敵の仲間を見つけた
お昼を食べて、また買い物にでかけた。
あちこち回ることしばらく、ようやく『彼』が動き出した。ここに至るまであれこれ僕をせっついていたのだけど、さすがに不審に思ったのか、彼が僕と会話できる範囲から外れたのだ。
魔界の住人――魔界族のビム。
僕をレイラのような人造人間と誤解して操ろうとした男だ。そして各地で魔界門を開け、何かしでかそうとしている。
彼は僕を認識できない範囲に移動したけど、僕は彼に『遠見魔法』の起点術式を付与したので、こちらからは丸見えだ。
シャーリィや道行く人たちには気づかれないよう、僕にしか見えない半透明のウィンドウを虚空に現す。
ビムは角と尻尾を消し、肌の色も人族のそれに変じて人に成りすまし、箱馬車に乗った。
しばらく王都の中心部から離れる方向に進み、大きな古い邸宅の前で止まる。
彼の自宅かと思ったけど、守衛さんが『いらっしゃいませ』と首を垂れていたから、どうやら別の人物の邸宅らしい。
ちょっと期待しながら見守っていると、彼は建物に入るや無遠慮にずかずか奥へと進み、ノックもせずに扉を乱暴に開け放った。
広い部屋に家具はほとんどない。
中央にひとつロッキングチェアがあり、そこで揺られる若い女性が本を読んでいるだけだ。
「おい! グレモリ! いったいどういうことだ!?」
彼の呼びかけた名は、以前にも彼自身が口にしたものだ。早速、彼の仲間にたどり着けたな。
「どういうことだ、とはどういうことなのかしら?」
艶めかしい声の女性は灰色の長い髪を床にまで垂らし、真っ黒のぴっちりしたドレスをまとっている。
ビムには目もくれず、静かにページをめくっていた。
「貴様のホムンクルスを使役する術式だ。まったく命令を聞きはしないではないか!」
「へぇ? 一見しただけで使えてしまったの。さすがは第二冠位をも扱える実力の持ち主ねぇ。でも失敗したのは貴方の責任ではなくて?」
「私の魔法行使は完璧だった。貴様の術式に瑕疵があったに違いない!」
グレモリはふぅとため息を吐き出しつつ、ページからは目を離さずにこぼす。
「状況を教えてくれないと、なにもわからないわぁ」
「いいだろう。まず対象のホムンクルスだが――」
ビムがこんこんと説明する間も、グレモリは彼を一瞥すらしなかった。
「ふぅん、そう。だいたいわかったわ。ううん、わからないことのほうが多いのだけれど、やっぱり貴方が悪いってだけは、ね」
「なんだと!?」
「貴方が使役魔法をかけた相手はただの人形。魂が入っていなければ、あの術式は正しく起動しないの」
「人形……? しかしその後、アレはたしかに動いて――」
「誰かが動かしていたのでしょうね。命令を受け付けないのも当然だわ。ビム、貴方は踊らされていたのよ。そしてまんまと仲間のところへ導いてしまった。本当、滑稽な男ねぇ」
ぱたんと本を閉じ、初めてその瞳をビムへと向けた、直後。
「ごあぁああぁああぁああああ!?」
ビムの体躯が黒炎に包まれる。
「な、なぜぇ!? なにをぉおおおおぉおお燃えるぅうううるるぅるぅ……」
「本当におバカな男ね。私よりも強いのに、私の下にいた理由はそこなのよ? せめてもうすこし思慮が足りているのなら、こんな無様は晒さなかったでしょうにねぇ」
グレモリはくすくすと笑う。
たしかにこの黒炎は、第三冠位に相当するものだ。ビムなら不意をつかれていても防げていたはず。
けれど今まさに彼が燃え盛っているのは、あらかじめ彼の中核に術式が刻まれていたからだ。
体の内側から術式を起動させられては、ビムに防ぐ手立てはなかった。
この黒炎、僕が彼に付与した術式まで燃やされちゃうな。
「ねえ、見ていて? 聞いてもいるかしら? おそらくビムが言っていた、黒髪の男の子が貴方でしょう? 大方セイバルが放ったお仲間でしょうけれど、私はそこで燃えている無能ほど優しくはないわ。せいぜい楽しませてちょうだいねぇ」
グレモリはロッキングチェアから立ち上がると、燃え盛るビムへと近寄っていく。
彼女がたどり着く前に、ビムは僕が付与した術式ごと燃え尽きた。
「あはははははっ! ようやくこの能無しから解放されたわ! けれど私の姿を見られたのは失態ね。計画の前倒しが必要かしら? 万が一でも失敗すれば、次は私が燃やされるもの」
うん、このひともビムと同じでぺらぺらしゃべってくれるタイプか。助かるな。
ビムに付与した術式は消えたけど、場所がわかっていればクレアボヤンスの起点は置けるんだよね。
だからすぐさま切り替えて、今も彼女を監視している。
そして彼女の言葉から、どうやら彼女の上にも誰かがいるらしい。
というわけで、今度は彼女に泳いでもらおう。
僕はこっそりクレアボヤンスの起点を彼女の髪に貼りつけた。
「ここは引き払うしかないわねぇ。けっこう気に入っていたのに、残念だわ」
肩を落とす彼女の監視は続けるにしても、今すぐやることができてしまった。
意識をこちらへ。
僕は大通りに飛び出して、いくつもの魔法陣を展開した――。




