仲間が乱心した
大通りに出て展開した魔法陣の数々は、周囲の『目』と『耳』を誤魔化すものだ。
そちらは間に合ったのだけど、続けて発動した『深層解析』で確認する前に、
ガキンッ!
鋭い爪の先がレイラの喉へ迫ったのを、僕は腰の剣を抜いて防いだ。
レイラが驚きに向けた視線の先には、爪を鉤状に伸ばしたルネがいた。
「ルネリンデ、貴女……なぜ……?」
「え? あれ? あたし、なんで……?」
ルネもなぜ自分がレイラを襲ったのかわからないといった風だ。でも――。
「邪魔、シタな? オマエ……」
ぎろりと赤い瞳を僕へと向ける。
「レイラ、君はシャーリィたちをお願い。こっちは僕が対処する」
ルネに手を伸ばしかけたレイラを押しとどめつつ後退すると、ルネは僕へ飛びかかってきた。
「アノ女、失敗。オマエが、邪魔したカラ」
振るわれた鉤爪を躱し、さらに後退する。
よし、僕を敵認定して排除しようとしてくれたな。
レイラはルネより実力が上だ。不意打ちに失敗した以上、正面から彼女を狙うことはない。
まあ、自我を失っていなければ僕を襲おうなんてしないはずなんだけどね。
認識ずらしの魔法陣を僕とルネの周囲に引き連れ、僕は大きくジャンプして高い建物の上に飛び乗る。
追いかけてくる彼女を誘導し、城壁を越えて外へ出た。
「チョコマカと!」
爪先を避け、距離を取る。あらためて深層解析で確認すると、やはり彼女は操られていた。
対人造人間に特化した使役魔法。
狙いは情報収集がメイン。状況次第でルネの仲間を不意打ちで仕留めようってところか。
今は術者が僕に追い詰められて逃げる時間を稼ぐのと、あわよくばレイラを葬り去りたかったのだろう。
警戒心の薄い子ではあったし、王宮勤めで隙が多かったのもあるだろう。
でもまさかルネほどの実力者に、気づかれず術式を付与していたとはね。
あの女魔界族――グレモリといったか、かなり慎重で大胆な性格をしているみたいだ。
ただやっぱり、術式自体は無理やり感が強く複雑すぎて、綻びはいくつもあった。
「ルネ、僕が誰だかわかる?」
「はにゃ? やだなー、もちろんご主人様ですよー。うにゃ? でもじゃあ、なんであたし――」
呼びかけると正気を取り戻すのだけど、
「コ、ロす……、殺スゥ!」
またすぐに自我を失ってしまう。
「オマエ! 低級刻印アッテ、弱、イのに、なんで!? 当たらナイ!」
正気でなければ実力は発揮できない。
それでも彼女のスピードはすさまじく、避けるのがやっとだ。
解呪の聖眼を使えば使役魔法の術式は破壊できるのだけど、その隙がなかなかない。
加えて厄介なことに、術式がルネの中核にまで刻まれているので、下手に解除すれば命にかかわるのだ。
キィィンッ!
渾身の一撃を剣で払い、またも大きく距離を取った。
周囲に巨大結界を構築した。僕とルネをすっぽり覆うそれは、音や姿はもちろん、魔力の波動も隠すものだ。
でもこれ、ちゃんと機能してくれるかなあ?
賭けではあるけど、仕方がない。
僕は右目に魔力をこめる。
「ッ!? な、なんダ、コノ魔力は……?」
ルネの動きが止まる。
僕の両手の甲、そこにある呪刻印がふたつとも消え去った。
膨大な魔力に慄き、ルネの動きが止まる。
「はにゃにゃにゃにゃぁ……ご主人様の本気だぁ……」
正気を取り戻したけど、
「今、解放してあげるね」
僕はさらに右目に魔力を注いだ。
びくんとルネの体が跳ねる。
「ぁ、ぁぁ……、ご、主人、様ぁ、ごめん、なさぃ……」
胸を押さえ、苦しそうに跪いた彼女はそのまま息をしなくなった。
「第一冠位魔法、天使召喚――」
巨大な天使が現れ、手のひらにルネを収める。ふぅっと息を吹きかけると、彼女の体が虹色に輝いた。
ゆっくりと地面にルネを横たえ、天使の姿が霞と消える。
「ぅ、ぅぅん……にゃ?」
光の粒がきらきら舞い落ちる中、ルネが目を覚ました。
「ええっとぉ……、あたし、なんかやらかしちゃいました?」
ところどころ記憶があるらしく、顔が青ざめていく。
「君は気にしなくていい。これは命令だ」
びくっとしたルネは立ち上がると、ぷるぷる身を震わせて、
「うにゃぁ! ご主人様ぁ!」
涙目になって抱き着いてきた。
ぷにぷにした頬を擦りつけてくるけど、謝罪や反省の言葉は出てこない。
今回の件、彼女は自由に生きている中で、たまたま事故に遭ったようなもの。
なら変に引きずることがあっては可哀そうだ。
さて――。
ルネが解放されて一件落着、なんて僕は考えていない。
しばらく泳がせて、まだいそうな仲間もろとも一網打尽にしようかとも思ったけど、気が変わった。
僕の可愛い人造人間を酷い目に遭わせた報いを、グレモリには受けてもらわなくては――。




