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1.仮説





 今日の空は雲ひとつなく、快晴。

 目覚ましに起こされる前に、スッキリ起きて。

 いつもどこかはねる髪が、最高にまとまってる。

 止まらない鼻歌を歌いながら、私は『魔導師リナルドの研究所』と今にも落ちそうなプレートがかかっている扉を、開けはなった。


「おはようございます師匠、ぶっ!」


 機嫌よく挨拶したとたん、顔になにかが飛んできて張りついた。なにこれ、と引きはがせば、一枚の本の切り抜きだった。「好きのサインとは?」とカラフルに書いてある。

 はっとして狭く古い部屋の中を見れば、一面、紙がどっさりと降り積もっていた。もう、何が置いてあったかわからないほど、()もれている。


 おかしいな……。昨日、ぶつぶつ文句を言いながらすっかり綺麗にしたのに。


 呆然としていると、なだれがおこっている紙の山から、ぬっと骨張った手が伸びた。


「ピア。……おはよう」


 ぼさぼさな黒い髪も、あとからゆっくりと現れた。眼鏡をかけているのに、それを覆うくらい長い前髪を放置している、むさい男――この研究所の主人、魔導師リナルドが、手をひらひらと振っていた。

 私は、肩を震わせて、手元の紙をびりびりに破り捨てた。


「なんですかこれは、師匠ーっ!!」


 オンボロ研究室が、びりびりと震えた。






 この世界には、不思議な力が存在する。

 魔法、と呼ばれるそれの説明は、複雑怪奇なので専門家に任せるとして。

 その魔法を術、と呼ばれる回路を作って、効率的かつ使いやすくし、ものに落とし込んだものを『魔導具』と呼んでいる。例えば触れれば水が湧いたり、火が出たり、周りを照らしたりするそれらは、もう私たちの生活に欠かせない。


 そんな魔導具を作る人、正式名称『魔導具研究開発及び製造技師』――通称『魔導師』。

 私ことピアは、その魔導師であるリナルドの弟子をしている。

 

 この魔導師、という職業を知ったときから、私はどうしても魔導師になりたかった。

 というのも、新しい魔導具の発想さえあれば、女でもがっぽりお金を稼げると思ったから。実際、女性の魔導師は、一般的な女性よりも裕福で華やかな生活をしている人が多いのだ。田舎のさびれた村に住む小娘が、憧れたっておかしくないよね。


 早速、私は魔導師に師事しようと村を出た。

 魔導師は国家資格で、試験をパスしないとなれない。その勉強が必要だったからだ。ちなみに、魔導師の中でも宮廷で仕えることを許された超エリートを、『宮廷魔導師』と呼ぶ。遥か雲の上の存在だ。

 王都では魔導師の養成所があるらしいが、私には王都に行くためのお金さえなかった。だけどなんとか近場の小さな街にたどり着いて、魔導師を探した。


 そこで、私は一度絶望した。

 女性の師匠がいいなーと思っていたが、彼女たちは田舎にはいなかった。いや、そもそも魔導師がまったくいなかった。みんな、人口が多い王都にいるらしい。それはそうだ、魔導具は売れなきゃいけないのだから。


 街にいたのは偏屈な爺さん魔導師と、最近ふらりとどこぞからやってきたらしい、男性の魔導師。いつも怒鳴り声が聞こえる爺さんのところには既に何人も弟子がいて、お金も尽きかけ、もう私の選択肢は男性の魔導師リナルド――後の師匠のもとに弟子入りするしかなかった。


「師匠! なんで毎回、こんなに散らかすんですか!」


 私はぶつくさ文句を言いながら、あたりに散らばる紙を拾っていく。掃除用の魔導具が欲しい。一箇所にごみを集めてくれるやつ。


「うん、ごめんね。アイデアがなかなか浮かばなくて……」


 そう言いながら、なにかを紙に書きつけては丸めて周りにぽいぽい捨てる師匠に、イラッとする。


 弟子入りしてから、毎日こんな感じだ。

 着想を得るために、いろんな情報を手当たり次第に仕入れる師匠が荒らした跡を片付け、開発に没頭するとなにもしない師匠の代わりにご飯を用意して、魔導具のこととなるとお金を惜しまない師匠の代わりに帳簿をつける。その他もろもろ。

 私の家事力がだんだんパワーアップしている。ちなみに弟子は私ひとりだ。押し付けられる後輩が欲しい。


 肝心の魔導師の勉強だけど、ここで私は二度目の絶望をした。

 師匠は結構優しくて、丁寧に基礎の魔法や術について教えてくれる。だけど、その基礎が難しすぎた。

 誰が分類したのか、魔法が複雑多岐にわけられていて、それらの組み合わせにより起こる現象をひとつひとつ覚えて、さらに超自然的な精霊とかいう存在を理解して、さらに……なんとかかんとか。術の組み方も、異世界の言語かと思うほどわけがわからず、専門用語の乱舞で頭が痛くなる。私は、残念なことにそんなに賢くなかった。


 いやいや魔導師には、なにより発想力が大切だ! と師匠に提案してみたが、駄目だった。

 空を飛べるように、瞬間移動できるようにと案を出したら、それぞれ各分野における権威がいるから研究しても無駄と言われた。世知辛い。

 細かい案を出しても、それは売れるかと師匠に深く問われれば、沈黙するしかないものばかりだった。


 考えが、甘かったのだ。楽に稼げる方法なんてなかった。


「師匠、そろそろまずいですよ。費用かさみ過ぎて、何か当てないと研究費も捻出できませんよ」


「そうだね……」


 魔導具の開発と研究には、お金がとにかくかかる。研究費、開発費、術を組み込むための素材だけでも高い。そして実用化に至らなければ、ごみになる。実用化しても、売れなければ赤字。

 このボロい研究室を見ればわかるけど、師匠は売れない貧乏魔導師だった。


 そうだね、とか師匠は言っているけど、私の安い生活費も出してもらっているのでこのままでは共倒れになりかねない。私が随時出す案はいまいちという評価だから、師匠になにか開発してもらわなきゃいけない。


 だいたい今、なにを研究してるんだろう。拾った紙を見てみれば、「あなたの運命の人」「恋に気付いた時」、などとってもピンク色なものばかりだった。

 見た目からしてまったくそういう経験がなさそうなのに、恋愛系のものを研究しているのだろうか。

 国の規定で、魔導具は人の命を奪ったり、心を操るものは禁止となっているから、惚れ薬などは作れない。だとしたらどんなもの?


 その時、ふと机に置かれているものに気付いた。いわゆる試作品の置き場としてあるその机に、見慣れないものがひとつ。


「ん? 新しい試作品ですか?」


 私は、それを手にとってみた。

 眼鏡だ。耳にかけて、目の前のレンズを通して視力を矯正する魔導具。最近ではもっと小さくて見た目ではわからないものが開発されたと聞くけど、まだまだ一般的だ。

 一般的すぎて、今更作ってもそうそう売れるはずない。多少つるの部分に可愛らしくハートがかたどってあるけど、デザインなんてありふれている。


「ああ、それ」


 師匠が一瞬だけ、こちらを見た。


「相手が好きかわかる眼鏡」


「えっ?」


 私は改めて眼鏡を見つめた。

 やばい。やばい、これは。


「師匠! これは売れますよ!」


 目の前の変哲も無い眼鏡が、とたん私には金塊に見えた。手が震える。

 だって考えてほしい。これをかければ、相手の気持ちがわかっちゃうのだ。なにも聞かなくても、自分への好きな気持ちがわかるのだ。

 どれだけの若者が、相手の気持ちがわからず恋に悩んでいるか! だから怪しい恋愛成就魔導具や本がよく売れるし、縁を結ぶと噂の場所が賑わう。


「どんな風に見えるんですか?」


「相手の胸元にハートが見えて、色、数や大きさで好意の度合いがわかるんだ」


「直感的でわかりやすい!」


 使いやすくてわかりやすいのはとても大切だ。この眼鏡はかけるだけ。それで気になる相手を見るだけ。いける。

 ああ、師匠、やる時はやる人!

 もう目の前の素晴らしい発明に、私は興奮していた。だけど、ひとつ忘れてはいけないことがあった。


「試験はしていますか?」


 実用化するために、最も大切なこと。それは、開発した魔導具が、ちゃんと目的通り動いて実際に使えるか調べること。要するに、試すこと。

 師匠が一番熱心に、何度も教えてくれたことだ。


「途中だね」


「だったら! 私がしてもいいですか? いいですよね!」


「いいよ」


 軽い師匠の許可に、よしっと手を握った。

 試験はひとりではなく、何人もした方がいい。この大発明品に関われるなら、喜んでやりたい。

 それにこの眼鏡だったら、もしかしたらひそかに私に好意を持ってる人が見つかるかもしれない。別に好きな人はいないけど、好かれるのは悪い気がしない。そう思うと、わくわくしてにやにやする。

 楽しい試験になりそうだ!


「じゃあ師匠、いってきます!」


「気を付けて」


 私は、『相手が好きかわかる眼鏡』をつかんで、るんるん気分で外に飛び出した。



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