶でも入れましょうか?」
「ああ、頼む。」
給湯室に向かったエリカは、昨日のことを思い出していた。アイシャが湯呑を壊した事件である。
目の前にある湯呑を掴んだエリカは力を込めて握ってみたが、やはり、湯飲みはビクともしない。
「あの子、どれだけ馬鹿力なのよ。」
お茶をトレーに乗せたエリカは部屋に戻ると、室長の机に湯呑をひとつ置き、もうひとつを手に取り口に運んだ。
相変わらずニュースを見ている室長は手だけを伸ばして湯呑を掴んだ。
「ありがとう。」
「室長、アイシャって何者なのですか?」
「何者って、おまえの知っている通りだ。何か、気になることでもあるのか?」
「二年前に脳移植を行った強化体の女の子。マレーシア人のボディに、脳の方はおそらくアメリカの軍人のものかしら?」
「そうだな。しかし、私もアイシャ自身も脳の主の詳細は知らない。詮索するべきことでもあるまい。」
エリカはふっと息を吐くと、椅子に腰かけてお茶を飲んだ。
「そんなことはどうでもいいです。私が気になっているのは、彼女の体のことです。普通の強化体ではありませんよね。あれは何なのですか?」
辛山は、それに対して意外そうな顔で反応した。
「それは、どういうことだ。」
「私も強化体だからわかります。彼女の身体能力は、個体ばらつきなんてものではなく、桁違いですよ。要するに、普通の強化体なんかではありません。あのスセリもそうです。」
真顔になった辛山はエリカの方を向き直った。
「まあ、アイシャの身体能力が優れているのはわかっていたが、そんなに差があるのか?」
「あります。昨日だって見たでしょ。彼女は軽く湯呑を握ったように見えました。でも、陶器の湯呑は粉々に砕けましたよね。彼女の体、もしかしたら、強力なだけでなく暴走しかけているのではないでしょうか?」
そこまで聞いて、辛山もエリカが何を心配しているのかわかったようだ。しかし、辛山は、自分に言い聞かせるように否定した。
「あれは、陶器の方に問題があった可能性もあるだろう。」
「あの草水って男の例もあります。アイシャはだいじょうぶなのですよね。」
辛山の胸には、一瞬不安が過ったが、すぐに、それを打ち消した。
「それは、だいじょうぶに決まっているだろう。」
「私の取り越し苦労かもしれません。でも、最近の彼女を見ていると、体をコントロールしきれていないように感じることがあります。」
「そんなことはない。あって、堪るか。」
辛山は渋い顔で、また、ニュースに目をやった。エリカに言われるまで、彼は気づいてはいなかった。アイシャの体が、それほど特殊だとは思っていなかったのだ。
エリカのボディを生成したのは、もう七年前のことである。それから、技術は進歩している。同じ強化体でも性能アップしていて当然である。
しかし、それは、せいぜい一割、二割程度のもののはずである。桁違いなどということはあり得ない。考えると、いろいろと心配になってしまった。
「エリカ、そのことは、これ以上詮索するな。私の方で、少し調べてみる。」
「わかりました。」
病院のベッドに寝かされたアイシャには、多数のセンサが貼りつけられていた。
いったい、何のデータを取っているのか、彼女には見当もつかない。
「アイシャ、どこかおかしいところはあるかい?」
枝川の問いにアイシャは首を横に振った。
「特にはないな。」
「それは良かった。うーん、順調と言っていいよ。神の啓示の通りだ。」
何気なく口にした枝川の言葉に気を止めたアイシャは顔を上げた。
「神の啓示?それは何だ。」
うっかりと口を滑らせてしまった枝川は慌てて繕った。
「ああ、気にするようなことではないよ。偶然見つけた、脳移植に関する論文なんだ。埋もれていたにしては、参考になることが多く書かれていてね。勝手に、そんな名で呼んでいるだけだ。」
どうもしっくりと来ない言い訳である。枝川の様子を眺めながら、アイシャは不信感を強めてしまった。
-論文か-
-こいつ、何か隠しているな-
-しかし、まあ、いいか-
体の力を抜いたアイシャはベッドに体を預けて目を閉じた。特に、体の調子がおかしいことはないのだが、気になることがないわけではなかった。
「ふーん。それより、先生。私の体はいつまで成長するんだ。」
「成長?ああ、そうだな。君のボディは、まだ十七歳相当だからな、そうだね。成長しても不思議はない。でも、身長も体重もあまり変わっていないよ。」
「そうじゃない。筋力が強くなるという成長の方だ。仕事上、筋力が強くなるのは悪くはないが、あまり急に成長されると加減ができない。それに、少し不安になる。」
それを聞いた枝川は驚いたような顔をした。
「筋力が強くなっている?そうか。予定よりも少し遅いが、やっぱり、そうなのか。」
枝川を見たアイシャは、やはりおかしいと感じた。
-こいつ、やっぱり、何かを隠しているな-
-予定よりも遅いって、どういうことだ?-
早速、アイシャを筋力測定室に連れていった枝川はまずは背筋測定を行った。
「思い切り引っ張ってみてくれ。」
太い鎖でつながれたバーを掴んだアイシャは首を傾げて考えた。いったい、何をさせようと言うのであろう。
「思い切りと言われても、あんまり力いっぱい引っ張ると、自分の体が壊れそうな気がする。」
どんな結果が出るのか、枝川は興味津々だった。
「なら、できるだけでいいよ。」
「わかった。」
バーをしっかりと握ったアイシャは足を踏ん張ると、力を込めて引っぱり始めた。その瞬間に、メータはマックスの五百キロを振り切り、メリメリと音を立て始めた。
「ええ、嘘だろう。あっ、もう、いいよ。」
枝川がそう言った瞬間に、鎖は破断して千切れ飛んでしまった。
力余って尻餅をついたアイシャは千切れたバーを投げ捨てると、破断した箇所に視線を向けた。
「へー、この程度の鎖ならば、引きちぎれるのか。」
唖然として破断した鎖を見る枝川の体は震え出していた。このパワーは恐るべきものである。
退院当時は普通の強化体に比べて三割増し程度のパワーであり、ほとんど増強する傾向も見られなかった。論文の示す数値よりも低く、こんなものかと諦めていたのだが、今頃になって本領を発揮してきたようである。これであれば、間違えなく論文通り、いや、それ以上かもしれない。
まだ増強しているという彼女の認識を考慮すると、この先、いったいどうなるのかも予想できなかった。そう考えると、恐ろしくなってしまう程である。
顔面蒼白の枝川を見たアイシャは不思議そうな顔で尋ねた。
「どうかしたのか?」
「いや、ちょっと予想以上だっただけさ。ああ、でも心配することはないよ。君はしっかりと制御できている。全然、心配ないからね。」
枝川の言葉を聞いたアイシャは、少しだけ安心した。あまり信用はしていなかったが、脳移植以後、ずっと身を任せてきた医師である。
「この体が暴走して、制御できなくなる危険性はないのか?」
草水を見ているアイシャであれば、それを心配するのは当然だった。
「そんなこと、あり得ないよ。もし、少しでも兆候があれば、感覚神経を調整するからだいじょうぶだ。念のため、一か月後にもう一度、診察させてくれないか?」
「わかった。都合をつけて、必ず来る。」
アイシャも念のための検診は受けたいと思ったので、快く承諾した。
復興地区のはずれにある繁華街は人の渦で埋まっていた。人口は減り衰退した人類ではあったが、まだまだ人はたくさんいた。
大声で笑い声をあげる若者達、杖を持った老人に、仲間と飲み歩くビジネスマン。殺伐とはしているが、ほっとする光景でもある。
ここに来れば、全ての人間がバーチャル世界に陶酔しているわけではないことがわかる。
自然食品の値は上がる一方の日本である。現実の飲食店はどんどんと減り、こんな場所も、もう珍しくなってしまった。
煉瓦色のビルの前で立ち止まったアイシャはビルを見上げた。
開け放たれた窓からは、煙が立ち昇り、アルコールと肉を焼く匂いが漂っていた。
「まだ、こんな店もあるのだな。」
狭い階段を登ると、赤い提灯がぶら下がった居酒屋が見えてくる。扉を開くと同時に、中からは、浮かれる輩の大声がドッーと漏れてきた。
薄暗い店の中は煙が充満し、視界が悪かった。扉を開けたアイシャは店内を見回し、エリカを探した。
「こっちだ。」
薄暗く煙の充満する店の奥に、黒のジャンバーを羽織ったエリカが手を挙げているのが見えた。
それに気づいたアイシャは、人込みを掻き分けると、エリカの正面の椅子に深く座った。エリカの方は焼き鳥を頬張り、呆れるほどに幸せそうな顔である。
「おまえも飲むだろう?それとも、お子様はジュースかな。」
エリカの毒舌を聞きながら、アイシャは店内の様子を窺った。店内にいる客達のざわめきと、肉や魚を焼く匂いだけでも、異空間に連れていかれているような錯覚に陥ってしまいそうだった。
ここは、一種の仮想空間のようでもある。エリカに視線を向けたアイシャは表情も変えずに答えた。
「酒は飲めるぞ。そうだな。」
メニューを示した多くの紙が、店の至る所にぶら下がっていた。ぶっきらぼうにマジックで書かれた文字だったが、わかりやすいと言えばわかりやすかった。
「じゃあ、バーボンをロックで。」
「ふーん。以外ね。いける口なんだ。」
アイシャのためにバーボンを頼んだエリカは、追加でつまみも注文した。
大きなジョッキを傾けるエリカは、まるで中学生のようにきちんと座っているアイシャをコップ越しに見つめた。どう見ても、この場には不釣り合いである。
「しかし、こうして見ると、本当に中学生だな。まあ、いいところ女子高生か。」
「羨ましいのか?」
焼き鳥を頬張ったエリカは眉間に皺を寄せて睨みつけた。
「どういう意味よ。本当、小憎らしいわね。」
その言葉を聞いたアイシャは薄っすらと笑みを浮かべた。エリカは、そんなアイシャに少し驚いてしまった。彼女が笑みを浮かべたのを初めて見たような気がした。
「冗談だ。東京にも、こんな店があるのだな。」
何食わぬ顔で交わすアイシャを疑い深そうな目で、エリカは見ていたが、深追いはせずに、すぐに普通の表情に戻った。
「こんな店もどんどんと減ってしまったけどね。でもさ。この店の料理は気に入っているんだ。店の親父は、もう七十だけど、五十年も酒のつまみを造り続けている熟練さ。味を知りつくしているというか。長い年月をかけなければ出ないような味わい深さがあるんだよな。快楽サイトなどとはわけが違う。」
「そうか。なるほどな。長い年月、多くの経験が、深みのある味を出すというわけだな。しかし、エリカが私を誘うとは意外だな。」
ジョッキを置いたエリカは、まじまじとした顔で首を横に振った。
「おまえとはあまり話したことないし、なんか話しにくいからさ。」
「酒を飲めば、話せるということか?しかし、仕事上で、エリカとの間に問題があるとは思わないぞ。無理して、話しにくい相手を誘うこともないだろう。」
アイシャは、極自然にポケットに入っているAI端末と直接交信した。理解できないことがあると、AIに意見を求めるのは常である。
エリカは続けた。
「そういうところが気に入らない。人と人の間ってのは、そんなものではないだろう。話にくくっても、命を預ける仲間だからな。お互い、わかり合わなければいけない部分もあるはずだ。だから、たまには、酒でも飲みながら、ゆっくりと話すのも必要かと思ったわけよ。」
「理屈は通っているな。それに、仲間として認めてくれているなら、悪い気はしない。」
「で、私のことはどうよ。どう思っている?」
「そうだな。折角誘って貰ったのだから、本心を話した方が良さそうだな。」
「是非、そうしてくれ。」
エリカは、そう言いながら、狭い通路を巧みにすり抜けてくる店員に目をやった。彼は、あっという間にテーブルの脇まで到達し、威勢のいい声をあげて、アイシャの目の前にバーボンのグラスをドンと置いた。
「へーい、お待ち。お嬢ちゃん、かわいいね。未成年じゃないだろうな。ID見せてくれないか?」
かなりいい加減そうな店に見えていたが、案外としっかりしているところもあるようだ。ポケットからAI端末を出したアイシャは男の前にIDを提示した。
「二十二歳。オーケー。しかし、見かけによらないな。しかも、公安職員か。」
「よく言われるよ。童顔だからな。」
「そうか。ゆっくりと飲んで行ってくれ。」
筋肉隆々の両腕を見せながら、店の奥に消えていく店員を見送ったアイシャは置かれたばかりのバーボンのグラスを一口飲んだ。
「好きだとか、嫌いだとか、そんな感覚はないな。」
「はあ。なんだ、それは。じゃあ、真美のことはどうだ?」
「そうだな。好きなのかもしれないが、よくはわからない。ただ、彼女は必要だ。」
「必要ね。」
「そういう意味では、真美ほどではないが、エリカも必要だ。もし、失えば涙が出るだろう。私は寂しがり屋だし、泣き虫だからな。情けないくらい泣いてしまうかもしれない。」
一切表情を変えずに喋るアイシャはもう一口バーボンを飲むと、焼き鳥にそっと手を伸ばした。
そんな仕草を見ながら、エリカは笑い出す。
「そうか。私が死んだら、泣いてくれるわけか。しかし、そういうことは、もう少し、感情を込めて喋れよ。味気ない女だ。」
真顔に戻ったエリカは、ジョッキのチューハイをゴクゴクと飲み干した。真美とは対照的に気風の良い女性である。
「うまー。おやじ、もう一杯。」
焼き鳥を口に入れたアイシャはナプキンを口に当てながら話を続けた。
「味気ないか。エリカは長年煮込んだだし汁みたいなものが好きなわけだな。それに対して、私は薄っぺらなエリートというところか。味わい深さも人情味も欠落している。」
「わかっているじゃないか。ここの焼き鳥、うまいだろう。」
「そうだな。でも、本当のことを言うと、私の感覚の多くは壊れている。実は、美味しいとか不味いとかもよくわからないんだ。だから、おまえが美味いというのであれば美味いのであろうと思うだけだ。」
エリカは意外そうな顔を見せた。
「へー、そうなのか。それじゃあ、生きている甲斐が半減だな。もしかしたら、体を触られても感じないとかじゃないよな。」
「感じる?それは、性的な意味で言っているのか?」
「まあ、そういうことだ。」
「感じない。そういう欲求も皆無だ。」
「それは、悲惨だな。それじゃあ。おまえはいったい何に喜びを感じるんだ。」
串に残った焼き鳥を見つめていたアイシャは口をあけるとパクリと食べた。そして、モグモグと噛みしめる。
「そうだな。凶悪犯をぶっ殺すのは、なかなか気分がいい。」
「なんだよ。それ、かなり危ないぞ。」
口を押えながら、しとやかそうに肉を食べるアイシャは表情も変えずに会話する。それだけでも、十分変わった女に見えてしまう。あるところは、大胆極まりないのに、あるところは、妙に女性らしい振舞いを見せてくれる。
「確かに、この体は凶器かもしれない。それに、私は狂っているのかもしれない。たぶん、おまえの言うように、危険な女だ。」
「ああ、卑屈な奴だな。さっき、真美は必要だと言っていたが、それはどういう意味だ?」
アイシャはグラスを掴むと、ゆっくりと持ち上げた。半分壊れた臭覚でもバーボンの香りは心を落ち着かせてくれる。口含んだ感覚も、喉を落ちる熱さも、とても気持ち良かった。
酒を飲んだ記憶など、ほとんどなかったが、体が覚えているらしく、懐かしさに程よく包まれていく。この感覚は、仮想世界で酒を飲んでも得られなかったものだ。
伏せていた瞳を上げたアイシャはエリカの顔を見た。
「そうだな。真美に抱きしめて貰うと、熱くなった体が覚めていく。私は寂しがりやなんだ。」
「待て、おまえは、同性愛者なのか?いや、そうじゃないよな。」
「まあ、好きにとってくれ。ひとつ確かめさせてもらうが、私が嘆願したとして、エリカも抱きしめてくれるか?おまえに抱きしめて貰っても、心地よくなれそうな気がする。」
それを聞いたエリカは吹き出しそうになった。
「もう、酔っているのか。よせよ。気持ち悪い。」
「それほど、酔ってはいない。しかし、気持ち悪いとは随分だな。」
「おまえ変すぎるぞ。」
「まあ、それも否定はしない。」
「変だ。おかしい。つくづく、かわいそうな奴だ。味もわからないのだから、哀れなものだ。」
かなり酔いが回ってきたエリカは頭に浮かぶままを口にしているようだった。両手でグラスを掴んだアイシャは静かにバーボンを飲んだ。
「酷い言われようだな。」
「しかし、それって、脳移植の後遺症なのだろう。」
「そうだと思う。でも、快楽サイトであれば、味がわかるぞ。店によっての味の違いもわかるし、自分の好みの店もある。」
「ほー。もしかして、あっちの方もか?」
「それは、試したことがないな。」
「不感症のおまえなら、試してみる価値はあるんじゃないのか?」
「あまり興味が湧かないし、何となく気も進まない。そう言うおまえはどうなんだ。」
目の前のエリカは口に焼き鳥とおでんをほう張りながら、ジョッキのチューハイをゴクゴクと飲んでいた。
そのまま、一気に飲み干したエリカは、バシーンと音を立ててテーブルにジョッキを置くと、威勢のいい声でおかわりを頼んだ。
「私は、仮想世界なんか大嫌いだ。リアルで十分満足している。」
「健全だな。」
「そうだ。真美の奴とは違って、健全だ。」
今まで一切顔色を変えなかったアイシャだが僅かに表情が変わった。
心の乱れ。それは、ある意味で生きている証なのかもしれない。真美のことを言われたことで、自分でも驚くほど、腹立たしさを感じてしまった。
「真美のことを悪く言うな。」
「ふーん。気に障ったか。」
テーブルの上に置きっぱなしのAI端末を横目に、運ばれてきたジョッキを手にしたエリカは一気に半分くらいを飲み干した。相当に、ペースが上がってきている。
「だいたい、そのAIは何だよ。おまえ、人間だろう。AIなんかに頼ってどうする。」
グラスに残ったバーボンを飲み干したアイシャもおかわりを注文した。
「エリカ、飲み過ぎだ。反射神経が四十パーセント、平衡感覚のブレが八度。これ以上飲むと、真っ直ぐ歩けなくなるぞ。」
アイシャの言葉通りに、AI端末の画面には数値が表示されていた。
「うるさいな。AIになんか頼るなと言っているんだ。わざとらしくやるなよ。こんなものがあるからいけないんだ。」
突然、右手の拳を振り上げたエリカは、何と、力いっぱいレゴを叩き潰した。一瞬の出来事に、止めることもできなかったアイシャは目を見開いて驚いた。
「あっ、何をする。おまえ…。」
筐体が変形し、動作が停止したレゴを手に取ったアイシャは涙目である。
そんなアイシャを他所に、エリカはすかした顔だった。
「そんなものに頼らずに生きた方がいい。絶対に、その方が良い。」
反省の色もなく、ジョッキを持とうとするエリカに、アイシャは思わず立ち上がった。
「ふざけるな。さっきも言った通り、私の脳は半分壊れているんだ。こいつに頼らなければ人間との調和もままならない。どうしてくれるんだ。」
さっと胸元を鷲掴みにしたアイシャが少し力を入れると、苦しそうな顔でエリカも立ち上がった。
「うーん、苦しい。」
苦しそうに顔を歪めるエリカを見て、アイシャは、はっとして力を緩めた。それ程の力を入れたつもりではなかったが、息ができないほどに首が閉まってしまったようだ。
少し動揺したアイシャだったが、すぐに、またレゴの事に思考は戻った。
「これがなければ、私は生きていけない。何で、壊したんだ。」
まるで、子供のように涙が浮かんでいた。自分の意思とは無関係に溢れる涙は、どうにも止められなかった。
それに気づいたエリカは、やりすぎてしまったと思ったが、口の方は悪態を吐いてしまった。
「ふん。心底かわいそうな女だ。」
アイシャの頭の中では、何かがグルグル回っているようで考えが纏まらなかった。ただ、気が動転してうろたえるだけである。
唇を噛みしめたアイシャの目からは、涙が零れ落ちて行く。
「おい、おい、泣くなよ。それから、放してくれ。」
アイシャは手を放すと席に座り、ナプキンで涙を拭いた。
押し黙ってしまったアイシャに、エリカはため息をついた。
「悪かったよ。ごめん。ちょっと、やりすぎたよ。謝るから、もう、泣かないでくれ。」
俯いたアイシャは頷いてはみたものの、涙は止まらなかった。そんなアイシャに、エリカは呆れると同時に、周りの目が気になってしまった。
何事かというように、周りの男達がこちらを見ているのだ。
「ああ。もう、本当に泣き虫なんだな。信じられない。全く、そんなかわいい姿で泣かれたら、私が完全に悪者じゃないか。」
「だって、おまえが悪いんだぞ。」
アイシャの肩に手を置いたエリカは、周りの男達に笑顔を返すと、アイシャの耳元で囁いた。
「悪かった。だから、もう泣かないでくれ。」
涙を拭いたアイシャは、やっと顔をあげた。
ジョッキを飲み干したエリカは、腹いせ半分に追加を注文した。控えめに見ても、飲みすぎである。
拭いても拭いても、アイシャの目からはどんどんと涙が溢れ出して止まらなかった。
「馬鹿野郎。おまえなんか大嫌いだ。」
「ふん、嫌いでも構わないさ。いつまでも、泣いてないで、おまえも、もっと飲めよ。ずるいぞ。」
言われた通りにグラスのバーボンを一口飲んだアイシャはハンドバックを手に取ると立上った。
「ちょっと、トイレに行ってくる。」
「ああ、行って来い。」
アイシャは腹立たしかったが、エリカに悪意はないのはわかっていた。ただ、このAIの重要性が分かっていないだけである。
トイレの中はとても静かだった。
手を洗ったアイシャは鏡に映る自分の姿を見つめた。白い肌が僅かに紅潮しているのは酒のせいであろう。それよりも、恥ずかしいほどに、目が赤く腫れ上がってしまっていた。
そんな自分を見ていると、段々と冷静な気持ちになり、涙も止まった。
「くそっ、レゴなしで、どうすればいいのだ。」
目を閉じたアイシャは自分というものを意識的に見つめてみた。
動転していた気持ちが納まると、自分というものがはっきり見えてきた。しかし、そんな自分をどう捉えていいのかわからない。まるで、自分であって、自分でないものにしか思えなかった。
アイシャは手に握っていた壊れたAI端末に視線を向けた。
これを修理できるのだろうか?もしくは、新しいものを購入すれば、同じような役目を果たしてくれるのだろうか?
彼女は、自分の意識の果てにある何かに意識を向けた。そこには、得体のしれない何かが無限に広がっている。
-クッ、これはいったい何なのだろう?-
-どこまでが自分なのか、わからない-
-冷たく無為な空間は尽きることなく広がっている-
-そこには、私ではない何かがいる-
すると、そこに光が流れ出し、空間自体がうごめき始めた。無数の数字の羅列が頭の中に押しよせてくるようだった。
そして、明確な答えが聞こえてきた。
「レゴなど必要はない。」
それは言葉ではなく意識の中に自然と流れてくるものだった。心の中にある疑問を思い浮かべると、自然に答えが返ってくるような感覚でもあった。
「何だ、これは・・・。」
頭の中が妙に冴え渡っていく。意識の果ての壁が揺らぎ、自分という存在の境界がぼやけてしまう。幻想と現実の壁が壊れるように、自分という意識と別の者の思考が入り込んできているようだった。
思考と情報が無限に広がっているようだったが、そのほとんどは解読できなかった。それでも、具体性のない不思議な情報が頭の中に飛び込んでくる。
-ああ、何だろう?-
-未来の光景?-
-冷たい-
-寒い-
-何も残存しない世界-
幻想世界に引き込まれたアイシャは、すぐに、元の世界に吐き出されてしまった。おそらく、時間にしたら数十秒であろう。しかし、その時間の中で、膨大な何かを見せられたような気がした。
現実に戻った彼女は鏡に映る自分の姿を見つめ、エリカと二人で飲んでいたことを思い出した。そして、自分という意識も元の通りに戻っていた。
-くそっ、私はいったいどうなっているんだ-
-ああ、しかし、それよりも、今は・・・、そうだ!-
-エリカと酒を飲んでいたんだった-
-しかし、レゴが必要ないとはどういうことだ?-
髪の乱れを直し、顔に付いた微細な埃を指で払うとアイシャは注意深く自分の姿を確認した。ロゴが破壊されたからだろうか。今までと、何かが違っていた。脳裏の果てを埋め尽くす空間に存在している何かがより鮮明に見えるようになった。
それは、ロゴのような小さな存在ではない。もっと、大きく強大な存在だった。そこには、全ての答えがあるようにさえ思えてくる。しかし、それを解読することはできなかった。
胸を張ったアイシャは角度を変えながら、自分の胸に手を当てた。
「エリカをあまり待たせるのも悪いな。行かないとな。」
アイシャはハンドバックを抱えると、トイレから出ていった。
店を出たエリカは案の定、足元がふらついていた。
「アイシャ、おまえは本当にかわいくない。もっと、怒ったり、笑ったり、して見せろ。」
よろけて倒れそうになったエリカをアイシャは片手で掴んで支えた。
「黙って、肩に掴まって歩け。」
完全に飲みすぎのエリカは呂律が回らず、平衡感覚も失われ、アイシャにもたれ掛かっていた。
「その優等生みたいな態度が気に入らない。」
悪態をつきながらもエリカはアイシャの肩に掴まった。そうしなければ歩けないのだ。
このまま、別れることもできなくなったアイシャはタクシーを捕まえ、エリカの住むマンションへと向かった。自分で誘っておきながら、先に酔いつぶれるとは、手間のかかることである。
後部座席でアイシャに寄りかかるようにして眠ってしまったエリカだったが、しばらくすると薄目を開けて喋り出した。
「なあ、アイシャ。」
「何だ。」
「もし、だけどさ。」
何だかわからなかったが、エリカの様子は少し変だった。
「何だ。はっきり言え。」
エリカは顔色を確かめるように、自信のなさそうな目でアイシャの顔を見た。
アイシャの方はすました顔で、前を見たままだった。
「あのさ。もし、私が抱きしめてくれと言ったら、おまえは抱きしめてくれるのか?」
それを聞いたアイシャは思わず、エリカの顔を見てしまった。
その瞬間、胸の中に、今まで味わったことのないような柔らかな気分が広がっていったのだが、それとは裏腹の言葉を返してしまった。
「よせよ。おまえこそ、気持ち悪いぞ。彼氏にでも抱きしめて貰え。」
エリカの様子は少し変だった。おそらくは、酒のせいであろうが、かなり自虐的な自己否定に走っているようだった。
「うるさい。どうせ、私には男なんかできない。このまま、一人で年老いて、介護施設で暮らすんだ。それも、きっと悪くないはずよ。ねぇ、そうでしょう。」
こうなると、完全に酔っ払いの絡みである。アイシャは適当に頷いて見せた。
「ああ、そうだな。」
「あっ、その目はそうじゃない。かわいそうな奴だって憐れんでいるでしょう。あなたみたいに、かわい顔だったら、良かったのに・・・。でも、何か、文句あるの?私の顔が悪いとでもいいたいの?」
相当に酔っているようだった。ちらりと見ると、目には涙まで溜めているではないか。
「そんなことくらいで、泣くなよ。」
「泣いてなんかない。ああ、それよりもまだなの。トイレよ。まずいわ。トイレに行きたい。」
アイシャは苦笑してしまった。
「もう少し我慢しろ。ほどなく着くだろう。」
「うん。ああ、結構やばいかも。」
「ここで、漏らすなよ。」
「漏らさないわよ。ああ、でも、早く。」
タクシー代を清算したアイシャがタクシーを降りると、先に降りたエリカは体をもじもじとさせて半べそ顔だった。
「早く、トイレ。」
「情けない奴だ。」
アイシャは立ったまま動けないエリカを抱き上げた。まともに歩けないエリカを引きずって歩くよりは抱き上げてしまった方が早そうである。
「何号室だ。」
「四階の四百三。エレベータを降りて右側よ。」
エリカを抱きかかえたアイシャは走ってエントランスに飛び込むと、エレベータに飛び乗った。
「急いで。早くしなさいよ。」
「世話の焼ける奴だ。」
「クソッ。ひとりで、トイレに行きやがって、ずるいぞ。」
涙目のエリカを見たアイシャは、苦笑するしかなかった。
「不条理な言葉だ。おまえも、行けばよかったじゃないか?」
「うるさい。」
エレベータを降りたアイシャはエリカを抱きかかえたまま四百三号室に向かって走った。そして、エリカにドアを開けさせると、そのまま中に入り、トイレの前に彼女を下ろしてやった。
自分よりも、体格の良いエリカだったが、強化体のアイシャには軽いものである。
トイレのドアノブを掴んだエリカの視線はアイシャに向けられた。
「おまえ、凄いな。私を抱いてでも、あんなに速く走れるのか?」
「いいから、早くして来いよ。」
「ああ、ありがとう。助かったわ。」
トイレに入っていくエリカに向かって、アイシャは声をかけた。
「今日は楽しかった。じゃあな。」
エリカははにかんだような顔で、片手をあげて挨拶すると、トイレの中に消えて行った。
二日後、非番明けで出社したアイシャはすぐに会議室に呼ばれた。
アイシャが席に着くと、すぐに真美からの事件報告が始まった。
「昨夜零時頃、江東区の廃墟ビルから男女百二十三人が飛び降り自殺を図りました。地上、四十七階のビルの屋上からの飛び降り自殺です。今朝の時点で、全員の死亡が確認されています。」
黒いスーツに白のワイシャツ姿の五郎は、乱れた髪を直しながら口を開いた。
「最近、自殺、多いですよね。しかし、これはウチの管轄外でしょう。」
それを受けた真美は事務的な口調で続けた。
「はい。しかし、死亡者も多いことから、応援要請が来ています。被害者達はリアルコンフュージョンという、いわゆる自殺サイトで知り合い、集団自殺に及んだものと推測されます。」
アイシャの耳には真美の声が良く聞こえていたが、まるで現実感がなく、言葉の意味も理解できていなかった。集中力もなく、意識が上手く固定できていない。
-今日は、いつもよりも酷いな-
-頭の中が混乱していて、何も考えられない-
-とりあえず、真美の言葉を記録しておこう-
基本的に朝は弱いのだ。目覚めてからしばらくの間は、夢と現実が入交り、分離できないことがしばしばあった。そうなると、元々、意識が曖昧なアイシャは混乱状態に陥ってしまうのだ。
しかし、これでも、脳移植をした直後に比べれば、相当に改善されている。日本に来た時に比べても、だいぶましになってはいた。
何とかミーティングを乗り切ったアイシャは缶コーヒを片手に車に飛び乗った。
「ごめん。待たせたな。」
後部座席の隣には、仏頂面のエリカが既に座っていた。こちらも、明らかに不機嫌そうに見えた。
一人陽気な五郎は嬉しそうな顔で車をスタートさせた。
「最低の現場検証。行きますよ。」
五郎の言う通り、最低の現場検証だった。
廃墟街の入口で車を降りてから、歩くこと三十分。しかも、至る所に海水が堪っており、ブーツの中も水浸しである。
そして、到着した現場は、濡れたブーツなどはどうでもよくなるくらい酷いものだった。
二百メートル近い屋上から、瓦礫の転がるコンクリートの上に飛び降りたのだから無理もない。死体はすでに片づけられていたが、至る所に、血のりが残り、肉片が飛び散っていた。小さな肉片が多かったが、中には飛び出した内臓もあった。
だいぶ調子が戻ってきたアイシャは、本部にいる真美とリンクして情報を吸い上げ始めた。
五郎は淡々と現場の状況を調べていたが、エリカは下を向いて気持ち悪そうに口を押えていた。
ひとしきり情報を貰ったアイシャはエリカの傍に近づくと、背中に手を当てて耳打ちした。
「だいじょうぶか?」
「昨日、飲み過ぎた。」
「昨日も飲んだのか?」
「ちょっと、自己嫌悪が酷くって、深酒しすぎた。悪いけど、優しくしないでくれ。おまえに優しくされると、余計みじめになる。」
エリカは辛そうに目を伏せて、冷や汗まで掻いていた。そんなエリカを見たアイシャは、いじりたくなってしまった。
「それはいいことを聞いた。ならば、もっと優しくしてやるぞ。」
「この小悪魔め。放っておいてくれ。」
「ふーん。私は、おまえの上司でもある。頼っても問題ないぞ。泣き付いてきても構わないぞ。」
「ああ、腹立つ女だ。しかし、まじで、吐きそうだ。頼むから、茶化さないでくれ。」
苦しそうに蹲るエリカを背にしたアイシャは他の警官からはあまり見えないように位置を変えてから、前を向いたまま喋りはじめた。
「惨めついでに、吐いてしまえ。この状態だから、酒のせいだとはわかりはしない。」
「ちょっと、黙っていてくれ。耐えてみせる。」
「そんなに意地になるな。真美の情報からだと、やはり、これは自殺で間違えなさそうだ。知らなかったけど、ネット上には数百に及ぶ自殺サイトがあるそうだな。自殺を考えて思い悩む人間が、日本だけで十万人以上。実行するのは、その一割程度の一万人。この数値からわかるのは、背中を押してやれば死ぬような人間がたくさんいるということだ。」
苦しさに耐えながら聞いていたエリカだったが、結局は耐え切れずに吐き始めてしまった。
アイシャは立ったまま振り返りもせずに、エリカの盾になり続けた。
少し落ち着いたのを見計らって、ショルダーバックからガーゼのハンカチを出したアイシャは後ろ手にエリカに渡した。
「使えよ。」
「ありがとう。」
「ああ、気にするな。」
口元を拭いたエリカは生き返った気分で立上った。
「くそ。今夜も自己嫌悪で眠れなくなりそうだ。」
「もう、飲まない方がいいぞ。私は、なんとも思っていない。言っただろう。私の感覚は壊れているから、何も感じない。」
「だとしても、私自身が許せないのよ。おまえに、ものすごく恥ずかしいことを言ってしまった。あれは、屈辱以外の何ものでもない。」
あくまでも強がろうとするエリカの横で、アイシャは現場を見渡した。
「何を、だ?男がいないことを告白したことか?それとも、寂しくって堪らず、抱きしめてほしい、みたいなことを口走ってしまったことか?そう言えば、あの時、涙まで溜めていたものな。切実だな。」
「うるさい。それを言わないでくれ。」
散乱する血痕と肉片を見ていると、この世界のダークな部分が見えてくる。これだけの人間が自殺するのであれば、きっと、何かが間違っているに違いない。
アイシャは、そんなことを考えながら、単にからかっていたのだが、エリカは拘っていた。
「本当、おまえは嫌な奴だな。」
「性格、悪いんだ。そう言えば、いつのまにか、私のことをおまえと言うようになったな。それだけ、近しい仲になったと思っていいか?」
「ふん、勝手に思えよ。しかし、あの、今日は、とりあえず、助かった。」
「礼などいらない。おまえをからかって面白かったから、それでチャラだ。」
その後、最低の現場検証は、何の成果もなく終了した。
所内に戻ったアイシャは真美の横で、紅茶を飲みながらぼんやりと端末の画面を見つめていた。
「金髪の美女。自殺サイトの女神か。」
複数の自殺サイトで女神と崇められる女である。年齢は不詳とあったが、見た感じは十八歳から二十歳くらいに見えた。金髪のロングヘアで、スラっとした体形の北欧系の女である。
真美はコーヒーカップの紅茶を飲みながら話し始めた。
「この手のサイトでは超有名人だけど、調べてみてびっくりしたのは、その書き込み数よ。複数の自殺サイトに、この一か月で、二十二万件以上の書き込みをしているわ。」
机の上に頬杖を突くアイシャは、指でティカップを突っつきながら答えた。
「随分と、マメなやつだな。」
「マメ、なんてレベルじゃないわ。一日平均で七千件以上、しかも、悩みを持つ人の書き込みに対して、アドバイスや問題の解決策などをひとつひとつちゃんと書いているのよ。」
「ふーん。自殺に誘うわけではないのか。」
「そうね。死神ではなく、女神だもの。どちらかと言えば、救済者でしょう。」
この事件に対してのアイシャのモチベーションは低かった。自殺というのは殺人やテロのような犯罪とは別物である。社会的に問題なのは理解できても、死にたい奴を無理に救いたいとは思えなかったのだ。
それでも、何となく、この自殺サイトの女神は気にはなった。
「真美、この女、実在するのか?」
「たぶん。」
「実際に、リアルで会った人間はいないのか?」
「確かな情報は見つからないわね。でも、目撃情報ならいくつかある。多くは江東区の廃墟地帯ね。月明かりの夜、海に突き出すコンクリートの上から飛んだとか、倒れかけた観覧者の上にいたとか。嘘なのか本当なのかわからないようなレベルの話ばかりだけどね。」
何気なく、真美の前のモニタを見たアイシャは、はっとした。
「この女、あの時の・・・。」
まだ、捜査を続けなければいけないのであれば、この自殺サイトの女神とやらに会ってみたいとアイシャは思った。
この顔は、あの時、自室の中に突如現れた女に間違えなかった。
マンションに戻ったアイシャはワンピースを脱ぎ捨てると、そのままベッドに倒れ込んでしまった。
「ああ、疲れた。自殺現場の検証なんてするものじゃないな。」
目を閉じたアイシャは呼吸を整えると、全身の力を緩めた。いろいろと調べてみたが、自殺サイトの女神に会う糸口は見つからなかった。
-ああ、もう、何もしたくない-
-このまま眠って、明日の朝、シャワーを浴びよう-
すぐに、彼女はスヤスヤと眠ってしまった。
それから、三時間後、脳裏に浮かぶリアルな夢にアイシャは目を覚ました。
「うーん。眠くって死にそうだ。この夢は、何なのだ。」
気がつくと、真美からの緊急連絡が入っていた。レゴがなくても繋がっていることに、驚きを感じながら、時計を見ると、真夜中の二時半だった。
「真美か、アイシャだ。」
「凄い動画がネットに上がっているの。ちょっと、見てくれない。」
「眠い。明日ではだめなのか?」
「何、言っているのよ。いいから、見てよ。リンクさせるわよ。」
そう言った瞬間に、鮮明な画像が脳内に直接飛び込んできた。真美は容赦なしである。
-ああ、レゴがなくても、普通につながるんだ-
-ここは、どこだろう?-
そこは、荒廃した空港の跡地のように見えた。
聳え立つ大きな廃墟ビルが見えていた。おそらく、嘗ては、立派なオフィスビルだったのだろう。
その屋上には数百人の人々が並んでいるのが見えた。若い女に年老いた男、年齢も性別もまちまちであったが、どの顔も生気を失っていた。
アイシャの頭の中にはたくさんの笑い声が聞こえ始めていた。何百人もの笑い声が重なり合って鳴り響いているようで頭が痛くなりそうだった。
アイシャの胸にはおぞましさがじわじわと広がっていき、押しつぶされそうな苦しさを感じていた。
「この画像は、何だ?」
アイシャの疑問を受けた真美は、すぐに答えてくれた。
「さっき、アップされたばかりの動画だけど、たぶん、録画ね。よく見ると、時間がわかるわ。腕時計をしている人間が映っている。一時十八分。一時間ちょっと前ね。」
少し傾いた廃墟ビルの屋上は、溢れるほどの人間で埋まっていた。よく見ると、屋上のフェンスを全員が押しているように見えた。このままでは、フェンスが壊れてしまいそうな状況である。
ぼんやりとしている場合ではなかった。
「嘘だろう。室長に連絡したのか?」
「したわよ。」
これから始まる惨劇を予測したアイシャの胸には恐怖の渦が巻き始め、心臓がドキドキと高鳴り始めた。恐怖感が高まるにつれて、現実感がはっきりともしてくる。
「これは現実なのか?フェイクじゃないのか?」
遂に、屋上のフェンスが破断してしまった。
まるで、蟻のように、屋上を埋め尽くした人々が地上に落下していく。大きなビルに対して人間は小さかった。瓦礫の上に落ちた人間はまるで果実のように赤い血を飛ばして砕け散っていった。
瞬く間に、ビルの下は血の海である。しかも、その惨劇は止まることもなく続いていた。まだまだ、屋上には沢山の人がいるのだ。
「もう、見たくない。止めてくれ。」
心の中でアイシャは叫んだのだが、真美は冷静だった。
「そうね。見る必要はないかも。でも、高いビルから飛び降りると、人って、こんな風になっちゃうのね。内臓やら、脳みそが飛び散っちゃっている。これは、片付ける人も大変だな。」
真美は細部まで観察しているようだったが、アイシャはとてもそんな気にはなれなかった。酷い死に方をしている人間は見慣れてはいたが、これほど多くの人間が死んでいく光景など、見ていて気持ちいいものではない。
翌朝、この惨劇で世間は持ちきりだった。
旧国際空港近くの廃墟ビルから、五百十五名が飛び降り、生存者はゼロという、史上最悪の集団自殺である。
アイシャは寝不足もあって重い気分で特殊公安室に出勤した。
眠い目を擦りながら、とぼとぼと部屋に入ると、辛山の怒鳴り声が耳に入った。
「アイシャ、遅いぞ。すぐに会議だ。」
機嫌悪そうな辛山の声にアイシャは手を挙げて応えた。まだ、始業時間の三分前である。遅いと怒られるのは理不尽な気がした。
アイシャが席に付くと、例によって、真美からの事件報告が始まる。五百人死んだ集団自殺の状況説明である。
会議が終わると、アイシャは五郎と一緒に、自殺サイト関係者に会いに出かけた。
現場検証を命じられなかったので、アイシャはほっとしていた。あんな惨状の現場は見たくもなかった。
運転する五郎は助手席のアイシャに視線を向けた。彼女はボーと外を見つめているだけでだった。実に、冴えない顔である。
「ねぇ、アイシャ。やる気なさそうだね。」
「ない。」
間髪無しの明確なアイシャの反応に、五郎は笑うしかなかった。
事件だと言うのに、これだけ、無気力な彼女は初めてかもしれない。
「あはっはっは、自殺、だものね。本来、俺たちの担当じゃない。」
「そういうことだ。」
「でも、このナイトホエールって、サイトさ。会員数二万七千人もいるんだね。」
「そうだな。しかし、死にたい奴の面倒までみていられるか。着いたら、おまえに任すから適当に報告書を作ってくれ。」
「はいはい。わかりました。警部補は寝ていてください。」
アイシャはとても不機嫌そうだった。女性だから、そういう日もあるのだろうと五郎は思った。
郊外にある古いビルに入ると、ナイトホエールの相沢という男が出てきた。
名ばかりの応接室に通されたアイシャと五郎はソファに座り、相沢と対峙した。狭い事務室にはコンピュータとAIがぎっしりと置かれていたが、そこにいるのは中年女性と若い男の二人だけである。
サイト運営など、初期のソフトさえ組んでしまえば、それ程の人員は必要ない。少人数で事足りるのであろう。しかし、多くのサイトは人工知能に任されているのに、こうして、サイト運営を行っている輩は物好きであり、変人ばかりと相場は決まっていた。
相沢は四十代前半の小太りの男で、見るからに神経質そうな顔をしていたが、見た目は極普通の男だった。ただし、公安職員の五郎とアイシャの訪問に、警戒心はいっぱいである。
「相沢です。言っておきますけど、ウチのサイトは自殺サイトなんて呼ばれていますが、自殺を奨励するようなサイトではありません。むしろ、悩みを持つ方やトラブルに巻き込まれて困っているような方が少しでも救われるように、意見交換やアドバイスができる場を提供している優良サイトです。」
お決まりの建前を論じる相沢に、五郎は笑顔で対応した。
「わかっていますよ。このサイトについて、とやかく言うつもりなどありません。目的は、自殺サイトと呼ばれるものの実態調査です。こういうサイトの会員達がどんなことを考えていて、どのようなことに悩んでいるのかを知りたいだけです。そのために、運営側の方からも是非意見を聞かせていただきたいのです。協力願えませんか?」
「まあ、そう言うことであれば、協力はしますけど・・・。」
相沢はアイシャが気になるらしく、チラチラと視線を送っていた。こんな子供のような容姿の警部補となれば、疑いを持つのも無理はない。
そんなことはお構いなしに、五郎は話を続ける。
「サイトを立ち上げたのは、十年前ですね。ここ二年で、会員数は十倍近くになっていますが、二年前に、何か変化があったのですか?」
相沢は少しだけ、警戒心を解いた様子で、顔の強張りも緩んだように見えた。
「ひとつには悩みを持つ方の増加ですかね。もうひとつは・・・、やっぱり、自殺サイトの女神の存在ですよ。」
相沢の方から、この話が出たのは幸運というべくだろう。これで、女神のことを聞きやすくなった。五郎はしめたとばかりに質問を繰り出す。
「自殺サイトの女神ですか?でも、彼女は不特定多数のサイトに登場する女神ですよね。このサイトだけにメリットがあるわけではないでしょう。」
「あれっ。知らないのですか?」
五郎は何の事だかわからなかった。
「どういうことですか?」
「自殺サイトの女神は契約したサイトだけにしか書き込みをしてくれません。不特定と言うのは違うと思いますよ。ウチは二年近く前、彼女があまり有名になっていない頃に契約しましたが、現在契約するとなると、その頃の十倍以上の契約金が必要になります。その上、書き込み数に応じて報酬も払わなければなりませんから、個人経営のサイトではもう手が出せないでしょうね。」
「契約金は、相当な金額なのですか?」
「金額は言えませんけど、ウチが契約した当時でも売り上げの半分以上でしたからね。彼女が存在するために、この業界自体が再編成されているのが実情です。」
こんな事実は真美の調査では出てきていなかった。聞いてみるものだと五郎は思った。この話が本当であれば、自殺サイトの女神は間違えなく実在するということだ。
「契約金まで払って、彼女と契約したメリットはありましたか?」
「それは、ありますよ。何しろ、すごい人気だ。書き込みに対する返信が上手いのですよ。それに、悩みを持った人の書き込みをよく見ているし、過去に書き込んだ内容まで良く覚えている。あの量を書いていて、まあ、信じられないくらいの対応力です。おそらく、ひとりじゃないのだろうけど、今となっては、彼女が書き込みをするサイトしか生き残れないというのが、この業界の共通認識みたいなものです。だから、高い契約金を払っても契約するというわけです。」
「自殺サイトの女神って、名前とかわかりますか?」
「いいえ。わかりません。報酬の振込も、電子マネーで指定したサイトに入れていますが、口座ではないので名義などもわかりません。」
「そうですか。会ったことはありますか?」
「いや、ありませんよ。」
五郎の横でアイシャは自殺サイトの女神の画像をじっと見ていた。自分の脳に映し出した画像である。
金髪のロングヘア。茶色の瞳。
-やはり、あの時、部屋の中に突然現れた女だ-
-間違えないー
北欧系の顔立ち。毎日七千件以上の書き込みを行い。相手の過去データまでしっかりと把握しているという情報はネット上を調べればすぐに出てきた。
相沢の言う通り、複数の人間がやっているか、もしくはAIに対応させているのか。
聞き取りを終えた五郎とアイシャは相沢の元を後にした。自動運転に切り替えた五郎はくつろいだ様子でアイシャの方を見る。
「ねぇ、アイシャ。自殺サイトの女神。ちょっとおもしろくないか?」
「そうだな。」
彼女の方は、薄目を開けて窓に寄り掛かっていた。見るからに、眠たそうである。
五郎は、アイシャに提案してみた。
「ねぇ。もう少し調べてみようよ。」
アイシャは目をぱっちりと開くと、急にしっかりとした口調で喋り始めた。
「通称自殺サイト。正式にはソーシャルコミュニティサイトの中のSHS(Socia Harmony Service)に分類される。優良サイトと呼ばれているのは、サイト審査を定期的に受けて、SHSの規定に合格したサイトという意味で、ネットワーク上での正式認可を受けているサイトだ。」
まるっきりやる気がなさそうだったアイシャが、しっかりとしたことを喋り始めたので、五郎は少し安心した。やはり、彼女はこうでなければいけない。
「へーえ、良く知っているね。」
「自殺サイトの女神、アバター名はそのままメガミだ。文章は実に丁寧で巧みであり、親切さや適格性もあるが、およそ、感情的な表現はない。自殺に関しては受動的であり、特に自殺をほのめかしたり勧めたりすることもなければ、逆に自殺を否定することもしない。彼女の書き込みの主幹をなしているのは、問題や悩みに対する解決手段の提示と社会と交わることへのアドバイスである。それが、実に親身で的確であることが、これだけのカリスマ性を呼んでいると思われる。」
「アイシャ、いつのまに調べたんだい?」
「ああ、さっきな。相沢の話を聞きながら調べた。」
「なんだ。やる気ないのかと思っていたけど、そうでもないじゃないか。」
「まあな。それで、ひとつ、気になったのは各種自殺方法のまとめというサイトの存在だ。メガミが作ったわけでもなさそうだが、彼女は幾つかの書込みで、このサイトを紹介している。中身を見てみると、題目通りに各種自殺方法が詳細に記されたサイトで、実際に自殺を行った際にどうなるのかまで事細かに説明されている。」
五郎は興味津々でアイシャの話に耳を傾けた。
「それって、どういうことなんだい?」
「まあ、聞けよ。メガミが書込みを開始したのは二年ちょっと前からだ。そこから、何が変わったのかを追ってみると、まずは、自殺サイトの登録者数が急上昇している。ちょうど二年前から上昇に転じ、それから二年間で二倍以上だ。次に、サイトの活性化だ。サイト内の書込み数の増加は、二倍なんてものではない。二年前と比べると、十五倍にもなっている。それだけ、活発にサイトが機能しているということだ。そして、最後は自殺者の数。これは、サイト人口にほぼ比例して増加している。今月は大きな集団自殺も発生しているから、更に強い上昇傾向と考えてもいいだろうな。」
話の趣旨を理解した五郎は目を輝かせて頷く。
「そうか、自殺サイトの女神は、自殺を促すことはないが、結果から見れば、自殺者がどんどん増えているってことだね。」
「自殺サイトの人口を増やし、コミュミュティの活性化を図る。次に、自殺回避の手段の提示とアドバイスをする。それは、本当に死にたい奴だけを分類するという効果も発揮する。要するに、説得しても自殺願望が消えない奴らをセレクトしているとも取れるわけだ。そういう輩には、さらっと、具体的な自殺方法を提示する。すると、死にたい奴らは、勝手にどんどん集まり死んでいく。結果、最終的には自殺者が増加する。よくできたものだ。」
少し真面目な顔になった五郎は、事件の深さというよりも、この世界の歪の大きさを感じていた。
巨大な歯車の如く世界は回っている。それを個人が止めることなどできない。
この世界の人々は生きる意欲を失いつつある。これは、その兆候のひとつなのだろう。