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俺の職場にベトナム人が来た。真面目だった。彼女は出稼ぎだった。介護士の試験は当然日本語だ。日本語を覚えたのだろう。なまりは消えないが、ちゃんと意思疎通はできる。そして真面目に働く。学校の授業の、私語厳禁かのように。
そんな彼女を見ていると、どことなく惹かれていった。恋愛感情とかそういうのではない。自分が酷く惨めな情けない人間に見えてきたのもある。でも重要なのはそこではなく、単純に人間のことが美しいと思えた。久しく対面していない感情だった。
最後に土曜が休みだったのはいつだっただろうか。有休ばかりが溜まっていく。中年の職員たちは楽しそうにだべっている。そんな空間で一人黙々と働くベトナム人の彼女は、俺の心を掻っ攫っていった。
「自分が何に重点を置くかなんて、人それぞれ。私は家族が大切。隆磨さんの大切なものは何ですか?」
フロアのモップ片手に彼女は問いかける。俺の大切なもの。昔から考えていた。単純に大切なものならいくらか浮かぶ。金。時間。それこそ俺だって家族も大事。
俺が人生において重点に置きたいこと。
今までやってきたこと。
何を重点に置いて生きてきた?
何も考えて生きてこなかったか?
高校時代なんて何してたっけ。
ああ、部活やってたな。ほぼ嫌々だったけど、大会で自分がまけた後、上手い人のプレーを見ると自分もできるんじゃないかって錯覚に陥ったな。家に帰って練習しちゃったりして。いたかったな、あれ。
「趣味とかないんですか?」
「趣味?」
趣味なあ。ないんだよな。煙草が趣味って言うならそうかもしれない。倦怠感の言い訳に煙草に縋ってるだなんて俺も終わってるかな。
そういえば前にもこんなようなこと聞かれたな。お前の高校時代って何やってたんだって。誰だっけあれ。確か大学の同級生。そのとき俺なんて答えたんだっけ。確か……ちょうどはまってる女優がいて……。
「ズリセンだ」
線と線が繋がったように反射的に答えた俺の声は、比較的フロアに響き渡ったようだった。ちらほらと視線を感じる。そんな中、手にモップを握ったままのベトナム人女性は、にんまりと笑っていた。
「いいじゃん、ズリセン。私も今度誘ってください」
その返事はいかがなものか、と思ったり思わなかったり。




