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呪刻印の転生冒険者 ~最強賢者、自由に生きる~  作者: すみもりさい
第一章:貴族に転生したけど自由に生きたい
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真なる自由を手に入れた


 状況を確認しよう。


 魔物はすべて戦闘不能にした。エリザベータ姉さんはゴブリンに殴られまくったけど、鎧のおかげでケガは大したことない。精神的なショックからか仰向けになって放心していた。

 マルコ兄さんは横たわるサイクロプスを呆然と眺めている。

 ついでにベルガさんはまだ荷台の下に隠れて震えていた。


 まずは、と僕はマルコ兄さんに声をかける。


「兄さん、お願いがあるんだ」


 前世の記憶を取り戻した僕は、この時代で平穏かつ自由に生きたかった。

 そのためにもなるべく力は隠していたい。


 本当なら兄さんたちを気絶させたうえで魔物に対処すべきだったのかもしれない。

 けど僕はそうしなかった。姉さんとベルガさんはどうでもいいんだけど、兄さんを騙すのは気が引けたからだ。


 前世(かつて)の僕なら躊躇わなかっただろう。

 魔物への対処にも違和感があった。ブラウニーベアにしろゴブリンたちにしろ、襲ってきたのなら息の根を止めてもさほど気にはしなかったのに。


 どうも記憶は曖昧なくせに、性格面では大きく今の僕に引きずられているようだ。ま、こればかりは仕方がない。


「僕が魔法を使えることを誰にも話さないでほしいんだ」


 他の二人には聞こえないよう小さな声で話す。念のため僕と兄さんの周囲に防音用の小結界を張っておいた。


「……わからないな。お前が魔法を使えることも、それを隠そうとすることも」


「詳しい事情は……ゴメン、言えないんだ。隠す理由は、そうだね。僕は一人で自由に生きたい。だからかな」


「……そうか。考えあってのことなら、これ以上は訊かない。お前の願いも聞き入れよう」


 ホッとするも、兄さんは「だが」と続けた。


「魔物どもの件はどうする? 私の実力で倒したのでも追っ払ったのでもないとの実感がある。お前が、何かしたのだろう?」


「うーん、と……。半分はそうだけど、兄さんも訓練次第であれに近いくらいのファイヤーボールは撃てるようになると思う。というか、やるなら風魔法だね」


「さっき話していた『属性』というやつか」


 兄さんは困ったように眉尻を下げた。

 呪印を解いた以上、アフターケアもしっかりしておかないと。


「属性っていうのはね――」


 僕はなるべく噛み砕いて説明する。

 続けて風魔法のレクチャー。


「驚きの連続で頭が付いていかないよ。お前はどこでそんな知識を……? これではまるで――」


 マルコ兄さんは思いつきを口走ったのだろうけど、続く言葉に僕はぎくりとした。



「伝説の大賢者グラメウスのようだな」



「えっと……グラメウス……って?」


「ん? お前には話したことがあったと思ったが」


 あ、うん。たった今思い出した。


 僕は『低級刻印』を二つ宿しているため家族に疎まれ、つい最近までアレスター家の地下に軟禁されていた。誰も近づかない中、マルコ兄さんは時々やってきて読み書きを教えてくれていた。

 教材の中にグラメウスの物語があり、そこで(かれ)は世界の危機を救い、今の平和な世を作り上げた英雄に祭り上げられていたのだ。


 物語の内容は覚えているけど、あくまで創作物だ。

 今の時代の成り立ちを判断する材料にするのは危険だな。実話に近いものもあったけど、だいたい脚色されたり改変されたりしていたし。


「ほら、グラメウス伝説の中に『一つ目の巨大悪魔(デーモン)』を討伐した話があったろう? 今の状況にまさしく当てはまるじゃないか」


 実際にグラメウス(ぼく)が倒したのは目が二つある巨大デーモンで、サイクロプスと比べるのが可哀そうなくらいの強さだったよ。それにあれ、誰にも見られてないはずだけどな。


「うん、そうだな。アレスター家は大賢者グラメウスの血族だ。もしかしたら、お前は大賢者の生まれ変わりなのかもしれないな」


 いやいやいや。僕は子どもなんていなかったから。作る行為もしたことないよ。まあ、過去の有名人の血を引くなんて嘘は、どの貴族もつきそうなものだけど。


 にしても、マルコ兄さんは無自覚に核心をついてくるな。はい、僕は賢者の生まれ変わりです。でも内緒にしたいんです。

 さておき、この流れで兄さんからいろいろ訊いておきたいのだけど。


「ぅ、ぅぅ……」


 姉さんが苦しそうにうめいた。

 あの人がいるから長々と話はできないな。

 とりあえず現状を誤魔化す意味もこめて、兄さんに第七冠位の沈痛魔法のやり方を教えた。


「この魔法で姉さんの痛みを和らげてみよう。あとは口八丁でもろもろ兄さんがやったと信じてくれるんじゃないかな?」


「解説を聞いただけでできるものだろうか?」


「失敗しても危険はないからやってみてよ」


 沈痛魔法は治癒系でもっとも簡単なやつだ。さすがに痛みをまったくなくすのは無理でも、少しは和らげられるはず。


 マルコ兄さんはこくりとうなずいてエリザ姉さんの側に膝をついた。

 教えたとおりの手順を丁寧になぞり、詠唱を終えて魔法を発動した。


「痛みが、引いていく……。マルコ、いつの間にこのような魔法を体得したの……?」


「低級刻印を持っていても魔法は使えますからね。こっそり鍛錬していました」


 兄さんはちょっと申し訳なさそうに嘘を言ってくれた。


「では、ゴブリンや一つ目の巨人を倒したのも、貴方の実力だと言うの?」


 姉さんはゆっくりと体を起こし、ピクリともしないサイクロプスを忌々しげに見やった。


「あそこまでの威力はもう出せないでしょうね。必死だったのでどうやったか覚えていませんよ」


「ふん、何かしらの偶然が重なったのでしょうよ。あるいは、魔物どもが魔法アイテムを意図せず使ったか……、ええ、そうに違いないわ。己が実力だと増長はしないように。貴方は紛れもなく刻印持ちなのだから」


 言葉とは裏腹に、表情は疑念で満ちていた。でも後でマルコ兄さんの低級刻印が消えてるのを見れば納得してくれるかな。


 姉さんは立ち上がろうとするも、力が入らない様子だ。傷自体は治ってないからね。

 兄さんが肩を貸し、荷馬車へ運んだ。


「逃げたゴブリンどもが再びやってくるかもしれないわ。早々に屋敷に戻って、隊を編成しなければね」


「姉上は治療を優先してください。状況は私から話して――」


「弁えなさい、マルコ。報告はわたくしがやるわ。貴方は引っこんでいなさい」


 助けてもらったのにこの言い草。これまで感謝の言葉のひとつもなかった。

 すこし痛めつけられたくらいで反省するような人じゃないんだな、やっぱり。


「エリザベータ姉さん」


 僕が呼びかけると、害虫でも見るような視線が向けられた。


「さっきの約束、忘れてないですよね? 僕を追放してくれるって」


「ふん、追放されて喜ぶなんてバカな子ね。魔法をろくに使えもしないくせに、無事にこの森を抜けられると思っているのかしら?」


「死なないようにがんばります」


「ならとっとと立ち去りなさい。目障りだわ」


 彼女が視線を外す、その間際。


「っ!? 痛っ……な、なに……?」


 僕は左目に魔力を集めた。

 エリザベータは左の脇腹を押さえる。へえ、そこに刻まれたのか。


「傷が痛むんですか?」


「……? さっき、こいつの左目が赤くなったような……」


「ゆっくり休んでくださいね。それじゃ、僕は行きます」


 ぺこりとお辞儀して、マルコ兄さんに向き直る。


「お元気で」


「ああ。お前も達者でな」


 姉さんの前でも構わず、兄さんは片手を前に差し出した。その手を握ると僕を抱き寄せ、そっと耳元でささやく。


「お前はこれからどうするんだ?」


「自由に生きるよ」


 それが僕の願い。前世からの、夢だった。


「……いや、具体的には? 自由といっても、根無し草でふらふらするのがいいとはとても思えない」


 そうかな? 旅から旅へ、野宿しながらあっちこっちで必要に応じて日銭を稼ぐ生活も楽しそうではある。ただこれ、前世でもやってるんだよね。魔法具や魔法薬の素材集めとかで。


「自由を求めるとはいえ暮らしていく以上、何かしらの職に就くべきだ」


 もっともな言い分ではある。でも――。


「僕はもう、何かに縛られるのは嫌なんだ」


 前世の僕は、世界に縛られていた。国家や学会なんてものから自由を奪われていた。

 そして今の僕は、生まれてからずっと『いらない子』として軟禁状態にあった。屋敷はおろか部屋からもほとんど出られず、不自由な生活を送っていたのだ。


 自由は前世の僕(グラメウス)の願いでもあり、今の僕(クリス)の願いでもあるのだ。


「そうか、なら――」


 マルコ兄さんは体を離すと、真摯に、それでいて優しい眼差しで言った。



 ――冒険者になってはどうだ?



 冒険者――遺跡探索や依頼を請け負い、お金を稼ぐ荒くれ者。前世での僕のイメージだ。

 今の時代がどうだかは知らないけど、悪いイメージばかりではなく、彼らの本質は何にも縛られない――そう、自由があった。


 まさしく僕が憧れる生き方のひとつではある。

 ただね。


「お前ならきっとAランクにも、いやSランクの冒険者になれるかもな」


 ランクの価値は不明だけど、きっとすごく目立つんだろうね。

 Sランクになれるかどうかの話じゃなく、まかり間違って活躍して有名になれば、僕を利用しようとする人たちが現れるだろう。


 それじゃあ前世と一緒だ。


 現代魔法が進化しているのか停滞しているのか、それとも退化しているのか。

 今のところ、はっきりしない。


「でも、うん、冒険者か」


 彼らのように自由に生きられたら、きっと素晴らしいと思う。


「いいかもね」


 目立たないようなやり方はあるはずだし、上手くいかないなら辞めてしまえばいい。

 そんな自由だってあるさ。


 マルコ兄さんは微笑みながらうなずくと、


「さっき教えた村についたら、『レイナーク』の街へ向かうんだ。一週間近い旅になるとは思うが、冒険者を目指すならそこがいい」


「うん。ありがとう、マルコ兄さん」


「落ち着いたら手紙を送っておくれ。いちおう偽名を使ってな。お前なら大丈夫だろうが、道中くれぐれも気をつけて」


 体を離すと、姉さんは苛立たしげに兄さんやベルガさんへ指示を飛ばし、荷台に積まれた枯れ木の山に身を預けた。

 さっき彼女に刻んだ『抑止の呪印』は四画。もともと魔力の低い彼女は今後、なんの魔法も使えなくなった。


 これからは自分が低級民として、今まで蔑んできた人たちの辛さを味わうといい。




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[気になる点]  これからは自分が低級民として、今まで蔑んできた人たちの辛さを味わうといい。 味わいましたか?
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