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隕石、落下する

 車のスピーカーからFMラジオが流れていた。


 肩にふわりとした感覚があった。

 ちらりと見ると、パンダが難しい顔をしている。

 ただでさえ悪人面なのが、より極悪に見える。

 中尾先生に聞こえないように、限界まで声のトーンを落として話しかけた。



「どうしたのよ? すごい顔になってるよ」


〈嫌な予感がする。心配しておるのだ〉


「不吉なこと言わないでよ」


〈なあオマエ、ひったくりに遭ってしばらくして、『いらんことを願っていないように願った』と言っていたな。

 つまり確実にいらんことを願ってるわけだが……それが未だに不明のままだ。

 正体不明の処理されていない願いがある。

 いずれ必ず何かが起こる〉



 そんなことあったっけ?

 堅い口調でパンダは続ける。



〈それならば、一人で行動した方が良くないか?

 先生を事件に巻き込むことになるぞ〉


「歩いて帰れと?

 家まで二十キロはあると思うけど」


〈お金を借りて、電車で帰るとか〉


「何か理由を言わなきゃ、先生は納得してくれないよ。

 それに、その場合も電車の乗客を巻き込むことになるかもしれない……」


〈開き直って、このまま乗っていくか?〉



 悩む。

 しかし何が起こるのかも分からないのに、対策を立てようもない。

 とりあえず優先順位を考える。

 ――とりあえず、先生を巻き込むことだけは避けたい。


 遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえ始めた。

 だんだん近づいてくる。

 何かが起こる。

 今更ながらそんな気がしてきて、悪寒が走った。

 行動を起こさないわけにはいかない。

 車を降りよう。



「先生、ちょっとお願いがあるんですけど……」


「え、どうしたの?」



 中尾先生がちらりとこちらを向いた。

 道幅は狭くないが、路の横にはたくさんの路地がある。

 わたしは言いかけた言葉を止めると、さっと先生から目をそらし前方を向く。


 パトカーのサイレンは、すぐそこまで来ていた。


 左横の路地から、猛スピードで黒いスクーターが飛び出してきた。

 避けようがない最悪のタイミング。

 先生はとっさに大きくハンドルを切り自損にしようとしたが、スクーターの後輪を巻き込んだ。

 男が吹き飛ばされる。

 視界がぶれた。

 何故か見覚えのある鞄が宙を舞っている。

 全てがスローモーションのようにゆっくりと見えた。

 車体が横滑りして、わたし達は洗濯機の中のパンツのようにくしゃくしゃになる。

 怖いとか考える暇もなかった。


 衝撃が走り、突然目の前に白いクッションが飛び出して顔面から突っ込む。

 ガラスのひしゃげる音と、やかましいサイレンと、急ブレーキの音。


 そして静寂が訪れた。


 わたしはゆっくりと顔を上げた。

 ガラスは全面にヒビが入って真っ白になっていた。

 先生はぐったりと突っ伏している。

 頭から血が流れていた。

 先生の横ではパンダがのびている。



「先生、中尾先生」



 声をかけて、先生を揺さぶった。

 しばらくして、呻き声とともに彼女が起き上がる。

 二、三度頭を振ってから我に返ったらしく、まじまじとわたしの方を見た。



「事故?

 ごめんなさい……政美ちゃん、怪我はない?」


「大丈夫です。先生は?」


「首がちょっと痛い」



 そう言ってから、頬に血が伝っているのに気づいたようだ。

 顔に手を当てて、べっとりと手のひらが血で汚れた事を確認すると、



「切ったのは頭? 顔? 政美ちゃん、わたしの顔どうなってる?」


「傷口は暗くて血に汚れてて見えないですけど、たぶん頭だと思います。

 痛くないですか?」


「大丈夫、大したことないと思う」



 車の外で誰かが怒鳴っているのが聞こえた。

 外からドアのノブをがちゃがちゃやっているようだ。

 先生に目配せしてから、わたしは扉を開けた。

 中年の男が興奮気味になにやら言っていた。

 青色の制服にはポリスという文字の付いたワッペン。警官だ。

 無事かどうかを確認しているようなので、わたしは頷いてみせて無事であることを示した。

 警官を押しのけて、外に出る。

「大丈夫だから」と、今度はちゃんと言うことができた。


 車の周りを一週する。

 中尾先生も出てきた。

 車は酷い有様だ。

 右半分が大きくひしゃげ、右側の前のドアまでたわんでいる。

 ここまで派手な事故をして、二人とも大怪我をせずにすんだのは、幸運だったと思う。


 後悔した。

 結局、先生を巻き込んでしまった。

 さっさと決断していれば、この状況は避けられたかもしれないのに。

 自己嫌悪のため息をついて、あたりを見渡す。

 赤色灯を光らせたまま、パトカーが止まっていた。

 視界の端にわたしの学校の制鞄が見える。

 かなり飛ばされたようで、逆車線の街路樹の根本にあった。

 鞄に近づき手にとって中身を確認する。

 真新しい教科書に財布とスマホ、そして光敏君へのラブレターが入っていた。

 間違いなく自分の物だ。

 これを持っていたということは、事故の相手はあの引ったくりなのだろう。

 

 スクーターを見る。

 後部は完全にひしゃげ、乗っていた男は倒れたまま起きる気配がなかった。

 男の足が、曲がらないはずの方向に曲がっている。

 先ほど話した人とは別の若い警官が、スクーターに乗っていた男の隣でしゃがみこんでいた。


 わたしが側によると警官は顔を上げた。

 鞄を見て手を伸ばしてくる。渡せという意図なんだろう。



「ありがとう、拾ってくれて」


「すみません、実はこの鞄、わたしのなんです」


「え? 彼と知り合いなのか?」



 わたしは首を振りつつ、言う。


「今日の昼ごろに、駅前を歩いていたら、引ったくりに遭いまして。

 その時にこの鞄を盗られたんです」



 警官は驚いた顔をしてしばらく考えてから、やがてゆっくりと整理するように言った。



「僕らは彼を引ったくり未遂の現行犯として追いかけていたんだ」


「なら、信じてくれますか?」


「何か証明できそうなものは入ってないのか?」



 財布の中から生徒証を取りだした。顔写真付きだから、間違いない。


 警官は生徒証を受け取り、じろじろとわたしの顔と見比べた。

 そしてわたしの制服と鞄、両方に刻まれた校章を確認して、生徒証を返した。



「間違いないようだね。

 でも、キミも被害者であるなら事情を聞かないといけない。

 怪我をしているようだし、まずはみんなで病院に行こう。

 それまでは鞄は預かっておく」


「ええ……返してくれないんですか?」


「証拠品だからね。

 申し訳ないけど今返すわけにはいかない。

 押収はしないとは思うけど、この場では決められないからしばらく我慢してほしい。

 まず、病院が先だ」



 意志は固そうで、引き下がっても無駄のようである。


 わたしは何となく引ったくりを見た。

 彼はぐったりとして、動いていない。



「この人、大丈夫なんですか?」


「頭を強く打ってるみたいだ……正直、病院に行かないと分からない」



 警官は心配そうだった。






 救急救命士の人から簡単な怪我のチェックを受けた。

 中尾先生の怪我も大したことはないようだったが、やはり大事を取ってわたし達も病院に行くことになった。


 ひったくりが担架で運ばれていく。

 救急車に乗ると邪魔になるので、わたし達はパトカーで病院まで送ってもらうことになった。

 住所やら生年月日を書いて、出発する。

 隣に中尾先生がぼんやりとした様子で座っていて、前の座席では二人の警官がメカメカしい無線機でひっきりなしにやり取りをしていた。


 わたしの膝の上には不細工なパンダのぬいぐるみがあった。

 相変わらず気絶したままである。

 パンダの鼻と口をふさいでいたら、やがて目を覚ました。



〈ぐぼぁ。げふ、げふ! 何しやがる〉


「幽霊は死なないんでしょ?」


〈成仏はする〉


「どうぞご自由に」


〈成仏とか、怖いじゃないか〉


「幽霊の方がよほど怖いわよ」



 何処をどう走ったのかは分からないが、病院はそう離れていなかった。

 救急外来の入り口は裏にあり救急車は既に到着している。

 慌ただしい様子でひったくりが運ばれていった。


 わたしと中尾先生は、言われるがままに待合室へと案内された。

 平日だというのに、病院は結構混み合っていて、もうしばらく待たなければいけないようだった。


 先生はすっかり落ち込んでいた。

 事故をおこした事について、何度もわたしに謝ってくる。

 その様子に、わたしも良心が痛んだ。


 後悔にうなだれながらも、ネガティブな意識をまぎらわすために、正面にあるでっかいテレビに視線を移した。

 地元のニュースをやっている。画面の中ではちびっ子達が入学式を迎えていた。

 緊張した面持ちがいくつも並ぶ中、泣いてる子や喧嘩してる子、何処かに行こうとする子もいる。

 教師は大変だ。


 じっと画面を見つめていると、パンダが話しかけてきた。



〈マサミ、そう肩を落とすな。

 元気出せよ。

 ほら、そうだ。気を紛らわすためにも、俺様がちょっといい話をしてやろう。

 俺様がこの姿になった理由。

 感動モノだから、ハンカチを用意してくれ〉


「いらない。

 あんた、その話はしないって言ってなかったっけ?」


〈オマエを元気づけてやろうという、俺様の優しさなのだ〉


「いらない」



 パンダが呻きつつ押し黙った。


 ポケットの中身がぶるぶると振えた。

 携帯電話を取り出して確認すると、メールではなく電話の着信がある。

 液晶画面には、妹の名前が書かれていた。

 嫌な予感がする。また何があったのだろうか?

 警戒しながら通話を押した。



「お姉ちゃん、お姉ちゃん! やっとつながった」



 妹の息が荒かった。

 くぐもった声。

 泣いているのかもしれない。

 後ろから聞き覚えのある音がした。

 この音を聞くのは本日何回目だ?

 サイレンの音である。

 妹は何も言わない。

 これじゃあ何も分からない。



「どうしたのよ。何があったの?」



 妹の嗚咽だけが聞こえている。


 待合室のテレビが次のニュースに移る。

 ボボボボという低いプロペラの音ともに、偶然なのだろうか、見覚えのある町並みが広がった。

 家のすぐ近くのようだ。

 ヘリコプターの上から撮っているらしい。



「本日午後の三時頃――」



 ニュースキャスターの訓練された美しい発音と、



「大変、大変なんだよ。家に……」



 震えて聞き取りづらい妹の声。



「――(いが)(ぐり)市の民家に、隕石が落下しました」


「……隕石が落ちてきたんだ!」



 その情報はほぼ同時に入ってきた。


 こいつらは何を言っているのだ。

 理解できずにわたしは目をしばたたかせる。

 ビデオカメラを操作したのだろう、テレビの映像が一気に地面に近づいた。

 一件の民家が画面の中心に収まる。

 見間違いようのない風景。

 築年数も間取りも住所もそらで言える、よく知っている家が映っていた。


 映像の家は半壊だった。

 二階の部分が大きくひしゃげ、壁と屋根の一部が派手に壊れている。

 大量の瓦礫と共に、いつも散らかっている部屋が丸見えになっていた。

 最近のカメラの性能はすごくて、部屋の細部までがばっちり映っている。

 壁には様々なポスターが貼ってあり、イケメンで鳴らしているアイドルの隣で、リアルすぎて不評なゾンビが激しく自己主張をしていた。

 玄関のあたりには、消防車が赤色灯をくるくる回したまま止まっている。


 わたしの部屋だ、自分の家だ。

 派手な壊れっぷりだった。

 パンダを捕まえて思い切り頬をつねってみたが、ヤメロヤメロと痛がる様子からすると夢でもないらしい。


 血の気が引いた。

 考えを整理しようとした。

 母は仕事に出ているので、家にはいなかったはず。

 妹も無事のようだから、家族に怪我人はいないはず。

 しかし、あれは母が一大決心して買ったマイホームだ。

 ローンはまだ半分も払っていないだろう。

 わたしの家庭、大丈夫だろうか。


 レポーターの声が聞こえる。

 数時間前に隕石が落ちたこと、瓦礫の除去作業を始めていること、今のところは犠牲者はいないということなんかを、淡々とした口調で言っていた。

 携帯電話を耳に当て妹に話しかける。



「もしもし」


「お姉ちゃん」



 鼻声の妹が応える。

 正直何を言ったらいいのかも分からなかった。

 取りあえず、現状を確認したということだけでも伝えたかった。



「見た。今、テレビでやってるわ。二階が全壊みたいね」


「そんなことよりも、お母さんの携帯につながらないんだよ!」



 妹の言葉に頭が真っ白になった。

 自分の心臓がばくばく鳴っているのが分かる。

 落ち着け落ち着けと何度も頭の中で唱えた。



「今からそっち行くわ」

 と言い残し、電話を切る。



 中尾先生を見ると、彼女も呆然とした様子でテレビ画面を凝視していた。

 まだ検査は受けていないが、いてもたってもいられなかった。

 怪我はしてないし痛いところもない。

 この場は先生に任せて、さっさと家に戻ろうかと考える。



「中尾先生、わたし帰ります」


「一人で大丈夫?」



 わたしは頷くと、席を立った。

 パンダを投げ捨てて歩き出す。わたしの後ろを歩きながら、パンダがぼやいた。



〈全く、何を願ったらああなるんだ〉


「知らない。

 もうわけが分からない。

 いったいどうすればいいのよ!」



 涙声で応えたら、パンダが肩の上に飛び乗った。



〈いいか、落ち着け。

 混乱したらろくな事がない。

 呪いなんざ何も願わなければいいだけの話なんだ。

 大丈夫だから、自信を持て。

 目を瞑って、深呼吸して――〉



 気持ちを整理する。自分がやるべきこととは何か。


 ――わたしは妹が嫌いではない。


「妹はね。

 三歳年下で、反抗期真っ盛りで、基本憎たらしいことしか言わないんだけど。

 それでもわたしと同じで、根性なくて気が弱くてね。

 きっと人に頼ることもろくにできなくて、一人で途方に暮れて泣いてると思う。

 だから、助けに行かなきゃ」

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