術式の目途が立った
「残念だけど、王立図書館は貴族しか入れないんだ。同伴者も含めてね」
連れて行ってもらえないか相談したところ、ペトロさんからはそんな答えが返ってきた。
当然と言えば当然か。
貴族制が敷かれている以上、国の叡智を一般庶民に解放するのは貴族の特権を脅かす行為だからね。もっとも書き写して持ち出せるのだからガバガバと言えなくもない。
この国ってわりとおおらかというか、平和なんだな。
で、僕は貴族家の生まれだけどそれを明かしちゃいけないことになっているし、証明するものがないから無理だね。
「何か調べたいことでもあるのかい?」
「いえ、ちょっと興味があったものですから」
ただの好奇心と捉えてくれたのか、ペトロさんは特に追及はせず、にへらと笑った。
「それじゃあシャーリィ君の『眼』について、いろいろ訊かせてもらえるかな?」
「すみません。診察をお願いしたのに勝手を言って申し訳ないんですけど――」
シャーリィの聖眼がどんなものかはわかっている。
ただ彼女の眼の秘密が多くの人に知られると、彼女を巡って争いが起きかねない。
だからペトロさんにもなるべく秘密にしたままで、彼女に負担がかからない方法があれば教えてほしかった。
その辺りをうまくぼやかしながら説明する。
ペトロさんは腕を組んで真摯に聞き入っていた。
「……なるほど。いち研究者としては俄然興味が湧いてきたのだけど、聖眼や魔眼は存在そのものの認知度が低いとはいえ、その不思議な力を利用したがる者が多いのも確かだ」
ペトロさんは「うん」と大きくうなずく。
「わかった。君たちの要望には配慮しよう。どういった力かわからなくても、力を抑えて精神的・身体的な負担を軽減する術式はあるからね」
「ありがとうございます。でも……いいんですか?」
「僕は医者でもあるからね。患者の不利益は望んでいないよ。まあ、君たちと仲良くしていればいずれ教えてくれるだろう。逆に多くの人に知られた結果、研究対象が手の届かないところへ行ってしまうのは我慢ならないね」
メガネの奥をすがめ、ふふふっといやらしく笑うペトロさん。
打算的本音を大っぴらにした彼は、きっと正直者なのだろう。
「安心していいよ。彼女が何らかの聖眼を持っているとも僕は誰にも話さない」
そして信頼してよい人だと感じた。
「ありがとうございます」
僕が深々頭を下げると、シャーリィもぺこりとお辞儀した。
「とはいえ、実のところ問題もあるんだ」
ペトロさんは本棚へ歩み寄ると、またもあれでもないこれでもないと棚から本を抜いては放り投げる。
「あ、これだ。えぇっと…………うん、ここだな」
分厚い本の真ん中あたりを開いて僕に差し出してくる。これまた彼の手書き文字がびっしりだった。
というか、どうして僕に見せるの?
「なにぶん古い資料を写したものでね。ところどころ読み取れなかったから、僕の推測で補ったものなんだ」
……たしかに完全とはいえないな。でも推測と思しき記述は的を射ている気がした。
ペトロさんは、この時代では聖眼や魔眼おける第一人者と言える人物なのだろう。
ただ――。
「その表情……やはり気づいていたんだね。不完全な術式を患者に施す以前に、僕ではこの術式を実行できないのが問題なんだよ」
彼の魔力はこの時代で会った人たちの中ではかなり高いほうだ。でも不完全ながら術式を読み解いたところ、第二冠位相当の魔法だと考えられる。
でも、とメガネの奥がきらりと光った。
「君になら、できると思うんだ」
やはりそうか。
さっきから僕に話しかけてきたのは、僕の内在魔力をある程度感じ取っていたからだ。
実のところ、この部屋に入った瞬間、僕は『深層解析』で彼の情報を読み取っていた。
シャーリィを診てもらうのだから、彼の人となりを知る必要があったので。
「貴方も、魔眼持ちなんですね」
魔力感知系の魔眼――〝魔晶眼〟の一種だ。魔眼の中では(魔眼自体が稀少なのだけど)ありふれたもので、力自体はそれほど高くない。
僕の内在魔力も正確に測ることはできず、漠然と把握できるものだろう。
「きっとお見通しだとは思うけど、僕の魔眼はたいした力はないよ。正直、君の力は測りかねている。ただ――」
ちらりと僕の手を見やる。
「低級刻印をふたつも宿してなお、君の魔力は底が知れない。これ、秘密を漏らしたらヤバイ系なのかな? レイラさんもすっごく僕を睨んでるし」
「わたくしは睨んでなどいませんよ。魔眼持ちとは知りませんでしたが、貴方がクリスの実力をある程度測れるとは考慮しておりましたから」
聖眼や魔眼を研究しているのだから、魔力感知に長けてはいたとレイラが推測して当然だね。
「僕もべつに貴方をどうこうするつもりはありません。ただ内緒にはしてもらいたいです」
「いちおうなんだけど、君がその実力を隠す理由を教えてもらっても?」
「あまり目立ちたくないんです。以前、それで苦労しましたから」
ペトロさんは「なるほどね」と肩を竦めた。
「強大な力を持つとややこしいことになる、とはさっきも話したね。うん、ものすごく納得できる理由だ。約束しよう。君のことも誰にも語らない、とね」
「ありがとうございます」
「礼には及ばないよ。それに、けっきょく僕は何もできなかったからね。はるばるレイナートから訪ねてきてくれたのに、申し訳ない」
「そんなことはありませんよ。シャーリィの負担を軽減させる方法のヒントはつかめました」
「なんなら僕が王立図書館で正確に資料を写してくるけど?」
「いえ、そっちは僕のほうでなんとかします。これ以上、お手を煩わせるのは嫌なので」
「そうかい? ま、何かあったらまた来てよ。なんの役に立つかはわからないけどね」
ペトロさんは診察代を遠慮したのだけど、僕の気が済まないので正規料金を払って彼と別れた。
外へ出て、レイラが『念話』で語りかけてくる。
『彼を放置してよろしいのですか? 彼自身は信頼できても、彼から情報が漏れる危険はありますが』
『構わないよ。ただ、ペトロさんが妙なことに巻きこまれるのは心配だから、いちおう対策はしておいた』
こっそりあの部屋に防護系結界を張っておいた。結界は彼に紐づけているので、あの部屋から出れば彼自身に結界効果は移る。
さて、王立図書館で資料を漁るのは後回しにして。
「忘れないうちに、レイラが見つけた魔界門を閉じに行こうかな」
シャーリィたちは王都観光をしてもらい、僕はレイラに聞いた場所へと飛んでいくのだった――。




